佳乃
悠然と雲が流れる空の下、眠気に負けてソファでまどろみかけた頃、
こんこん、とノックが聞こえた。
「はい」
ソファから起きて入室を認める。
「よう。昼寝の邪魔したか」
入ってきたのは、何度注意してだらしなくスーツを着崩している比奈人.
「どうした?」
「『大将』が呼んでる」
「分かった。すぐ行く」
返事して、立ち上がる。
比奈人はドアの前で俺を待ち、一緒に部屋を出る。
陵雲党本部がある街『螢送』
外からは子供が遊んでいる声が聞こえ、陽光が入る廊下を歩いて行く。
出会う人全員が道を開け、敬礼する。
それに答えながらも進んでいく。
「ふふふ」
比奈人が後ろで笑いを堪えている。
後ろを振り返り、目で
「笑うな」
と、威圧するが、さらに笑いを誘発した結果に終わった。
比奈人を無視して先を進み、大将の部屋に着いた。
「やぁ、忙しいのに悪いね」
「いえ」
部屋に入ると、聡明さを物語っている瞳、その体からは強い意志を放っている。体格はそれ程秀でている訳ではない。しかし、彼に勝てる人間はいない、と思わせる雰囲気を感じずにはいられない。
大将、と比奈人は言っているが彼はこの国全土を戦争に引き込んだ跋維党大将軍『佳乃』
跋維党と呼ばれる組織を使いクーデターを起こした。
その指導者の名は『礼儀』
腐敗した楽政府に失望し、国の浄化を謳いそれを国中に広めた。
それに賛同した組織を率いて蜂起し戦いを繰り広げている。
戦況は跋維党にやや優勢。と言った所か。
自身が前線に出る事は無いが、戦略を展開し臨機に応じた指示を出している。
この戦局は佳乃の手柄と言ってもいいだろう。
「何か」
「最近、体動かしてなかったからさ」
そう言って一振りの剣を渡される。
「他の連中じゃ物足りないし」
すらり、と抜いた剣。
「手加減すれば問題無いじゃないですか」
「稽古つけるのならそれでいいが、私には物足りない」
俺が構えるより早く打ち込んでくる。
半歩ずらして避ける。
視線は彼。
外されたのに微笑んでいる。
俺も剣を抜いて打ち込む。
一撃、二撃と打ち込むが避けられる。
間合いを開けて、息を整えて、
「ふっ」
佳乃は俺の間合いの外からしゃがんで飛び上がる。
剣を突き出すが、体を捻りそれを避けて剣を振り下ろす。
お互いの剣が交差する。
「ふぅ。中々楽しかった。また頼むよ」
「真剣でなければ」
剣を収めて返す。
お互いの顔からうっすらと赤くなっている。
「では」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。話があるんだ」
呼び止められて奥の部屋に入る。
「夕音襲撃に私も出ようと思うんだが」
開口一番。そう言ってきた。
「貴方は跋維党の大将軍。軽々しく前線に出るなど」
「いいじゃないか。君に貰った『蒼空乃極』を使いたいし」
……。
風仙界から奪ってきた『宝剣 蒼空乃極』を彼に預けてから、五年。
仙界の武器を使いこなせる様になってきたから慢心したのか、
いや、彼にそんな気持ちは無いな。使いこなせる自信があるからこその言葉だな。
まっすぐな瞳。こういう瞳をする時は誰が何を言おうが意見を変える事は無い。
比奈人を見る。彼も止めても無駄だと言っている。
実践でどこまでやれるのか見てみる必要があるか……。
「分かりました。語武運を」
「ふふ」
軽く笑う佳乃を残して部屋を出る。
「比奈人。後からついて行け」
「了解。こっちが勝ちそうだったら出ないよ」
「それでいい」
翌日、佳乃が一群を率いて出陣していった。
遅れること一時間、比奈人も出て行く。