第16話「落日」
二月の初旬、ギルギ帝国より届いた報告に征四郎は眉根を顰めた。
六郎が大怪我を負った挙句に、再生の秘儀を受けたと言うのである。
何重にも危険な状態をどうにか切り抜けられたのは良かったが、よもや、その様な事態に成っていたとは気付かなかった。
無論、距離があるのだから当然なのだが。
怪我が治った事は喜ぶべき事だが、その代償を思えば直夫には喜べない。
慣れているはずの己ですら、時折愕然とする。
最早、人とも呼べない何かに変わったことに。
覚悟などとっくに決めているはずなのにこの様だ。
六郎は大丈夫なのだろうかどうか慮らずには居られない。
周りが何を言おうと、自身で納得するしか無いのだが。
征四郎が報告を受けて、こんな事を考えていられる程に、シャーラン王国での戦いは順調だった。
反乱軍の支持は高まる一方であり、女王の陣営の動きは鈍い。
女王陣営からの離反者は毎日のように現れ、その事にも女王やその軍師は対処できずに居るようだった。
「内戦と呼ぶには一方的だが、このまま推移してくれるとありがたいな。」
「反乱軍の上層部は既に戦後のことを話し合っていると聞いた時は増長が過ぎると思いましたが、この現状では……。ここから、巻き返す手が有るなら見てみたいとまで思います。」
征四郎のぼやきに答えたのはラルスだ。
種族連合第七軍団の参謀と言う肩書の彼は、形式上は征四郎の部下では無かったが、第七軍団の将軍アルマが出向と言う形で征四郎の元に送っていた。
僅かな手勢でシャーラン王国反乱軍に赴いていた征四郎には、素晴らしい増援である。
アレクサンドラやバルダーら旧デーサイル王国の生き残り達とも顔合わせを済ませれば、ラルスはすぐに現状の分析を開始した。
そして、現状の優位は固く動かないとしか思えないと言う分析結果が出た。
人心は既に女王から離れているし、王家に忠誠が誓う者にとっては反乱軍に王妹クラリッサが加わっている。
余程女王自身に恩義がある者でも無ければ、反乱軍側に付くのは目に見えているし、現状は正にそうなのだ。
端的に言えば、女王の側には理も利もない。
そんな状況で、特に足掻きもしないとなれば女王やその軍師が一体何を考えているのか、征四郎にもラルスにもさっぱり分からなかったのは無理からぬことだ。
反乱軍が歩を進める度に、侵攻先の民衆から湧き起こるのは拍手喝采である。
当初は、警戒していた反乱軍の主要メンバーも直に気にしなくなり……最後には気味が悪くなった。
慢心している時期もあったが、その時期はとうに過ぎてあまりに出来過ぎている状況に、返って薄気味悪さを感じていたのだ。
それも当然だ。
慢心するにしても、適度に戦いそれに打ち勝つと言った段階が必要だ。
ただ軍を進めるだけで拍手喝采が湧き起る事が延々と繰り返されれば、余程楽天的でも無ければ何かしら思うのは当然だ。
そもそも、血みどろの内戦を覚悟しての行動だったはずなのだ。
如何に女王の威光は地に落ちても、ここまで一方的な展開になるとは誰も予想していなかった。
2月の半ば、反乱軍は進軍を開始して三週間ほど。
シャーランの王城が最早眼前に見える所まできてしまった。
抵抗らしい抵抗に出会わずに、だ。
その王城を眺めながら反乱軍の主要メンバーの一人である老いた元宮廷魔術師のザカライアと征四郎は今後について話し合っていた。
「流石に王城では抵抗するだろうから、気を引き締めて掛からんと余計な痛手を負う……と思うのだが、まるで殺意も何もないな、あの城は。」
「昨今では女王の姿を見た者が居ないとか噂されているそうですな。さて、如何したものか……。血が流れないに越した事は無いんですがのぉ。」
王城の無血占領は流石にないと征四郎は踏んでいる。
あれほど強権的に振舞ったと言う事は、権力の喪失を恐れるはずだ。
どんな手段を用いてでも、守り抜きたいと考えるのが彼等には似合いだ。
で、あれば。
入城と共にドカン! まであり得るではないか。
目先の敵を殺して、一時の安全を買う事に彼らが躊躇するとも思えなかった。
結局、征四郎等B・B部隊の者達が威力偵察をすると言う事で話を纏めて、征四郎は少ない手勢を率いて城に乗り込んだ。
……征四郎の女王やその軍師の心中の予測は、正しくはあった。
だが、間違いでもあったのだ。
彼らは確かに恐るべき手段を用いて、敵の抹殺を企ててはいた。
だが、その恐るべき手段を御すことが出来なかったのだ。
城に巣食う亡霊を見つけた征四郎は、一つ息を吐き出す。
邪神官崇拝などと言う、この大陸ではトチ狂ったとしか言いようがないお触れを出したのも、縋る術がそれしかなかったからだ。
そして、その禁忌とされた存在に縋った結果、それに力を吸われて亡んでしまったようだ。
城内を闊歩するのは、最早その亡霊のみであり、そしてその亡霊は……邪神の威を借っていたに過ぎないのだ。
魔法帝国時代の亡霊であっても、その時代から生き残っていた死霊術師を打ち砕いた征四郎にしてみれば、高々知れた戦いでしかなかった。
ましてや、恨みすら希薄でただこの世にしがみ付こうとするだけの存在が相手と在っては尚更に。
こうして、シャーランの王城も呆気なく反乱軍の手に落ちた。
内戦と言う最悪な選択を行ったシャーラン王国だったが、この冬に起きた出来事を鑑みれば、その被害は一番軽微だったかもしれない。
結局、シャーラン王国は勇者クレヴィに治められると言う事で話が着いた。
王妹クラリッサはシャーランの主権をクレヴィに引き渡す事を喜んで認めたし、そうする事で彼女は安全を買いもした。
姉のしでかした事は、彼女一人で贖うには大きすぎたのだ。
無論、何かしら責任を負う立場となるだろうが、それは王家に生まれた時から分かっていた事だ。
王が姉からクレヴィになった所で彼女には然程変化はないのである。
それは、反乱軍の主だった者達にとっても同様であった。
何故なら、女王のみならずシャーラン王国の声望は地に堕ちている。
邪神官崇拝等と言うお触れを出した時点で、バルアド大陸では異端者として扱われるのは致し方ないのだ。
それを知らぬ女王メレディスではなかったはずなのに……。
シャーランの王城が反乱軍に掌握された頃、一組の男女がシャーランの王都から北西に向かって歩いていた。
互いに疲れているようだったが、何かに憑かれたように一心に北西の海岸へと向かっている。
その地こそが、女王の軍師と呼ばれたレオナルトとデーサイルの敗残兵がバルアド大陸に潜り込んだ際の拠点があるのだ。
人気も少ない道とすら言い難い道を進む男女は、ともに怯え切っていたが、その双眸だけはギラついていた。
「テルハ大陸に、渡れるのですね?」
「ああ、渡れる。それでこの生贄の様な役目も終わりだ。」
囁き合う声には、僅かな希望が感じ取れる。
多くの者を犠牲にして、尚且つ自分達だけは助かろうと足掻いているこの男女については、多くを語る必要はない。
彼らがテルハ大陸にたどり着くこと等無いのだから。
彼らが絶望し、恐怖し、死の淵で見た夕日のみが、この男女を殺めた者の存在を知る。
大地を赤く染める夕日以上に赤い衣装を纏った魔術師の姿を。




