普通の男
雨木はイージス端末の電源を落とすと、そのままテーブルに軽く放り出した。
乾いた音が、小さく響く。
そして残っていたグラスの酒を一気に煽る。
喉を鳴らして飲み干し、空になったグラスを乱暴に置いた。
続けて、タブレット端末の注文機を引き寄せる。
「ちょっ、そんな飲みかたは良くないですよっ!」
追加で酒を頼もうとしているのが分かり、熊澤は慌てて声をかけた。
その声に、雨木の指が止まる。
ゆっくりと顔を上げると、そこでようやく熊澤の存在を思い出したような顔をした。
「あ~……なんかすいません。
えっと、お開きにしますか?
申し訳ない、結局電話……熊澤さんに関係なかったですね」
さっきまでとは打って変わった、柔らかい口調。
その変わり様に、熊澤は一瞬、どちらが本来の雨木なのか分からなくなった。
「それは全然気にしなくて良いですけど……」
グラスを指でなぞりながら、言葉を選ぶ。
「こんな状況の雨木さんを放って、帰れる訳ないじゃないですか。
何かあったんですか?
差し支えなければ、聞かせてください」
雨木は一度視線を落とし、テーブルの上の水滴をぼんやりと眺める。
「……多分、差し支えはあると思うから、帰った方が良いと思いますけど」
そこで一度言葉を切る。
「――聞いてくれるなら、いてくれると嬉しいです。
独りごとよりは、話し相手がいるほうが、考えがまとまる。
……気がします」
言い終えてから、少しだけ視線を逸らす。
「……そこは聞いて欲しい、って言ってくださいよ」
熊澤は苦笑しながらそう言った。
雨木はほんの少しだけ考えるように間を置いてから、
「……聞いてくれ、ますか?」
と、言った。
「はい、聞きます。聞かせてください」
熊澤は雨木の目を真っ直ぐ見て、そう答えた。
短い沈黙が、二人の間に落ちる。
先に口を開いたのは、雨木だった。
「……え~と、何を言おうとしたんだったか……」
「……怒っていたんじゃなかったんですか?」
熊澤は少し首を傾げる。
「てっきり、そうなのかと……」
「ん~……最初の話が美味すぎたんですよね」
雨木はテーブルに視線を落とし、指先で水滴をなぞる。
「槍術スキルカードって、レベル1で五十万超えてるんですよ。
相場がね……あくまでも、相場ですけど。
なのに、そのレベル2を百万円で売るって言われまして……」
スキルカードという存在。
そして、それがレベルアップするには十枚必要だ、
ということくらいは、熊澤も知っていた。
「……確かに、破格ですね」
「破格っていうか……あり得ないですよ。
引退するかららしいですけど、引退するならそれこそ相場で。
いや、だからこそ相場以上で売るべきでしょう。
……冒険者辞めたって人生は続くんですから、金はいくらあっても困らない」
改めて聞いた話の詳細と、雨木の気持ちを聞いて熊澤は考え込んだ。
確かに話がうますぎる。
そして雨木の思考は、やはりどこか普通に思えた。
そんな熊澤に構わず、雨木は言葉を続けた。
「で、警戒してたところに面倒事を持って来られて、切れた。
……って感じですかね?」
一度言葉を区切る。
「別に、今考えると切れてた訳でもないんですけど……なんだろ。
やっぱ面倒な話だったと思って……つい、ですかね?」
自分でも上手く言葉に出来ないのか、小さく息を吐く。
「……大丈夫なんですか?」
熊澤は少しだけ間を置いてから、言葉を続ける。
「その……美濃原さんとか、割と血も涙もないような話を聞きますけど」
わずかに不安を滲ませた声で言った。
「あー……別にまた連絡はくるだろうから、その時にちゃんと順を追って話しますよ」
雨木は肩を竦める。
「なんというか、美濃原のおっさんは割と平気なんですよ。軽口叩いても。
多少、雑に扱っても」
軽く笑う。
「これが狼山とかいう、岩ゴリラみたいなおっさんの方だと、切れ散らかされると思いますけど」
あっけらかんとした口調だった。
だがそれを聞いて、熊澤は息を呑む。
狼山。
その名前も、美濃原と同じく雲の上の存在だ。
(……やっぱり、帰れば良かった……)
胸の奥で、小さく後悔が芽生える。
同時に――
目の前の男が、そのどちらとも繋がっているという事実に、改めて驚いた。
「んー……ちょっと脳内ぐちゃぐちゃしてるんで」
雨木は額を軽く指で叩きながら言う。
「考えを纏めるために、熊澤さんから聞いてもらっていいですか?
答えられないことは、言えないって言いますんで」
「分かりました」
熊澤は小さく頷く。
「えっと……電話を切ったときの会話は、あまり聞き取れなくて。
何が嫌、……だったんでしょうか?」
言いながら、少しだけ様子を窺うように視線を上げる。
「あー……前に参加したサークル臨時にまた行けって言われたんですよね」
雨木はグラスを指で転がしながら答える。
「行って、レポートを書けって言われまして……」
そこで一度、言葉が途切れる。
「……それで、なんですかね?」
そして自分の言葉に、小さく首を傾げた。
「レポート自体が嫌って訳じゃないと思うんですけど。
こう見えて、割と書きものは好きなんで」
一瞬だけ顔を上げる。
「……他人にどう見えてるかは知りませんけど。
……よく見えない、とは言われます。
でも仕事でもずっとやってたから……デスクワークは別に、嫌いじゃないです。
まぁブラック企業で働くのはもう、うんざりなんですけど」
そう言って、軽く肩を竦めた。
「あぁ……代わりにサークル臨時が嫌いなんですよね。
……ってことは、それかな~?」
自分でもはっきりしないようで、そのまま言葉を置いた。
「えーっと……雨木さんはサークル臨時が……好きじゃない。
……だから、怒ったということですか?」
熊澤は少しだけ言葉を探しながら、そう問いかける。
「……あれは……悪い商売なんですよね」
雨木は視線を落としたまま、指先でグラスの水滴をなぞる。
「まぁ主催側に回れれば、美味しい商売なんですけど」
「そうなんですか?」
熊澤は思わず身を乗り出す。
「開催出来るダンジョンの勤務だったら……少しは理解出来たかもしれません。
……すいません、理解出来なくて……
それが、何で嫌いなのかを教えてもらえませんか?」
「あー……ん~……まぁ嫌いな理由は色々あるんですけど……」
雨木は一度言葉を切り、グラスを軽く回す。
「多分一番の理由は、自分が開催できる側に回れないから……でしょうね」
その言葉に、熊澤は一瞬だけ目を瞬かせた。
普通の顔をした、普通でない男。
特殊空間管理省の幹部にすら軽口を叩く。
目の前のこの男なら、いつの間にか何でも出来る、そう思えていた。
だが、出来ないとあっさり言った。
「それは……どうして、ですか?」
熊澤は少しだけ声を落として問い返す。
「見て見ぬふり、と――
……仲間がいるんですよ、開催するには」
雨木はそう言って、小さく笑った。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを補助的に利用しています。
しばらくは週末(土日0時)更新を目標に進めていきます。
難しい週もあるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。
……というつもりでしたが、どうにもキリが悪くなってしまったので、明日の月曜日0時にもう一話投稿します。
来週も同じく三話投稿する予定です。
いつもと違う流れになりますが、よろしくお願いいたします。




