17話 《憤怒ノ悪魔》との接触
岩場地帯で、ラインの怒号とも絶叫とも言い換えられない言葉と、彼が倒れ伏す音が響き渡った。
レン達の分身の中で、1人だけ動きが止まる。レンは、自分達のリーダーであるラインの絶叫を無視できるほどの薄情さは持ち合わせていなかった。
その優しさが彼の長所であり、最大の弱点である。
「『完全無比なる一撃』!!」
その動きが止まったレンに向かって、軽く2mは超えているゴリマッチョの巨漢が体当たりしてきた。
レンはギリギリガードできたがその質量攻撃に耐えきれず吹っ飛ばされ、岩壁にぶつかる直前に受け身を取るも受けたダメージにより頭がグラグラと揺れる。
「レンくん!!今助けにーーうっ!?」
「あなたの相手は僕がする!しかしライン・シクサル以外は狙いじゃないです!なので降伏して下さい!」
吹き飛ばされたレンを助けに行こうとしたミクスタを違う人物が追撃し、それに何とか反応できたミクスタだが、彼女が放った銃弾は相手の少年が放つ光のバリアにより防がれて地に落ちた。
その剣を持つ影は一見レンと同じぐらいの姿をしているように見え、その身を冒険者服で包み、れっきとした剣士のような見た目をしていた。
彼は黒髪黒瞳、一般的な日本人の見た目であった。
「皆さん!落ち着いて下さい!あともう直ぐでーー」
「させる訳ないでしょお?『魔法禁止』!!」
「……ッ!?」
「アハハぁ!ざぁんねん!ダメだったねぇー!」
周りが荒れ始めたゲイルは、仲間に冷静になるように呼びかける。しかしその時、先程の2人とはまた別の声が響き、その声が詠唱するとゲイルの魔力が禁止されて魔法陣が砕け散る。
彼女は金髪青眼の少女であり、その白い肌と豊満な肉体を惜しげもなく披露し、見積もっても伝説級を超えているローブと杖を纏っている。
「マズいね…。……!!」
「召喚獣召喚:『巨大海蛇』!!」
ハルトと鍔迫り合いを続けていたサクラだったが、地面にヒビが入ってきていることに気づいて彼女が空中に飛び上がると、彼女の予想通り地面が割れ、その中から巨大な海蛇が姿を現した。
その海蛇は青黒い分厚い鱗に何百本もある赤がかった鋭い牙、そして怪しく光る赤色の眼光を輝かせ、真上にいる獲物を捕食しようと迫り来る。
しかしサクラは出来るだけ肉を捌ける体勢を取り、噛み付いてきたタイミングを見計らう。そして食らいついてきた瞬間、空中から地面にかけて急降下しながら鱗に刃を突き立て、海蛇に致命傷を負わせる。
それを受け、横腹を掻っ捌かれた巨大海蛇は激しく絶叫し、血と臓物をぶち撒けながらその場に倒れてのたうち回った。びちゃびちゃと不快な音を立るシーサーペントは、なおも暴れている。
それを見たサクラは仲間が巻き込まれることを危惧し、周りにいた仲間を全て回収していく。
まずはレンを、次にミクスタを、その次にゲイルを、最後にラインを回収し、そして皆を、敵を見下ろせる高台にまで持っていくことに成功した。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「あ、あぶ、危ねえ….助かったわサクラさん…」
「すいません、不覚を取りました。ありがとう」
「私達は大丈夫ですが、ラインさんは……」
「…頭の血管が切れて、内出血しています。処置をしなければ死にますが回復魔法で簡単に治るでしょう。しかし私は回復魔法は使えないのです…すいません」
「いんや、それなら俺ができるぜ?やっとくよ」
助けられたメンバーがサクラに感謝するも、リーダーであるラインからの返事が全く無い。それを不可解に思ったゲイルがラインの容体を確認する。すると、ラインの頭の血管が切れ、内出血を起こしていることが分かった。それを聞いた周りは焦りを見せるも、ゲイル曰く、この程度なら回復魔法で全然治せるらしい。
回復魔法は割と一般的な魔法なのだが、ゲイルは全属性魔法が使える代わりに回復魔法を覚えられない脳の構造をしていた。
だがそこは安心できる。回復魔法を使用できるのはラインとそのスキルをコピーしているレンであり、レンは地面のラインの頭辺りに治癒をかける。
するとラインの頭の内出血がみるみる引いていき、ラインの頭には大した異常は見られなくなる。
そしてラインはその瞼を開け、赤目に黒の瞳がある目を向けて、ボーッとした顔のままレン達を見やった。
それを見て安堵するレン。だが彼以外は、ラインの今の姿に違和感を感じていた。それこそ、ラインとは全く違う人間が目覚めたような、謎の違和感を。
「ーーおかしい。ライン君"の"意識が無い」
「は?何言ってんだ婆さん、ラインは起きただろ?」
「ーーーいや、サクラさんの仰る通りです。今確かにラインさんは目を覚ましましたが、以前の彼の雰囲気とは全く異なる気配を感じます」
「ーー私も感じます。ラインさんとは違う、誰かの魂のような感覚を。…果たして誰なんでしょうか」
「え、マジ?俺全くそんなの分かんねえんだけど…」
周りが不穏な雰囲気に包まれ、ライン?への視線がより厳しいものになる中、レンのみは未だ半信半疑だったが、ラインの赤い両目を見てその考えを改める。
そう、赤いのだ。
ラインの両目は先程までは黒の瞳に白目であった。
それが、何が原因かは全く分からないがラインの目は何故か赤色になり、白くなった瞳はそのままに、闇の如く真っ黒だった目の部分が血のような赤色に染まっている。しかも今回は両目でその現象が発生している。
おかしい。明らかに異常が起きている。
彼?は起き上がり、周りを見やる。
そしてその口を開き、挨拶した。
「《ーー初めまして!私は、かつて世界の頂点に君臨していた悪魔族『七罪悪魔』のNo.2!『七つの大罪』の『憤怒』を司る憤怒ノ悪魔様よ!崇め奉りなさい!》」
その声はいつもの少年声ではなく、推定20代辺りの若い活発な女の声だった。彼ーーいや、彼女は元気よく挨拶し、その手の人差し指を空へと突き上げる。
その目は、赤く光り輝いていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「《よし、挨拶も終わったわね!後ーーふぁ!?》」
「ーー今すぐライン君から出ろ。イヤならいい。どちらにせよゲイル君にキミの魂は破壊してもらうから」
「《ちょちょちょ、私はこの子に代わって喋っているだけだから!信じて!待って、まだ殺さないで!!》」
ーー『七罪悪魔』がラインの中に入っていることを知ったメンバーは、即刻臨戦態勢になる。
真っ先に動いたのはサクラであり、彼女は悪魔の首元にその刀を押し当てる。しかし涙目で弁明して来るライン?の雰囲気から、ライン?の首から刀を離す。
「《…時間だわ。では、またいつか会いましょう》」
そう言うと、サーテンはその赤い目を瞑る。軽く深呼吸すると、突然身体がバランスを崩して倒れ込んだ。それを急いでレンが支えると、微かに寝息を立てているこてが分かり、周りのメンバーは安心する。
だがこの場で寝るなど自殺行為だ。その為、レンは心が痛いながらもライン?を叩き起こし、急いで武器を持たせようとする。頬を叩かれたライン?はゆっくりと白目黒瞳の目を開き、周りを見やる。
「ーーぅ、んん……あれ、みんなどうしたの…?」
それは、確かにラインの姿そのままであった。
「ーーあれ、確か僕は…ぶっ!?」
「おいコラ!大丈夫かぁ〜!?元気ですかー!!」
「うるさいよレン!起きてる!起きてるから!!」
その姿や雰囲気も、いつものラインのものだった。
いつの間にか気絶していたようだ。身体を確認するも、特に異常などは見られない。周りを見やると、そこは岩場の高台だった。下を見下ろせるような場所に岩が聳え立っており、辺りの景色を一望できる。
その目線の下には、5人組がこちらを見ていた。
ーー1人は先程交戦した白黒の髪に黒瞳の美青年。
彼はその白混じりの黒髪を無造作に掻き、死んだ目でこちらを見やる。その目元には、濃い隈があった。
彼は世界の英雄であり、ラインの父や仲間を殺し、安寧と平和を実現させようとしていた魔界を崩壊させた憎むべき仇でもある男。
《勇者》『ハルト・カツラギ』。
もう1人も、ゲイル以外の4人は知っている人間だ。
ハルトのパーティメンバーであり、その豊満な肉体と可憐な顔、そしてその整った容姿と肉体に不相応な醜悪さを秘めた性根を持つ、金髪青瞳の美少女。
《賢女》『フェルシュ・ダンクシン』。
残りのメンバーはラインには分からないが、家族を人間軍に殺されたミクスタや孤児が増える原因を作られたゲイルは嫌でも脳裏にこびり付き、よく覚えていた。
スキンヘッドの、日焼けした筋肉質な肌を惜しげもなく披露する男は、このパーティ内で最も堅い防御とその防御力を活かした攻撃が得意な男である。
《金剛筋肉》『インメート・マシュー』。
かつては染めていたのだろうか、髪の元が黒で毛先だけがオレンジの髪を持ち、茶色の瞳をこちらに向けながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる美男子。
彼はその二つ名の通り、最強クラスの召喚獣を無数に繰り出せる、圧倒的な物量攻撃の使い手である。
《超獣使い》『キョウヤ・スギモト』。
5人の中で、最も真面目そうな顔をしている少年。
しかしその顔には、右額から左鼻の上辺りにかけて、顔が割れたかのような生々しい傷が残っていた。
その少年は黒髪黒瞳で、ラインやハルトとそっくりな見た目をしており、その手で握る剣を撫でている。
《正義漢》『タケル・ムライ』。
ーー最強の人間5人に、ライン達は狙われている。
特に勇者ハルトの持つあの剣が一番危険だと判断できる。その代物は少なくとも伝説級はあり、下手すれば神話級まであるかもしれない。
まずライン一行の中でハルトに対抗できそうなのはサクラぐらいである。
当たり前だがラインは論外、ゲイルも近接戦闘は苦手、ミクスタもゲイルと同じ、レンは先程ハルトを翻弄してたが多分ハルトが本気になれば終わりだろう。
どうすればいい?考えろ、考えろーー、
(《教えてあげましょうか?新しい宿主サマ》)
「うぉわあぁぁ!?誰!?え?アンタ誰!?」
(《アンタが誰よ!?自己紹介しなさいよ失礼ね!》)
「どうしたライン!?いきなり変な声出して」
「……ライン君、彼に何かされたのかい?」
「いや、これは……」
ラインの脳内に、20代前後の女性っぽい声が響く。 急に話しかけられた結果、その声に驚いて素っ頓狂な声を上げるラインに、謎の声が怒ってツッコむ。
最初は丁寧なサポートキャラ風の雰囲気を演じていたが、一瞬で化けの皮が剥がれた。
この声は一体何なのか。
「君は誰?教えてくれたっていいでしょ?」
(《アンタ、私が名前を名乗れって言ったの分からなかった?挨拶は自分から。これは悪魔族でも常識よ?》)
ラインがその声に質問するも《声》は答えようとせず、彼女?はずっとこちらの名前を尋ねることばかり急かし、自分からは一切名乗ろうとしない。
……ん?「悪魔族でも常識」…?
待ってこの《声》、悪魔だったりする?
(《御名答。流石私の新しい受肉体ね。まあ悪魔No.2の私の主人なら、これくらい出来てもらわなくちゃあ恥ずかしいわ》)
ラインの頭に一瞬、「もしや」の考えがよぎった。そして正しいか聞くと予感が的中し、《声》の正体が悪魔族であることが確定したのだが、ライン的にはあまり嬉しくない。
何故なら悪魔族との接触は、人間なら即刻処刑されるほどの『禁忌』だからである。人と交流を結びたいラインからすれば、この状況では枷でしかなかった。
そんな《七罪悪魔》が今、自分の体にいる。
「初めまして。僕は第13代魔王デリエブ・シクサルの一人息子の、『ライン・シクサル』です。よろしく」
(《ふんふん、ラインね。いい名前じゃない。それと、私の声はアンタの心に直接かけてるから、今のアンタは虚空に話しかける不審者状態よ》)
ラインが自己紹介すると頭の声も納得したようで、もう挨拶を求めてくることは無かったが、サラッと最後に「自分の声は周りに聞こえていない」と言った気がする。
周りを見やると、仲間全員がこちらを見て不思議そうな表情を浮かべている。
とりあえず仲間達に何でもないことを伝えると、彼らは納得してくれたようで、再度敵に向かい直ってくれた。そしてラインは再度、心の中に話しかける。
(あの、出来れば体から出て行ってほしいんだけど…)
(《失礼ね!今はこんなだけど元々は悪魔族No.2だったんだからね!私は『憤怒ノ悪魔』!世界の禁忌の『憤怒』を司る者よ?最強よ!ほぼ最強!!》)
(なんで今、僕が怒られたんだ…まあいいやよろしく)
出ていくつもりは無いらしい。ラインとしては世界から狙われる理由を作りたくないのだが、サーテンと名乗った悪魔は完全にラインの体内に居座る予定らしい。
問題はこの悪魔は何が目的でラインの中に入り、そもそもどうやってラインの中に入ったのかである。もし彼女?が何か悪どいことを企んでいるのなら今すぐ追い出す必要が出てくるし、最悪の場合は自害も視野に入れなければならない。
出来れば死にたくないし、仲良くできるのなら仲良くしたいが、相手はあの最悪の存在として伝えられてきた悪魔族。まともに話が通じればいいのだがーー、
(サーテンさん、アンタが呼ばれた理由って何なの?)
(《ーー呼ばれた理由?知らないわよ。私達悪魔は受肉しない限りは現実に影響を及ぼせないし、そもそもこの私を呼んだのってアンタじゃなかったの?宿主様》)
(知らないよ。急に入ってきて急に喋ってるんだもん)
(《人聞きの悪いこと言わないでくれる!?いい!?私だって300年ぶりの受肉で色々緊張してるのに!!》)
(ゴメンって。そんなに怒らないで欲しいんだけど……)
体の中にいる悪魔ーーサーテンに話しかけると、彼女?は反応してくれた。
ラインはこれからどうするかを考える。問題はサーテンがどうしたいかだ。もし彼女がラインに協力してくれるのなら尚良いのだが、それが受け入れられるかは分からない。
(ーーサーテンさん、アンタはどうしたいんだ?もし僕への受肉が嫌だったら、アンタを何とか追い出せるようにはするけど、どうする?僕だけでは判断しかねるし、アンタにも意見を聞きたいんだが、いいかな?)
そう聞くと、頭内の声が止んだ。理由は知らないが、多分熟考しているのだろう。ここら辺はもうラインがどうにでもできる話ではないので、彼女?の意見を待つ必要がある。少し長いが、どうってことはない。
するとサーテンが考えるのを止め、口を開いた。
(《ーー私は宿主の命令に従うだけだし、拒否権限は無いから好きにして貰っていいわよ。あとアンタ、ちょくちょく私を女か疑っているわよね?女よ、れっきとした女。まだ1000歳しかないピチピチギャルよ!》)
(1000歳はお婆さんじゃない?420歳がババアだし)
(《失礼ね!!悪魔とエルフと一部の天使は寿命が長いようになってるのよ!それに私の時代は3000歳の悪魔もいたわけ!だから私はババアじゃありません!》)
なんてこった、パーティ内の最高年齢が更新されてしまった。絶対サクラ以上のババアは出てこないと思ってたのに、普通に1000歳が出てきた。ここ最近に仲間になったゲイルも何気に100歳を超えているし、なんだかパーティ内の年齢インフレが進んだ気がする。
それはともかく、どうやら呪われたような道しか無い自分に、サーテンは付き合ってくれるらしい。これは正直予想外だったが、嬉しい誤算である。いかんせん今は敵が目の前にいるので、少しでも戦える人材?悪魔材?が欲しかった。
だがしかし、彼女曰く「自分から現実への直接干渉は不可能」ということらしいので、このままでは何をして貰えばいいかが分からない。ライン自身は戦闘が得意なほうでは全然ないので、サーテンが戦えるのなら、この体を引き渡せれればいいのだが。
するとサーテンが再度、自分から話しかけてきた。
(《そう言えば、受肉者は自分の意思で受肉させた悪魔に体を明け渡せるのよ?アンタその調子じゃ受肉も初めてだろうし、一応言っておくわ。まあ、どうするかはアンタ次第だから、私は黙って待つだけだけどね》)
サーテン曰く、受肉体となった者は悪魔に体を明け渡すことができるらしい。本人も別に不服は無いらしく、黙って従う姿勢を見せている。
自分の体は別に筋肉質では無いが準最強を自称するサーテンなら使いこなせるかもしれないと思い、サーテンに体を明け渡そうとすると、サーテンが待ったをかけた。
(《体を明け渡した場合、アンタの意識はしばらく帰ってこない。アンタの場合は10分が限界ね。それに、入れ替え中に受けたダメージは引き継がれる。しかも途中解除はできない。…この大賭け、それでもする?》)
しかしラインの頭には、今の言葉は入って来たが処理はできなかった。意識の入れ替え条件がリスキー、持続時間もラインのボディでは10分が限界。
こんな時にまで恵まれない自分の才能にため息を吐きつつも、ラインは決意してその条件を呑もうとする。
(《……サーテン、僕は覚悟を決めたよ。その地獄みたいな明け渡し条件、ホントは呑みたくないけど仕方ないんだよな…。ーーよし、頼んだよサーテン!》)
そう言うと、サーテンは頷いたような気がする。
だが体を明け渡す前に作戦会議をしないといけないし、誰が誰を相手にして、勝った場合・負けた場合の案も考えないといけないのだ。
相手とこちらの数は、全く同じ5人である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(ーーーそう言えば、『サーテン』って名前なの?)
(《いや、私の特権名が『憤怒之悪魔』だからそう名乗ってるだけよ?悪魔には基本的に、名前は無い。それは七罪悪魔の私でも例外じゃないわ。それがどうしたの?》)
(んじゃあさ、サーテンの呼び方、新しい呼び方にしていい?君も僕からずっと特権の名前で呼ばれるのは少しアレじゃないか?もしいいなら昔からあだ名付けが得意だった僕に任せて欲しいんだけど、いいかな?)
(《まあいいわよ。私のことは好きに呼んでいいし》)
(んじゃあ、考えてみるね)
ふと、『サーテン』は本名なのか気になったラインか質問すると、本来悪魔は正式な名前が無いらしい。虚しい気がしたので新しい呼び方を提案してみると、彼女はラインに新しい名前を付ける権利をくれた。
自慢ではないが、自分は人に昔からあだ名を付けることが得意だった。歳をとってからは少し謹むようになったが、それでも家畜の魔物などに名前をつけて呼んでいたりしていた。そのあだ名は意外と気に入られており、それはラインの幼馴染も好んでくれていた。
懐かしい顔を思い出したところで意識を戻し、真剣に名前を考える。これからのパートナーになる相手の名前だ、下手な名前では呼ぶこちらも呼ばれるあちらも嫌だろうから、ちゃんとした名前を考えなくては。
ーーーサーテン…サテン…サテラ……?
ーーこれだ!これが一番しっくりくる!よしーー、
(サーテン!君の呼び方が決まったよ!今日から君の新しい名前は「サテラ」!どう?いい感じじゃない?)
(《ーーふぅん、サテラねえ…ありきたりな平凡で、没個性な名前。人間にありがちな名前をいったわね、アンタ。無意識だろうけど、アンタだいぶ人間らしいわよ》)
ぐほ。自分なりには結構いい案だと思ったが、彼女的には違ったらしい。「ありきたり」「平凡」「没個性」。苦言のオンパレードだった。正直自分としてはいい名前だと思ったので、少し悲しかったりする。
(《ーーアンタもしかして、私を人間のように見てる?そうならお門違いだ、って言っておくわ。私は悪魔。それも七罪悪魔なの。人間とはまた違った感性を持ってるから、私達悪魔は人間にはなれないの。分かった?》)
心が傷つき苦しむラインに対して、サーテンは非情な話をしてきた。彼女曰く、悪魔は悪魔、人間は人間、魔族は魔族だ、と。生命の生まれは選べず、与えられた生を全うし死ぬだけ。そう言いたいのだろう。
だがラインは違った。
だって先程からこのように親しく会話できている事実があるからだ。それにサーテンはしっかりと感情を持ち、ちゃんとした会話が成立している。
なんだかんだ交流する姿はまるで、人間と交流したがっていたラインの父、デリエブにそっくりだった。
(僕から見たら、サテラも充分人間らしいと思うけどね。サテラはなんだかんだ言いながらお節介焼きだし、色々決める時も僕の話を聞いてから案を出してくれるから。ーー僕は君たち悪魔も、人間と感性はあまり変わらないな、って思ってたりするんだけどな)
ふと、そんなことを呟いてしまう。
すると、サーテンからの声が全く聞こえなくなった。何か気に障ったか、不適切な発言をしてしまったのだろうか、彼女に呼びかけても全く返事が来ない。しかもサーテンは口数が多いタイプなので、急に黙られると不安になって仕方がない。そんなサーテンだからこそ、黙られると逆に怖いのだ。
(あの…サテラ?どうしたの、急に黙って…ごめん?)
(《ーーアンタ、アレ無意識?》)
(え?)
(《今の発言はワザとじゃないか、って言ってんの》)
(ーーー??え、まあ、うん。ワザとじゃないよ?)
そう思っていると、サーテンが『怒鳴った』。
(《このーー無自覚天然悪魔たらしがぁぁ!!》)
(ーー!?!?え!?急にどうしたのサテラ!?)
(《どうした?じゃないわよバカタレがぁ!!ナチュラルに口説くんじゃないわよバカ!!アンタそれで何人堕としてきてるのよ!?……はっ!?もしかしてアンタハーレム作りたい願望とかあったりする…?》)
(…いや?ハーレムはキライだからしないよ)
(《良かったわ…ハァ…七罪悪魔に…ハーレムしてるような不貞をぶっ殺すハァ…奴がいるのよハァ……》)
ラインがそう返答すると、サーテンは何故かバテバテになりながら返事をした。何故実体の無い彼女がバテているかは置いといて、サラッとサーテンから他の七罪悪魔の話が出てきた。その七罪悪魔はハーレムなどの不貞が嫌いらしく、受肉対象が不貞なヤツだったら、即座に自死を選ぶらしい。
ヤバいな、その悪魔。
だけど同じ純愛推しとして気は合いそうである。
(…で、どうかな?サテラって名前。気に入らなかったらまた別の名前を考えるから遠慮なく言って欲しいの)
思ったよりも話がズレたので、再度話を戻す。
サーテンも落ち着いたので、これからのパートナーとなる悪魔の新しい名前の言われ心地を確かめる。
するとサーテンは「うーん」と言い、やはり不満があったのかと少し不安に思っていると彼女は口を開く。
(《ーー正直ありきたりすぎる名前ね。何より人間っぽい名前。今こうやってアンタと喋れても、結局は異なる種族。感性や考えが異なって当たり前なのよね》)
(ーーうん。配慮が足りなかった。ごめん)
(《でも、アンタが私を下手に特別視しなかったことは少し救われたわ。その平等な面に関してはアンタの優しさのいい点だと思うわよ。私はね》)
(ーーーサーテン)
(《だからアンタから貰ったこの名前、ありがたく使わせて貰うわ。……だから、その…あ、ありがとう》)
ーーー受け入れてくれた。
ラインなりに頑張って考えた名前に色々思うことはあったらしいが、それらを考慮した上でサテラはその名前を受け入れてくれたのだ。
(《そのかわりっ!!私もこれからアンタをラインって呼ぶわね。拒否権は無いわよ。この悪魔族の最上位種である『七罪悪魔』が1人の命令、聞かないわけが無いわよね?ね〜ライン〜?き・く・わ・よ・ね??》)
そんなことを考えているとサテラがラインを名前呼びすることを宣言してきたが、今更名前呼びされることに抵抗は無いし、「様」などを付けられる方が堅苦しいのでやめて欲しい。
何故か最後にサテラから圧をかけられた気がするが、多分気のせいであろう。
たかが名前呼びごときで怒っていたら、サテラの脳血管が何本あっても足りないだろうし単細胞ーー
(《黙ってても分かるわよ!!キャァア"ア"ッ!!本っ当に可愛げのないクソガキなんだからラインは!!もっと年上を敬って丁重に扱うべきなのよ!!》)
発言訂正。サテラはこんな単純なことでキレます。
めっちゃキレるじゃん、と思っているとサテラは謎の奇声を上げながらさらに激昂し、それのせいでラインの脳内が痛くなる。痛いからやめて。
なんとかサテラのご機嫌をとり、脳内の蹂躙を止めてもらう。
▽▲▽▲▽▲▽▲
(…じゃあ仲間達の場所に戻らないと。色々教えてくれてありがとうサテラ、お話できて楽しかった!)
(《勘違いしないでよね。コレはあくまで受肉者であるアンタと取り決めをした結果だし別に善意とかじゃないし好きとかそんなんじゃないから!分かった!?》)
(う、うん。分かったよ。ありがとう)
最後の挨拶をするとサテラはつっけんどんな態度を取るもその声からは心配の感情が抜け切れておらず、こちらを心配してくれていることは十分に伝わった。
どうやらサテラ、かなりのツンデレ気質らしい。
(《ヤバくなったら呼んで。10分だけだけど意識を変わってあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい!》)
(ごめん。受肉、最終からお願いできるかな?)
(《まあいいわよ。でも何で最初から?こういうのは最後の切り札にしておくものだと思ってたけど》)
理由はある。
ラインだけでは絶対に勝てないからだ。
ただそれだけ。だけど自分は死ねない。
(…そういうことだから、よろしくねサテラ!)
(《…ええ、分かったわよ。絶対アイツに一泡吹かせてあげるから、遠慮なく私を受肉させちゃいなさい!》)
(ああ、頼んだよ!)
そのような会話を最後にした後すぐに、ラインの意識は浮上する。
2人だけの空間から、4人が待っている現世へと戻っていくラインの意識は、新しい仲間ができた喜びを胸に緩やかに消えていった。
(《……ライン、本当に無意識に契約したのね…》)
1人しかいない空間で、サテラは呟いた。