第十八話 現場を見て
朝の神殿。
「寄付金が戻り始めています」
会議室で若い神官が報告した。
「孤児院への苦情も減少傾向です」
「神殿不要論スレッドの勢いも落ちています」
神官達の表情が少しだけ明るくなる。
数日前まで神殿は酷い有様だった。
寄付は減るし苦情は増えるわで、街でも神官達は肩身が狭かったのだ。
だが今は違う。
神託掲示板、神殿不要論スレッド。
『神殿は不要だ』
そんな書き込みがある。
だが以前と違うのは、その下に続く返信だった。
『神殿行ったことある?』
『孤児院見た?』
『現場見た?』
『働いたことある?』
『まず見てから言え』
『見てもないのに叩くな』
そんな返信が大量につく。
アヤトが残した言葉。
――現場を見ろ。
それが思った以上に広がっていた。
休憩室でルークが端末を見ながら笑う。
「なあ見ろよ」
綾人へ画面を向けた。
『見てから言え』
『現場見ろ』
『神殿行ってこい』
『また受け売りか』
「完全にお前じゃねぇか」
「知らねぇよ」
「いや絶対お前だろ」
「違う」
「お前だ」
ルークは楽しそうに笑うの後で綾人はパンを齧る。
別の休憩室ではエドガーは腕を組んでいた。
「当然の結果だな」
周囲の神官達が振り向く。
「何がです?」
「アヤティヌスだ」
「凄いですよね」
「誰なんでしょう」
エドガーはニヤリと笑った。
「まあ予想はついているがな」
神官達が少し前のめりになる。
「本当ですか?」
「当然だ」
エドガーは頷いた。
「論理性や知識量、品格、人格、知性、そして冷静な判断力」
「間違いない」
もったいぶる。
「神父様だ」
沈黙の中で神官達は思った。
(絶対違う)
(人格って何だ)
(品格……?)
その時、廊下の向こうをギルバートが歩いていた。
そしてエドガーは満足そうに腕を組み。
――分かっていますよね?
と言わんばかりにアイコンタクトを送る。
「?」
神父が小さく首を傾げている。
多分意味は伝わっていないが、エドガーだけが満足そうだった。
その夜。
会議も終わり、神殿は静けさを取り戻している中、神父ギルバートは最後の見回りをしていた。
そしてまだ明かりのついている聖女執務室の前で足を止める。
「またですか」
苦笑しながら扉を開く。
案の定机の上には書類の山と開きっぱなしの魔道端末。
そして机へ突っ伏して眠るセレスティア。
「……」
ギルバートは静かに近付く。
そして起こさないように隣の椅子へ腰を下ろした。
ふと魔道端末へ視線を向ける。
表示されていたのは神託掲示板だった。
そこにはアヤティヌスの書き込み。
『現場を見ろ』
その一文が目に入る。
「現場を見ろ、ですか」
ギルバートは小さく呟いた。
静かな部屋で返事はない。
だが誰に聞かせるでもなく続ける。
「良い言葉ですね」
「神殿を擁護するでもなく、不要だと切り捨てるでもなく」
「まず見てから判断しろ、と」
窓の外を見る。
夜の神殿を見回りをする神官やまだ働いている事務官が見える。
孤児院の灯りは静かな日常を鈍く照らす。
「きっと」
ギルバートは微笑む。
「神殿の誰かなのでしょうね」
「現場を知っている誰かだからあの言葉が出た」
その時。
「むにゃ……」
小さな声に神父が振り返る。
セレスティアだった。
目は閉じたままで完全に寝ている。
すると再び寝言。
「アヤティヌス……さん……」
神父の動きが止まり、そして小さく笑う。
「ふふ」
若いですねぇ。
そう呟いて近くにあったブランケットを手に取りそっと肩へ掛ける。
セレスティアは気付かず、穏やかな寝息だけが聞こえる。
神父は静かに立ち上がり、扉へ向かう。
そして最後に一度だけ振り返る。
「おやすみなさい」
静かに部屋を後にした。
神殿の夜は少しだけ穏やかだった。
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