表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

最終話 チワワは、いつでも人知れず異世界を救っている


 中立国の使いという立場を利用して、ブーケ姫の哀しい未来を伝えて騎士は去っていった。彼がブーケ姫に悲劇を回避するルートとして提案したのは、この闇に包まれた森の復興を諦めて中立国の領地になること。魔族達は、中立国が提供する空いている土地を使って新たな未来を作るという内容だった。

 それが本当に将来起こりうる未来であるかは、彼が未来から持ち出した年表と伝記の内容が当たれば……証拠になるという。


 ブーケ姫は意を決して自らの未来が記された年表を捲り……その手が止まる。


「この年表が合っていれば、近いうちに食料の調達が今より困難になって、中立国から特別な契約で支援してもらうことになるのね。きっと、お兄様が民のために頭を下げたんだわ」

「ブーケ姫……その年表が全て当たっていたとしても、当たっていなくても。私は姫様の魔力をすべて使って森を復興させるのは反対です! だからといって、中立国の領土になることを勧めるわけではありませんが……」


 大人しく中立国の使いである騎士が話もほどほどに帰ったのは、支援要請をそのうちすることになることを知っていたからだろう。今の生活だって他国に多少なりとも支えられているはずだが、聖なる獣を持たない種族ということでそれほど優遇されているわけではない。


「どちらにせよ、私の魔力をすべて使って作った森は期間限定でしかない仮初めの楽園だわ。もっと、別の復興方法を考えないと……。けど、その前にハチを未来へと帰してあげないとね。まだ、ハチがやって来た未来がカケラでも残っているうちに」

「そうですね。万が一、食糧危機が本当にやってきたら、ワンちゃんのごはんの調達も難しくなります。支援を待っている間に何かあったら大変です! 次の新月に儀式を成功させてハチを送ってあげないと」


 これ以上状況が変化して、未来が完全に変わってしまう前に……オレは急いで未来へと帰ることになった。ちょうど、タイムワープが可能とされている時期は新月か満月である。タイミングよく、次の新月の夜が近づいていた。急ごしらえとはいえ、流石は魔王城といった感じで専用の儀式部屋で魔導師達の手によりタイムワープの呪術が整う。

 目指す未来のホロスコープが描かれた魔法陣にカゴごと乗せられたオレは、次第に魔法の渦に吸い込まれていく。一緒に儀式の場に加わっていたブーケ姫が、最後にオレに別れのメッセージを伝える。優しく頭を撫でる手は、大人のものであるものの、どこか本来の飼い主であるブルーベルを彷彿とさせる。


「ハチ……私は、あなたが帰る未来をより良いものに変えられるように努力するわ。実はね、夢でパピリンと約束したの。パピリンの子孫と私の子孫が未来で一緒に暮らせるように頑張るって……生命の木を繋ぐようにね。ハチ……あなたの飼い主でいられたのは短い間だったけど、たくさん私に元気をくれてありがとう……大好きよ! ブルーベル姫によろしくね」

「くうーんきゃうん(ブーケ姫、オレからも……ありがとう。ブルーベルと同じくらい大好きだよ)」



 * * *



 まるで、それまでの出来事は夢であったかのように……オレは微睡みながら元の時代の魔王城内に辿り着いた。目覚めるといつも通りのケージの中で、続き間の向こうにはブルーベルの部屋。


「きゅーん(あれっいつものお部屋だ。帰ってきたのかな)」

「ハチ! おはよう。よく眠れた? 実は、今日は森の復興に必要な『生命の木の苗木』を貰いに行くんだけど、ハチも一緒に来る?」


 久しぶりに会うブルーベル姫は相変わらず可愛くて、スポーティーなファッションも成長中の少女といった感じでよく似合う。だが、俺の知る未来では森はブーケ姫の手によって回復していたから『森の復興』を行なっていなかったし、そもそも生命の木の苗木なんてものは植えられていないはずだ、


「きゃうんっ(森の復興……苗木っ)」


 思わず驚いて声をあげるが、勢いよく返事をしているだけと勘違いしたようで、リードをつけられて外へと連れ出されてしまった。



 ワープ魔法で緑が多く広がるどこかの公園へと辿り着いたオレとブルーベル。行く先は……中立国運営の大型自然公園内にある植物管理事務所。年に一度、貴重な植物の苗木を提供しているそうだが、今回はある老騎士からの好意による提供であるため、面接に受かった場合のみ苗木が得られるらしい。


 心地よい風が吹く大型公園は、カルガモが泳ぐ湖が印象的でとても爽やかだ。犬のお散歩コースとしても人気があるようで、ブルーベルも珍しくトイプードルを連れた少年に話しかけられちょっとだけ談笑したりと平和な雰囲気。


「へぇ……君がブーケ姫と同じ一族のブルーベル姫かぁ。多分、あの爺さんだってブーケ姫の子孫になら苗木を渡すだろうけど……頑固なんだよなぁ」


 少年からもたらされる情報は、ちょっぴり不安になる内容だったが、森の完全復興には必要不可欠な苗木だという。


「あのね、ハチ。苗木の提供者は、もうすぐ二百八十歳になる魔族のおじいさんで、噂だとブーケ姫と婚約していたこともある人なんだって」

「きゃわん(えっ……それってまさか、例の騎士の男か)」

「一応、私がブーケ姫と同じ一族って事で面接出来ることになったけど、本当はブーケ姫本人に渡すはずだったらしいから、きちんと見定めてからじゃないと苗木は手に入らないだろうって」

「くうーん(あの騎士さん、ブーケ姫とはその後もそれほど上手くいかなかったのか)」


 複雑な心境を振り切るように歩きながら、売店を兼ねた管理事務所に到着。チワワの足では結構な体力を使うお散歩コースだったため、水を飲んで休憩させてもらう。すると、ついに事務所の待合室から例の老騎士が現れた。魔族とはいえ二百八十歳くらいという噂だし、やはり結構なお年で杖をついている。


「ふんっ! お前さんが、あのブーケと同じ魔王一族の娘か。なんだ、ずいぶんと子供じゃないか……まったく。魔王もまさか自ら動かずこんなチビッコに大事な用事を任せるとは……。これじゃあ、込み入った話ができんわい。悪いがワシはお前みたいなおチビに大事な苗木を手渡せるほど馬鹿じゃない。今日は諦めて帰ってくれんか」


 嘘だろ? まくしたてるようにどんどん話を進めた挙げ句、勝手に今日の交渉を打ち切り始めた。正確にはブルーベルではなく、父親である魔王様の方とお話ししたかったらしい。


「そ、そんな。私……パパ、いえ父からこの大事なお仕事を引き受けたんです。遊びじゃないんです……お話だけでも」

「しかしなぁ……大人同士のような話も出来んだろうし、子供には適当な菓子の土産でも持って帰ってもらうのが普通……。魔王も一体何を考えて……おや、その子犬は……」


 オレとしては、二百五十年前の時代で彼の若かりし頃に出会っている分、なんだか気まずくて身を潜めていたのだが。老人とはいえやり手の騎士だっただけはあり、状況判断能力は鈍っていない模様。


「この子は、私の大切なパートナーのチワワのハチです。もしかしたら、伝説の聖なる獣テチチの子孫かもしれないんです! お願い老騎士様、ブーケ姫の意思を継いでハチと一緒に森の復興を頑張るから……苗木を魔王城に下さい!」

「チワワのハチ……チワワ、はてどこかで……」


 ――思わず老騎士の鋭い瞳とオレのクリクリした大きな瞳がぶつかり合う。


 ギラギラした剣士特有の瞳に見つめられてビックリしたオレは小さく震えながら、チワワ特有のウルウルした瞳で見つめ返すしかなかった。


「チワワ……じゃと……!」

「きゃうーん」


 そして、その瞬間にオレの小さなチワワボディからまばゆい愛くるしいオーラが放たれた。


 癒し系のオーラは、驚いたことに頑固な老騎士のハートに直撃したのである。


「チワワ……まさか、あの日あの場所でブーケ姫と一緒にいたあの子犬……? いやまさか、しかし……それにしてもこの歳になってよくよく見ると……ふむ、ブーケ姫が夢中になっていただけあって」

「老騎士様、ハチがどうかしたんですか?」

 不思議そうな顔で老騎士を見つめるブルーベルだが、老騎士さんの視線はオレのみに向かっていた。まさか、このお爺さんオレがあの時の子犬だって気づいたんじゃ……。けれど、その不安は予想外に良い方向へと転換されるのである。


「うむ……分かったよブーケ……これも運命か。よし、この可愛い犬に免じて苗木はお前にやろう! ただし、条件はこのチワワのハチとワシが立ち合う形で植樹することじゃ」

「本当? 老騎士様、ありがとう。やったね、ハチ!」

「きゅいーん」


 オレがブルーベルに飼われるキッカケになったあの日も使われたチワワ族特有のチートパワーを使ったんだっけ。その名も『ラブリーチート』と呼ばれているものだが、まさかこんなところでも役に立つとは。

 いや……今回は特別か。二百五十年に及ぶ長い長い歳月が、老騎士の頑固な心を溶かしていったのだろう。



 * * *



 これは、魔族の間で伝記として人気の『テチチの紋章・エピローグ』に付け加えられた一節。



 ブーケ姫が復興作業を始めた日から数えて、およそ二百五十年後の未来のある日。


 愛犬パピリンとテチチの子孫である『チワワのハチ』は、ブルーベル姫、魔王様、番犬のケルベロス、そして老騎士とともに闇に包まれた森の最後の復興作業として『生命の木の苗木』を植樹しました。ブルーベル姫の母親が眠る庭園エリアなどは、すでに瘴気を浄化済みでしたが、全てのエリアはまだ浄化できていなかったのです。


 かつてのブーケ姫の婚約者であった騎士は、すでに二百八十歳ほどの老騎士でした。せめて自分が死ぬ前にブーケ姫の魂と和解したいという思いから、森の復興に役立つ『生命の木の苗木』をブーケ姫と同族の子孫に授けたのです。


 この『生命の木の苗木』は、老騎士が長く中立国に貢献した記念として特別に精霊から賜ったものでした。苗木を手に入れた時にはすでにブーケ姫はこの世におらず、老騎士は酷く落ち込みました。


 ですが、チワワのハチと向き合った時に彼はようやく自分に素直になれたのです。チワワ族に流れている不思議なチカラ『ラブリーチート』は、いつも人知れずこの異世界を救い続けます。若かりし日にブーケ姫と折り合いがつかなくなった彼でしたが、素直になるキッカケがまさか可愛い『チワワのハチ』だったとは誰も気づきません。


 ただ1人……あの森で守り神のような霊魂として、ハチを見守っているブーケ姫以外は。


『よくやったわね、ハチ! 偉かったわよ。さすがは、私のパピリンの子孫だわ!』


 肉体を持たない霊魂であるブーケ姫の労いの言葉は、風に流れてそよそよと消えていきます。けれど、完全にブーケ姫のメッセージが消えるわけではありません。その言葉はふと、ハチが空を見上げてブーケ姫を思い出す時に鮮明に聞こえてくるのです。


 犬と飼い主の絆は、誰にも断ち切れないほど固く結ばれているのですから。


2019年10月25日、作品完結です。ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ