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17.ほんわかした雨

 ――――あれから時間が経って。




 ――――見えない。見えない。

 激しく風が吹きつけ、砂埃が舞う。

 その砂埃が……私の体内に入り込み、私を傷つける。恐怖感を煽る。


「――――あ……あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――ピピピピピピピピ、と携帯電話のアラームが部屋中に鳴り響く。


 ――――はぁ。

 大きくため息を吐く。すべてが夢であったらよかったのに。

 楽しかった過去も苦しい現実も、簡単には消えてくれない。簡単には。

 だから、つらい。

 楽しかった過去をいつまでも追い求め、苦しい現実から逃げる。それは、すなわち現実逃避。

 現実逃避という化け物に誘われて、現実から目を背けることしかできない矮小な自分を私が受け入れている。

 だから、つらい。

 微々たる何かが足掻いてもがいて血を吐くくらい頑張ろうが、何も手に入らない。そんなショーの始まりなのではないか、と考えてしまう。


 ――――もう、どれくらい時間が経っただろう? 100年くらいはこのままだったような感じがする。




 ――――帰りたい。

 自分の家にいるのに帰りたい。……そう、感じてしまう。

 扇風機の強さを「強」から「弱」に変える。

「このまま寝てようかしら……」

 静かに目を閉じて、暗闇の幻想世界へと逃げ込む。


 ――――穢れた波に溺れて死ぬのは――――ごめんだ。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




『17.ほんわかした雨』




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――からだを起こす。首が痛い。変な体勢で寝ていたから、寝違えたのかもしれない。


「……」

 昨日のことを考えていた。あの森で起きた出来事を。

 あの謎の池のような何かに落ちると……人が消えてしまう……。でも、小石は消えている気配がなかった。

 わからない。モヤモヤする。




 ――――パラレルワールド。その単語が脳裏をよぎる。


 ――――もしかして、ふたりしてあそこにでも落ちてしまったのだろうか。




 ――――やっぱり、確かめてみるしかない。

 そう思った私は、鍵、財布、携帯電話、飲み物(500mLのペットボトルで中身は緑茶)など、必要最低限のものをショルダーバッグに詰め、家を出る。

 目的地はあの森。にある、謎の池。


「――――暑い」

 忘れていた。真夏だってこと。

 からだ中から汗がびっしょりと垂れる。

 ああっ、邪魔くさい。早く秋になりやがれ。

 てか、あそこまであとどれくらいなの……。

 段々とペースが落ち、ついには近くの木陰のところで止まり、涼んでしまっていた。

 携帯電話を取り出し、今の気温を調べる。

「……この辺りは今……39度……。猛暑日じゃない……」

 ボソリと呟き、項垂れる。

 ……あぁ、暑い。暑い暑い暑い暑い。……ダルい。

 ……でも、そろそろ行こう。

 その場から立ち上がり、歩を進める。




 ――――あの、森へと着く。不気味な雰囲気は相変わらずだった。

 人の心を惑わすようなこの異臭。人の精気を貪り喰らうようなこの悪臭。

 汚くて穢い。汚れて穢れている。

 ……なのに、寂しくて虚しいといったオーラを感じる。


 ――――関係ない。同情を誘おうが、それのせいで私自身が壊れてしまうのなら、それは私にとって不要な塵芥。

 たとえ、それが稀有なものであったとしても、私にとっては有象無象であると感じてしまうだろう。

 ゴミクズも珍しいゴミクズも、ただゴミ箱に捨てるだけ。邪魔なものでしかない。

 服の裾をぎゅっと握りしめ、葉っぱが顔に当たろうが泥が脚にかかろうがお構いなしに前へ前へと進む。

 はぁ、はぁ、と荒い息を吐く。

 これは疲れたから吐いているじゃない。苦しい。これは心が苦しいから吐いているんだ。


 ――――ザァザァ、と風によってゆらゆらと揺れる葉っぱたちの音が聞こえる。

 これはホンモノ。……いや、もしかしたら既にニセモノの世界に迷い込んだのかもしれない。

 でも、もうそんなもの、どうだっていい。どうだって。




 ――――ようやく、謎の池に到着する。

 昨日は微かにしか感じなかったのだが、今日は禍々しい感じがプンプンする。

 お伽噺みたいに、もっとメルヘンチックな感じでいいのに。などと、その謎の池に心中で文句をつけながら睨みつける。

 これが。この池が人を消し去ったのか……。

 あの光景は忘れられない。

 人がそこに入ると、スッと瞬間移動でもしたかのように消えていなくなってしまっていたのだから。

 ありえない。そんなもの、ありえてはいけない。

 でも、実際に見てしまったのだから、認めざるを得ない。

 もし、トーカとおばあちゃんがこの先の不気味な幻想世界へと誘われてしまっていたのだとしたら……やはり、行くしかない。


「――――本当に、この池に落ちれば別の世界が待っているのかしら?」と、もうひとりの私が問う。

 確かに『パラレルワールドがある』というのは、私の臆測だ。間違っていれば私のからだだけではなく、この心まで消えてしまうのだろう。

 でも、それは間違っていた場合。臆測が合っているのであれば、トーカやおばあちゃんがその先に存在している可能性が僅かでもある。




 ――――だから私は行く。その暴虐で歪な世界に。




 ――――もうひとりの私が「アンタ……バカよ……」と、言っているような気がした。




 ――――意を決して、池の中にゆっくりと足を入れようとする。




 ――――段々と意識が朧気になり。




 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――チリーン、チリーン。




 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――鐘のような音が鳴り終わるのと同時に目を開くと、そこには。




「――――うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! なによ……なによ、コレ……!」

 視界には白と黒しか映らない謎の世界がある。

 そんな世界の遥か彼方の上空? のようなところから落っこちている。

 冷静に考えるか。どうすれば、落下したときの衝撃を軽減できる?

 ……いや、無理かしら。

 考えている間にも、どんどん落ちている。マズイマズイマズイ! マズイわ!




 ――――超能力や魔法……なんでもいいから、超常現象でも起きやがれ。

 必死に短い間で考えて出たことが、それだった。


 ――――ヤバい。ぶつかる!

 何故か頭の上に手を乗せて、突っ伏せるような体勢をとる。なんでこんな体勢をとったのか、まったくわからない。


「――――クッ……止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれーッ!」

 ドスンッ――――と、勢いよく黒色をした謎の地面にぶつかった。


 しかし。


 ――――目の前には謎の白と黒の物体……腕は動く……。死んで……ない。生きてる。

 本当に超常現象が起こり多少は驚くものの、それをすんなりと受け入れてしまっていた。

 そんなことより、捜さなきゃ。

「おーい、トーカ! おばあちゃん! いるのなら返事をしてー!」

 大きくふたりを呼ぶ。が、しかし、反応はなさそうだ。

 とりあえず、後先のことなんか考えないで闇雲に突き進もう。

 そう思って歩を進めようとしたとき、あることに気づく。




 ――――涼しい。暑く……ない?

 あっちの世界とはちがって、まったく暑くない。むしろ、肌寒いと言ってもいいくらいの気温だ。

 凍死……は、さすがにしないだろうけど、これは厄介だ。

 あんなに嫌がっていたはずなのに、今は何故かあっちの世界の気温が恋しい。夢だったら覚めれば元通りなのに。

 そんな文句をつけつつ、歩を進める。




 ――――しばらくすると、何か足音のようなものが聞こえるので、耳を澄ましてみる。


 ――――コツン、コツン。靴の音だ。

「おーい! 誰かいるのかしらー!」

 今出せる精一杯の声を出す。

 音の主が気づいたようなのか、段々と靴のようなものが立てる音は大きくなっていく。


 そして。




「――――お、お姉ちゃん!?」


「――――トーカ! よかった。ずっとずっと捜してたのよ!?」

 ついに、妹を見つけ出す。

 不安感が少し何処かへと行ったからか、安堵の息を吐く。

「そうだ、トーカ、おばあちゃんは? 一緒じゃないの?」


「――――一緒じゃないけど……なんで?」

 その問いに対して、言うか言うまいか迷った。


「――――ううん。なんでもない」

 結局、私はそう言って事実を濁し、うやむやにしようとした。妹を心配にさせる必要はない。

「気になるけど……まあ、いいや……」

 そうトーカは答え、私の方を見てニコッと微笑んだ。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――ところで……お前達はいったい誰なのかしら……?」

 お姉ちゃんはそう言いながら、リールとヴィネの方をジロジロと見る。

「なんか、コイツは猫っぽいわね~」と、リールを指差しながら言う。


「――――私、猫は嫌いなのよね」

「お、お姉ちゃん!」

 突如、険悪な雰囲気を感じ、慌てて止めに入る。


「――――トーカ……トーカちゃんのお、お゛姉さん! 私はトーカ……ちゃんの友達のリールです! コイツじゃなくて、リールって呼んでください!」

 あちゃー。もう、収拾がつかないよ。

 お姉ちゃん? 喧嘩腰で話すのはやめてね!?

  礼儀が悪いし、雰囲気も悪くなるし……それにそれに……。

 ……そうだ、ヴィネ! 助けに入って!

 ヴィネの方に顔を向け、合図を送る。が、しかし。

「……フフフッ……クスクスッ。トーカのお姉さん、笑えるね」

 おなかを抱えて笑ってないで、止めに入ってよ!

 そう、心中でツッコミを入れる。


「――――あ、なんか、でも、ペットみたいでカワイイ~」

 そう言って、リールの頭をやさしく撫でながら、フッと鼻で笑う。

 ええええええええ……。感じ悪いよ、お姉ちゃんんんん……。

「ムキーッ! トーカは好きだけど、トーカのお姉さんは嫌い! 大っ嫌い! 大大大っ嫌い!」

 と、リールが言う。思わず「こどもか! ……まだこどもだったわ!」と、ツッコミを入れたくなる。

「クスクスクスクス……」

 ヴィネ~笑ってないで止めてよ~!

「あー、よ~し、よ~し。よ~しよ~し」

 と、リールのほっぺたを弄りながら、やっぱり鼻で笑う……。ねえ、やめて。やめて、お姉ちゃん。やめてあげてください、お姉ちゃん様。


 ――――そう思いながらも、内心で私も楽しんでいたりする。


「――――クスクスクスクスクスクスクスクス……」

 でも、ヴィネ? とりあえず、止めに入ってよ……。


「――――ほ~れほれほれほれほれ! プッ」

「ムキーッ!」

 ふたりともやめて。

 あ、ちょっと、ねえ!? 今、お姉ちゃん、ちゃっかり私の方も見て鼻で笑ったでしょ!?




「――――コラーッ!」




 17.ほんわかした雨 END

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