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14.左の道/決心した雨

「――――リール……本当に私が決めていいんだね?」


「うん……いいよ」


「……わかった」


 私が選んだ道を進むとそこには――――




 ~~~~~~~~~~~~~~~




『14.左の道/決心した雨』




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――ヴィネ」

 目の前には、見知った顔の少女がいた。

 思わず足を止める。

「トーカ、リール……」

 私達の名前を小さく呼ぶ。声が震えている。

 1歩、2歩。ゆっくりと、ヴィネの方へ歩いていく。

「……止まれ」

 殺気立った声で言う。様子がおかしい。

 私達は構わず歩を進める。


「――――止まれ!!!」

 そう叫び、少女が何かを前に突き出す。

 それは、銀色のナイフそのものだが、オーラのようなものを纏い、光を放つ。眩しい。目に悪そうだ。

「ヴィネ、どうしたのさ」

 握っていた私の手を離し、ナイフを構えながら訊く。

「……動くな」

 応えようとはしない。

 ゆっくりと私達の方へ近づく。コツン、コツン、と音を響かせながら。


「……ちがう。……そうじゃないのに。……ちがうのに。……どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!? ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。でも、でも……! だって、だってだってだって……!」

 心が病んでいるかのように、突然叫び出す。不安感と絶望感でいっぱいいっぱいになっているような、苦しい苦しい叫び。

 ヴィネの目に光はなかった。

 その目を例えるなら、極彩色とは真逆の黒単色で雑に塗られた憎悪の塊。

 獰猛な獣のように、近づいただけで肉という肉や骨さえも噛みちぎられてしまいそうだと感じる。

 怖い。危険だ。逃げなきゃ。恐怖感が精神を揺さぶる。


 ――――危険じゃない。

 ヴィネは友達だ。私の大切な大切な友達だ。

 友達から逃げてどうする。友達が困っていたら手を伸ばしてあげる。ときには力になってあげる。

 友達は見捨てるものじゃない。友達は支え合うもの。


「――――ヴィネ!!! 私はトーカ。トーカだよ!!! 敵とか味方とか、そんなものじゃない。友達……」

 私達は敵とか味方なんかじゃない。




「――――友達だよ!!!!!」




「――――そう……だよね」

 正気に戻ったのだろうか。叫びは止まり、突き出していた何かが灰のようにサラサラと消える。

「……」

 ヴィネのからだがガタガタと激しく震えている。緊張感からだろうか。


「――――ヴィネ。やっぱり殺しに来たの」

「……え」

 突然、疑心暗鬼になっているのか、変なことを言う。そんなわけない。

 みんな、冷静さを欠いている。

「落ち着いて」と言いたい。でも、言ったところで「私は冷静だ」と返されるにちがいない。

 なら、どうすればいい。考えろ、考えろ。考えろ、私。

 険悪な雰囲気をガラリと180度変える方法。それは……?




「――――えい!!! えい、えい、え~い!!!!!」

「……あ……ねえ……ちょ、ちょっと……アッハッハッ! あ、あ、どどどどどどどどどうした……のっ!」

 擽り。リールの腹や首を擽る。

「悪い虫はここかな? ……えい、えいえいえいえいえ~い!!!」

 擽るのを強くする。

 険悪な雰囲気なんて……大嫌いだから。友達同士の争いは見ていてつらいから。

 だから、擽る。

「こちょこちょこちょ~」

「や、やめて~あっ、あっ、あ~」

 傍から見たら、気でもおかしくなったかのように見えちゃうかなぁ。見えちゃうだろうなぁ。

 でも、私は擽りを止めない。


「――――プッ。クスクス。やっぱり、変わらないね」

 突然のことだったので、擽ろうとした手がリールのお腹に刺さってしまい。


「――――い、痛ァァァァァァァ!!!!!」

 痛みに耐えきれず、その場に倒れる。

「あ……ごめん……」

 私は、その様子を見ながら、静かに謝る。

「し、し、死ぬかと思ったぁ……」

 涙目になりながら、そう言う。

「ごめん」

 もう一度謝る。

「……もう平気だし、いいよ」

 いつもの、あの見慣れた笑顔でそう言う。

 だからなのか、少しだけ安心感が心中で生まれる。思わずホッと一息つく。




「――――うん。トーカ、リール」

「「……何?」」

「早く私達の世界に帰ろう」

 ヴィネがそう言うので、私はこう返す。

「そうだね」

 帰ろう。私達はこの世界に来てはいけなかったんだ。

 そう思い、私達はまだ行ったことのない時計台を目指す。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――殺してやる」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――何処かから声が聞こえる。

「何か、声が聞こえない?」

「……聞こえた。誰かを恨んでいるような……そんな感じの声」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――殺してやる。殺してやる…… 殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して、抉って抉って抉って抉って剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで剥いで殺してやるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺す……死ね死ね死ね……死ねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねねね死にやがれ死にやがれ死にやがれ死にやがれ死にやがれ死ねやがれ死ねやがれ死ねやがれ……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「「「――――ッ!?」」」

 背筋が凍る。それは、人間の皮を剥いだ化け物が、復讐心のみだけで構成された心中をそのまま叫びで表現したかのようだった。

「何……この……不快な……叫び……!?」

 別に、体調が悪いわけでもないのに、体内のものだけでなく、脳みそや心が溶けて溶けて溶けきったものまで吐いてしまうようなくらい、気持ち悪い。そんな叫びだ。

 暗い。……暗い。暗い。暗い闇に包まれた光。私達とそれとを例えるならそんな感じだと思う。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「ぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃにして……粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉粉ななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななな微塵にして……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……!!!!!!!!!」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――苦しい。苦しい。苦しい。


 ――――でも。




 ――――ここで挫けてたまるか。

「トーカ、リール……どうする……どうすればいい……」

 わからない。でも、私達は帰る。私達の世界に絶対帰るんだ。

 だから……だから……! 戦って誰かが死ぬくらいなら……!


「――――逃げよう。……早く!」

 私は……ふたりの手を握りしめ、全速力で駆け出す。

「逃げるって……何処へ……!?」

 わからない。けど、逃げるしかない。

 逃げて逃げて私達の世界に帰る。迷わない。絶対迷わない。




「――――大丈夫。ひとりじゃない。私がいる。リールがいる」

 ここで死んでたまるか。

「……一緒に行こう」

 リールが言う。

 行こう……逃げる……行こう……逃げる……。ちがう。逃げるんじゃない。

 私達は帰るために前に進むんだ。


「一緒に行こう」


 続けて言う。


「……そうね」

 ヴィネの目は光を取り戻していた。




「――――殺してやる……殺してやる……!!!!!」

 突然、目の前に何かが現れ、それがリールに飛びかかる。

 見たことのある金色の髪。それは――――


「――――アメ……さん」

 私は呆然として、その場で立ち尽くす。

「……邪魔……化け物」

 静かにそう言いながら、オーラのような纏った何かを、彼女の首に突きつける。

 彼女はヴィネを強く睨みつける。その隙に、リールは掴まれているその手を振り払い、蹴りを入れる。


「――――今のうちに」

「……うん」

 あの化け物のような叫びを発していた正体がわかり、私は悲しくなった。

 嘘だったんだね。騙していたんだね。

 私は――――あのときの私を殴りたい。そう思った。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――これでよかったのだろうか。本当に、これで……。


 でも、私は走り続ける。私達はその白黒の寂しい世界を走り続ける。

 その化け物が見えなくなるまで。私達の世界に帰ることができるまで。


 ――――絶対、生きて帰ってやる。

 わからないことだらけだけど、謎は深まるばかりだけど。

 私達は走り続けて走り続けて走り続けて辿り着く、私達のその世界へと帰る。

 涙を拭こう。顔を上げよう。

 目の前に広がるのは闇だ。でも、闇を振り払って振り払って振り払った先には……きっと光が待っているから。

 ここで挫けたら、闇に引き摺りこまれるだけだ。

 負けない。

 私はこんなところで負けない。

 私達はこんなところで負けない。

 どんなに酷い事柄が待ち受けていたとしても、嘘に惑わされたとしても、私達が離れ離れになったとしても。

 絶対、絶対、絶対に――――






 ――――負けてたまるもんか。






 14.左の道/決心した雨 END

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