15.姉と妹
――――大切な人が死ぬのってどんな気持ちなんだろう。
――――きっと、こんな気持ち。
灰色の雨に心臓を、打たれ、撃たれ、射たれて、大きな穴が開いたような。そんな、虚無感に苛まれる気持ち。
空っぽだと思っていた私の心は、実は空っぽじゃなかったんだ。
――――苦しい。頑張れる気がしないよ。
――――でも、諦めない。
『言い訳』はもう捨てよう。
立ち上がれ。何度でも立ち上がれ。
――――絶対に生きて帰るんだ。
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『オンリー・アリー』
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「――――トーカぁぁぁ!」
おかしい。あの娘が家に帰っていないなんて。
警察にその事情を話し、いっしょに捜してもらっている。
でも。
もうかなり時間が経ったというのに、未だに妹は見つからない。
――――まさか。……そんなわけ……ないよね……?
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「――――せんぱ~い!」
黒髪の短髪で、眼鏡をかけた少女が私を呼ぶ。
「――――ルリィせんぱ~い!」
……騒がしい。声量の調整とか、コイツはできないのかしら。
声のする方を向き、グーにした拳を彼女の腹にポスンと軽く当てる。
「――――いてて。何するんですかぁ~!?」
「あら、お前がうざったらしい声を出していたから、殴ってやったのよ。何か……文句でもあるのかしら?」
「ありますよ!? たっ~くさん!」
げんなりした顔をしながら、身ぶり手ぶりを激しくして私に訴える。気持ちの悪いものね。
「ビィーア? とりあえず、うるさい。黙って。騒々しい」
「同じような言葉で3回も言わないでください~!」
どことなくふわふわした感じでそう言うのも、ムカつくからやめてほしいのだけれど。
「……コホン。話を戻しますけど、今日は部活、やってかないんですかぁ?」
「……今日は……妹がリボンを欲しがってたし、早めにプレゼントしたいの。だから、帰る」
「わかりました! プラノ先輩に伝えておきますね!」
「えぇ」
早く、買って帰ろ。ダルいし。街まで、どのくらい掛かるかな。
そんなことを考えながら、自転車に乗って、ペダルを漕ぎ出す。
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「――――わぁぁぁぁぁぁ! お姉ちゃん! ありがとー!」
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――――妹のリアクションを想像する。
ふふ。妹の笑顔で1日の疲れが吹き飛んじゃう。
暑くてダルいけど、頑張ろ。明日も。
――――街に着く。さっきから、親子連ればかり見る気がする。
……ああ、夏休みだからか。
ショッピングセンターはええと……あっちの方かしら。
タオルで汗を拭き、重くなっていた足を無理矢理動かし、ペダルを漕ぐ。ダルい。
――――ミーン、ミーン。
それにしても、セミは騒々しく不快に鳴くこと。
私から半径100キロメートル以上離れたところで、ピーピー、ピーピー、勝手に鳴いていればいいのに。
などと考えていたら、ショッピングセンターに着いた。駐輪場に自転車を止め、チェーンロックをして、出入り口の方に行く。
自動ドアがゆっくりと開く。
遅い。遅すぎて、たまにドアにぶつかったりするのよね。どうにかならないものかしら。
私のせっかちなところは、こういうときに表れる。おばあちゃんと妹は、比較的マイペースだから羨ましい。
アクセサリー屋を探す。アクセサリー屋は……2階か。
近くのエスカレーターに乗る。
エスカレーターは、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと、不安定な音を立てる。
……? 壊れかけているのかしら。早く、整備した方がよさそうよ?
――――2階に着く。2階は、婦人服・アクセサリーフロアだ。
ええと、あの娘はどんなリボンが欲しいのかしら。電話してみるかな。
胸元のポケットから携帯電話を取り出し、すぐにピ、ピ、ピ、とボタンを打ち、妹に電話をかける。
――――プルルルルル――――プルルルルル。
「――――只今、電話に出ることができません。ピー、という合図が鳴りましたら、伝言をどうぞ」
――――あら。トイレ中だったのかしら。
まあ、いいわ。どのリボンがいいかなんてわからないけど、適当に買ったものを渡しても、問題ないでしょう。
目の前にあった店に入り、気分で赤いリボンに決め、それを手に取ってレジに向かう。
「お会計、1500円になります。プレゼント用の包みに入れますか?」
長めの茶髪で、若々しくて真面目そうな店の方が私にそう訊く。
「……お願いします」
私はそう言ってバッグから財布を取り出し、お金を支払う。
「1500円からお預かり致します。レシートはご入用ですか?」
「……いえ、大丈夫です」
リボンと財布をバッグに入れ、店を出る。
とりあえず、メールでも送っておくかな。
「トーカ、前にリボンを欲しがっていたでしょう? だから、買ったわ。テンションアゲアゲメチャメチャウルトラリンボーダンスでもして、待っていなさい」……と。よし、帰ろう。
エスカレーターで下のフロアに降り、出入り口の方に行く。
外に出ようとしたとき、ドアの開きが遅すぎて、ぶつかる。
「……痛い」
許すまじ、自動ドア。睨みつけてやる。
睨みつけてから駐輪場の方に行き、自転車のチェーンロックを外す。
自転車に乗って、ペダルの漕ぎ具合を確かめる。重い。
ショッピングセンターの中は空調が効いて涼しかったからか、外は一段と暑い。
だから、スゴくダルい。
そして、足が重い。足にダンベルでも付けたんじゃないかと思うくらい重い。
……今度から、バスで通学しようかしら。早く、家に帰ろう。
私は、全速力で自転車を漕ぎ出す。
「――――ただいま。……あれ? 誰もいないの?」
靴がない。おばあちゃんのも、妹のも。
今、渡そうと思っていたけど、しょうがない。テレビでもみてるか。
2階にある自分の部屋に行ってバッグを置き、リビングでソファーに寝転がりながらテレビをみる。
エアコンくんはホント、イイヤツね……。はあああああ~。
30分くらい経つとウトウトしてきて、いつの間にかぐっすりと寝てしまう。
――――暗い。真っ暗。
「……んっ……んんんん~よく寝た~」
欠伸をしながら、からだを起こす。
電気を点け、アナログ時計で時間を確認する。
「……11時……11……11時!?」
誰かが帰ってきているのなら、リビングには電気が点いているはず。
リビングに電気が点いていない……つまり、誰も帰ってきていない。
7時とか8時ならまだしも、もう11時。それなのに、帰ってきていない。
――――携帯。メール、メールは。
……きていない。着信もきていない。
――――おかしい。
「おばあちゃぁぁぁん!? トーカぁぁぁ!?」
大きな声でふたりを呼んでみるが、返事はない。
――――警察。警察に通報しないと。
固定電話から、警察に電話をかける。
「――――はい。こちら、○○署です。どうされましたか?」
「――――妹と祖母が――――まだ、帰ってきていない……のです。着信履歴やメールを見ても……何もきていなくて……。家出では……ないと思います……」
「わかりました。では、○○署の方まで来て、捜索願の届け出をお願いします。念のため、お名前、電話番号、ご住所等をお訊きしてもよろしいでしょうか」
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「――――はい……はい……はい……。わかりました。……今、○○署の方へ向かいます」
――――いったい……何が……あったというの……。
――――プルルルルル。
朝に鳴り響くその電話の音は、私の胸を突き刺すかのように重苦しく感じる。
あの後結局、警察署に行き、捜索願の届け出をして、警察に事情を話し、家に帰った。
突然起こった謎の出来事で気持ちが沈んでいたからか、いつの間にか床で寝てしまっていた。
――――妹とおばあちゃんはまだ帰ってきていない。
誘拐とか……そういったことじゃなければいいのだけれど。
――――プルルルルル。電話が鳴り続ける。
息を吐いて心を落ち着かせ、受話器を取る。
「はい――――もしもし――――」
「――――○○署の者です。昨晩の件で幾つか訊きたいこと、伝えておかなければならないことがありますので、10時に○○署の方に来ていただけませんか?」
「……わかり……ました」
あと……1時間。
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――――9時50分に警察署へと着く。
「――――忙しい中来ていただいて、申し訳ございません。どうぞ、その椅子にお掛けになってお待ちください」
小肥りしていて髪は白髪交じりの中年くらいの男性がそう言って、ゆっくりと部屋を出ていく。
しばらくすると、若そうな男性と女性の2人が部屋へとやってくる。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。早速ですが、昨晩の件について幾つか伝えておきますが……えー……」
男性の方から、話を切り出す。伝えておかなければならないこと……。
「――――捜索は午前4時から開始致しましたが、未だに妹さんと御祖母様の安否は不明……という状況でして。……こちらとしては、尽力を尽くして捜索しておりますが……もしものことがあったときには……その……心の準備をお願い致します」
……。
「……はい」
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「――――はい。わかりました。……失礼致します」
話が終わったので、家路に着く。
安否不明……か。昨日、ショッピングセンターに寄っていなければ、何が起きたのかこの目で確かめられたのかもしれない。
ペダルを漕ぎ、急な坂道を走る。……ペダルが重い。
――――帰宅する。頭がボンヤリとしていた。
ソファーに寝転がり、考え事をする。昨日、私がそのまま帰っていれば。
――――捜そう。このまま、ただ待っているだけなんて、心が苦しくなるだけ。
なら。
――――捜しに行こう。
過去は変えられない。でも、未来なら……。
靴を履き、玄関扉を開ける。
外の熱気がすごい。暑い。
「――――おばあちゃぁぁぁん! トーカぁぁぁ!」
私は手当たり次第に探す。
――――ミーン、ミーン。
セミが騒々しく鳴く。太陽がジリジリと照りつける。
これは、7月下旬の出来事だった。
「――――おばあちゃんぁぁぁん! トーカぁぁぁ!」
――――お姉ちゃん。お姉……ちゃん。
――――お姉ちゃん。
――――お姉ちゃぁぁぁん!
「――――たす……けて……」
「――――ッ!?」
妹の声が聞こえる気がする。
妹の「助けて」が聞こえた気がする。
「――――はあっ……はあっ」
何処。……何処なの。
『15.姉と妹』
『――――』
『――』
『』




