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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
21/40

21話 ANNIHILATOR



 土煙舞う岩場に、甲高い金属音が何度も響き渡る。


 その衝撃で周りの小岩や崖が破壊されていき、土埃が巻き上げられ、空気が振動し、大地にも伝わって周り一帯に小さな地震を引き起こしていく。

 その衝撃や音の中心では、高身長の女と禿頭の巨体が激戦を繰り広げていた。


 一刀と一拳が重なり合う度にガキィンと金属同士がぶつかり合う音が響き、周りの砂が巻き上げられる。

 その後すぐに長身の女は軽々しく動き回り、土埃の中から奇襲するが、それに対抗した巨体の男はしこみを踏み、体から発した衝撃波で周りの土埃ごと女を衝撃で吹き飛ばした。

 しかしそれで終わるようなサクラではなく、彼女は身体を空中で一回転させ、吹き飛ばされた先にあった岩壁を踏み飛ばし、等速直線運動の軌道でマシューの元へと飛んでいく。



「"桜流 突刀"ーー『銀剣槍(ギンケンソウ)』!!」


「『頑強不壊なる一突き(ダイヤモンドスピア)』ぁ!!」



 マシューは指先に硬化能力を集中させ、その手の硬さはダイヤモンドの数倍の硬さへと変質して一突きを放ち、サクラの一撃を受け止めようとする。

 それに対しサクラは一切体勢を変えず、手に握る刀を前に突き出す形でマシューへと豪速で突撃する。


 金属で作られた刀とダイヤモンドとなった手刀が激突したことによって大量の火花と甲高い金属音が発生し、互いが大きく吹き飛ばされる。

 マシューは何度か地面を転がった後に起き上がった一方、サクラは空中にいる時点で体勢を整えており、地面に着地した瞬間すぐに大地を蹴って走り出した。



「往生際が悪いぞ《黒百合(クロユリ)》!!ハルト殿の首を刎ね飛ばすなどという凶行に及んでおいて生きて帰れると思うな!!」


「なら私を殺せよ。殺すばかり言っているが、戯言を吐くのは楽しいか?身の程を弁えろよ、クソガキが」



 何度もサクラと鍔迫り合いを繰り広げたことによって体に少しながらも衝撃によるダメージを負っているマシューには苛立ちが溜まっていた。


 生まれが獄中だったマシューからすれば、犯罪に手を染めずとも生きられるであろう、日本人であるサクラの存在が目障りでしか無い。

 肉親どころか育ての親すらおらず、物を盗むか奪うかゴミ箱を漁るような人生しか送れなかったマシューの気持ちなど分かるはずない。


 それこそハルト以外には。



 そんな日本人風情が長年苦しんできたマシューの人生を貶す権利など有りはしない。全く甚だ図々しい。


 そう考えていた。

 それが犯罪者特有の自分本位の身勝手な意見だということを自覚することなく、彼は饒舌に叫び散らす。



「ーー"桜流 突刀"ーーーー」


「『完全無比なる肉体美(プライスレスボディ)』!!ーーそして(and)……」



 2人は互いに向かい合いながら走り、互いにワザを叫びながら飛び上がる。

 サクラは先程と同じ刀による刺突の強化版を、マシューは体全体をダイヤモンドに変質し、それを腕に凝縮するパワー型の一撃を。


 2人とも、この一撃で決めようとしているようだ。



「『銀剣(ギンケン)ーー」


「『筋肉衝(マッスルイン)』ーー」


「うおおおぉぉぉ!!『光輝乱斬(フラッシュカット):八連(エイト)』ぉ!!」



 サクラとマシューの一突きが激突する刹那、2人のどちらにも当てはまらない高い男の声が響く。

 その瞬間、2人めがけて大量の光の刃が飛来し、サクラとマシューは互いの攻撃を中断して互いに反対方向へと散っていく。


 サクラだけはあの一瞬で分かったが、自分に向かってきている刃のほうが多かった。

 つまりラインやレンではない。敵だ。

 それは誰か。それもすぐ分かった。



「…ハァ…ハァッ……マシューさん!!落ち着いてください!微力ながら僕も助太刀しますから!!」



 ーーそれは、《正義漢》タケル・ムライだった。



「タケル……!?何をしている、回復はーー」


「もう処置は終わりました!フェルシュさんも既に目を覚まして、キョウヤさんも意識が戻ってます!2人には先に行くと言ってこっちに来ました!」



 いきなりの登場に困惑するマシューに対して、タケルは短く状況とこちらに来た経緯を伝えた。

 それら全てを呑み込めずとも、ある程度は納得したマシューは再度サクラに向き直り、己の拳を構える。


 だがよく見ると、彼の筋骨隆々とした腕からは肉が少し剥げたのだろうか、かなりの出血が見られた。

 さすがに骨までは見えていないが、彼が何年も鍛えてきた努力の結晶たる筋肉が削ぎ落とされ、その事実にマシューは少しながらもショックを受ける。



 彼の特権『筋体金剛化(ダイヤハーデニング)』は体をダイヤに変質させられる無敵のような防御力を誇る強い特権だが、『衝撃は防御不可』といった弱点以外にももう一つ弱点があったのだ。

 それは『削れたダイヤの分、肉体も削れる』ということ。彼のダイヤモンドは彼の肉体から直接変質しているので、その部分を構成しているダイヤモンド化を解除した時に、肉体に削れた分のダメージが来るのである。



 だがサクラはそれをしてきた。

 彼女が持つ刀自体はナマクラだが、それでもマシューのダイヤモンドをこれほどまで削る刀使いであるサクラの技量には、素直にマシューも感心する。

 彼はあまり(・・・)卑怯なことを好まない武人気質であったため、敵の強さを認めることは割と素直にしていた。



 だが負けられない。自分達の主を殺されておきながらおめおめと逃げ帰ることなど許されない。

 ーーそして彼は、サクラの『刀に』着目した。


 彼は、『あまり』卑怯なことが嫌いだった。

 『あまり』だが。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「タケル!!お前はあの女の動きを封じろ!!俺はその隙にヤツを無力化する!!」


「え!?ぼ、僕が…!?それに、策ってーー」


「黙れ!お前はハルト殿の仇を討ちたくないのか!?」



 マシューは自身の案を通すためにタケルに向けて叫ぶと、それを聞いたタケルの顔には困惑が溢れるが、マシューはそれに有無を言わさないように怒鳴った。

 いきなり味方から怒鳴られたタケルは怯み、すぐさまサクラに対して光の魔力弾を発射する。



「『拡散光弾(フラッシャー)』!!ーー『弾けろ』!!」



 タケルは飛ばした光の玉に叫んで『命令』する。


 その瞬間、ふわふわと浮かんでいた光の玉が急速に収縮して弾け、それらは大量のビームとなってサクラへと振りーーかからなかった。

 それは全て彼女の周りに落ち、サクラ、マシュー、タケルを囲む一つの空間となり周りから隔離される。



「『光輝牢獄(シャインプリズン)』!!…マシューさん!!」


「よくやった!!あとはーー」



 周りから隔絶された空間に閉じ込められた3人だったが、彼の魔力量などから考えるに、タケルからすればこれが最後のチャンスだった。

 その判断と行動に対してマシューは素直にタケルを賞賛し、腰を低く構えて突進の形を取る。



(ーーなにか様子が変わった。距離を置くべきか……)



 そう言って、サクラは2人から離れようと足を後ろに動かして、さらに後ろに行こうとした。

 恐らくあの2人は何らかをしようとしているので、わざわざ距離を詰めてやる義理はない。

 そう判断し、サクラは後ろに下がろうとする。


 ーーと、誰かに羽交締めにされた。


 咄嗟に振り解こうとするも、相手も相当な力を保有していたらしく中々解けずに苦戦する。

 正直この場でそれに当てはまるのは1人のみ。

 サクラは思いっきり身を捩り、先程から組みついてきている何者かの腕を両手で掴みながら背負い投げをした。


 サクラが投げたのは、マシューだった。


 彼は投げ飛ばされた衝撃により頭がふらついているが、体には先程のダメージ以外は無さそうだった。

 

 その反面、タケルはその場から一切動いていない。

 彼はマシューから何かを受け取り、彼はそれをマシューに向けて振りかぶり、何度も打ち付け始めた。


 それを不思議に思い、サクラは両腕を(・・・)組み考える。



 ……『両腕を』………?



(ーーー!!やられた!気づかなかった!!)



 ーー自分は、感覚鈍化魔法をかけられていた。


 サクラはマシューとタケルがいる場へと全速力で駆けえタケルに飛び蹴りをした。その豪脚はタケルへと迫り、そしてタケルが最後の一振りを終えた瞬間に彼に豪脚が炸裂し、彼は軽々しく吹っ飛んでいく。

 受け身を取れずに地面に叩きつけられ何度も地面を回転し、それによって体力がごっそりと削られて光の檻を維持できなくなり、それは崩壊する。


 サクラはそのままタケルの手に握られていたものを奪い取って状態を確認すると、かなりボロボロにはなっているがまだ何とか武器の形は保てている。

 これならまだ使えるだろう。

 そう思い、慎重な手つきで鞘に仕舞おうとーーー



「……ゲホッ…フェ"ルシュ"ざん…!後は頼…!!」


「ーー死ね!!『絶対死の一撃(アブソリュートデス)』!!」



 その技を聞いた瞬間、サクラは反射的に飛び退いてしまっていた。

 その技は、かつて自分の腕を斬り飛ばし、それから癒えぬ傷で長年サクラを蝕んで来た、悪意の象徴。


 あのリシュ・エバムが使った技と全く同じだった。


 これだけは避けたかったのだが、あまりにも唐突の一撃に、反射的に防御体制に移ってしまったサクラは手元にあった刀でガードする体制を取ってしまう。

 その技をサクラの代わりに受けた刀は、ボコボコと溶解する音を立ててドロドロに溶けてしまった。



 感覚鈍化魔法をかけたのは、フェルシュだった。

 タケルと予め打ち合わせていた彼女はタケルが張った光の檻の隙間から、こっそりとサクラに感覚鈍化魔法をかけ続けていたのである。


 飛び退いたサクラは手元を確認するも、そこには持ち手を残して溶解してしまった刀の柄しかなかった。

 それを見たサクラの心に湧き上がったのは、かつて自分に癒えぬ傷を遺した忌まわしい魔王への恐怖でも、自分は傷つかなかったことへの安堵でもない。


 殺気。ただ相手を殺すというシンプルなもの。



        ※ ※ ※



 ジュンがサクラの下からいなくなる1日前に特注してくれた、唯一の思い出の武器。

 彼はこれをサクラに手渡した後、血反吐混じりの咳と共に「ごめん」と言っており、当時は全く分からなかったが、今になればすぐに分かった。

 ジュンはある日突然サクラ達3人の前から姿を消し、それを追ったアンジェリカとリーヴも戻らず、サクラは400年の孤独を味わう羽目になった。


 そんなジュンが最後に遺した、唯一のもの。

 それが、この刀だったのに。



        ※ ※ ※



「ーー『殲滅者(メッスルモノ)』」



 その瞬間、サクラにあった最後の良心が砕けた。

 手から赤黒い閃光が放たれ、彼女は赤黒い刀を握る。


 全てを『壊す』、一筋の太刀を。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「やった…やったぁ!武器が消えたぁ!!やった!アタシが壊した!!アタシが殺(や)ったぁ!!残念だったわねぇ!!よくもハルト君を殺しやがって!!アンタもその仲間もみんなぐっちゃぐちゃにぶっ殺してあげるわぁ!!死ねクソババア!!死ねぇぇぇ!!アハハハハァ!!」



 サクラは遠くに飛び退いていき、それを睨みつけていた隻腕の少女は高らかに嗤う。

 自分に屈辱的大怪我を負わせたクソババアを機能停止まで追い込めたことを誇り、自画自賛し、嗤う。


 【神】は、まだ自分を見離してはいなかった。


 その事実だけで、少女ーーフェルシュは興奮と快感が絶頂の域に達して身体が痙攣する。

 上からモノを言っていた奴が地面に伏せているのを見た際に出るアドレナリンの量は、弱者を甚振る時には得られない最高の快感であった。

 だが、フェルシュの怒りは収まらない。

 いくら快感で打ち震えても、内心に眠る怒りは収まることなく増幅し続け、限界を迎えて爆発する。

 彼女は杖を握りながら高らかに嗤い、続ける。


 それを見たマシューとタケルは自分達の勝利を確信してフェルシュの下へと近寄る。

 タケルはサクラの飛び蹴りで全身の骨を激しく損傷したことによって歩けないほどの重傷を負っており、彼を多少なりとも認めたマシューに肩を貸してもらった。

 見咎めたタケルが彼女の体を揺すり、肩を揺すられたフェルシュは正気を取り戻し、タケルが触れていた肩を振り払う。

 タケルは蹌踉けるも、意識が戻った事実に歓喜して顔を綻びさせる。フェルシュはそれを鼻であしらい、サクラへと再度向き直る。


 サクラは項垂れたまま、ピクリとも動かない。



「……ゲフッ…や、やった…!あとは…!彼女を倒」



 その瞬間、タケルの小さな頬がぶち抜かれた。



「ぎ」



 これは比喩ではなく、どんな硬い物質よりも遥かに硬いながらも槍のように鋭い鉄拳により、血肉と体液を撒き散らしながら、タケルは軽々しく吹っ飛んでいった。ぶち抜かれた頬の骨は頭蓋骨も含めて粉砕骨折し、大量の鮮血を撒き散らしながら儚く飛んでいく。

 彼は着地できずに地面に叩きつけられ、何度も地面を転がっていき、最終的に岩壁に頭から激突した。

 吹っ飛ばされた際の威力は一切中和されておらず、殴られた直後の威力と同じ勢いで頭蓋から衝突し、タケルは岩壁に血糊の痕を残しながら力無く項垂れる。


 彼を殴り飛ばしたのは、サクラだった。

 彼女は光が無いどころかもはや生気を全く感じない死体のような目をしており、その目で見つめらたフェルシュとマシューは命の危険をひしひしと感じる。


 生理的に。生命的に。運命的に。因果的に。



「1人目」


「ーーえ?は?ぁえ?な、何よアンーーゲフッ!!」



 動揺して絶対防壁(バリア)すらまともに張れなかったフェルシュの柔らかい肌に向かって、サクラは手に握っていた何かを突き刺した。

 その何かはフェルシュの柔らかい腹の肉と皮をいとも簡単に突き破り、内臓すらも串刺しにしながら、彼女の血液と共に背中から刀身が姿を現す。その先端はタケルの光魔法の粒子が放つ淡い光を反射し、フェルシュの血でその刀身を赤く濡らしながら彼女の血を滴らせながら、赤黒く光り輝く。


 体を貫かれたことによる痛みがフェルシュを襲う。

 痛い。痛すぎる。意識を保つので精一杯だ。


 痛みが、フェルシュに降りかかる…はずだった(・・・・・)。



 サクラが握る何かが、赤黒いスパークを解き放つ。

 それがフェルシュの体に軽く当たった瞬間、フェルシュの意識と理性が『壊れた』。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




 どこまでも続く、漆黒の闇。


 何も無く、生物はもちろん、土や水を始めとした無機物だけでなく空気すらない。

 まるで宇宙空間のような冷たさを感じる暗黒空間。

 普通ならば大気が無いと生きられない為死ぬが、この空間に放り込まれた生命は皆等しく肉体は生きる。

 何故か生き続けるのだ。


 肉体は(・・・)。


 この暗黒空間に入っても生命的に死ぬことはない。

 だがそれは『身体の』話。

 精神までもが無事に帰れる保証は何一つ無い。


 また一人哀れな弱者が、この空間に放り込まれた。

 名を、『フェルシュ・ダンクシン』。

 彼女の精神は、既に形を無くそうとしていた。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




「ーーぁう?」


「う」


「あ"」


「あ"あ"あ"あ"あ"ぅ、あぅぇ……?」


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!嫌ぁ!!嫌ぁぁぁぁぁ!!嫌だァァァァ!!来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来来るな来るな来るな来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないでくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないでもう血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ嫌だァァァァ!!!!ぎぁざがあやかなかたかやなまさをなざてゃやがずぞがなわなわがぎがぎだがーーーぶ」



 フェルシュの心は、跡形も無く砕けた。

 砕けた心は、肉体にも影響を及ぼす。

 フェルシュは口の端から泡を噴き、その美貌を恐怖と激痛によって残酷に崩壊した顔で彼女は意識を失う。


 サクラがフェルシュに刺した何かを引き抜くと、その刺突痕から鮮血が噴き出し、フェルシュの体はそのまま背中から力無く倒れ、彼女の体が一度大きく痙攣し、そのまま地べたをのたうち回り始めた。

 何らかを喋ろうとしているらしいが、あまりにも早口かつ喉が潰れたガラガラの声で唸るばかりでとても話せる状態ではない。


 恐怖のあまりか唇や舌を噛み潰し、その血でフェルシュの喉が詰まる。ボコボコと溺れるような音と共にフェルシュはしばらく体をジタバタと動かしていたが、遂には完全に動かなくなってしまった。

 今も口から大量の鮮血を吐き出しており、その本能が最期の足掻きをしているようだったが、この流血量ならもう時間の問題だろう。



 そんな惨劇を至近距離で目撃したマシューの頑強な心に芽生えたのは、たった唯一の一つだけの感情。



「ーーぅ」



 恐怖。底知れぬ深淵の如き恐怖心が彼を支配する。

 今までただ従順にハルトに付き従ってきた彼がこのような感情に支配されるのは初めての経験だった。



        ※ ※ ※




 今まで様々な犯罪を犯してきたが、どんな刑に処されても一切恐怖を覚えず、懲りずに何度も盗みに入ったし殺人刃傷沙汰など大量に犯した。

 あの時死刑が言い渡されても大して怖くなかった。

 それどころかこの腐った自らの人生に対して、明確に告げられた死へのカウントダウンを嬉しく思い、いつ裁きが下されるかを楽しみにしていた節すらある。


 ーーああ、やっとこのクソな人生が終わるんだ。


 その瞬間、裁判長から淡々と言われた最後の言葉。

 今もこびりつく、嫌な記憶。



『お前には、死すら生温い罰が下る。お前のような奴に神は微笑まず、正義の心ある者に手を貸し与える。世界を恨み、全てに八つ当たりするお前には、その命を以て罪を償う刻が必ず来る。覚悟しておくんだな』



        ※ ※ ※



「ーーほざけぇぇえぇえぇ!!」



 マシューは心の底から膨れ上がった怒りのまま、己に込められた全魔力をダイヤモンドの硬さに変換し、全てを右拳に込めて、目の前の女にフルパワーで振り翳す。それを止める手段はない。

 ダイヤモンドを何乗にも積み重ね、全てを砕き屠る一撃には、どの生物でも魂諸共砕かれて死に至るのだ。


 そうだ。

 そうなのだ。

 頼む、そうであってくれ。



「諦めろ」



 マシューの腹に強烈な一撃が加わり、吹っ飛んだ。


 もう飛び付けるものもなく、彼は等速直線運動で吹き飛んでいき、風圧でマシューは息ができなくなる。

 しかもサクラの猛攻は止まず、マシューはそのままラリアットの体制で豪速で移動させられ、マシューは岩壁に大の字で叩きつけられた。

 もはや彼に吐くものは胃液か唾液しかないはずだが、その口からは赤い液体が大量に漏れ出し、地に落ち、大地を赤く染める。


 ボーっとする頭を何とか動かして周りを見ると塩の匂いがし、どうやらこの崖の下は海に面した場所らしい。

 そんな場所で海に落ちず岩に叩きつけられただけのマシューはまだ幸運なのかもしれなーーーー



「我慢比べといこうじゃねぇか、若造」



 その瞬間、轟音と衝撃を伴ってマシューの土手っ腹に蹴りが炸裂し、ダイヤモンド化が間に合ったはずのマシューのダイヤモンドは割れて空気中にばら撒かれる。

 その豪脚をマシューの腹にぶち込んだのは鬼人と化したサクラであり、手足には謎の赤黒い閃光を纏いながら蹴りをぶち込まれたその威力に、マシューは血反吐と吐瀉物が混じった体液を吐き出す。


 それをサクラは軽々しく避けながら一言。

 「我慢比べといこうじゃねぇか」と。


 ーーまさか。



「ま、待て」


「待たん」


「ーーやめてくれ」


「止めん。お前らにやられた分を倍にして殴る」



 やめてくれ。それをされたら、自分の肉体は跡形もなく砕けるまで終わらないだろう。

 ーー逃げなければ。逃げなければ、死ぬ。


 体が動かない。骨と内臓に甚大なダメージがある。

 指一本動かせない。『筋体金剛化(ダイヤハーデニング)』が限界だ。

 だが、一回発動してしまえば、この女は自分が死ぬまで殴り続けるだろう。これはケンカではなく命を賭けた戦争。卑怯も何もなく、勝者こそが全てとなる。


 やめろ。

 やめてくれ。



「やめてくれぇぇぇぇーーッ!!」


「1発目」



 マシューの魂からの叫びは虚しく響き渡り、サクラには届かない。彼女にはその訴えは聞こえてすらおらず、もはや耳を貸すまでもない環境音以下の存在と判別されたのだ。


 一撃が加えられた。

 マシューは血反吐を撒き散らし、その一撃の衝撃により腹部のダイヤモンドが華々しく散り、もはや機能を果たすような真似はできないようだ。


 二撃目が加えられた。

 今度は胸板を深く抉られ、ダイヤモンド化を解除した瞬間から激痛と大量出血がマシューを蝕むだろう。


 三撃目が加えられた。

 彼女は両手でマシューの右腕左腕にその鉄拳を加えていき、腕の筋肉の半分以上がたった一撃の拳で砕かれ、無意味な肉塊となって落ちる。


 四撃目。

 五撃目。

 六撃目。

 七撃目。


 ーーー。


 ーーーーーー。


 ーーーーーーーーー。


 ーーそしてついに、九十九撃目が加えられた。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーー痛ぇ。流石だな、金剛筋肉野郎」


「………………………」



 そんなことを言いながら己の手をさするサクラだが、彼女の拳は怪我どころか赤くすらなっておらず、それはダイヤを殴った彼女に全く反動ダメージが入っていないことを意味していた。

 本来ダイヤなど殴ろうものなら血だらけになる人の拳だが、サクラの拳は人間のそれを逸脱した、ダイヤすら砕く致死の一撃なのだ。


 サクラによるフルパワーの拳の乱打を受けたマシューだが、彼はもはや喋ることすらままならない状態へと変貌していた。



 四肢のダイヤは欠損し、目や鼻、頬などのダイヤは拳で殴り潰され、顔の大半は陥没してしまっている。

 なんとかダイヤ化は維持しているようだが、その意識も最早風前の灯で、途切れ途切れの薄い意識を叩き起こして発動しているのだ。

 唯一残る左目は陰りで覆われており、その水色の瞳に映るのは、無を体現したかのようなサクラの顔だけ。


 彼が最期に見るのは、悪魔よりも恐ろしい女の顔。



「……お…たち…は……まだ…負け……」


「ハッ!無理だな、諦めろよ。最期にお前が私達を殺そうとした理由と、それを唆した輩の名を教えるというのなら、これ以上の苦痛は与えずに殺してやる」


「ーーーーーーーーー」



 言えない。


 あの時ハルトは魔族の内通者と約束を交わした。それは魔族との間に行われた守る意味の無い軽い約束。

 だがハルトから、自分達はその約束を守らなければならないことを知らされた。


 その魔族が自分達と約束する際に何らかの精神に干渉するスキルを発動し、ハルトを除く4人はその約束を守らなければ即死する危険を孕んでいることに。


 マシューはもちろん驚愕したが、ハルトが言うことが今まで間違っていたことなどなかったのですぐに信じ、その対策を立てた。

 ハルト曰くそのスキルはどうやら感情に関するスキルらしく、『抱いてはいけない感情』を抱きすぎると即死してしまうのだとか。

 とりあえず動揺しそうなタケル、フェルシュ、キョウヤの3人には言わないことにし、これはマシューとハルトのみ知ることになった。


 この状況で言える訳がない。そんなの無茶苦茶だ。



「……………」


「…そうかよ。じゃあ、死ね」



 それだけ言ってサクラは少し距離を置く。そして右手を何か握るような形にして、手に力を込める。

 もうまともに働かないマシューの頭では、彼女が一体何をしようとしているのかは予測できず、動かない肉体を捩ることすらできずに見ることしか出来ない。


 ーーすると、サクラの手から赤黒いスパークが発せられ、そのスパークはある形を形成していく。手の中にある部分は棒状の何らかのカバーを持つ形になる。


 しばらくすると、『それ』は姿を現した。



「ーー『血閃刀(けっせんとう)』」



 瞬間、スパークが開放され、空気中へと散った。


 散ったスパークの中から現れたのは一筋の太刀でが立派な刀で、まだ鞘に収められた状態で姿を見せる。そんな超常現象をマシューは理解し切れない。元々剣と魔法なんでもありのこの『異世界』、何があっても不思議ではなかったが、まさかこんな化け物がいたなんて。

 こんな化け物を400年間の呪縛から解き放ったあのライン・シクサルは大罪人だ。こんな化け物を野放しにしておけば、人間は、いや、全ての生物に悪影響を及ぼし、その存在が一族諸共遺伝子レベルに滅びるまで殺し続けるだろう。




 限りなく、自分達は甘かった。かつて国を単騎で滅ぼした鬼人『岡咲 桜』への認識が甘かった。タケルの表情が変わった辺りから既に警戒を最大限強めるべきだったのだ。

 そもそも魔王の息子を執拗に追い詰めなくてもよかったのではないか。最初にハルトの森羅万象を断裂する一閃が防がれた時点で、自分達は相手の危険性を理解し、即時撤退を選択すべきだったのだ。

 それに相手は最初から執拗なわけではなかった。ライン・シクサルだけはハルトに対して並々ならぬ憎悪を抱いていたようだが、他のメンバーは皆冷静に対処し、平和的解決を目指そうとしていた。それは目の前で赤黒い刀を振りかぶる《黒百合》も同じだ。


 ーーーだが自分達はそれを蹴った。

 自ら和平の手を振り払ってしまったのだ。

 それからは自分含めた皆が皆敵を執拗に痛めつけ、嘲笑い、貶し、その結果この鬼人に全てが壊された。


 プライドも。ボディも。ダイヤモンドも。仲間も。



「……キョウ…ヤ……お前だけ…は……に、逃げ…」


「仲間思いだな。己の『死』が確定したこの状況で仲間の心配とは正直見直したよ。お前らは血も涙もないような残虐非道な奴じゃない」




 途切れ途切れの意識の紐を必死に紡いで繋いだマシューがまだどうなっているか分からないあと1人のメンバーに対してうわの空でボヤくと、それにサクラが口を挟む。

 彼女は相変わらず無関心そうな顔を向けながら、全く感情が籠っていない棒読みで感想を述べる。



        ※ ※ ※



 だが、マシューに勝てるのはハルトだけではない。


 彼は知らなさすぎたのだ。異世界のチート要素を。


 自身が『筋体金剛化(ゴールドハーデニング)』を手に入れたように、異世界召喚されたものは【神】から9割9部特権を授かる。

 その強さにばらけはあるものの大半が強く、中にはマシューのようにチートと呼ばれるものもある。


 目の前の女も、その1人だ。



「ーーー消え失せろ、凡骨」



 そう言われて振りかぶられた刀身は、マシューのボディへと迫り来る。

 もはや回避する術などない彼からすれば、この一閃は介錯に等しいありがたい一刀であった。

 これでこの地獄から解放され、楽になれる。







 同じく異世界召喚された召喚者、『岡咲 桜』。

 彼女は望まず召喚された、哀れな被害者である。

 その代わりと言わんばかりに、最強の能力を持つ。



 1つは特権、『不老不衰(オトロエシラズ)』。

 …『一度鍛えられた能力の永久保持』と『寿命が無限になり、老衰による死亡が無くなる』能力を併せ持つ。


 もう1つはスキルだが、こちらは本当に危険だ。



 『殲滅者(メッスルモノ)』。


 『血閃刀(けっせんとう)』と呼ぶ赤黒い刀身を持つ刀を生成する能力である。血閃刀からは刀身と同じ赤黒いスパークが纏わり、それらはまるで生きているかのようにウネウネと動き、最短距離にある生物へと黒い稲妻が伸びる。


 そして血閃刀に触れた者、斬られた者、刺された者、叩かれた者、スパークに触れた者には更なる追加効果が付与され、その人格は例外なく粉々に内部崩壊する。



 その効果とはーーーーーー、

 『今まで殺して来た知的生命体が受けた痛み、苦しみ、悲しみ、怒り、憎悪、熱さ、冷たさ、恐怖、諦念、絶望、狂乱などのその記憶を蓄え、血閃刀に触れた対象の脳に、強制的に刻み込む』能力だ。


 平和主義者が使えば大したことないが、サクラは召喚された直後、単騎で国を一個潰しているのだ。そこで発生した被害者数は計り知れない。一体何万人、何十万人もの人が彼女の手によって殺されたか分からない。


 そんな大量の苦しみが、1人に流れ込んだらーー、

 対象者の精神は、もれなく砕け散る。


 たとえ、誰だろうとも。



        ※ ※ ※



 (ーーー?ここは……?どこだ?赤黒い暗闇だ…)


 (手足の感覚は…ない。痛みすら感じない。何故?)


 (何も見えない。何も感じない。何も分からない…)



           消えろ。



 ーーーや、やめろ!来るな!!来るなあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!


 (ーーグハッ!?な、何だ、これは…!?)



           死ねよ。



 ーーーうわああああああああああ!!!!!!

 ーーー教祖様!?教祖様あ"あ"あ"あ"あ"!!

 ーーーや、やめてく……ぐ、ああああ!!!!

 ーーーたすけておかあさん!!まだわたしはここにいるの!!…ひっ!!やめて…!やめてこないでごめんなさいごめんなさいあ"あ"あ"あ"あ"!!

 ーーー助けで!!だずげでえ"え"え"!!!!

 ーーーやめて…!私は好きにしてください!!だけどどうか、どうか息子達だけは……え…?こ、れ…息子の…首…?……ぁ。あぁああぁぁあああぁぁあ………

 ーーーなぜこんなことをする!?なぜ貴様はこんな大逆事件、いや、大虐殺を平気で行…ぐわぁぁぁ!!

 ーーーもう…殺して……もう…何も見たくない……

 ーーー血が…足りない……誰か…輸血を……………

 ーーーああ、【神】よ…何故我らに救いを……

 ーーー何故!!何故!!何故ぇ!!


 (………………やめてくれ…頭がおかしくなる……)


 ーーーあなたあ"あ"あ"あ"あ"!!

 ーーーうぇえぇぇぇん!!お母さん!!お父さん!!お兄ちゃぁぁぁん!!うわぁぁぁぁ!!!!

 ーーー大丈夫だ、父さんがいる!!何も見る……ぐはぁぁぁぁ!!……ぼ…ご………に、げろ……

 ーーー逃げて##ちゃん!!お姉ちゃんと生きて、この地獄から逃げるのよ!!逃げて逃げて逃げ延びて、いつか私たちの仇を、あの女を殺してちょうだい!!私は、あなたたちが生きていればそれでーーガフッ…

 ーーー¥¥、逃げて!!逃げないと死ーーゥ……

 ーーー先生について来て!!誰も死んじゃダメ、皆で逃げ延びて生きる!お母さんやお父さんは大丈夫よ、あなたたちみたいな強い人だもの!!逃げるのよ!!どこでもいい、生きられる場所へ!!!!

 ーーー先生!!……うん!パパとママなら大丈夫だよね!!まずは僕たちが逃げないと……



          消えてしまえ。



 ーーー先生?

 ーーー逃げて

 ーーー先生!!先生は!?

 ーーー逃げてって言ってるでしょ!?死にたい!?

 ーーー先生

 ーーー行って!!早く!!!!


 (ーー止めろ、こんな、こと……)



       おい。逃げられるとでも?



 ーーーあなたは何がしたいの?こんな虐殺をして何になるって言うの?何が目的?お金?地位?名誉?何なの!何か言ってよ!!そうじゃなきゃ…そうじゃなきゃ私達の国が壊される意味が分からない!!何でみんなを殺すの!?何で国を壊すの!?この国にどれだけの人の想いや夢が詰まってるか知らないクセに!!



   …逆に、お前らは私の何を知ってんだよ。



 ーーーは?

 (ーーーえ)



   お前らのことなんて知らねぇよ。

   私はこの世界の人間ではないし、

   お前らの夢や想いなど知ったこっちゃない。

   心底どうでもいい。私に残されたのは母だけ。



 ーーーじゃあ、あんたはお母さんが理不尽に殺されても文句は言えないわよね。だってそうでしょ?あんたの大好きなお母さんが理不尽に虐殺されても、それは仕方ないことなのよね!?運命だもの!変えようがない事実!現実!人生!……あんたが言ってるのはそういうことよ。ムカついた?イライラする?恨めしい?殺したいなら殺しなさいよ!!だけど私が死んでも、あんたの心で一生怨嗟垂れ流してやるわよ!!論破できなかったものね!?仕方ないわよね!?殺したいなら殺せよ!なぁ、やってみろよクソガキがぁ!アハハハハハハハハハハハハ!!



         もう、死んだよ。



 ーーーは?

 (ーーーは?)



       母さんは足が動かない。

       下半身不随ってやつらしい。

       介護なしじゃ確実に死ぬ。

       お前今言ったよな?

       「母さんが殺されるのも運命」って。


       そうだ、母さんは死ぬよ。


       母さんはもう死んだも当然。

       もう、何もかもどうでもいい。

       父さんに続いて母さんまでも。

       何故世界は私から全て奪うんだよ?



 ーーーあなた、何者…?何でこの世界に…?



       私は岡咲 桜。日本人だ。

       全て奪われた、傷物の女。



 ーーーニホンジン?…キズモノ?どういう……



       だから私も、世界から全て奪う。

       奪われた分の何百倍でも奪う。

       奪って、奪い尽くして、まだ奪う。

       もしまた蘇れば、それも奪う。

       殺して、壊して、滅し尽くす。

       …『殲滅者(メッスルモノ)』か。皮肉だな。

       全てを壊したい私にはお似合いだ。

       …なあ、お前もそうだろ?被害者。

       私に奪われてどうだ?苦しいか?

       切ないか?憎いか?殺したいか?


       だが私も、殺したいほどこの世界

       を憎んでいる。滅べばいいと思う。


       だから私はお前らから奪い続ける。

       それがコの世界に対しての復讐だ。


       私から全て奪った世界への介錯刀。

       それが『血閃刀(けっせんとう)』だ。

       


 ーーーば、ば、けも、の………………。



       なんとでも言え。お前は死ぬ。

       この業火の中で焼かれないだけ

       感謝してほしいんだがな。


       ーーーじゃあ、さよなら。

    哀れな被害者さんへ、世界の被害者より。




 (ーーーま、待っ!!)


 ーーーま、待ぁぁあ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて血が血が血が血が血が血が血が血が血があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"熱い熱い熱い熱い熱い寒い寒い寒い寒い寒い死死死死シシシシししししーー、



       助けてよ、父さん。母さん。

          会いたいよ。



        ※ ※ ※



「ーーぅ、ぁ、ぶ」


「終わりだ、インメート・マシュー。せいぜい永遠とも思える僅かな時間を過ごし、塵芥と共に朽ちていけ」



 マシューの『筋体金剛化(ゴールドハーデニング)』が解除され、肉が失われた場所から大量の鮮血が噴き出し、崩れかけの崖を真っ赤に染めていく。

 マシューは崖へと倒れ伏し、それと同時に岩壁もガラガラと音を立てて崩壊を始め、マシューはなす術なく崩壊に巻き込まれる。

 サクラは軽々しく飛び上がり、マシューに背を向けて戻っていく。どうやらライン達の下へ帰るようだ。


 全てがスローモーションに見えるマシューの脳裏に焼きつくのは、自分と共に落ちて目の前に迫り来る岩でも、かつての仲間達の笑い顔でもなかった。

 彼の脳裏に焼きつくのは、今まで岡咲桜に殺されてきた亡き者達の断末魔と痛みと苦しみ、その他諸々。


 そこにかつての《金剛筋肉》が誇る確固たる意思は存在し得ず、その場にいたのは、ただ死を恐怖し、畏れ、絶望する1人の人間、マシューだけ。


 いくらチートスキルを持とうと、体を鍛えようと、死への恐怖は人間なら皆が平等に感じる終着点。

 彼はチートを有する超人にはなれたが、サクラのような心無き鬼人にはなれなかったのだ。


(死にたくない)


 マシューに残るのは、死への恐怖のみだ。


(死にたくない)


 あれだけ怖くなかった死刑ですら、今は単語を思い浮かべた時点で恐ろしすぎてショック死しそうだ。


(嫌だ)


 叫べない。助けを呼べない。なす術なく落ちる。

 その下は海だ。浮かび上がれない。死ぬ。


(ああ、何で俺だけーーー)


 マシューの意識は途切れた。


 彼は海に落ち、続いて落ちて来た崖が崩れたことによって彼の体は落ちて来た岩雪崩に押し潰され、海底まで落ちた彼の肉体は血と共にバラバラとなり、魚のエサとして海底にばら撒かれる。


 そこに人だった形はない。彼が最期その瞳で捉えたのは、自身目掛けて落ちてくる岩石の雪崩だった。



《金剛筋肉》インメート・マシュー。魔界で死亡。



        ※ ※ ※



 ーーーー。



【ーーー生命活動の停止を確認。召喚者名:『ハルト・タナカ』が所持する特権『三頭獣(ケルベロス)』の『三頭生命(トリプルヘッド)』を使用し、対象の命ストックを1減らすことを対価として、肉体の完全蘇生を開始します】


【ーーー失敗。再度挑戦します。ーー成功。肉体の再構築を開始。ーー10%ーーーー40%ーーー85%ーーー99%ーー100%成功。これにより、召喚者名:『ハルト・タナカ』の肉体は完全に蘇生されました。次に、特権に刻まれた対象者の魂の情報を元に、無垢の魂に情報を移し、再度肉体へと戻します。ーー成功。対象者の魂情報は無垢の魂へと書き写され、再度動作させることが可能になりました。これで蘇生活動を終わります】





「ーー。俺、死んだはずじゃーー」


「まあいい…よくはないな。……やっと他※に会えたかと思ったが死ねなかったのか。どうやら【神】サマに愛されるというのも、度がすぎると邪魔になるらしい」


「ーーあそこか。まだ生きていたんだな、魔王の息子」


「次は逃がさん。お前からは他※のことを聞き出す」


「ーー待っていろよ、ライン・シクサル」



 『彼』は起き上がり、地を歩く。

 まずライン・シクサルを殺す前に情報を聞き出し、それから仲間諸共一撃で屠る。それだけだ。



 『彼』は、その瞳に黒い深淵なる濁黒を宿しながら、重い体をなんとか動かして足を運ぶ。

 その目的は全て弟のことで、彼にとってそれ以外はどうでもいい、等しく価値のないことなのだ。


 《最強》は不完全ながらも、コの世に再臨した。



「……タケル」


「ーーーー」


「死ぬな、生きろ。『治療(キュアー)』」


「ぅ、ん……」


「良かった。タケル、ヤツらは?」


「……向こう。…あっち……です」


「すまないな。だがもう安心しろ。斬撃への耐性もついたから、あのババアに殺されることはもうない」


「…そうですか…良かった、です、ねーー」


「ーー気を失ったか。まあ大丈夫だろう。……あとフェルシュ、先程から断末魔が喧しいからやめてくれ」


「死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないーー」


「仕方ねぇな…『呪縛解除(ディスペル)』」


「ーーーーーーーー」


「…やっと静かになったかと思ったら、今度は無言か。まったくもう……」


「……ハルトさん?」


「ーーキョウヤか?」


「ハルトさん!?生きてる…良かった…アナタが死んだらボクは……でも、死んでなかったんですか!?」


「俺にもよく分からん。俺は確実に首を刎ねられたが、いつの間にか地面に倒れた状態で、しかも五体満足で復活してたワケだ。…意味わかるか?」


「いや全く…でもハルトさんが無事なら良かったですよ本当に!……で、この役立たずとビッチは寝ているわけですか。筋肉バ…マシューさんは?」


「ーー魔力が全く感じられない。どこか遠すぎる場所まで1人で逃げたか…あるいは死んだか」


「マシューさんが!?正直鬱陶しかったから居なくなったのなら清々しますが、やられたとは…つまりボクが次の二番手ということかな?」


「いや、そうなった場合パーティの二番手はタケルになる。何せタケルは状況判断に優れているからな」


「……分かりました」


「ーーあ、あとすまんキョウヤ」


「ーーー?」


「コイツら安全なところに置いて、召喚獣使って少しの間あのババアの足止めを頼む。別に無理はしなくていい、その間に俺がライン・シクサルを殺し切る!」

「ーーー分かりました!お気をつけて!」



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