04-街道沿いの化け物森
木の実のジャムを塗ったパンを齧る。うむ、美味い。この美味さにほんの一欠片でも俺の力が入っていると考えると嬉しいことだ。いや、もちろんそんなことはないんだが。この間収穫した麦はまだ乾燥のために寝かされているのだから。
「今日は何かご予定はありますか? 久留間さん」
心臓にグサリとくぎを刺されたような気がした。もちろんそんな気はないのだろう、あくまでシオンさんはにこやかだ。しかしその目は笑っていない。
「えーっと……その、村の方を手伝いたいかなー、なんて……」
「申し訳ありませんがそちらはキャンセルして下さい。お仕事です」
目が笑っていない理由が分かった。
俺も襟元を正し、真剣な表情を作る。
「俺の仕事、と言うことはダークや転移者が現れた、と言うことでしょうか?」
「判然としません、ですが何者かが現れ、人を殺していることは確かです」
すでに人死にが出ているのか。穏やかな話ではない。
「住民の証言では、まだら色の怪物を見たというのです」
「まだら色? 白でも黒でもなく、まだら色。そりゃあ、何とも……」
「不可思議な話です。それも含めて調査をお願いしたいのです、久留間さん」
一も二もない。最近は暇だし、ここいらで存在感をアピールしておくのも悪くないだろう。それに、人死にがこれ以上出るのはいただけない。エラルド領は俺が守るべき場所だからだ。どこから現れたかも分からない化け物の好き勝手になどさせない。
「分かりました、早速調査に取り掛かりましょう。それで、場所は?」
「シウスから帰還する前に宿場町に立ち寄ったでしょう? あの近くです」
あの辺りか。起伏が激しく森や藪が多い、邪な意志を持つ者が隠れるにはもってこいだ。シーフの知覚力が調査の要となるだろう。
「それから、今回は多良木さんが同行します。協力して取り掛かって下さい」
「多良木が。そう言えば、武装神官協会のテストを受けたって話でしたね。
それで正式に認められて、今回が初仕事……って感じかな?」
「そういうことだ。足引っ張んじゃねえぞ、先輩」
ギッ、と多良木は俺のことを睨んだ。多良木は俺と違ってよく働く、炊事洗濯家事掃除、色々なところでよく見る。だからだろうか、俺のことを見る目は厳しい。そんなに怒らないでくれよ、適材適所だろ?
「さて、それじゃあ行きますか。エラルド領を守るために、なぁ?」
「手前に言われるまでもない。奥様、行ってまいります」
「気を付けてください、久留間さん、多良木さん」
こうしてデコボココンビの討伐行が始まった。
さて、どうなることやら。
宿場の厩舎に馬を泊め、俺たちは宿場町ゴブルに降り立った。
「まさか馬にも乗れないとは……お前、こっちの世界に適応してなさすぎだ」
「っせえな! しょうがねえだろ、馬に乗るより走った方が速いんだよ!」
むしろ多良木が乗馬に慣れていたことに驚きだ。そう言えば、不足した物資を階に行くために馬に乗っていた彼を見たことがある。この2カ月の間にこちらの世界に相当適応したようだ。オイオイ、向こうに戻る時に苦労することになるぜ?
「ともかく、話を聞こう。向こうまで伝わってない情報があるかもしれないしな」
「ああ、それにしても人々を襲うまだら色の怪物、か……何だと思う、お前は?」
「さてな、だが並のダークじゃないことは間違いない。気を付けて行こう」
多良木は黙った。果て、変なことを言った気はないのだが。ともかく、仕事だ。俺たちは宿場で一番大きな建物、すなわち宿屋兼酒場へと向かって行った。
「おおっ、これは……思ってたよりも大変なことになってるみたいだな……」
宿屋はさながら野戦病院のような有様だった。給仕が清潔な水と布を持って走り回り、それらの助けを床に倒れた人々が待つ。死屍累々、と言った感じの状態で、特に部屋の壁際には負傷の思い人々が集められている。あの傷では治療もままなるまい。
「ああ!? 何だ、お前らは! 済まねえが、いまは営業してねえよ!」
「いえ、泊りに来たわけじゃありません。武装神官です」
彼らは俺のことを覚えてくれていた。
だからスムーズに話が進んだのだ。
「シオン様から依頼を受けて、こっちに来てくれたのか! ありがてえ!」
「何でも、まだら色の化け物が出てるんだって? 詳しく聞かせてくれよ」
話を総合すると、こんな感じになる。
怪物が現れたのは、いまから1週間ほど前のことだ。その頃はおかしな姿をした化け物が徘徊している程度だったが、その内乗合馬車が襲撃された。腕っこきの冒険者が化け物を討伐するために向かったが返り討ちに遭い、更に彼らを追って宿場町まで化け物は侵攻を仕掛けて来た。かろうじで追い返したが、次が来ればもう耐えられない。
「その化け物ってのはいったいなんなんだ? 特徴はダークのそれじゃないが」
「俺たちには分からん。だが、ダークのように獰猛で、そして力強い怪物だ。
それから、そいつらを殺すとダークと同じように魔素放出が起こる。
その場で身体変化した人間がいたから、何とかなったようなもんだ。
もしそうじゃなかったら終わりだった」
死ねば魔素を放出する化け物、か。ダークの特徴と一致する点も多い。と、なるとまだら色の化け物とやらは新種のダークなのだろうか?
「よく耐えた。後は俺たちが受け持つ、その化け物とやらはどこにいる?」
「いまは森に戻っていやがる……だが、お前ら! 本当に2人でやるのか!?」
マスターは目を剥いて俺たちを止めた。この村総出で止められなかった相手なのだ、彼がそう考えるのも無理はない。だが、俺たちは止まれないのだ。
「安心しろよ、マスター。俺たちゃ転移者だ、簡単に負けやしねえよ」
不可思議な怪物が現れたという森へ向かう。相変わらず起伏が激しく、崖になっているところもある。俺たちはクレバスめいて割れた地面を越え森の奥へ向かう。
「最初に街道を走る馬車が襲われた。その時、化け物はこっち側から来た」
「森から出て来なきゃいけない決まりでもあんのかね、化け物どもには」
「町から出て来る怪物なんていねえだろ、普通は」
まったくである。差し込む木漏れ日が心地いい、こんな時でなければレニアたちを連れて来たかったくらいだ。すぐ近くで血生臭い殺しがあったなんて信じられない。
「まだら色の怪物って、なんか心当たりあるか? 他の転移者とか……」
「シィッ、静かにしろ久留間。あそこ見ろ、なんかあるぞ……!」
多良木が藪の中で何かを見つけたようだ。
俺も彼が指さす先を見る、そして驚いた。
虚空に漆黒の塊が浮かんでいたのだ。
「なんだあ、ありゃ? あんなのが浮かんでるのなんて見たことねえ……」
「もしこの世界に普通にある現象なら、俺だって教わってるはずだろ。
だったらあれは違う、自然に起こるようなことじゃねえってことだ……!
警戒しろよ、久留間」
黒い塊は靄のような物を吐き出しながら浮かんでいる。
動きはしないが……
(オオォォォォッ……オオォォォォッ……!)
突如、呻き声のような物が聞こえて来た。
低く不快さを想起する声。
「……多良木、お前がこんな声を出してるわけじゃないよな?」
「そんなワケがねえだろうが……! あのおかしな物体が」
言い掛けて、ガサリと藪が動いた。そちらに目を向けると、キツネくらいの大きさの生き物が出て来た。俺たちの気配に驚いたのか、それとも。
そして、それは不幸にも黒い靄の犠牲となった。靄は突如として意志を持ったように動きだし、キツネを包み込んだ。内部にいたキツネは驚き、跳ねまわり、それを排除しようとした。だが、出来なかった。やがてキツネは痙攣し、動きを止める。
靄はキツネへと吸い込まれた。キツネは手をつき立ち上がる、人のそれと見まごうような腕で。身体構造に急激な変化が生じる、キツネは人型の怪物へと変わった。白い体毛と黒いオーラを纏ったまだら色の怪物に。怪物の目が俺たちを射抜く。
「っべえ、跳べ多良木ィッ!」
俺たちは同時に前方に跳んだ。キツネの怪物はためを作り一回転、巨大化した尻尾が辺りをなぎ払った。それは藪を刈り取り、軌道上にあった樹木をへし折った。凄まじい力、俺たちは前転しながら立ち上がり化け物と対峙した。
「生き物を化け物に変える力……!? やるぞ、久留間!」
「待て、多良木! こいつだけじゃない! 村を襲った奴が――」
藪の中から怪物が飛び出す。目の前のそれと同じく、白黒まだら色の怪物が。最初はキツネと同じく元の生物の特徴を備えていたのだろうが、いまは違う。体つきは極めてフラット、個体ごとの特徴を見つけることは出来なかった。
その数、20。
俺たちは人通りのない森の中で完全に包囲された。
「……こういう時はどうすりゃいいんだよ、先輩?」
「オイオイ、こんなことも分からないか後輩? ひとつっきゃないだろ」
ホルスターからファンタズムROMを取り出し、ボタンを押す。
ベルトが顕現。
「全部ぶっ倒して出るんだよ……レッツ・プレイ! 変身!」




