営業よりキツい仕事
壁を背に、雨木とリフェリアは下水道ダンジョン五階層のボスたちを迎え撃った。
そして今、やっと。
その全ては動かなくなった。
ゆっくりと、だが確実に。
倒した順番で魔物たちが魔石へと変わっていく。
「……なんか、人生で一番疲れた気がする。
営業より……疲れる仕事は、この世にないと思ってたんだけどなぁ……」
その光景を前に、雨木は力なく呟いた。
元ブラック企業勤めだった雨木は、様々な業務を担っていた。
その中でも、最も地獄だった仕事が営業だ。
営業が仕事を取らなければ、会社組織は回らない。
営業が弱い企業は、死ぬだけだ。
雨木は目付きが鋭い。
それは会社員になる前から、自分でも自覚していたし、周囲からもよく言われていた。
だからこそ人一倍、必死に笑みを貼り付けて対応した。
下げたくもない相手へ頭を下げ。
仕事を取り。
会社を回す為に走り回った。
会社を見限って辞めた今では、もう思い出したくもない日々だった。
……ついさっきまでは。
「マジで、SAN値ガリゴリ削られて病みそうだわ。
なんでボス復活してんだよ」
弾き飛ばした黒色のGは、どれだけ傷つこうが構わず何度も向かってきた。
汚れた灰色のドブネズミも、こちらのスキルへ怯むことなくしつこく飛びかかってくる。
そして多足のそれは、その隙を縫うようにして、確かに雨木へ攻撃を仕掛けてきた。
そんな先ほどの戦闘は、雨木の思い出したくないランキングを大きく更新してしまった。
また、同じ戦闘を繰り返すくらいならば。
会社員として働いている方が、遥かにマシだと思えるほどに。
「……とはいえ、もうそう簡単に辞められないんだけどな、冒険者」
リフェリア。
コダマとの約束がある。
そして、おそらく三体目の精霊であろう青色のきらめき。
精霊たちと紡いだせっかくの縁を、雨木は投げ出したくなかった。
そしてもう一つ。
雨木は十階層突破など身近な小目標だと、少し前に大見得を切った。
それを伝えた相手たちのこともあった。
美濃原のことではない。
男になんかどう思われようと、雨木にとってはどうでもいいことだ。
ダンジョン省の最高幹部だ、有言不実行な人間など、これまで嫌というほど見てきているだろう。
その中の一人に格落ちする。それだけの話。
だが、他の三人の女性にがっかりされる、それだけは嫌だった。
どうしても我慢ならなかった。
それが雨木楓真という男だ。
「……そうなるくらいなら、死んだ方が遥かにマシだ。
だから俺は、本気で冒険者をやる。
死ぬ気でな。
少なくとも……、そのつもりでやる。やってやる。
……とはいえ、無謀なチャレンジをするつもりはさらさらねぇけど。
さて、なにはともあれ。
とりあえず一つ目の山場は超えたぞ。
俺の心を、ガリゴリ削ってくれたけどな!」
魔石へ変わった一番近い魔物へ歩み寄りながら、雨木は胸ポケットへ向かってそう言った。
リフェリアと違い、浮くことの出来なかった青色のきらめきが、そこへ入っている。
そっと手で包むように取り出し、地面へ下ろす。
すると青色のきらめきは、跳ねるように部屋奥のポータルへ向かって進んでいった。
雨木はそれと入れ替えるように、魔石を拾っていく。
リフェリアは警戒するように、その周囲を飛んでいた。
五階層のボス討伐は二度目だ。
前回も、カード化を狙う余裕なんて雨木にはなかった。
それでも結果として、倒した魔物から幾つかのカードを手に入れている。
だが今回は何もない。
(……まぁ、もう一度。
あいつらと戦って、カード化を狙おう。
……なんて絶対に思わねーけどな。
そんなことより、この先だ。前回はどうしたっけか……)
この後の流れを思い出しながら、雨木は丁寧に魔石を拾っていく。
そして全ての魔石を拾い終えると、記録書を呼び出した。
すると前回と同じように、周囲へまだ漂っていた魔物の気配を、《レコルド》が吸い込むように瞬く。
次の瞬間。
《レコルド》は雨木の手から離れ、独りでに高く浮かび上がった。
ページが捲られる。
そして本が閉じ、輝いた。
「おぉ……。
何度見ても……意味が分からん光景だ……」
その眩しさを腕で防ぎながら、雨木は呟く。
そして光が収まると、ゆっくり降下してきた《レコルド》を、雨木は両手でしっかり受け止めた。
すると同時に、ボス部屋の扉がゴゴゴ……と音を立てて自動的に開いていく。
「これも前回と同じか……。
ってことは、パターンっぽいな。
さて……、リフェリアは越えられなかったけど、あの青いのはどうだろうな?
どちらにせよ、今日はもう虫の相手は堪忍してくれ。
悪い夢を見そうなんだ。
あいつらが出て来て、また戦う……。
なんて、すっげぇ~~嫌な夢を、な」
雨木はリフェリアに向き直り、物凄く嫌そうにそう伝えた。
そんな雨木の言葉を聞いて、リフェリアは笑うように揺れて飛びながら、奥へと向かって行った。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。




