第4話 花使いと戦士の花
翌朝、トリスは寝室で目を覚ます。
「うーん…もう朝か……。あっ!」
ガバッと起き上がり、壁に掛けてある時計を見る。
「なんだ…、まだ7時過ぎか…。試験までに余裕で間に合うじゃん」
ベッドから降りるトリス。
となりのベッドではルシルがまだ静かに眠っている。
「じゃあ、いってくるよ、姉ちゃん」
起こさないようにそっとルシルにあいさつする。
花使いになるための試験を受けているとルシルには言っていない。
言ったら心配して余計になにも食べなくなったり、眠れなくなったり、ましてやトリスを追いかけて一人で街に出掛けて行ったりするかもしれないからだ。
前にも仕事からなかなか帰って来れないトリスを心配して、一人で仕事場に向かおうとしたら道に迷ってしまったことがある。
トリスたちが住む地域は貧しい人が多く、治安も悪い。ホームレスや怪しい薬を扱う人間も多く、女性が一人で夜中に出歩くのは危険だった。
その時ばかりは、さすがのトリスも大家のおばさんに助けを求めた。
二人が協力して必死に探したおかげで無事にルシルを見つけることができた。
トリスは、姉の身何かあったらと思うと生きた心地がしなかった。
ただ、正式な花使いになったときにどうルシルに伝えるべきか、まだ決めていない。素直に言うべきか、適当にごまかすか。
姉に嘘をつくのはさすがに気が引くトリスである。
「まぁ、本当に花使いになってから考えるか」
そう思いながら靴を履くトリス。
玄関のドアノブに手をかけたその瞬間、ドアの向こうからドス、ドスという重い足音が聞こえた。
まるで巨人が迫って来ているかのように床が振動するのを感じるトリス。
「あっ、やべ。ババァが来る」
危険を感じたトリスは玄関から急いで離れた。
玄関の鍵が開く音がした。次の瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「トリス!起きてんだろう⁉︎」
部屋に入って来たのは大家のおばさんだった。手には鍵の束が握られている。
しかし、トリスはもう部屋にはいなかった。
「あ〜!また逃げられちまったよっ!」
開いていたリビングの窓から外を覗くと、路地裏へ走っていくトリスの姿が見えた。
「逃げ足が速いんだから、もう!」
おばさんは悪態をついた。
すると寝室からパジャマ姿のルシルが出てきた。
「…あー…、トリス…?」
「ああ、起こしちまって悪いね、ルシちゃん」
明るく優しい声でルシルに話しかけるおばさん。
「トリスなら今さっきそこの窓から出て行ったよ」
「…うん…」
「まぁ、心配しなくて大丈夫だよ…。しかし、なんだいこの部屋は?」
おばさんは部屋を見渡した。床には服やゴミなどが散乱していた。
「まったくしょうがないねぇ!」
おばさんは悪態をつきながら、ゴミを片付け始めた。
トリスの言動には困りつつも、世話好きなおばさんは、定期的に合鍵を使って二人の部屋に乗り込んでくる。そして、文句を言いながら掃除などをしていくのであった。
そんな突然の訪問にも、トリスたちはすっかり慣れていた。
もちろん、他の住人に同じことをするわけではない。
ルシルはどうしていいか分からず、手をモジモジしながらおばさんを眺めていた。
道中、また祭り用の屋台からパンを盗んで食べながら花使い育成機関に着いたトリス。
入り口が開いており、両開きのドアの左右に職員が立っていた。
職員の一人、ジョニイがトリスに気付き、手を振って声をかける。
「あ〜、トリスくん!おはよう〜!」
「ああ、どーも」
「もう〜!無愛想だな、君!」
トリスはジョニイを素通りして中入ろうとする。だが、彼に呼び止められる。
「あっ、そうそう。隣にいるのが僕の友達のイーサンだよ〜、仲良くしようね〜」
ジョニイはもう片方のドアに立っている職員を紹介した。
イーサンと呼ばれた職員は手を振りながら話した。
「どうも、イーサンだよ、よろしく。トリスさんのことは聞いてるよ、俺たち職員の間じゃちょっとした有名人だよ」
「えー…、悪い意味でか?」
「いいや、君は有力な花使い候補者として期待されてるんだよ。よかったじゃん」
イーサンは手に持っていた時計とクリップボードに目を落とした。
「今の時間は8時15分。第5の試験、合格おめでとう、トリスさん。ちゃんと指定された時間までに来てくれたね」
「このあともまだ試験があるのか?」
「あるよ、内容は始まってからのお楽しみだからロビーで待っててね」
「はーい」
施設の中へ入るトリスにジョニイが声をかける。
「ロビーに無料のジュースとかコーヒーあるよ〜。あとマフィンとドーナツもあるよ、
一人二個までね!」
その言葉にトリスはピクッと反応した。
「あのババァのせいで早く来ちまって暇だな…さっさと始まらねーかな」
そう思ったトリス。
マフィンとドーナツを平らげて、オレンジジュースを飲みながらロビーで待っていた。
第5の合格者が次々とロビーに集まっていく。
そして、時刻が8時45分を迎えた。
時間に間に合わなかった数名の志願者は中へ入ることを許されなかった。
ジョニイとイーサンは入って来ようとする不合格者を制止して内側からドアを閉じて、鍵を閉めた。
閉まったドアの向こうから叩く音や文句を言う声が聞こえた。
「あーあ、あともうちょっと早く来てれば合格できたのになぁ。まぁ、知らねーけど」
そんな光景を見てトリスは思った。
少ししてロビーのスピーカーから職員のアナウンスが流れた。
「第5の試験ー時間厳守に合格された志願者の皆さま、おめでとうございます」
「次の試験へ移る前に短い説明がありますので、職員の案内に従って移動してください」
「は〜い!隣の会場へ移動してくださ〜い!」
ロビー奥の両開きのドアの前で、ジョニイがメガホンで志願者たちに呼びかけた。隣でイーサンがドアを開けていた。
「中へ入って席に座って待ってくださ〜い!」
ジョニイが会場へ入っていく志願者たちに呼びかけた。
100人分ほどの椅子が並ぶ広い会場で、一番前には大きなプロジェクター用のスクリーンがあった。スクリーンの隣には職員が一人立っていた。
トリスは後ろの方の席へ座った。
「今から電気を消しま〜す!スクリーンの方見てくださ〜い!」
志願者全員が席に着いたのを確認すると、ジョニイは電気のスイッチを消した。
プロジェクターのスクリーンには「戦士の花について」と書かれていた。
「戦士の花ってなんだ?聖花とは別の花か?」
トリスは初めて聞く花の名前に疑問を抱いた。
スクリーンの横に立っていた職員がマイクを使って話し出す。
「これから花使いを目指す皆さんに注意事項をお話します」
画面が切り替わる。映ったのは黒い花だった。
「聞いたことあるかもという方もいるかと思いますが、花使いの力の源はこの黒い花、
戦士の花です。姿はテレビなどで見たことあるでしょう」
また画面が切り替わる。今度は水に満たされたガラスケースの中に浮かぶ黒い種のようなものが映った。
「花使いになる際は必ずこの戦士の花の種を飲み込む必要があります。体内に取り込んで初めて力を得ることができます。ただ、注意があります」
「戦士の花を一度でも体内に取り込めば、二度と取り出すことはできません」
画面が変わる。会場がどよめく。トリスも驚いて目を見開き、口が半開きになる。
映ったのは、女性の胴体から黒い花が無数に皮膚を突き破って咲いている写真だった。
花の茎が黒い血管のように全身をめぐり、女性の顔は苦痛で歪んでいた。
「これは戦士の花に適合できなかった方の写真です。適合できなければ、稀に体内の花の力を抑制することができず、暴走してしまいます。」
「暴走すると体の内側から花が咲き、亡くなります。暴走を止める術は残念ながらまだありません。ただ、ほとんどの不適合者は体内で種が消滅するだけで、何も感じません」
画像が切り替わり、聖花が映った。
「先ほどの事例は30年間、一度も起きていないので、安心してください」
「これからの試験は戦士の花に適合できる体かどうかを調べる検査となります」




