16.捜した雨/喪失した雨
「――――トーカぁぁぁ!」
何処。……何処なの。
声のする方へ。声のする方へ。
太陽がジリジリと照りつける。私を睨んでいるかのように。
「――――大丈夫、私達が必ず捜し出してみせるから。だから、安心して?」
と、女性が言っていた。
……安心? 安心するのは、何の異常もなく無事に妹が、おばあちゃんが、家に帰ってきてからだ。
――――お前の言う戯れ言なんか、どうでもいい。全然、大丈夫なんかじゃない。
お前の言う『大丈夫』は『中身なんてない、薄っぺらくて薄っぺらくて、名誉と責務のために動いているだけ』の、ニセモノのさらにニセモノである不快な何か。
レプリカを押しつけられても困るのだけれど。
贋作が欲しいんじゃない。私が欲しいのは真作だ。
――――相手の痛みになる言葉を平気で吐けること、私はそれを不快に思う。
――――私が生きてきた中で、私がそれを何十回何百回何千回してきたことに対して、不快に思う。
矛盾していた。最悪だ。最低だ。
――――ホント、最低だ。
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『16.捜した雨/喪失した雨』
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――――サァサァとやわらかな風が吹く。騒々しい。鬱陶しい。
私は声のする方へ声のする方へと、駆け足で向かう。足取りがとても重い。
「トーカぁぁぁ!」
近所迷惑だと思うくらい、大声で名前を呼ぶ。幾度も幾度も。何度も何度も。
何度だって呼ぶ。
家族は見捨てるものじゃなくて、支え合うものだから。
――――声のする方へと向かっていったら、不気味な雰囲気を醸し出す森に辿り着いていた。不快な感じがする。
カラス達が「カァ、カァー!」と鳴く。私を誘うかのように。
辺りを警戒しながら、私は前へ前へと歩を進める。
汗がダラダラと垂れるので、私は何度も手で汗を拭く。
目にかかったとき、地味に痛く感じて、涙のようにタラタラタラタラタラタラタラタラとそれは流れるので、私にとっては邪魔でしかない。邪魔物だ。
「――――痛ッ!」
急に何かとぶつかり、からだ中に激痛が走る。
苦虫を噛み潰したかのような顔で前をじっと見る。
進行方向には小さな木が立ち塞がっていた。
どうやら、汗が目に入って視界がぼんやりしていたからか、その木にぶつかってしまったらしい。
「邪魔なのよ……ったく。お前に構っている暇はないの、邪魔しないで」
そう、ボソリと呟き、その木を避けて再び歩を進める。
次第に、風が強く吹きつけてきている気がする。
暑かったので、ちょうど良いが、やはり何か不気味な感じがする。なんだろう。
「――――トーカぁぁぁ!」
大声で名前を呼ぶ。
静かな場所だからか、声がよく響く。
――――ふと、考える。仮に、森にトーカがいたとして、何があったのだろう。
道にでも迷ったのだろうか、将又、熊か何かにでも襲われた……?
いや、そんなことはあまり考えたくない。
とにかく、無事であればそれでいい。それで……いい。
――――ポチャン。
何かが水に落ちる音がする。
ふと、前を見ると、きれいだけど小さい池のようなものがあった。
……ああ、小石を蹴って、それが池の方に落ちたのか。
その池を避けて、前に歩を進めようとする。
と――――
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「――――リール……おい!? リー……」
「……リー……ル? ……どうして? お、お腹が痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!」
「――――急に私に親しくなった、あのときから怪しく思ってた」
「……怪しい? 何がだ……痛い……」
「……いや、親しくなったわけじゃない……親しくなったフリをしたんだ。目的はなんだ」
「……はぁ? 何言ってるんだよ」
「……その出血量でそんな冷静に受け答えできるわけがない。ほら、ボロが出たよ」
「……」
「……お前、私に刺されるのを見越していたな! 腹を刺した感触……人のからだを刺すような感じじゃなかった……」
「……おい、待てよ『人のからだを刺すような感じじゃなかった』って、リールッ……!?」
「……うるさい、目的を答えろ! 偽善者!!!!!」
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後ろから2つの大きな声が聞こえてくる。
――――揉め事……人!? 血が……血が出ている!
私は今、『人殺し』の最中を見ている――――ということなの!?
「――――おえ……おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
何かを吐き出す。それは、醜悪さとか毒とか嘘とか偽りとか腐敗心とか、そういったいろいろな危険物が混じったものだと思う。
夢でも見ているのではないかと疑い、頬をつねる。痛い。
どうやら、夢でも幻想に惑わされたわけでもないらしい。現実だった。
――――私が関わっていいものじゃない。
心中で最初に思ったことは、それだった。
後ずさりをし、気づかれないように、逆の方向を通って戻ろうとする。
が。
足が小石にあたり、小石が勢いよく池の方へと転がっていく。
そして――――
――――ポチャン。
音を発し、軽く水飛沫を上げ、小石は池の中へと吸い込まれていくように落ちる。
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――――水の音……? ……前方に、誰かいる?
「誰だ?」
その隙に、右手に握りしめていたナイフを、ヤツの眼球めがけて刺す。
「……!?」
ヤツは咄嗟に左手で防ごうとするが、コンマ1秒の僅かな差で、ナイフがヤツの左眼球に刺さる。
「――――ッ! い、痛え……てめえ……誰だかわからないほど八つ裂きにして、殺してやる……」
……さすがに、今のは防げないでしょ。
優勢だ。殺れる。殺られる前に殺ってやる……!
「――――クソ! クソ、クソ、クソ、クソ、うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
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――――どうやら、気づかれずにすんだみたいね。
――――でも、あの光景を見て、知らんぷりをしてそのまま帰るなんて。
「殺されてしまうかもしれない」という気持ちよりも「助けられたかもしれない」という気持ちがどうしても勝ってしまう。何故、何故……。
注意をこちらの方に引きつけなければ。
咄嗟にそう判断した私は、小石を蹴って池の中に落とし、注意をその音に引きつけようと試みる。
――――えいっ!
――――ポチャン。
――――ポチャン、ポチャン。
――――ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン。
――――ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン、ポチャン。
小石を次々に蹴り、池の中に落とす。
こっちだ。こっちを向け。
お前達が相手にしなきゃいけない醜くて強い怪物は――――この私だ。
――――手強い手強い化け物はこの私だ。
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――――なんだろう? 水の音が何かを伝えようとしている……いや、警告している?
――――ドクッドクッ。自分の鼓動が速くなっているのを確認する。
なんだ、なんだ。いったい、私に何を伝えたいんだろう……?
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――――そうだ、そうだ。お前達が相手にしなきゃいけない化け物は、この私だ。お前達程度の存在なんか、簡単に喰い殺してやる。
だから、こっちを向け。こっちを……向け、有象無象!
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――――いったい何を伝えたいのだろう。
――――水の音がする方へ向かう。
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――――来い。
――――来い、有象無象!
小石を蹴って池の中に落とし、近くの茂みに隠れる。
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――――なんだ、なんだ。いったい、何を伝えたい? 水の音がする方へ急ぐ。
――――水の音がする場所へと辿り着く。
……池? とても小さい池。水は澄んでいる。
私がそこへ辿り着くと同時に、水の音は止む。魚が住み着いている気配はない。
……いったい、何処から音が?
――――ザワザワと、葉の揺れる音がする。誰かいるのか!?
そう思った私は警戒する。
……ザワザワ。再び、葉の揺れる音がする。風の音? いいや、ちがう。この音は全方位から聞こえるわけじゃない。人為的な音だ。
……ザワザワ。……優しい音色をしていない。酷く、誰かを憎んでいるような、穢れた音。
――――ダッダッダッ。
それは走っている。落ちた小枝を蹴散らすだけでなく、土煙すらも起こせそうな、とても力強い音。
――――ダッダッダッ。
それは怒っている。裏切られたときのような酷い悲しみと絶望感を誰かにぶつけたいという、酷い酷い怨嗟の声が聞こえる。
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――――くらえ、有象無象!
勢いよくタックルを食らわす。
その間に、あっちのは逃げているのかしら。早く、私も逃げなければ。
――――ポチャン。
――――え。
目の前を見ると、有象無象は消えていた。氷が溶けて水になってしまったかのように、消えていた。
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「――――クソッ!!!!! ……ああ……痛え……!」
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まずい。片方の有象無象もこっちに向かってきている。
私は再び茂みに隠れる。
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「――――殺す」
「――――絶対に殺してやる!!! あの、ジメジメしたクソ女ァ!!!!!」
不気味な笑みを浮かべる。
「――――ジワジワといたぶって晒し者にしてやろう……! そうだ……それがいい……」
「――――やっぱり何かがちがががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう?」
「何かが! 何かが!」
「――――まあ、どうでもいいか」
「――――ん?」
――――池……か? 池の水はとても澄んでいる。
こっちはやけに暑いな……。見た感じ魚はいないみたいだ。暑いし、浸かってみるか。
――――チャプン。
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――――え。やっぱり、夢じゃ……ない……?
幾度も幾度も頬をつねるが、とても痛い。
人間がふとした瞬間に消えるなんて、ありえるのだろうか。
――――ありえるのだ。
真夏だというのに、急に寒気がしてくる。
カラスが「カァ、カァー!」と鳴き出し、森が、地面が、世界が、私を幻想の世界へと連れていこうとする。惑わそうとしてくる。
恐怖感からか、私はその場から全速力で走り出した――――
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「――――『せんぱい、元気だしてくださいね』と!」
「よぉっし、メールを~送信送信!」
16.捜した雨/喪失した雨 END




