第1話 失業
まさか、って思った。
けど、やっぱりなとも思った。
「契約更新は出来ませんでした」
そう申し訳なさそうに言う、派遣コーディネーターの人に怒るわけにはいかず、私はただ、「はあ……」と情けなく返事をするだけだった。
世の中は、世知辛い。
もう後残り僅かと分かってしまうと、仕事にも更に張りがなくなってしまう。
そんなに楽しい仕事ではなかったのに、更に楽しくなくなっていく。
「三島さん、もう少し販売する意欲見せてくんないかな」
そう店長に嫌味を言われても、笑顔一つ出ない。
「だから派遣はダメなんすよ」
って店員にあからさまに言われても、反論出来ない。
何で販売なんて職場を選んだんだろう。そうだ、時給がいいからだ。交通費は出ないけど、駅前で1500円の時給はオイシかった。ただそれだけで選んだ。
失敗だった。
全然興味の無いブランドショップのマネキンに服を着せ替えながら、私はただ溜息をつくばかりだった。
「はぁー……」
ビールの缶を片手に、部屋のベランダへ出て夜空を見上げる。
もう、こんな夜でも薄着で大丈夫なほど暖かい。春なんだなあって思わせる。
だけど世の中は春なのに、私は真冬ど真ん中だ。心も財布も、ブリザードが吹き荒れている。
「はぁ……」
何度目か分からない溜息をついていると、隣から低い声が聞こえてきた。
「ハアハアうっせーんだよ。発情期か、お前」
意地悪な笑いを含んだその声に、私は目を眇めて横目を向けた。
この団地のお隣さんの息子である、北里航介……航ちゃんが、私と同じようにビールを持ち、煙草をふかしていた。
まだスーツ姿のまま。二十二歳の私よりも三つ年上の航ちゃんは、確かどっかの会社の営業をやってるって聞いた。
仕事から、帰ってきたばかりなのだろうか。
私が睨んでいると、航ちゃんは唇の端を上げて、ビールをぐいと飲み、私に目を真っ直ぐ向ける。
私と航ちゃんの間に、塀はない。前は確か、防災のときに破壊できる程度の境があったはずなのに。いつの間にか、航ちゃんがそれを綺麗さっぱりと取り外してしまった。
「もし火事かなんか起きたら、トロいお前は絶対焼死する。だからこんなのいらねえ」
そうよく分からない理屈を並べて、私の家と自分の家との境界を無くしてしまった航ちゃんが、嫌味な目線で私を見ていた。
「仕事、打ち切りになったんだって? おばさんから聞いた」
「……」
「だから言っただろ、お前に販売なんて向かねえって。第一派遣なんて期限のある仕事、お前の求めてるもんと違うだろ」
「……」
「お前は、安定した場所で仕事したいんだろ。前、そう言ってたじゃねえか。それを、何をトチ狂って派遣、ましてや販売だなんて。こうなるのは目に見えてたじゃねえか。何、お前、もしかしてずっと続けられるって思ってたわけ? 毎晩こうしてベランダに出て、溜息ばっかついてたくせに?」
「……」
「優香、お前さ、もっと自分を知ったほうがいいって。何でお前本人より、俺がお前のことよく分かってんだよ。意味分かんね」
私が黙っているのに調子に乗って、航ちゃんはペラペラと私を追い詰める。
信じられない。何でここまで言われなくちゃいけないの。
そりゃ、今の仕事を始めてから、ストレスばっかの毎日で、ベランダで溜息つきまくっていましたよ。それは認めますよ。
だけどさ、もっと自分を知った方がいいって……知ってるっつーの! それでもお金が欲しかったんだっつーの!!
時給1500円は超魅力的だったんだっつーの!
特に欲しいものがあるわけじゃないけど、やっぱり世の中お金がないと。
いつまでもお父さんとお母さんが生きているわけじゃないから、ある程度お金を貯めて、安心感が欲しい。
彼氏いない暦をずっと更新している私は、永久就職なんて絶対無理。
顔は普通で頭も普通で、何のとりえも無い私に、そっちの春もまだ遠い。
反論一つも出来ずに、恨めしげに航ちゃんを見上げると、彼はいつもと同じ嫌味を口にした。
「だから、いつも言ってんだろ。とっとと俺の嫁になれって」
ほら、またこんなセリフを言う。
私が顔も頭も大したことないし、性格もこんなウジウジしていて、モテないのを知っているからこその嫌味。
最悪。本当に航ちゃんって、性格悪い。
私がふんと顔を背けると、航ちゃんは軽く肩を竦めたようだ。
「ま、契約終了まで日にちあんだろ」
「……今月いっぱい」
「そか。んじゃ、それまでは頑張るんだな。契約は契約なんだから」
航ちゃんは、またしても私の傷口を広げる。
分かってる。こんな私を雇ってくれたんだから、最後まで誠意を見せて仕事を頑張らないといけないって。
でも、もう後少しだというのに、やる気が全然出ないんだもの。
後悔と焦りばっかりが湧き出てくるんだもの。
そんな自分が嫌だと思っているのに、航ちゃんはあっさりと私の心の中を覗いたかのように、そんなことを言う。
航ちゃんの言うことは、正しい。私の感情こそが間違っている。
だけど、それを認めることが出来なくて。
「余計なお世話よっ!!」
私はそう叫ぶように言い、部屋へと戻った。
その私の背中に、「早く寝ろよー」っていう呑気な声が。
くーっ!! 私が悶々として眠れないだろうということを見越してのセリフ!?
こういう時、何て言い返せばいいんだろう。それすらも思いつかない。
なので、私は精一杯の反抗の意思として、ベランダへの窓を、思いっきり強く閉めた。
するともう、航ちゃんの意地悪な声は聞こえない。
私はビールの缶をサイドテーブルに置き、再び小さく溜息をついた。
来月から、どうしよう……。




