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前兆

 同盟の締結が終了し、俺は深いため息をついた。正直なところすごく疲れている。書類を交換するまでに結構な時間もかかったわけで……会議室のような部屋から出た後、一度曲がったところで廊下の近くの椅子に腰掛けると壁にもたれた。

 あんな緊張したのはいつ以来だろう。

 初めて緊張したのはおそらく小学校の卒業式ではなかろうか。六年間ものあいだ学び舎と友人と触れ合い仲良くしていたあの場から離れるのは痛烈だったなぁ。あの先生今どうしているのだろうか。

 そんなことを考えているとふと違和感を生じる。

 妙に寂しく感じた。この場所は少し寒い気がする。鳥肌もじんわりと足から頭にかけて立っていく。

 冬だからだろうか? 外はまだ雪も降っていないが、肌を突き刺すような冷たさ。


「なぁ、ルーナ……」


 不意に言葉が出てからハッとした。

 そうだ、あいつら今いないんだ。急激に広く感じる廊下に俺が小さい存在だと思い知らされる。いやこの廊下はあまりにも広すぎた。

 そう実感すると寒さは一気に押し寄せる、体を擦るように両手で体を抱きしめた。


「早く帰りたいなぁ」


 もはやこれはホームシックに近いのだろう。あいつらがいるからずっとやってこれたと言っても過言ではない。


 逆にこの世界に転生した彼らはどんな思いだったのだろうか。転生をしてずっと一人で冒険をしていたのだろうか。もしかしたら他の仲間と旅をしていたのだろうか。


「なにもかもあの女神が悪いと思うけどな」

「なにしているのですの? 旦那様」


 不意に声をかけられ俺はついその声の主をみた。

 先ほどの同盟の時の衣装と変わらないイザベルが俺を不思議そうにみていた。両手で刺さっていた手を降ろし、縮めていた足を延ばす。


「まぁ、ちょっと寒かったんだ」

「ふぅん……まぁ、冬ですの。仕方ないですのね」


 その強がりに彼女はただ会話を続ける。きっと俺が周りに人がいなくて寂しいなんて知っているのだろう。だから微妙な空白があったに違いない。


「まだ雪は降らないですの」


 唐突に話を変えてくる。


「なぜ?」

「この地域は大体竜の山が雪に覆われてからその山に降り積もった雪が崩れるように降りてくるのですの。だからあまりここは雪というよりみぞれに近いですの」

「へぇ、そうなんだな」

「旦那様」


 俺に近寄ってきた彼女は俺を優しく抱き寄せる。彼女の優しく艶やかな香りが鼻孔をくすぐった。突然のことすぎて俺の反応は鈍くなっていた。いや、それは強がりだ。

 寒くてしょうがない俺に温もりを与えてくれる存在を拒絶しなかった。


「寒いなら……寂しいなら嘘をつかずに話せばいいのですの」

「……ツヨガッテハイナイ」

「ならなんでそんなカタカナで話すのですの?」

「寒いから」


 ほっとする。暖かい熱が、力強く聞こえる心臓の音が俺に伝わる。鳥肌も、心に刺さる冷たさもどんどん溶けていく。ふにゃとした胸の柔らかさが顔で確かめているように感じているが正直その肌の柔らかさが相まって泣きそうであった。


「落ち着きましたの?」

「多少」


 じゃあ、もう少しこのまま抱いてあげるですの。ともう少しだけ抱きしめてくれる。ちょっとだけ心臓が早足のように感じたのは俺だけだろうか。

 しばらくした後に、あ! とイザベルが俺から離れる。


「旦那様、そういえばこれあげますの」


 そう言って俺に手渡したのは金属で作られた持ち手の杖だ。


「……これは?」

「竜の息吹を吐くステッキですの。喫茶店の時に小娘から体の一部を拝借……譲り受けたので、旦那様の力になるように加工したものですの」

「おい、いま拝借といったな?」

「イッテナイデスノ」


 なんでカタカナで言うんだ。ニッコリとはぐらかそうとしているイザベルをにらんだ後その金属製の筒をまじまじと見つめた。


「ただ竜の魔素回路は膨大だったので、多少ですが旦那様のオドを使わなきゃいけないですの」

「どれくらい?」

「着火くらいですの。その後の放射量などはすべてカバーできるですの」


 なるほどなぁ。とステッキを手にする。金属の装飾が施されている持ち手に後は木製だが……どこから火が出るのだろう。


「ちなみに、使った素材は()()()ですの」

「は?」

「よだれ、唾液他の言い方でいえば」

「いやいやいや言わなくていいから!」


 ルーナの唾液がこのステッキに染み込んでいる。

 きっとその木製のところをひたすら舐めていたのだろうと思うとなんだかムラっとした感情が渦巻き、ハッとして首を横に振った。


「ちゃんと裸でやりましたの」


 思わずイザベルの頭にげんこつを落とした。


「いたいですの!」


 涙目でうったえてくるが罪悪感というものが毛頭も感じない。つまりこいつはわざとだ。


「お前は悪いことをした! 俺のパーティーを辱めた事だ!」

「でも、何も持っていない旦那様はもっと罪ですの!」


 そう言われてしまえばなにもいえないと思っているのか。何も言えるわけがない。

 これはきっとルーナが俺を守るために願いを込めて作ったのだろうと思えば大事にしなければならない。


「……気に入ったですの?」

「まぁな。人の手作りはありがたくいただかないと……使えるものは全部使うが信条だしなぁ」

「それはよかったですの」


 そう言って俺はステッキをベルトに通す。ちょうどいい長さで個人的には気に入っている。


「ありがとう。イザベル」

「どうもですの」


 アイと同じようにスカートを指でつまみお辞儀をする。

 カーペットを踏む音が聞こえてくる。曲がり角から現れたのはアリアだった。


「ミチナシ君いたいた、次があるんだけど……イザベルもいたの。ちょうどよかったわ」

「どうした?」

「どうしたもこうもないわよ。まだ次があるんだから」


 そう言ってアリアは俺の腕を掴む。おいおい次って何があったっけ。

 イザベルも後ろからついてきていた。


「何があるんだよ。これで終わりじゃないのか?」

「何言ってんのよ! 民草の前での紹介よ!」


 あぁ、そういえばそう言ってましたね。




 そこは王城の表玄関。中庭は限定ではあるが一般開放されておりそこには沢山のノーバディーの国民が押し寄せていた。


「なぁ、本当に俺出ていいのか?」

「えぇ、出ないといけないわ。というか出なさい」


 はい、怖じ気付いてます。正直こういう状況に陥るの初めてかもしれない。

 生まれてこのかた大衆の視線に突き刺さるという行為をしたことがない俺にとってまず、三十人のおっさんを指揮するのでも精一杯、ましてや失敗して非難を受けるのでもう十二分なのに、今度は国民ときたら胃から物がひっくり返るくらいの気持ち悪さを感じた。

 ちょっと深呼吸しないと。すーはー。落ち着くわけがない!


「大丈夫よ。私が呼んで手を振って、イザベルが来て握手して手を振って、ミチナシ君が一言喋ればいいのよ」

「はぁ? なんで俺が」


 普通国王のアリアが話すのが通りじゃないの?


「むー、わかった。じゃあ手を振るだけ、イザベルと私の間に立って握手をするのを見てるだけでいい?」

「それで頼む」

「旦那様はシャイですの?」

「シャイかと言われればそうではないと言いたいが否定できないのが俺のような種族でして」

「否定的と消極的は別問題ですの」


 まぁ、そう言われたらそうなんだけどな。


「まぁいいわ、先に出るからあと来てよね」


 そう言ってアリアが先に外へ出る。アリアが外に出ることによって国民達は声をあげた。


「すっごい人気だなぁ」

「そりゃそうですの。先代ライオネルの一人娘で、容姿端麗。実行力があって将来有望。非の打ち所のない女性ですの。その姿から父親の名前を継いで【獅子王】ですの」

若獅子(ライオネル)ね……」


 たしかにそうだな。イザベルと対峙した時の気迫は今でも思い出す。

 国の為に全てを注いでいる顔だった。


「今日ここで紹介したいものがいる! それはこれまでこの国をヒューマンだけの国にしていた政治をひっくり返したものだ!」


 大声で張り上げるその声に国民はじっとアリアを見つめている。


「其の者よ、来たれ! 我らヒューマンとウィッチの架け橋となった者よ!」

「出番ですの」


 イザベルが俺の背中を軽く押してくる。

 心臓が最高潮に高鳴った。

 一歩一歩踏みしめるように赴いた光景は圧巻だ。中庭を埋め尽くし、さらに敷地の外まで全て人が埋まっている。あんな遠くにいても俺の顔が見えるのだろうか? と呑気なことを考えていた。


「この者はミチナシマサヨシという! タストの住人でこれまでに三体の魔獣を倒した功績、そして先ほど私が言ったウィッチとの同盟を行うきっかけを作った私達の希望だ」


 お恥ずかしながら。魔獣を倒したのは僕じゃなくて僕のパーティーなんですけどね……?


「そして今日! 私たちは新しい一歩を踏み出す! 私たちには新たな住人を迎え入れることになった!」


 そのタイミングは完璧だった。俺の左に並ぶように立つ彼女は目を伏せながら来るとスッと視線をあげる。


「イザベル・ジャッククール・ルゥセーブル。ウィッチである。しかし恐れるな! 彼女達は私たちと何も変わらない! 私たちの仲間である!」


 イザベルが自然な流れでお辞儀をした。

 アリアがイザベルと向き合うと、右手を差し出す。イザベルが右手を見た後に自信に満ち溢れたアリアの顔をみると、クスリと微笑み握手をした。


「今日彼女達は私たちの同胞である!」


 わあぁぁぁぁ! と国民達は歓声を上げた。


「ミチナシお兄ちゃん!」


 後ろから俺の名前を呼ぶ声がした。振り返るとそこにはルーナがいる。急いできたのだろう。白い綺麗な髪が額にくっついていた。

 あぁ、体がじんわりと温まっていく。きっとこれはホッとした気持ちなのだろう。

 まるで親を見つけた子どものように泣きそうな顔をして俺の元へ走ってくる彼女を俺は両手を開き迎え入れる。


「どこ行ってたの!」

「いや、そこのアリア陛下に襲われて誘拐されちゃってね……」

「い、いやぁ、ルーナちゃんごめんね。急なことだったから申し訳なかったんだけど」

「なら今度はちゃんと言ってよね!」


 アリアが申し訳ない顔をしているのを俺は初めて見た。

 というかこの状況国民の方々が見ているんですけど……すっごい居心地が悪いですが。


 こうしてウィッチとヒューマンの同盟が締結される。

 しかしこの同盟の儀がとんでもないことになるなんて、その時の俺も、ルーナも、ベル達も……。



 知る由もなかった。

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