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第一話 掲示板

他作品も同時に執筆中のため更新頻度は遅いと思います。

 草間綾人は負けた。


 人生で初めての敗北だった。


 薄暗い六畳一間のアパートのカーテンは閉め切られ、部屋の隅には食べ終えたコンビニ弁当の容器が積み上がっている。


二十三歳 無職。


 趣味、ネット。


 特技、レスバトル。


 それが草間綾人という人間だった。


 高校を卒業してから特にやりたいことも見つから

ず、気が付けばそのまま数年が過ぎていた。


 働こうと思ったこともあるし、資格を取ろうと思ったこともあるが結局どれも長続きはしなかった。


 努力してまで手に入れたいものがなかったのだ。


 そんな綾人が唯一夢中になれたもの、それが匿名掲示板での議論だった。


 世間ではレスバなどと呼ばれ、くだらないと言われればその通りだったが、綾人はそれが好きだった。


 相手の矛盾を突き、論理を組み立て、反論を叩き潰す。


 それだけは誰にも負けない自信があった。


 少なくとも今日までは。


「……嘘だろ」


 綾人はモニターを見つめた。


 画面には、自分の書き込みと相手の返信が並んでいる。


「前提がおかしいですね」


「その理屈だと、あなた自身の主張も成立しなくなります」


 たった数行の返信だが綾人は反論できなかった。


 返信を書こうとするが手が止まって書けない。


 どの方向から攻めても崩される未来しか見えない。


「いや……いやいや」


 マウスを握る手に力が入る。


 過去ログを確認し、もう一度相手の発言を読む。


 さらに読む込むが、状況はやはり変わらない。


 相手の方が正く、矛盾を突き立てる余地がどこにもない。


 認めたくはないが認めるしかなかった。


「負けた……」


 椅子に背中を預け、天井を見上げた。


 ネットで言い負かされたのは人生で初めてだった。


 相手は名無し、年齢も性別も分からないしどこの誰かも知らない。


 ただ一つだけ分かることがある。


『強かった』それだけだ。


 悔しい、腹が立つ。


 だが同時に少しだけ感心していた。


「世界は広いな……」


 綾人は苦笑した。


 そして最後に掲示板を閉じる。


 その瞬間、胸に激痛が走った。


「……え?」


 心臓を掴まれたような痛みで息ができず、目の前の視界が揺れ始める。


「ちょっ……待っ……」


 立ち上がろうとして、そのまま倒れた。


 床が近づき、意識が遠のく。


 そうして草間綾人の人生は呆気なく終わった。


 


 次に目を覚ました時、綾人は森の中にいた。


「……どこだここ」


 最初に出た感想はそれだった。


 木々が生い茂り、鳥が鳴き、見たこともないクソでかい花が咲いている。


 スマホはないしパソコンもない。


 当然、電柱も道路も見当たらないが、代わりに目の前を緑色の角を生やしたウサギが横切っていった。


「いや待て」


 綾人は額を押さえる。


「これ異世界だろ?」


 思い当たる節はあった。


 前世で小説も漫画もアニメも散々読んだ、死んだら異世界に転生する話。


「マジであるんだ……」


 驚きはしたが混乱はしなかった。


 むしろ納得の方が大きい。


 未練がなかったからだ。


 友達もいなければ恋人もいない、そして仕事もしていない。


 死んだところで悲しむ人間などほとんどいなかっただろう。


「まぁいいか」


 綾人は立ち上がる。


 どうせなら楽しもう、第二の人生を。


 そう考えて森を出てから一年後。


「暇だな……」


 綾人は村の広場で欠伸をした。


 異世界生活は案外平和だった。


 魔王はいない、勇者もいない、世界を救えとも言われない。


 魔法の才能はどうやら無いらしく、農作業を手伝い、飯を食って寝るを繰り返す。


「もっとイベントとかないもんなんかね……」


 異世界に来たら人生が劇的に変わると思っていたが実際はそんなことはなく、結局自分は自分だった。


 目標もなく夢もなくなんとなく毎日を過ごしているそんなある日だった。


 とある用事で遠出をした際に、街の雑貨屋で妙なものを見つける。


「これ何ですか?」


 綾人は棚に置かれた青い水晶板を指差した。


 店主のおばさんが笑う。


「ああ、魔導端末かい」


「魔導端末?」


「遠くの人と話せる魔道具さ、最近の若い子ならみんな持ってるよ」


「へぇ」


 なんとなく購入した。


 値段も安いのは勿論、何より綺麗だったからだ。


 そしてその日の夜、宿に戻った綾人は、興味本位で起動してみた。


 すると青い光が浮かび上がり、無数の文字が空中へ展開された。


「……ん?」


 綾人の目が見開かれる。


 そこに表示されていたのは。


【議論】魔法剣って効率的か?


【雑談】おすすめの酒教えて


【悲報】王都のパン屋また値上げ


【政治】神殿への予算について


「は?」


 綾人は固まった。


 見覚えがありすぎた。


「掲示板じゃねぇか!!」


 完全に匿名掲示板だった。


 しかも規模が異常に大きい。


 王都の貴族や冒険者、商人、神官までもが利用しているらしい。


 綾人の心臓が高鳴る。


 久しぶりだった、本気で興味を惹かれたのは。


「神託掲示板……」


 画面上部に表示された名前を読む。


 そして綾人はかつてないほど楽しそうに笑う。


「最高じゃねぇか」


 こうして草間綾人は異世界最大の匿名掲示板――神託掲示板へと足を踏み入れた。

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