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20.人格否定スパイラル/お茶の子さいさいデタラメ嫉妬吐き

「――――でも、こいつはやっぱり『バカ』じゃなくて『阿呆』のようね。確信が持ててよかったわ」

 耳から垂れる血を右手で塞ぎながら、シピスを見下すような目で見ている。

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

 リュックからティッシュを取り出し、それをお姉ちゃんへと渡す。


「ありがとう。大丈夫よ。お姉ちゃんを信用しなさい?」

 そう言われはしたが、内心でどことなく不安を感じる。

 痛くはないのだろうか。……きっと、激痛がお姉ちゃんを苛んでいるはず。

 ほんのわずかな間に、そんなことを心中で幾度も考える。堂々巡りだ。




「……」




 ――――大切な家族を苦しめるくらいなら。




 ――――私を……私達をいたぶり、心を弄び、傷つけるくらいなら。






 ――――殺したって。






 ――――ダメだよ、そんなこと。やっぱり、ダメだ。

 何故、ダメなのか。相手も大切な友達だったはずだから?

 ……アレを友達だったといえるのだろうか。




 ――――ダメな理由は、私が人殺しをしたという事実、汚名を付けられたくないから?

 誰か大勢を気にして、誰か大勢の反応を気にして、私は助けない。


 誰かが困っていても、他の誰かからの反応のために、助けようとしない。たとえ、その人が自分にとってとてもとても大切な人であったとしても。


 そうじゃない! そうじゃないよ!

 否定はするが、その事実を内心では完全に否定することができないでいた。




 ――――あれ……私、私……私は……。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




『20.人格否定スパイラル/お茶の子さいさいデタラメ嫉妬吐き』




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――口を塞ぎはしたけど、暴れていつまで持ちこたえるか、わからないよ!」

 シピスを見ると、からだをジタバタとさせ、抵抗を見せているのがわかる。


「――――さて、コイツをどうしましょうか。縄があればコイツを縛って放置できるのだけど」

 縄なんてもの、持ち合わせてはいない。代用できそうなものは……。残念ながら、なさそうだ。

 実は持ってきているんじゃないか、ともう一度必死にリュックの中を探す。でも、やっぱりなさそうだ。

「お姉ちゃん、縄も代用できそうなものも、ないみたい……」




「――――なら、やっぱり気絶させるしかないのかしら」

 そう、お姉ちゃんが言うので、思わず首を振って拒否しようとする。あんなに痛々しい光景をニ度も見たくはない。

「トーカ、やらなければ殺されるかもしれないの。殺されるよりはまだマシでしょう?」と、優しく諭される。確かに、そうかもしれない。でも……。

 ……また、心が鬱屈になっている。蛆虫ボタンは壊して捨てたはずなのに。




「――――歯、食いしばりなさい。……阿呆!」

 再び頬に叩きを入れていくのかと思いきや、今度はグーで顔を所構わず殴っている。確かに、そっちの方が早く気絶させることができるのかもしれない。

 でも、自分がそれでやられる方を考えてしまうと、どうしても……心が痛みだし、吐き気を催してくる。


 私が生きるために、私達が生きるために、つらいことから耐えなければならない。つらいことから逃げて生きることを放棄したならば、待っているのは死。これは、私達がいた世界でもこっちの世界でも同じこと。

 ……そして、死ぬと必然的に起こる出来事。それは、自分の生きてきた人生の中で、悲しかったことや苦しかったことだけでなく、嬉しかったことや楽しかったことまで消し去ってしまう魔法に包み込まれ、やがて朽ち果てていくこと。 死というものは、嬉しかったことや楽しかったことだけが残って人生をリスタートできる、都合のよいものじゃない。残骸人間になることすら許してくれない、何か。

 ……だから。……だから、私は絶対に耐える。




「――――大丈夫、気絶したっぽいわ。……急ぎましょう」

 お姉ちゃんがそう言うので、その場から急いで離れる。離れ離れにならないように、私はお姉ちゃんと手をしっかりと繋ぎ、リールはヴィネと手をしっかりと繋ぐ。




 ふと後ろを振り向き、本当に気絶したのだろうかとシピスの様子を伺う。




「――――ッ!?」

 振り向いた瞬間、レーザー光線のようなものが勢いよく私達の方へ放たれ、私達から僅かに離れた地点にそれがあたり、その場所一帯から一瞬にして激しい炎が上がる。

「気絶していなかったか……」

 お姉ちゃんも後ろを振り向き、私を庇うように前に出る。




 ――――できるなら、使いたくなんてなかったけど。




 目を瞑りながら深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりと瞼を開く。

 そして。




「――――私に掴まって!」




 この、得体の知れない翼のようなものを大きく広げ、からだに掴まるよう促す。

「「……うん」」

 リールとヴィネの2人は頷き、私の方へと駆け寄る。

 しかし、お姉ちゃんは繋いでいた私の手を離し、その翼を吟味するかのようにじっと見る。




「――――いえ、それは使わないでおきなさい。そんな得体の知れないものの力を利用して、何かあったら大変だわ」


「――――え」




 思わぬ答えが返ってきたので、驚くように「え」という言葉だけが咄嗟に口から漏れ出す。




「――――でも、このままじゃ……」

「……大丈夫。アレは阿呆だから」

「……え。で、でも……」

 お姉ちゃんは私の手を強く握って、一目散に駆け出す。


「――――さあ、お前達も早く!」


「「――――は、はい」」




 ――――お姉ちゃんの言った通り、もうレーザー光線のようなものがこちらに向かって放たれることはなかった。




 ――――同じような風景が延々と続く。見渡しても、白と黒ばかり。

「……ここは何処だろう」

 前にも来たことがあるような、来たことがないような。そんな、朧気な感じが続く。

 延々と続く風景が通り過ぎ去っていくのを幾度も幾度も見て、もう十分だと思ったとき、私達の眼前に時計台が現れる。


 ――――きっと、また嫌なことが起こるんだ。もう、懲り懲りだ。時計台を見て、最初の感想がそれだった。

「あれが時計台……?」と、お姉ちゃんが私に訊くので、私は「……そうだよ」と、返答をした。


「――――そう。……なんか、ただでさえこの世界は不気味すぎてまいっているというのに、それよりももっと不気味で穢らわしい感じがするわね」

 不気味……。そんな感じもするかもしれない。そんな、邪悪な感じが。

「……」

 ……邪悪な何かに呑み込まれていくような感覚がする。




「――――大丈夫だよ、トーカ」

 リールが私の顔を見てやさしく微笑み、ポンと肩を叩く。

「心配することない。『三人寄れば文殊の知恵』ってあるよね? トーカだって言っていたじゃない。今は私にヴィネ、それにトーカのお姉さんがついているんだから。たぶん、トーカが思うほど、私達は弱くない。助けが欲しいときにはきっと力になれる。だから、助けが欲しいときには、私達を存分に頼ってね!」

 親指を立ててグッドサインをつくり、それを私の方に向ける。

「……あら、お前威勢がいいわね。ホント、ネコみたいだわ。ネコってネズミだけでなく、蝿も食べるのかしら」

 お姉ちゃんは、含み笑いをしながら嘲るようにそう言う。

「威勢がいいのはお姉さんほどじゃないけどね!」

 皮肉めいた言い方だ。なんだか、仲が悪いようで仲が良さそうな、そんな感じがひしひしと伝わる。少し、ホッコリする。




「――――散れ」

 背後からあの少女の声が微かに聞こえ、瞬時に後ろを振り向く。すると、少女の指先から何かが集まり、それが今にも放たれようとしている。


 ――――まただ。まただ、まただ、まただ。もう何回、何十回、何百回起こった? 私から大切なものを奪おうと、何かが殺しにかかってくるのは。


「――――ッ!? 危ない!」

 ……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。……嫌なんだ。こんなに嫌だって思っているのに。思っているのに!

 どうして。……ねえ、どうして! ……どうしてなの!


 掴んだ手を離し、逆の手でお姉ちゃんを思い切り突き飛ばす。




 ――――狙うなら――――私を狙え!




 左腕から炎をごうごうと唸らせる。

 これはお前が射るための的なんかじゃない。私がお前を打ち負かすための魔法だ! 来るなら来い!

 覚悟を決め、目を強く見開く。




 ――――パァーン! という、乾いた音が辺りに鳴り響く。

「……」

 からだに何処か異常があるような感じはしない。




 ――――まさか!




 冷や汗をダラダラと垂らし、恐る恐るお姉ちゃんの方を見る。

「……何。……いったい……何が起こった……の」

 からだから血は流れていない。何処か撃たれた様子も微塵として感じさせない。

 ……じゃあ……いったい……?




 ――――リール? ヴィネ?

 2人の方を向くが、どうやら無事のようだ。




 ――――ということは――――外した……?






 ――――ピチャン、ピチャン、ピチャン、ピチャン、ピチャン。

 水のような何かが滴る音がする。1滴、2滴、3滴、4滴、5滴……と。

「何の音……?」

 声が震えているのがわかった。無理もない。

 耳をよく研ぎ澄まし、その音のする方を確かめる。

 ……後ろから。後ろから、聞こえる。

 恐る恐る後ろをゆっくりと振り向く。




「――――うそ……な、なんで……?」

 あの少女がそこで倒れ、血を流しているのが確認できる。

「……まさか……私の……この……炎……」

 左腕の方をゆっくりと見る。炎は静まっていた。

 炎で倒れたにしろ、血を流しているのは不自然すぎる。私の炎でその状態になっているわけではなさそうだ。

「……シピス。……大丈夫……なの……?」

 少女の名前を呼びかける。が、返答は……ない。

 いくら、私達を殺そうとしていたって、もとは私達は友達。友達だったはずだから。


「――――シピス? ……ねえ、シピス……?」

 もう一度名前を呼びかけるが、やはり返答はない。

 ……返事をしてよ。「うん」とか「何?」とか、それだけでもいいんだよ。ねえ、ねえ!




「……」




 今、ほんのすこしだけ、ピクリとシピスのからだが動いた気がした。

「シピス……? シピス……?」

 名前を呼びかけながら、少女のもとへとゆっくり近づく。

 仰向けに倒れている少女の胸に耳をあて、鼓動を確認する。

 ……ドクン、ドクンという音が微かに聞こえる。……よかった、生きてる。


「……」

 でも、何故……。何故、シピスが血を流しているんだろう……?




 ――――自分に向けて放ったから?




 ――――それとも、別の何かが原因でこうなるしかなかったから?




「……」




 ――――まずは整理してみよう。考えがいつまでも纏まらないままだと、それはただ時間と体力と気力を浪費しているだけだ。意味がない。




「……ええと」






「――――1、2、3、4、5人……か。なるほど……」

 お姉ちゃんでもリールでもヴィネでも、当然シピスでもない声が近くから聞こえてくる。




 ――――大丈夫、どんなことが起きようが、私には大切な仲間が側にいる。




 20.人格否定スパイラル/お茶の子さいさいデタラメ嫉妬吐き END

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