退化
「はぁ……はぁ……! だぁぁぁぁ! つかれたぁぁ!」
やっと止まった。大分転がり落ちたな。でも離脱できたから御の字だと安堵の息を吐く。
俺の両腕にはルーナがいる。血まみれで白い髪がボロボロで、まるでカラスに襲われた雀のようだ。例えが悪いな。傷だらけの天使といったほうがしっくりくるだろうか。
竜だけど。
「ミチナシお兄ちゃ……」
「生きてるか?」
「あはは……生きてなかったら……個はお兄ちゃんの名前呼んでないよ」
「そうか、それは良かった」
「お兄ちゃんおかしいよ……裸で魔物に岩を叩きつけて」
悪かったな。今持てる武器がそれくらいしかなかったんだよ。
「でもかっこよかった」
「そんなことは今はいい。安全なところに行くぞ」
背中に回していた手は滑りがある液体に触れている。きっとそれは血だ。見なくてもわかる。
上で雷撃と咆哮の声が響く。多分ルスが魔物の相手をしているのだろう。早く俺もあそこに戻らないといけない。
だが今はルーナをどこか安全なところに連れていかなければ……!
ルーナを抱き上げ移動する。腕の中で抱えられている彼女は浅い呼吸をしていた。
「ルーナ……ごめんなもっと早く来たらよかった」
「いいの。助けてくれるだけで個はもう幸せいっぱい……」
疲れている顔をしている。ただでさえ白い肌をしていた彼女はより一層顔を青くしている。
俺はいやな予感がした。
死んだニールと、体が動かなくなったアレストの顔を思い出す。
こいつも死んでしまうのか……。
ギッと唇を噛む。そんなのいやだ。絶対死なせない。
「死ぬなよ」
「……死なないよ」
「ダメだぞ。死んだら俺が許さないから」
ルーナの閉じた目から涙が溢れる。苦しそうな顔をしている。
嫌だ。親切にしてくれる人がいなくなるのは……。
もう嫌だ。
「死んだら許さない。まだ俺はルーナに何も返してやれていないじゃないか」
「……ねぇ、ミチナシお兄ちゃん」
「絶対助けてやる」
「個はね、お兄ちゃんのこと好きなんだ」
「今それを言う必要はないんじゃないですかね」
ぼたぼたと血が流れる。
お願いだ。俺からいなくならないでくれ。
お願いだ。なにも言わないでくれ。
「個は生きるよ。お兄ちゃんと一緒に生きたいもん」
だから、と彼女は言葉を紡ぐ。左手で俺の頬を撫でる。弱々しい彼女は黒い瞳を俺に向けている。
「お姉ちゃんを助けてあげて」
「あいつは大丈夫だ」
「ううん。お兄ちゃんを……探しにきている人間さんを見つけたの」
目を見開いた。
「ルス……姉ちゃんが、暴れているのをみたらきっと…人間さんは怖がる」
「その中に白髪の女あったか?」
唐突な質問に彼女は驚きそして思い出す。
「……いたと思う」
「わかった。じゃあ俺は行くから。ルーナは炎とかあげれるか?」
コクリと頷いた。それを確認した後俺はルーナを安全な場所に寝かせ、ルスの元へ行く。
待ってと声をかけられた。
「その白髪の人、お兄ちゃんの……なに?」
「……俺の神だ」
そして、お前を救う唯一の存在だ。
「ちっ……なんて硬いの」
ルスは思わず舌打ちをする。
その魔物は鳥の魔物のはずだ。鳥の魔物は基本的に飛ぶだけの能力しかない。高いところから羽根を撃ち落とし弱ったところを狙う。つまりそこまでの耐久性のない魔物のはずだ。
しかしこの魔物は何度電撃を食らわしても力つきることがない。唯一できることは上位を取られずに常に牽制をかけていることだけだった。
明らかに火力が足りない。
「……あと十二……」
全力で雷撃を落としているために逆鱗の輝く数ががくりと落ちる。
高密度の魔素を扱うだけで逆鱗が一つ減るような状況で、打てる数は限られる。
鳥は山肌にがっしりと捕まったまま動かなかった。焦げた臭いを発しながら煙を上げている。しかし致命傷を与えることができていない。
「ルス!」
彼女の名を呼ぶものが現れた。
この山に迷い込み、そしてルーナに救われた人間。なにもできない。口だけの不完全な存在が登ってきた。ルーナの姿がいないのをみたところ安全なところに置いてきたのだろう。
「なんでもどってきた!」
思わず声を上げる。お前はここにいるべき存在ではない。と言わんばかりに。
「はっ、お前が悪戦苦闘してないか見にきてやったんだ」
そんな煽り必要いらない。とルスは舌打ちをする。
だから人間は嫌いなのだ。
狡猾で、不躾で、憎い。
「ルーナに頼まれた。お前を助けてあげて、と」
「……」
あの子がそんなことを言ったの。と驚いた顔をした。
魔物は動き出す。そして咆哮をする。
「なんだ? さっきまでと何かが違う」
苦しむ声が響く。もがき苦しむような……そしてまるでウナギのような滑っていた体からぞわぞわと変化をし、その体から何かが生えてきた。
鱗だった。
赤く燃え上がるような赤の鱗だった。
「……おい。ルスさんよ」
「言わなくてもわかる。これは予想外だ」
「そんなことはどうでもいい! 【あれ】を止めろぉぉぉぉ!」
必死な声に突き動かされるようにルスは突き動かされた。
極限に魔素を使う。体の中に保有されている力を全て両手に集め両手を開いた。
強大な磁力により山肌に存在していた鉱石は集まる。そして変化する魔物を覆うほどの巨大な鉱石の塊になったそれを持ち上げ跳躍し魔物の真上に振り落とした。
強大な質量で押しつぶす。
鉱石が着弾すると雷撃が放逐され、そして次に行止に押し寄せるのは爆風に近い衝撃と砂埃だった。
やったかと、ルスは勝利を掴みとる感覚を得る。
咆哮が聞こえた。
それはさっきまで聞いたことのある声ではない。野太く【哺乳類】のような咆哮が響く。喉を鳴らす音が腹を刺す。
「……【進化】しやがった」
行止は嫌そうな顔をする。
それは細身の長い体で、足は四本。そして翼を有し、化け物のような顔を持つ。
「竜」
いうならそれはそれに近いものだった。




