黒い影と驟雨
「ルスお姉ちゃん。ミチナシお兄ちゃんと仲良いなぁ」
それは少女の独り言だった。黒く光が差せば紫色の瞳を持ち白い髪を有し、そして三対の翼膜を持ち、右腕には紫の刺青を持ち、そして完全と称する竜だ。
その竜は昨日一昨日まで敵意を持っていたものに対して話したりしている。その付かず離れずを選んだ姉に羨ましさを感じた。
少女は滑空し、山の麓に降りるとすんすんと鼻で匂いを嗅ぐ。長い耳がピクリと動いた。
ルーナが草を分けて行くと目の前には大きな木があり、赤い果実が実っていた。あった。とパッと明るい顔をした。
「お姉ちゃんいつもこれ持ってきてくれたなぁ。ミチナシお兄ちゃんはきっと喜ぶだろうな」
鼻歌をしながら果物をもぎ三個手にするとその赤く熟れた我慢ができず一個服でゴシゴシとこすった後、咀嚼する。甘く歯ごたえのいい食感。
浮かれながらトンと跳躍し羽ばたくと、草木が倒れる。そのふわりとした浮力を利用しルーナは飛翔した。
たしか黄色の果実も近くにあったなと思いながら飛んでいると、ざわざわと森が騒いでいるのに気付いた。
「……?」
気付かれないようにルーナは木に降りるとその騒ぐ元を確認する。
人間だった。数は三十人ほど。それぞれが武器を持っており、まるでこれから討伐でもするかのような格好をしていた。そして皆が皆赤い服を着ている。
「いいか! 目標は冒険者【ミチナシ】の救出だ! 魔物が現れたら極力戦闘を避ける! 赤い狼煙が三度上がったら引き返すいいか!?」
それぞれがやる気の意思を示す。ルーナはその一部始終を見て確信を得る。
ミチナシお兄ちゃんを助けに来た。
喜ばしいことだ。彼を助けに来てくれる人がいる。彼を想う人がいる。
だけどなぜだろうか。
胸のあたりがズクズクとした痛みを感じる。ルーナはこれまでに怪我はいくらでもした。飛ぶのを失敗し木の枝で切り傷だらけになったりしていたり、裸足で坂を全力疾走して足の裏をずたずたになったりしていた。
その痛みと違い表面ではない、針が引っかかるような、体の内側からくる痛みだった。
「なんなんだろう?」
これまでに感じたものと違う痛みに戸惑いを隠せなかった。
でも、これで彼は元の場所に戻れる。
その吉報を手に飛び上がろうとしたときにふと白い髪を有した女性が見えた。しかしそんなことよりこの知らせを彼に届けたい。
ルーナは気にせず飛び立った。
翼をを強く、強く、羽ばたかせる。まるで矢のような速さで山を登るとすぐに中腹へ差し掛かる。
その時ルーナは気づいてなかった。ルーナに迫る、巨大な影。音もなく、声もなく、まばゆい太陽から急降下で降りてくるその者を。
気付くのに遅すぎた。
「……?」
まず襲い掛かったのは驟雨のように降りかかる人の大きさほどある大きな羽根。その重たい一撃を見たことがあった。
「あの時の魔物……! でもなんでこんなところに?」
ルーナは驚いた顔をした。
人間達が基本魔除けの石を取っている場所は中腹より下の部分。ここよりもっと下の場所のはず。ミチナシが襲われた場所もその下の場所であり、こんな場所に現れるわけがない。長い時間見てきたルーナだから知っていること。
しかしなぜ中腹に魔物がいるのか。
翼に【魔素】を送り込むと翼膜は紫色の模様を作り出す。翼膜から空気の破裂音が響いた。その破裂の空気を翼で受け止めると普通ならありえない急激な角度の変化をする。
ルーナは山肌すれすれを飛び続ける。
しかし雨は止まない。赤い水たまりを作るためにその雨はルーナをただ狙う。
「しつこい……!」
ルーナは嫌そうな顔をする。右前腕と上腕に掘られている刺青は煌々と輝いているが、その輝いている上腕は四つ、前腕は五つしかない。
「いつもなら二十くらいあるんだけどなあ」
刺青はルーナの逆鱗であり、それは魔素の保有指標である。つまり逆鱗の輝きを全て失うと魔素はなくなり飛べなくなる。
今のところかすり傷一つしていないが、負傷するのも魔素がなくなるのも時間の問題だった。
「……ッ!」
羽根が左腕に命中し、体勢が崩れた。その勢いで赤い果実を落としてしまう。
なぜそんな判断をしたのかルーナはわかっていない。
落とした果実を拾うために【戻った】。
コロコロと転がり落ちて行くその姿にかわいそうと思ったわけではない。食べ物を捨てるのはいけないといった姉の言葉のせいでもない。思い浮かべる彼の顔。
後少しで届く。後少しで彼の喜ぶ姿が見れる。
巨大な影に踏み潰された。無慈悲に。
鷲掴みされ、地面に押しつぶされた勢いで肺の空気が抜けた。息ができない。長い耳が空気を切る音が聞こえる。それはルーナが飛ぶ時の音ではない。それは生暖かく、臭い。
魔物の吐息だ。
ふと過ぎった感情が現れる。何かが起きるという不安。自分がどの立場にいるのかわかる恐怖。
「ルスお姉ちゃ」
ぞぶり。と食いちぎられる音が聞こえた。




