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 そして、きたる一年後の冬。銀鈴は心臓を高鳴らせながら、掲示板の前で立っていた。女の子たちが、白い息を吐きながら一喜一憂している。その声を聞きながら、銀鈴は拳をぎゅっと握りしめた。


 ああ、見たくない。これで落ちていたら、九回目の脱落だ──。番号は六四番。語呂合わせで言うとムシ。ああ、天主さま。どうか私にご加護を……。銀鈴は、恐る恐る顔をあげた。五〇番、五五番、六一番、六三番……。


「六四番」


 銀鈴は、一旦目を伏せ、再びバッ、と顔をあげた。ある……間違いない!


「六四番!」


 銀鈴は目を輝かせた。


「やった! 受かったー!」


 大はしゃぎする銀鈴を、落ちたのであろう少女たちが白けた目で見ている。銀鈴はハッとして、そそくさとその場を離れた。去年は銀鈴も、あんな顔をしていたのだろう。


「婆様! 悠鈴、晶馬! 受かったわよ!」


 銀鈴は、月籠庵に駆けこんで叫んだ。部屋を覗くが、三人が見当たらない。


「あれ?」


 英俊がひょこりと顔を出す。


「お三方なら、迎春のお祭りに行かれましたよ」

「もう、こんな大事な日にお祭りなんて」


 銀鈴はむくれる。ふと、金華の気配がないことに気づく。


「ところで、金華さまはいないんですか?」

「金華さまは……」


 英俊の言葉を遮る銀鈴。


「わかった。金華さまも女の人と逢引してるんでしょう?」


 英俊は苦笑いをする。


「いいえ、大宮殿にいらっしゃいますよ」


 銀鈴は月籠庵を出て、大宮殿へと向かった。大宮殿にたどり着くと、ちょうど金華が出てくるところだった。陛下に拝謁したのだろうか。正装をしている。


「金華」


 金華は銀鈴の表情を見て、目を緩めた。


「その顔は、受かったんだな」

「うん」

「よかった」


 金華はそっと、銀鈴の髪を撫でた。銀鈴ははにかんで、


「ありがとう」

「俺は、何もしちゃいない。おまえの実力だ」

「それでも、嬉しいです」

「約束、覚えてるか?」

「約束?」


 彼は銀鈴の唇をなぞった。


「口づけのこと」

「やだ、あれは冗談でしょう?」


 銀鈴は笑ったが、金華は頷かない。あれ? じりじり後ずさる銀鈴に、金華は近づいていく。そばにあった梅の木に、背中がくっついた。銀鈴は目を泳がせて言う。


「き、金華?」

「俺のことが嫌い?」

「違う」


 銀鈴はかぶりを振った。


「じゃあ、して」


 額をくっつけて、金華が囁く。銀鈴は震える手で、彼の着物を掴んだ。


「目、とじて」


 金華が瞳を閉じる。どくどく心臓が鳴って、息が苦しくなる。背伸びして、唇を触れ合わせようとした瞬間──。


「あーッ!」


 大声がしたかと思ったら、びゅん、と飛んできた人物がいた。彼は銀鈴を金華から引き離すようにして抱き込む。


「銀鈴! 俺だぞ! 会いたかっただろう!」


 銀鈴はびくりとして、背後の喜栄を見た。


「き、喜栄さま!?」


 彼は銀鈴に頬ずりし、


「相変わらずかわいいなあ〜やっぱり俺の愛人になれ!」

「いやですっ、というか離してください!」

「照れるな照れるな。あははは」


 銀鈴を羽交い締めにしていた喜栄が、金華に目をやった。


「ん? なんだこのやたら顔のいい男は」


 後ろからやってきた桃李が口を挟んだ。


「皇金華さまですよ。第一王子です」

「なるほど、王族か。金にものをいわせ、銀鈴をいいようにしているんだな。悪い奴だ!」


 銀鈴が不機嫌に言う。


「喜栄さまも似たようなものでしょう」

「ん? そうだったか?」

「というか、二人とも何をしに来たんですか」


 銀鈴が問うと、喜栄が腰に手を当てた。


「何って、銀鈴がお針子試験に受かったかどうかを見に来たんじゃないか!」


 一応気にかけてくれていたのか。


「お陰様で合格しました」

「おお、おめでとう! よかったな」


 銀鈴は、素直にありがとうございます、と返した。喜栄のことは好きになれないが、忌憚なく喜んでくれるのは嬉しい。

 銀鈴はあ、と声を漏らし、懐から巾着を取り出した。それから頭を下げる。


「これ、例の巾着です。こないだは、かっとなってすいませんでした」

「……別に構わない」


 桃李が代金をだした拍子に、何かが落下した。銀鈴は身をかがめ、それを拾い上げる。


「あれ? これって……」


 銀鈴は目を瞬く。根付に竜胆を模した家紋が描かれている。桃李は素早く根付をうばい、懐にしまい込んだ。


「あの、竜胆って」

「ああ、李家の家紋だな。桃李は銀鈴の刺繍ものが大好きだからな! ははは、むぐ」


 桃李が喜栄の口をふさいだ。


「帰りましょう、喜栄さま」

「むー、むー!」


 喜栄がずるずると引きずられていく。彼は桃李の手を引き剥がし、


「銀鈴ー! お針子に飽きたらいつでも俺の胸に飛び込んで来いよー!」


 去っていく二人を見送り、金華がぼそりと呟いた。


「……ずいぶんモテるじゃないか? 銀鈴」

「はは、金華さまほどじゃありませんよ」

「俺は女をたぶらかす妖つきだからな」


 肝心な時には効かないみたいだが。金華のつぶやきに、銀鈴は首を傾げた。彼はふ、と笑い、手を差し出した。


「帰るか」

「はいっ!」


 銀鈴は笑みを浮かべ、その手をとった。

 銀鈴と金華は手を繋ぎ、月籠庵へと向かった。


 ★


 遠い遠い、一華国──かの国の皇帝が、一枚の書状を手にしていた。


「また華陽国からか」


 自分を国王に推せという、奇妙な手紙が来たばかりだった。属国の世継ぎ争いに興味はないが。はらりと開くと、流麗な文字が並んでいた。こないだの筆致と違う気がした。しかし花押は同じ。異な事もあるものだ、と皇帝は思う。


「我が国は、銀や金の髪を持つものは「忌み子」と呼ばれ、差別されています。私が知る女性も、差別ゆえにお針子になれずにいます。彼女の腕は確かです。私がもらった羽織をお送りします」


 皇帝は、羽織を手にした。施されているる刺繍はたった二つ。銀の鈴と、金の花。朝貢で送られて来た品物に比べると、地味で簡素な刺繍だ。手紙には続きがあった。


「私はこの刺繍で救われました。私にとってこの羽織は、世界で一番の宝です。皇帝陛下に、私の宝をお預けします。彼女がお針子になることをお認めくださるよう、どうぞよろしくお願いいたします」

「宝か」


 そう言い切れるものがあることは、幸せなのだろう。皇帝は、羽織の刺繍をなぞって呟いた。果たして宝とは、羽織のことなのか、それともそのお針子のことか。先だってとは違う花押。この手紙を書いた者が、どんな境遇かは推し量れた。


「──素晴らしい品だ。その者に励めと伝えよ」


 皇帝はそう書いて、手紙の最後に玉印を押した。


 陽暦254年、陽華国に忌み子のお針子誕生す。銀の髪、新緑の瞳は天地無用の奇妙さなり。陽華国始まって以来の珍事は、朝国である、一華国皇帝の命によるものなり。のちに国王となる陽華国第一王子の金華は、そのお針子をこう呼んだ。「私の銀の匙」と。


金華猫と銀の匙/end

ご愛読ありがとうございました〜

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