手を出すんじゃねぇ!
「ルーナ?」
ふとルスが彼女の名を呼ぶ。
ルーナはまだ帰ってきていない。俺も耳を澄ますが翼が羽ばたく音も聞こえない。
ルスの表情がだんだん普通ではなくなっていく。
「ルス?どうした……」
突如砂埃が舞う。ばちばちと静電気が砂埃を伝わり走る。ルスが飛び出した魔素の余波だ。
爆発のように巻き上がった砂埃で目の前が見えない。
「っつ!」
咳き込み洞穴の出口へ向かう。
外に出るとルスの姿は居らず空気に漂る電気がルスがどれだけ急いでいるのか物語っている。
そして聞こえる咆哮。その咆哮は聞いたことがある。俺を殺したあいつだ。
「……魔物」
状況を把握する。ルーナが魔物に襲われて、ルスがそれに気付き助けに向かった。
つまりルーナが危険だということだ。
「クッソ……!」
俺は下り坂を下りていく。飛ぶこともできない人間はとにかく走るしかできない。
ああもういいや!
坂道を下るのをやめ、道を外れ斜面へ足を運んだ。制止をせず位置エネルギーに身をまかせた。
「うおおおぉぉぉ!?」
急激な坂道を踏みしめることができず、途中倒れながらも降りていく。
昔テレビでやっていた富士山のマラソンみたいな状況だ。
いや、全然そんな状況じゃないけどな。
斜面の途中俺の身長ほどある岩石が邪魔するが、まったくそんなことを無視する。とにかく曲がることができない俺は両手を前に出し坂道を走る勢いで岩石にぶつかる。両前腕が砕けた。
痛い。そんな暇ない。
両腕が動かなくなりぶらぶらとぶら下がっている。受け身も取れない状況の中でもとにかく降りる。
一瞬の浮遊感。目の前は崖だった。そんなこともいい。とにかく真っ直ぐ。真っ直ぐだ。
自由落下する。だんだん早くなる落下。風をきる音が聞こえる。
ぐしゃりと体が潰れた音が聞こえた。
痛い。
痛みに耐えきれず、彼女は叫んでいた。自慢の翼が不揃いに並んでいる牙に引き裂かれた。隙間から逃げ出そうとするがぎっちりと高まっているために動く言葉できない。
「いっ…ギッ!」
痛い。三対の翼の右翼が全て【食われた】。
引きちぎられ、咀嚼し、飲み込む。翼を支えていた骨ですら容易く噛み砕かれる。
自慢の翼が喪う。自分の誇りが。噛み砕かれる。
白い髪は土と血によって汚れていく。噛みちぎられた部分から血は止まらない。
「やめてっ……! お願い……いやだ……いやっ」
その魔物の目は明らかに満足をしていない。そもそも魔物に満腹が存在しているのだろうか?
砕かれた誇り、自慢の翼、そして姉と同じ顔と角と髪。全てを汚されたその姿はもはや竜ではない。
「いやだ」
不完全な人間と同じだ。
血に汚れた口をルーナに近づける。涎がぼたぼたと滴り落ちてくる。その生ぬるさにルーナは恐れた。力を振り絞り逃げようとする。
「……っ!?」
魔物は力を込め逃げないように握りしめた。ギリギリと体が締め付けられる。
息が吸えない。背骨が悲鳴をあげた。
「か……はっ……」
これが夢なら早く覚めてと願った。ギリギリと締め上げられる痛みは夢だ。夢なら覚めてと願う。
しかし右腕が折れる音は夢ではないと証明してしまう。
痛みに耐えきれない。痛みに耐えれない。今まで受けてきた痛みとは比べものにならない。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
死ぬ。
頭によぎる、死んでしまうと。命を失うのを感じる。
「ミチ、ナシ……」
助けを求めた。
完全な竜が。完全である竜が。
虚ろな目から涙が溢れる。痛みではない。頭によぎる死を受け入れたくないために。救いを求めるために。
「お兄ち……ん」
不完全な存在の名を。助けた存在を。
「ルゥゥゥゥナァァァァァ!!」
彼女の名を呼ぶ声がした。
したではない。彼女の名を呼ぶ声がする。
「てめぇぇ! その手をどけろぉぉぉぉ!」
目だけを動かし、【彼】の姿を探す。
それは不恰好な姿だった。服を燃やされ裸で、そこらじゅう擦り傷と切り傷で、両手には大きな溶岩があって。
その溶岩を魔物の頭部に思い切り叩き込む。魔物は怯み鷲掴みしていた彼女を解放する。その隙に彼は彼女を抱き上げその場を離れるように彼女を守るように抱き寄せながら斜面を転がり落ちていった。
「すぐ戻るから! ここを任せたぁぁぁぁぁぁ! ってヤベェから止まらねぇぇぇぇぇええぇぇぇ!?」
「もとより、そのつもりだ」
魔物が怯んでいる間に何本もの青い雷が木の根を掘りあげるかのように襲いかかる。魔物に触れた青い雷は魔物の体を焼き切ろうとするが体は煙が出たくらいでそこまでのダメージを受けてはいないようだ。
「そんなに傷を与えていないか」
悲鳴のような叫び声をあげた魔物はその雷を振り落とした者をみる。
【それ】はさっき倒した者と瓜二つの存在だった。
魔物に意思があるならばこう思うだろう。
【美しい】と。先ほどの黒く妖艶な翼と違い、その翼は青く、白く、そして高潔な存在。触れば傷がつき、眺めれば目が眩む。
ルスは右手を掲げると翼に帯電していた雷を集中圧縮し、青い球体が作り出した。
それを全力で投げつけた。魔物は【それ】を危険なモノと判断し避けた。球体が地面に触れると圧縮された雷が一気に放逐し難くなった溶岩を一瞬にして赤く溶かす。
「妹が世話になったな。どうだった? 美味かったのか?」
彼女は魔物に問いかけた。敵と判断した魔物は威嚇するために翼を広げ体を大きく広がる。
「そうか。もう話さなくていい」
一切の酌量の余地もない。無慈悲な一言。
「全はルーナのように甘くはない」
翼は帯電する。先ほどまで溜まっていた電気をさらに増幅させるように、感覚が遠かった弾く音は短くなり、まるで威嚇する鳥のような姿を持つ。その雷を弾かせ、携えながらルスは冷たく言い放つ。
「塵一つ残さずに殺してやる」




