第1話「どうしてこうなった」
「……どうして、こんなことに……」
俺は今、理由もわからないまま森の中を走っている。見たこともない景色に、空には太陽が二つ輝いている。
そして後ろからは、バカでかい猪が俺を追いかけてきていた。
「ハァ、ハァ……こんな事なら、もっと真面目に振り分けるべきだった……」
とっくに体力は底をつき、ふらふらになりながら逃げ続けていたが、ついに足がもつれて転んでしまった。
地面を転がり、近くの木に背中をぶつける。
目の前には、こちらへ向けて猛ダッシュしてくる巨大猪。
ここまでか──呆気なかったな……。
俺は恐怖で目を瞑り、短い転生人生に別れを告げた。
その刹那。
ズルッ!
「えっ?」
何かが滑るような音が聞こえた。
直後、ドゴォッ!! という衝撃音と振動が身体全体に響き渡る。
だが、不思議と痛みは感じなかった。
思ったより痛くないんだな。そうか、これが即死ってやつか……。
恐る恐る目を開ける。
そこには地面に倒れ込み、ピクピクと痙攣している巨大猪の姿があった。
額には、腕ほどの太さがある折れた木の枝が深々と突き刺さっている。
「……ははっ、助かった、のか?」
周囲を見回す。
猪が突っ込んできた地面には大きく抉れた跡があり、その手前には湿った苔が広がっていた。
どうやら猪はそこに足を取られて体勢を崩し、その勢いのまま木へ激突したらしい。
頭上を見上げる。
すると、猪に刺さっている枝の相方と思われる太い枝が、根元から折れてぶら下がっていた。
「何がどうなってんだ……」
苔で滑る。
木に激突する。
折れた枝が落ちる。
偶然が三回続いただけで、あの化け物みたいな猪が死んだ。
「これが、運の力ってことか? こんなの、命がいくつあっても足りないぞ……」
何故俺が知らない森の中で巨大猪に追い回されていたのか。
それは、一時間前に遡る──。
◆
この日も、終電ギリギリに電車へ滑り込んでいた。
毎日外回りの営業を朝から夕方までこなし、疲れて会社へ戻ってからも夜遅くまで資料作り。
こんな毎日をよく五年も続けられたものだ。
ふらふらと徘徊者のように家へ向かう足取りには、もう生気が感じられなかった。
「……はぁ」
深い溜め息をついた、その時だった。
突然、目の前に光が広がる。
車か?
いや、走行音は聞こえない。
「なんだこれ、眩しいな」
手で遮っても漏れてくる眩い光に目を瞑る。
次に目を開けた時には、真っ白な空間が広がっていた。
「あれ? どこだ、ここ……」
突然現れた世界にキョロキョロとしていると、後ろから声をかけられる。
「ようこそ♪ あなたの担当になった女神のアルミシアでーす!」
振り返ると、アルミシアと名乗る女が敬礼ポーズをしながら片足を可愛く上げ、ウインクをしていた。
女神、って言ったか今?
どう見ても地下アイドルか何かじゃないか。
「女神? ちょっと待ってくれ。説明してくれないか? 意味が分からない。ここはどこなんだ?」
「あれ!? 私の可愛さに驚いてないの!?」
「まだそこまで辿り着いてないんだよ。
ここはどこで、君は何者なんだ」
「あぁー、そっかそっか。それじゃあ説明しまーす♪ あなた、大石裕二さんは過労で死にました!
そしてここは、転生管理局でーす!」
転生管理局? なんだそれ、初めて聞いたぞ。
いやいや、ちょっと待て。今こいつ死んだって言わなかったか!?
「死んだ? 何の冗談だよ」
「残念ですが、あなたは死にました♪
その証拠にほら、こちらをご覧くださーい!」
アルミシアとかいう奴が手を差し出した先に、モニターのような物が出てきて映像が流れ始めた。
そこには、さっきまで歩いていた帰り道に倒れ込む俺の姿が映っている。
心臓を押さえ、苦しそうに地面を這っていた。
「マジかよ……俺、本当に死んだのか?」
「はい♪」
「いや待て」
「?」
「過労死って、労災おりるのか?」
次話へ続く




