自分で考えますよー
手斧を投げる練習を雨木は繰り返した。
投げては抜き、また投げる。
それを淡々と続ける。
しばらくして、投げた直後に小さな違和感が走る。
抜きには向かわず、的にした大木を見つめた。
(……一発も外れてないって、おかしくね?)
それは、あり得ないことだ。
雨木に専門的な投擲経験はない。
子供の頃の少年野球と、体育の球技。
その程度だ。
特別向いていた記憶もない。
その他大勢の一人。
脇役のまま思春期を終え、大人になった。
知識はある。
今も野球漫画は好きだ。
フォームだの回転だの、それらしい理屈は頭に入っている。
だが。
「いくら何でも、全弾命中はおかしいだろ?」
初めて握る斧で、狙った一点。
的は大木とはいえ、偶然が重なりすぎている。
幹は直径一メートルを軽く超える。
大人二人が囲んで、ようやく手が届くほどの巨木だが、
必ず外れることを前提に、拓けた場所を探したのだ。
なのに、一度も外れなかった。
その不思議に、わずかに慣れ始めている自分がいる。
「……ってことは、お前のせいか?」
『リフェリア』
ひょんなことから手に入れた蝶のモンスターカード。
今は緑色の、地上には存在しない蝶の姿となり、
優雅に周囲を漂いながら、花から花へと飛び回っている。
そのリフェリアは視線を向けると、
ふわりと雨木へと寄ってくる。
『どうかした?』
とでも言いたげに、肩へと静かに止まった。
「おまえの仕業か?」
そう尋ねるが、首をかしげるように小さく身体を揺らすだけ。
リフェリアとは意思疎通が出来る。
出来るが、いつでも何でも答えてくれるわけではない。
気が向いた時だけだ。
むしろ雨木の問いには、ろくに答えない。
悪戯っ子が揶揄うように、はぐらかす。
そんな仕草で、とぼける。
「ハイハイ、自分で考えますよー。
まぁ、何でもかんでも聞くなってのは分かるんだけどな。
それでも、もうちょっとくらいヒントをくんないと」
雨木は肩を竦め、大木の方へ向かい、投げた斧を抜く。
そして振り返った。
「……なかなか答えに辿り着けねぇじゃんかよ、まったく。
お前にぶつける練習しちゃうぞ、コノヤロー」
くるりと背を向け、わざとらしく逃げるように飛ぶリフェリア。
小さな翅を揺らし、からかうように上下へと舞う。
その背中へ向け、雨木はため息を一つ吐いた。
「とりあえず、あると仮定して試してみるか。
ちゃんと距離を決めて、やっとくんだったな」
そう言って、雨木は常備しているスケールを大木の根元に当てる。
そのまま、静かに伸ばしていく。
「とりあえず、五メートルおきでいっかな……」
持ってきたスケールは、最大まで伸ばせば五メートル。
それを二度で十。
三度で十五。
四度で二十メートル。
「野球のマウンドが十八・四四メートルだっけか。
キリがねぇし、それくらいまででいいか」
★☆
「……えげつねぇな、おい」
投げた手斧は燃えながら、風を纏って大木の幹を深く抉った。
太い幹の端を、抉り取るように削り飛ばす。
抉り取られた部分から、焼け焦げた木屑が散る。
一瞬の静寂。
そして、幹が悲鳴を上げるように軋み始めた。
風魔法と火魔法を同時に纏わせた結果だ。
その威力に、雨木は冷や汗が流れた。
「誰だよ、同時に使えば効果は二倍。
リフェリアも同時に使えば相乗効果で四倍。
むしろ八倍とか思いついた奴」
それはおまえだ、
と突っ込んでくれる者はここにはいない。
いるのは『あーあ、やっちゃった』とでも言いたげに、
呆れた様子で周囲を漂うリフェリアだけだ。
リフェリアを手に入れたことで使えるようになった風魔法。
だがそれは、雨木だけの能力ではない。
同じことをリフェリアも出来る。
詳しい理屈は、雨木にも分からない。
だが蝶の姿に顕在化したリフェリアは、
雨木が所有するスキルカードの能力を扱う。
それは火魔法スキルも例外ではない。
結局、三十メートルまで距離を伸ばして測ったが、
そこまで一度も手斧は的を外さなかった。
それ以上はこの場所では測れず、距離の検証は打ち切った。
代わりに行ったのは、投げる斧に魔法を纏わせる実験。
成功した。
その結果が、これだ。
抉られた幹の断面から、焦げた木屑がこぼれ落ち続ける。
内部で何かが切れるような、低い破断音が響いた。
わずかに、木全体が傾ぐ。
支えを失った重みが、ゆっくりと一方向へと流れ始める。
「……よし、これは奥の手ってことにしよう!
どうせ一発しか投げられないしな。
……さて、回収して逃げ――じゃない、場所を変えようか。
今日はまだ試したいことがあるんだ」
そうリフェリアに告げ、手斧を回収した雨木はそそくさとその場を離れる。
道中で現れる魔物を屠りながら進む。
しばらくして、ドーンという重い音が響いた。
それが何の音か分からないほど、雨木は鈍くない。
一瞬だけ沈黙が場を支配し、
リフェリアが雨木の眼前へと飛んでくる。
その眼が何となく『悪いヤツだ』とでも言っていそうで、
雨木は視線を逸らした。
ダンジョンのことは、まだ分からないことが多い。
壊れた地形が、勝手に修復するのかどうかも不明だ。
雨木はまだ六階層のマッピングを始めていない。
このルートが七階層への最短経路である可能性も、ゼロではない。
もし自動で修復せず、このルートが最短だった場合、
冒険者たちは今後、倒れた木を越えて進むことになる。
とはいえ、重機も無しに、
独りで倒木を移動させる手段など、雨木には無かった。
※本作は作者による構成・執筆を基に、一部AIを利用して調整しています。




