03-また始まる普通の日々
ようやく俺たちに、エラルド領への帰還許可が下りた。苫屋さんへの尋問は、今後王国側ですべて行うそうだ。ようやくお役御免になり、シオンさんは嬉しそうだった。
帰りの馬車の中で、レニアとファルナはよく俺に話しかけて来た。俺とハルがそれに答えて、それなりに愉快な旅路になったと思う。気を遣っているのはまる分かりだった。彼らなりに、俺との距離感を計ろうとしているのかもしれない。
ちなみに、シャドウハンターは足で帰った。
その方が速いそうだ。
「はぁー……ついに帰ったぞ、エラルド領。我が魂の故郷……」
「大袈裟な。それにお前の故郷はここじゃなくて地球だろうが」
いいんだよ、魂の故郷なんだから。物質の故郷に囚われることなんてない。村の様子は出て行った時と変わらず、長閑な風景が広がっていた。屋敷は相変わらず門に警備兵が立ち、物々しい雰囲気だ。だが警備はゆるゆるで、時折道行く村人と呑気な会話を交わしていたりした。いいのかなあ、あんなもんで……
「お帰りなさいませ、奥様。ご無事の御帰還、喜ばしく思います」
「長いこと留守にし、あなたに負担をかけてしまいすみませんでした」
「勿体ないお言葉にございます。早速ですが、お話したいことが……」
シオンさんは俺たちに断わりを入れ、さっそく執務へと戻って行った。長旅の疲れを癒す暇もなし、か。やはり領主と言うのは大変な仕事だ。それを5年以上続けているのだ、それなのに疲れた表情すら見せない。本当にスゴイ、そう思う。
「さて、私たちはどうしようか?
取り急ぎの仕事と言うのもなさそうだが」
そもそも俺にはこの屋敷でするような仕事がない。本当にどうしよう、向こうにいた時はそれなりに仕事があった……いやいや、そんなことではいけない。シオンさんにも変わると言ったのだ、それは精神的な面だけではない。実際的に変わらなければ。幸いにも、時間は結構ある。この世界で仕事を見つけられるだけの時間が……
「……おお、そうだ。多良木の様子を見に行かないか?」
ここから旅立つ前、多良木は修行に入っていたはずだ。加護の力を制御するための訓練、加護の力を引き出すための特訓。ほんの1、2週間と言えど、転移者の吸収力を持ってすればかなりのものになっているのではないだろうか? そんなことを考えていると、俺たちに凄まじい衝撃が襲い掛かった。ハルたちが立っていられなくなるほどの衝撃が。
「……地震か!? しかし、この辺りに火山はなかったはず……」
「いや、そうじゃないだろうな。もしそうならもっと騒がしくなるはずだ」
これが突発的な事態なら、混乱が巻き起こるだろう。しかし、メイドさんたちは多少体勢を崩した程度で、すぐに仕事に戻っている。慣れているのだ。メイド長も苦々しげな表情を作りながら、すぐに別の仕事へと向かって行こうとした。
「あの、すみません。えーっと、エレオーラさん」
俺は仕事に戻って行こうとするエレオーラさんを呼び止めた。三つ編みにした髪が揺れ、不機嫌さを隠そうともしない目が俺のことを射抜く。分厚い眼鏡をかけており、その分瞳が小さく見える。だからだろうか、とても威圧感が強く見えるのだ。
「何でしょうか、久留間様?」
「この揺れはいったい?
メイドのみんなはかなりこれに慣れているようだけど」
「多良木様とリニア様の訓練、その余波にございます。
強い衝撃によって屋敷のみならず村々にも振動が伝わっているようです。
抗議はしておりますが、聞き入れられません」
どうやら腹に据えかねているようだ。そりゃ、こんな音を四六時中ならされていたら仕事にならないだろう。心中お察しする、多分できないんだろうけど。
「あなた方からも言っておいてください。はっきり言って迷惑ですので」
それだけ言って頭を下げ、エレオーラさんは踵を返して仕事に戻って行った。俺は頭を掻き、みんなを見た。取り敢えず行こう、と全員の意志が合致しているように思えた。エレオーラさんにも頼まれてしまったしな。俺たちは裏庭に向かった。
裏庭ではリニアさんと多良木が睨み合っていた。一触即発、という表現がこれほど正しく適用出来る事態もそうはないだろう。声を掛けようとしたファルナですらも躊躇ったほどだ。カサリ、と音が鳴った。風に吹かれて木の葉がこすれ合う音が。
それを合図にして、2人は動いた。リニアさんは剣を――真剣だ!――薙ぐ。側頭部を裂き、眼球を抉らんばかりの勢いで放たれた攻撃を、多良木は刀身を先回りするようにして避ける。リニアさんの右手側に回り込み、更にその勢いを殺さず後ろに回る。十分なためを作り背中を打とうとする。が、リニアさんはそれを許さずバックキックを繰り出す。
常人なら首をへし折られていただろう。だが多良木は開脚で姿勢を低くし、更に身を逸らし致命的一撃を回避した。バレエダンサーめいた柔軟運動、それが高高速で行われているのだ。レニアたちはそれを目で追うことすら出来ていない様子だった。
「速過ぎる……! あれが多良木の持つ加護の力か……!」
続けて放たれたローキックを、多良木は倒れ込んで避けた。そこからゴロゴロと転がり連続ストンピングを回避、距離を取りつつ立ち上がる。リニアさんの頬がニヤリと吊り上がった。多良木もまた、大汗を掻きながら笑った。
電撃的な速度で踏み込み多良木がジャブを放つ。リニアさんは紙一重でそれを避け、グリップガードで多良木の腹を殴りつけた。凄まじい衝撃が走るが、しかし多良木は止まらない。腕を引き戻しつつ肘でリニアさんの側頭部を狙う。彼女は上体を落しそれを回避。
続けて右膝を横から打った。膝関節が砕けんばかりの威力、しかし多良木は止まらない。右足で踏ん張り、逆の膝を打ち込む。リニアさんは思い切りのけ反りインパクトの瞬間を外し、引き戻す。膝に強烈な頭突きを打ち込んだのだ、膝の皿が砕ける音が聞こえた。それでも多良木は倒れない。恐るべきタフネス、そして執念。
「あそこまで泥臭い能力って初めて見たな。
肉体増強系ってみんなこんなの?」
「ありゃ多良木だけだ。『天魔の肉体』、肉体強化系の極北みたいな力だ。
身体能力を大幅に増幅し、苦痛を緩和する。更に再生能力も高まるが……」
左膝を潰されよろめく多良木を、リニアさんは肩で押した。転がされながらも背筋と腰の回転で何とか立ち上がり、多良木はまた構えた。その笑みは壮絶そのもの。
リニアさんは剣を地面と水平に構え、腰を落とした。多良木も腰を落とし、左手を弓のように引き絞った。最後の一撃でこれを終わらせようと言うのだろう、静寂が辺りを包み込む。その静寂を切り裂く一陣の風が、開戦の合図となった。
リニアさんが踏み込む。地面が爆ぜる。
多良木が踏み込む。大地が割れる。
「……そこまで、ってか? 勝者、リニア=モルレット」
多良木の反応は正確だった。だが、リニアさんの方が速かった。彼女が振るった刃は多良木の喉元数ミリの位置で静止し、多良木が放とうとした一撃は遥か遠くにある。多良木が攻撃を放つよりも前に、彼女が首を刎ねるだろう。実戦ならば。
「……っパリまだ勝てねえか。ありがとう、ございました……」
それだけ言って多良木は大の字に倒れた。
白目を剥いている。
「まったく、狂犬の如き拳だな。私も本気にならざるを得ないではないか」
「お疲れ様です、リニアさん。多良木はどうですか、この2週間?」
俺たちがいることにいま気付いたのだろう。リニアさんは驚いた。
「おお、帰っていたのか。どうであった、戴冠式は?」
「あー、色々あったんでその辺は後でまとめて話しますわ。なあ、ハル?」
「そうか。この男は筋がいい、鍛えれば一流の戦士となるだろうな」
おお、中々の高評価。よかったな、正当な神官戦士になれるかもしれない。
「この後特に予定があるわけではあるまい? どうだ、一緒に稽古でも?」
「あっ、面白そう! 武彦、一緒にやろうよ!」
ファルナはまたとない機会に目を輝かせた。子供らしいとは言えないが、まあこういうのもいいだろう。しかし、そうなるとレニアが暇になってしまうのでは?
「レニアちゃん、それじゃあ私が魔法の使い方を教えてあげようか?」
「えっ……いいんですか? ハルの、お姉さん?」
「ああ、もちろんいいさ。実験台ならそこに転がっているのがあるからね」
そう言ってハルは多良木を指さした。ナムサン、どうなるかは知らんが冥福を祈る。こうして俺たちの、とても穏やかで緩やかな一日が始まった。




