第3話「帰還」
征四郎達がアルマ率いる第七軍団に帰還を果たした頃には、既にギルギ帝国の方面司令官であるブルース・コンラートは停戦の使者を送ってきていた。
本来、補給物資の集積地を焼かれたからとてすぐに停戦と言うことはないのだが、今回の戦いは単なる補給物資の焼失では済まない大打撃をギルギ帝国は被った。
それは今後の戦いを左右するほどに大きな疑心を植え付けられたのだ。
抜かれるはずのない森を抜かれたと言うことは、種族連合側が戦場を回り込み挟撃が可能になった事を示唆している。
ならば、こちらが逆に森にのこのこと分け入れば、今までと同じ全滅の憂き目に合う可能性は高い。
何故ならば、こちらはあの罠の群れを突破する術を持っていなかったが、彼らは突破してきた。
突破したということは、構築する術を持っているかもしれないと考えたのだ。
つまり、現状では戦線を大きく後退させるより他にはないのだ、これが通常の領土争いで在れば。
だが、今回漏れ伝わっている種族連合側の戦争理由が正しければ、ここで無理に戦うよりは話し合いの場を設けた方が良いと方面司令官のブルースは考えた。
そして、その考えは間違ってはいなかったのだ。
戻って来たばかりの征四郎を交えた第一から第三軍団の将軍三名が交渉の席に立ち会い、表向きは停戦交渉と言う名の根回しが始まった。
一方で第四から第六軍団は持ち回りでギルギ帝国軍の動向を警戒する事になり、今回最も戦った第七軍団は休息を与えられていた。
休息を与えられたということは、概ね酒の席に代わってしまうのは戦場を生きる者達の性か。
新たに新設された第七軍団であれば、新兵も多く生き残れたことを感謝する者や初陣の興奮冷めやらず騒ぐ者とているが、それはB・B部隊も同様であった。
無論最初期の十名や古参として扱われる残りの四十名に至っては普段と変わらず静かなものであったが、今回の作戦の立役者であるキケが姿を見せれば他と同様に騒ぎ出す。
「お前無傷だって割には、頬腫れてんな?」
マウロが戦場の疲れも見せずに、手間を掛けさせてしまう事が多い友人のキケに声をかけた。
そう、マウロが口にしたようにキケは頬を腫らしており、打撲に効く薬草が塗られた布を張り付けていた。
コボルトであるキケの体毛をその部分添った方が効きは良いと第七軍団所属の軍呪医に言われたが、キケは嫌がり体毛の上から張られている。
「聞いてよ、マウロ。酷いんだよ? 僕と再会した途端にイルメリが僕にストレート放って来たんだぜ? 皆、当然だと言うし、少佐まで一発は仕方ないって。」
「当たり前だ。」
そっけなくイルメリが口を挟んで、コヌ産のワインをイェレから受け取り一気に飲み干した。
その様子にキケが口を尖らせて見せたが、イルメリの続く言葉にはさすがに反省したのか耳を垂らした。
「意識を取り戻した少佐に説明する身にもなれ。お前の行動を説明した時の少佐の、あの表情は決して忘れられない。あの赤土色の瞳に悔恨と苦痛の色がありありと見えたんだぞ。」
普段はそこまで喋らないダークエルフにそこまで言われては、キケも悪かったよと小さく返すに留めた。
オークのアゾンが取り成す様にともかく無事でよかったと、二人に笑いかけるが空気を読まないマウロが。
「そりゃ、キケが悪い。」
と、話を蒸し返した。
そして、追い打ちをかける様にやはり空気を読まずに吸うものだと言わんばかりの、ケンタウロスのカイサがキケに言う。
「まったくだ、お前が悪い。」
「え、僕、四面楚歌?」
謂れは良く分からないが昔から伝わることわざを用いて、キケは大仰に嘆いて見せた。
その様子をエルフのイゴーやケンタウロスのエスローら少し年配のグループが見守っている。
「しかし、少佐すら手こずった連中によく勝てたな?」
そう声をかけてきたのはドワーフのオーレクだ。
キケの力を信用して居ない訳ではないが、少佐こと征四郎すら窮地に陥ったという事実が未だに信じられないでいた。
それに同意したのはデモニアのヴァーツラフも同様だ。
彼らは訓練時に散々に叩き込まれた技術の数々をもってしても、戦い抜けない戦場があるという事実に恐れも抱いていた。
同時に、如何すれば突破できるのかと言う興味もまた抱いている。
そのように複雑な思惑を読み解いたのは、問われたキケではなくイルメリであった。
「あれはその場に立ってみないと何とも言えない。そうだろう、キケ。」
「そうだね、あれは……きつかったよ。」
そうしみじみと告げたキケであったが、腫れた頬の所為でワインを口にすることができず少しばかり恨めし気にイルメリを見やった。
最初期の十名から少し離れた場所で、嘗てはデーサイル組と傭兵組と呼ばれていた者達が酒を酌み交わしていた。
テクラとシーグリッドは今回の戦いから参加している新兵……と言えども並の部隊であれば精鋭扱いをされている者達……が羽目を外しすぎていないかを見て回っており、この場は不在である。
エルフのエルドレッドがハルピュイアのジャラジャシーやアーケニアンのグラーレフやシデランと言った航空戦力を担う者達とアークル産のワインを楽しんでいた。
「戦闘中に私にしがみついて空で戦った男が、こんな弱いワインしか飲まないとはな。」
「度数が強けりゃ良いって訳じゃねぇだろう。」
ジャラジャシーのからかいの言葉にエルドレッドは肩を竦めた。
羽毛の生えた蜥蜴人間とでも言うべきアーケニアンの二人は、ワインを飲む……と言うか、舐めながら言葉を紡いだ。
「しかし、婿殿が苦戦するとは世の中広い。」
「我らは井の中の蛙であったと言う事だ。」
エルドレッドはアーケニアンが語る婿殿と言う言葉にはいまだに慣れていない。
これは太古竜の血筋であるアーケニアンが、地底に眠る神の血族であるナグ家姉妹に心服しており、その結果として征四郎に従っていることを表している。
無論、征四郎自体が優れた妖術師であり、地底に眠る神の信奉者である事も彼らにとっては好印象らしいが。
とは言え、だ。
あの少佐を掴まえて婿殿呼ばわりと言うのは、やはり慣れるものではない。
そういう意味では確かに世の中広いとしみじみ感じながらエルドレッドはワインを呷る。
コボルトのサンスとデモニアのクラーラは先日よりB・B部隊に仮配属されているセルマとガートルードのフラムスティード姉妹、それに磯山六郎とその護衛役のエルフの剣士ロデリックと自動人形のスクートゥムの相手をしていた。
セルマは軍で起きた出来事を記録し、後にクレヴィに報告する義務が与えられている。
ガートルードは何を思ってか、妹の処分に付き合うと言い出してB・B部隊の基礎訓練まで受けていた。
どうやら、シャーラン王国軍と言うべきか、フラムスティード軍の瑕疵を見つけて王国軍と戦える力を得ようとしている節があった。
だが、シャーランは今では内戦の最中、少し悠長すぎるとサンスなどは思うのだが。
征四郎はその思惑を知って、返って感嘆して軍への参加を認めた。
内戦が長引いた場合、その新生フラムスティード軍が強烈な一撃をもって女王側の軍を叩くとなれば愉快だと、語っていた。
最も、内戦等長引かないに越した事は無いがとも呟いていたが。
結局、そうなってくるとこの二人だけ送るというのも不味かろうと、六郎とその供として気心知れた二人が付いてきたのだ。
「つまり、その装備が劣り物資も少ない方が勝ったと?」
「それこそ、少佐が今回苦しめられた罠や戦い方を駆使してね。……実際にその辺りを経験している奴が来たらしいと言うのが不気味な話だけど。」
六郎が語っていたのは彼が生まれる前に起きたという大国と小国の戦争についてだ。
政治的なイデオロギーの違いから戦争が起き、多くの悲惨な出来事がその地では日常と化した。
六郎の話に、皆が一様に黙っていたがクラーラが何かを考えながら問いかける。
それに対する六郎の答えは、キケが殺さずに生け捕りにした森に住まうデモニアの一族から聞いた情報である。
九十年程前に追い詰められていたデモニアの一族の前に隻眼の壮年の男が現れて、あの戦い方や罠の作成方法を伝授したのだという。
その男が一族に語った言葉で、気になる単語があるからと六郎は征四郎に呼ばれて、尋問に立ち会った。
そして、驚くべき単語を耳にしたのである。
ベトコン。
南ベトナム解放民族戦線の蔑称として広まった言葉である。
当然、今現在のバルアド大陸で聞くような言葉ではない。
偶然の一致だろうか?
だが、あの戦争生き延びた何者かがこの世界に訪れていたのであれば、征四郎を苦しめた罠の数々とやらにも合点がいく。
「そいつは、罠や戦い方を教えてどこに消えた?」
「そこまでは分からないみたいだ。ただ、赤い竜の欠片を探しているって言っていたとか。」
ロデリックと六郎の会話を聞いてクラーラは眉根をしかめる。
赤い竜、ルーベル・ドラコの正に欠片とでも言うべき意識の一部を封じた水晶が彼女の家に伝わっていたのだから。
その魔術師が絡むと時間も空間もねじ曲がってしまう印象がある。
いい加減戦場にも慣れたクラーラであったが、その点だけは未だに言い知れぬ不安を抱いてしまうのだ。
各人が各々の時間を過ごしているその間にも歴史は動いていく。
今は羽を伸ばす第七軍団も再び武器を取る時が来るが、それにはいま暫くの時間を有した。
だが、B・B部隊の戦いは思いのほかすぐに訪れた。
ブルースやギルギ帝国の高級将校の情報や、嘗て征四郎を狙った暗殺者達から得た情報等『ファミリー』を打ち倒すのに有益な情報がそろい始めた。
行き過ぎた犯罪を助長する組織などこの先不要、征四郎は決意を新たに『ファミリー』討伐の為に行動を開始したのは、僅かに二日後の事である。




