14.右の道/電気はその汚れて穢れた醜い醜い血液を通るのか
「――――リール……本当に私が決めていいんだね?」
「うん……いいよ」
「……わかった」
私が選んだ道を進むとそこには――――
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『END1.右の道/電気はその汚れて穢れた醜い醜い血液を通るのか』
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「――――ティビィ」
目の前には、見知った顔の少女がいた。
いつもうるさくて、いつも楽しそうにしていて、いつも元気な、あの少女が。
「……トーカ。……リール」
静かに私達の名前を言う。疲れて、弱り果てている感じがする。
「一緒に、いたアイ……ツは、どうし……たん……だ……?」
そう言い終えた後、口から血を吐き出す。あかい、赤い、紅い、紅い紅い血だ。
「ティビィ!?」
私はティビィのもとへと駆け寄る。
「何があったの!?」
ティビィの衣服を見る。別段ボロボロには見えない。
腕や顔を見る。切り傷、擦り傷、痣。そういったものは見られない。
誰かに刺された、怪我をした、自傷行為をした……いや、それはちがう。
とにかく、からだを安静にする必要がある。
建物がないか、周囲を見回す。
「――――リール」
ようやく、リールがティビィから距離をとっていたことに気づく。きっと、疑心暗鬼になっているんだと思う。
でも、これは罠なんかじゃない。
「どうしたの? ……リール?」
――――その瞬間、頭から地面にバタリと倒れる。倒れる際、目に光を宿していないことを確認する。
リールから紅い何かが溢れ出る。
それは、さっきティビィが口から吐き出したものと同じ。
――――血だ。
「――――リール!? リール!!!!!」
リールの名前を呼ぶ。が、返事はない。微かに動くことすらない。
倒れたリールの後ろを見ると、金色の髪をしたあの少女がいた。
狂気じみた笑みを浮かばせ、彼女の右手に握られている何かが、亡骸を切り刻む。一切り、二切り、三切り。
バチッ、バチッ、という音がリールのからだから聞こえてくる。
放電現象……? 何故、リールのからだから?
そんなことより。……そんなことより。
「――――やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!!!」
激昂する。
「――――ッ!?」
左腕から出た炎をぶつける。
燃やせ、燃やせ、燃やせ……こんな悪夢燃やしつくせ!!!
次々と大切な人、ものを奪われた悲しみを悔しさを左腕に込め、ぶつける、ぶつける。
いい人だと思ってたのに……思ってたのに!!!!!
――――ガシッ、と何かに脚を掴まれる。動かない。
後ろを向き、下を見る。その手はティビィのだった。
「ティビィ! 放してよ!!!」
そう言っても、手を放してくれなかった。ティビィはこちらを向き不気味な笑みを浮かべる。
――――あ。
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「――――トーカ、誰か来たぞ。心を落ち着かせて」
「はい」
「――――よう、トーカ。そいつから離れろ。今、助けてやる」
「……ティビィ、か」
「……ッ!?」
「……ティビィ、人を殺そうって考えるのはおかしいよ」
「おかしい……? そいつはヴィネを殺そうとした。トーカはやられっぱなしでいいって言うのか? しかも、そいつは何を考えているのかわからない」
「トーカ、お前なんでそいつの味方をするんだ? そいつはアタシ達の敵だぞ?」
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「――――おはよう、トーカ」
「おはようございます」
「……うーん……うーん?」
「なんで、こいつがここに……」
「アメさん……安心してください……リールはアメさんに敵意がないみたいです」
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『こいつ』……。
ティビィのことは以前から知っていたが、リールのことは知らないような口ぶりなのは何故?
……少しだけ。少しだけ、謎が見えてきたような気がする。
そして――――
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「――――アタシはおもしろいヤツを友達にしたくてな~そんで、トーカの伝説を聞くとなぁ~すっげえおもしろそうなヤツに思えてよ~それでこれってわけだ」
「はあ、まあ退屈してたし……良いタイミングだったかなぁ」
「まあ、今後ともよろしくゥ~! てか、聞いてたイメージとまったくちがうなぁ、トーカは! なんか真面目ってーか、しっかりしてるっていうか」
「噂なんて……あまり信用するもんじゃあないよ……ハハハ」
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――――私の伝説を聞いたから。おもしろいヤツだったから。
本当に、それが理由で友達になりたかったのだろうか。
私の伝説は、考えてみると笑っちゃうようなものなのだが、本当にそれが理由で?
疑問だったのはそれだけじゃない。
私達6人は全員ちがう学校出身だという。
でも、嘘をついていてもおかしくはない。
――――全員ちがう学校出身。
――――ちがう学校。
――――学校に通っていたのだろうか?
「――――放してよ――――放してよ、ティビィ!!!!!」
耳がつんざくくらい大きく叫ぶ。嫌だ嫌だ。嘘だ嘘だ。
楽しかったこと。楽しかったもの。楽しかった時間。楽しかったあの場所。楽しかった思い出。
全部、全部、全部。
「――――嘘だったってこと……?」
心の声が漏れ出す。
「……放してよ……放してよ!!!」
しゃがみこんで、手に力を込め、ティビィの手を力尽くで引き離そうとする。が、離れない。
「放せ、放せ放せ放せ放せ放せ放せ放せ!!!」
ティビィの腕を拳で叩くが、微動だにしない。むしろ、より強く捕まれていってると言っていいと思う。
燃やせ。燃やしつくせ。
左手に炎を纏う。拳を強く握り締め、ティビィの頭を思いっきり殴る。
頭に直撃したからか、気絶し、掴まれていた脚が思うように動く。
「返せ……! 返せ返せ返せ返せ!!!」
叫びながら、少女の顔に拳を強くぶつける。怯んだ隙に、腹に蹴りを与える。
そして、すかさずまた拳を強くぶつける。
1発、左頬を殴る。吐瀉物を辺りに撒き散らす。その吐瀉物の色は灰色だった。
2発、右頬を殴る。でも、その不快な笑みをやめようとはしない。
3発、左頬を殴る。それでも、その不快な笑みをやめようとはしない。
4発。
――――少女に左腕を掴まれる。
そして、険しい表情をする。
すると。
――――ポキリ、ポキリと何かが折れるような音がする。
――――ポキリ、ポキリ……バキリ。軽い音がゆっくりと重い音に変化していく。
それと同時に、左腕から激痛が生じる。
「……痛い。……痛い」
痛みで頭がはたらかない。
頭の中では『痛い』ということだけが幾度も幾度も繰り返される。
なんとか激痛を堪え、右の拳で少女の顔面を殴る。少女は怯み、掴まれていた左腕が自由になる。
左腕を見る。左腕はぷらりとしていて、動かそうとしても動かない。
掴まれただけでこの状態だ。人間ができる術ではないと思う。しかも、相手は少女だ。
魔法が使えるから……? これはすべて幻だから……? 悪夢だから……? 悪夢に魘されてるなら、早く目を覚ましてよ、私。
――――逃げよう。
――――こんな世界から早く逃れよう。
こんな酷い世界。苦しい世界。……逃げよう。
翼を広げて、空中へ逃げようとする、が。
――――翼が千切れていて、飛ぶことができない。
「……あ……あぁ……あああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」
名状し難い声が出る。傍から見る
と、その姿はとても滑稽だと思う。
足を動かし、急いで逃げようとする。
しかし――――
逃げようとした方向に、すぐにティビィが待ち構えていて、からだ全体で動きを封じられる。
なんで、なんで、なんで……。さっきまで、あんなに負傷してたくせに、負傷しているように見えたくせに、なんでそれだけの力が残っているの……。
「……どいてよ……どいてよ!!!!!」
そう叫ぶが、退こうとはしない。
殴って殴って殴って、蹴って蹴って蹴って、強引に通ろうとする。しかし、あとちょっとの距離でさえ進むことができない。
「……どけよ。どけよ……人殺し……」
己の無力さを痛感する。ちっぽけで、中身は薄い。薄い。
「……」
殴る。強く殴る。さらに強く殴る。
「何か言ってよ、ティビィ!!! 殺すのってそんなに楽しいわけ!!? ちがう……ちがうちがうちがうよ!!!!!」
何を言っても黙ったままだ。話が通じない。
逃げないと、逃げないと。でなければ、死んでしまう。
逃げるために、隙を突いて強行突破を図る。
「――――うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ティビィの顔面を目掛けて拳をぶつけようとする。今だ。
拳ではなく、蹴りを脚に繰り出す。蹴りが脚に勢いよくぶつかり、その場に倒れる。
――――逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
一目散に逃げる。痛みのことなんてまったく気にせずに。リールが死んだことなんてまったく気にせずに。
――――が。
「――――ぐっ……が……ぁぁぁ……」
大腿に何かが刺さり、それが下に落ちる。下を見ると、見覚えのあるものが落ちていた。
――――食事用のナイフだ。
それは、私の血で紅色に染まっている。
大腿から流血しているのを確認し、前方を見る。そこには、見知った少女が、不快なものを見るような冷たい目で私を見ている。
「――――シピス」
痛い……痛い。死にそうだ。死んだら。
……死んだら、みんなに会えるのかな。
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――――チリーン、チリーン。
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――――終わりの鐘が告げる。
――――私はバタリと地面に倒れた。
疲弊したからだろうか。からだを動かすことすらできない。冷たい。冷たい。
化け物のような少女達が私を取り囲み、私の腕や脚をもいでいく。
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「痛い」
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痛い。
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「痛い」
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痛い。
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「……苦しい?」
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……苦しい。
――――でも、もうすぐお父さんに、お母さんに、アミュに、リールに。
会えるもんね。
血液があちらこちらに飛び散る。ああ……ああ……。
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「――――ちがう」
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――――誰かの声が聞こえた気がする。
でも、私はもう――――
――――涙を流していた。目からツー、と落ちるそれはひどく穢れていた。
――――その涙が止まる。
――――私の物語は終わったのだ。
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――――暖かな日差しが私を包む。
青い空、白い雲。時間はゆっくり、ゆっくりと過ぎていく。
私は草花が生い茂る地面で静かに眠る。心地よい。
やさしい風に吹かれ、草花がサラサラと揺れる。
もう少しだけ。もう少しだけ寝ていよう。
目を閉じると聞こえてくる。心温まる、草花と風のシンフォニーが。
「――――カ」
誰かの声が聞こえてくる。でも、聞こえていないフリをする。
「――――トーカ」
わかった。この声はリールの声だ。
「……んんん。……何ぃ?」
眠たげな声で応答する。欠伸が出る。
目を擦りながら、ゆっくりと立つ。
「――――いっしょに遊ぼう?」
欠伸を堪えながら、応える。
「うん……ふわーぁぁぁあ。……いいよ。何をして遊ぶの?」
欠伸が止まらない。あまり寝ていなかったからだろうか。眠い。
「そうだねぇ……」
考え始める。何をしようか。
「アミュ~、何やる~?」
リールがアミュを呼ぶ。
「……そういえば、こう~いったもの~を~、持ってきていましてねぇー」
「あ、それ……」
アミュが右手を前に突き出す。すると、その右手に握られているものが露になる。
それは、トランプだった。
「おー、おー! やろうやろう!」
リールが元気よく言う。それは、やんちゃな男の子のような感じがした。
「でも、もっと大人数でやりたいね」
「そうだね」
「そうだ、ちょっと待ってて!」
「え、ちょっと、アミュ――――」
急いで何処かへと走っていく。何処に行くつもりなんだろう。
「――――はぁ、はぁ、ぜぇ。……お待たせ!」
アミュの後ろには――――
――――黒くて大きい謎のものと、白くて大きい謎のものがいた。
「わー、――――、――――!」
リールが何か言っているが、そこだけ雑音が入るような感じで、まったく聞こえない。
――――ちがう。何かがちがう。
でも、何がちがうんだろう?
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「ちが――――」
ぐしゃりという音が響き、首がもげる。
それはもう、血塗られたただの塵。紅い紅い塵。
紅い紅い塵を貪り切り続ける、その化け物達の顔は――――
『オンリー・アリー』
終
※連載は続きます。




