第16話「黄金の竜」
ジュダン=ボウ、魔法帝国ことガヴ一族の輝ける帝国において大貴族の地位にあった男。
異端の死霊術に手を染めて、周囲の目が厳しい帝都を離れ遠いバルアド大陸に渡る。
バルアド大陸を一手に取り仕切っていたナグ家との交渉の末、イルカシュ山の以南を領地としたこの死霊術師は、魔法帝国の崩壊後も自身の領地を支配し続けていた。
その支配は800年を超える。
ただ一人の男に、800年以上支配され続けたその地は、異端の死霊術によって生み出された4匹のドラゴンとイルカシュ山という天然の要害に守られて、外界の情報や変革から守られ続けてきた。
その結果、ジュダン=ボウは神の如き権勢を誇り、領地で死者が出ればその死体はすべて召し上げられた。
その地に住まうハルピュイアやアーケニアンにとってすればジュダン=ボウとは、その地では神であり死であり力であった。
だが、今音を立ててその幻想が崩壊していくのを彼らは感じていた。
外界からの侵略者は、ジュダン=ボウ以上の力の具現者たちであったのだ。
この地に住まう二種族には、奇妙な共通点があった。
姿形は違っているが、双方ともに他種族の腕に当たる部分が翼になっているのだ。
ハルピュイアは翼と下半身が鳥に似ており、上半身は人間のそれである。
不思議なことに性別は雌が多く、雄は少数であり一族の長が主に雄達を独占している。
一方のアーケニアンは始祖の鳥と呼ばれる存在に近しい姿なのだという。
二足歩行のトカゲという爬虫類的な見た目だが、鱗の代わりにカラフルな羽毛が生え、その翼の色も鮮やかだ。
婚姻は他種族間でも一般的な一夫一婦制ではあるが、他種族との大きな違いは卵生であるという事。
この様に奇妙な少数種族ではあるが双方ともに知能は高く、テルハ大陸などでは他種族とも交流を持っており、空を飛べる事から貴重な航空戦力とみなされている。
その彼らが今直面している物は、寿命が精々50年ほどの彼らが生まれてから経験したことない大風、大嵐だ。
絶対支配の権威が、その象徴たる要塞が恐るべき一団に攻撃にさらされている。
その一団は、あのイルカシュ山を越えて、すでに三匹のドラゴンを……絶対的な力の象徴を打ち砕いてきた。
早朝、山頂付近でレッドドラゴンが爆ぜる様を見た者たちは、まるでこの世の終わりを見たかのように感じていたという。
長い年月変革とは無縁だった生活に、今吹き荒れるのは戦火という名の嵐だった。
その戦火という名の嵐に翻弄されているのは、何も支配されている者たちに限った話ではなかった。
絶対の支配者であるはずの死霊術師……大地の精を吸い上げ、その身に不死に等しい力をその身に宿したリッチと呼ばれる存在に成り上がったジュダン=ボウは、現状を把握しきれずにいた。
神に等しい己に軛を打ち込むような言動をとったあの存在の事は、ドラゴンを通じて聞き知っていた。
ほぼ無改造で制御の難しかったブラックドラゴンを殺した存在であることも把握できている。
だが、何故に己の名を知っていたのかは分からない。
バルアド大陸においてその名を知るのは、己がこの地にやってきた際にこの地を治めていたカリーガヌ・ナグのみである。
それにあの態度、あの物言い……記憶の底にこびりついたある男の事をなぜか想起させた。
帝国の隆盛など気にせずにただ一人廃都に住まう王。
その王とて帝都を灰燼とせしめたルーベル・ドラコとの戦いで果てたと聞いていたが……。
何が記憶を刺激したのか、その男の事が妙に思い出されて、奇妙な胸騒ぎを覚える。
近年感じたことがない感覚だ。
そして、その胸騒ぎはある男を見た瞬間に一層強くなった。
それは、彼ジュダン=ボウが長い年月をかけて会得した死に纏わる力を、その男も会得しているように見えたからだ。
死を振りまき、死を従え、数多の兵士に指示を出す神土征四郎の姿に、長き時を生きてきた……或いは死から免れてきたジュダン=ボウは違和感と胸騒ぎを強く覚えた。
そして、魔力妨害により水晶玉にぼやけて映っていた男の姿が一瞬はっきりと映ると、思わず魔力を通して覗いていた光景を遮断して、頭を振った。
男の双眸が赤土色であった事も驚くのに値する出来事だが、それ以上に訳の分からない恐怖を感じたのだ。
その背筋に走り抜けた戦慄の意味をジュダン=ボウは理解できなかった。
一方、征四郎は易々と要塞に侵入でき、事が簡単に進んでいる事にこそ懸念を覚えていた。
小さいとは言え、領主…或いはそれ以上の権力を持つ者の根城を攻めているのだ、抵抗がこれほど薄いわけもないと。
だが、実はそれは杞憂に過ぎない。
アルデアの立てた作戦案には、陽動とそれに釣られて出てきた兵力を叩く伏兵、それに戦闘の最中に要塞内部に入り込む侵入と三部隊に分けて行動することであった。
これが、功を奏したのである。
ジュダン=ボウは戦とは無縁の生活を送っていた。
その彼の兵力となるのは、彼自身が死体を弄り合成した異形のゾンビと生きた二つの被支配種族である。
異形ゾンビの指揮系統はジュダン=ボウにあるから、陽動に引っかかり追いかけまわした挙句に伏兵に破壊されると、ゾンビたちはその戦力を分散して敵を探すと言う愚かしい行為を始めた。
兵が伏されており、それにより被害をこうむると兵力を過大に見積もるのは、誰しも起こり得ることだ。
そして、被支配種族たるハルピュイアもアーケニアンも戦には全く慣れていないのである。
それでも、狩猟を得意とする種族である為か伏兵の存在を一部感知できはした。
が、報告をする間もなく徒に攻撃を仕掛け返り討ちにあっていた。
ましてや、要塞内部のトラップが作動したらしい警報が時折鳴れば、既に要塞内部にも敵兵の存在がいるらしいと推測できた、それである為余計にジュダン=ボウには兵力を読み切ることが出来なくなっていた。
それでも、要塞内部に敵兵が紛れていようとも、前線を下げる愚だけは犯さなかった。
彼自身、個人戦闘には自信があったからでもあるが、ゴールドドラゴンを前線(とは言っても、城壁付近という近距離)に投入することを決意したからだ。
敵兵が何人居ようとも関係が無い、黄金の竜を投入すればそれで終いだ。
とは言え、他のドラゴンは如何とでもなるが、このゴールドドラゴンだけは示威行動以外には極力使いたくなかった。
だが、それに拘れば全てを失いかねないと遅まきながら気づいた。
この決定が、今少し早ければ状況は変わったのかもしれない。
だが、結果は形勢を覆す事は出来なかったのである。
空中に飛ぶハルピュイアやアーケニアンの視線を避けながら、これで何度目かになる異形ゾンビ誘い出しに成功し、伏兵を用いて異形を無力化した、B・Bの面々がその音に気付き空を見上げると、要塞の上部に金色の輝きが舞っているのが見て取れた。
その輝きを纏った巨体が大きく羽ばたけば、物凄い速さで空高く飛びあがり、そしてその双眸を……人間によく似たその瞳をこちらに向けたように感じた。
「まずい……」
その言葉を発したのは、その場にいたサンスであったかエルドレッドであったか。
だが、その呟きだけで、B・Bに所属する者たちには次にどうすれば良いのか分かっていた。
皆、一目散に散会したのである。
そして、その行動が正しかったことをすぐに思い知ることになる。
大きく口をあけたゴールドドラゴンが吐き出した息吹には、黄金の霧が混ざっていた。
其れに不用意に触れてしまったハルピュイアが苦悶の表情を浮かべ、直ぐに白目をむいて落下していく。
その様子から何らかの神経毒である事が伺われた。
陽動部隊の一部を指揮していたサンスも、伏兵部隊を指揮していたエルドレッドも一瞬怯んだが、彼らは次に行うべきことを見誤らなかった。
「ゴールド襲来!狼煙を上げろ、暫くは鬼ごっこだ!」
その言葉に何人かのデモニアやエルフが簡易な魔術で狼煙を上げて、恥も外聞もなく逃げ惑った。
このドラゴンだけは通常の物差しで計れない、そう征四郎は考えていた。
故に、無理な交戦は避けて生き残る為に最善を尽くせと命じていた。
それは、この様な場所で出会えば命を賭けた鬼ごっこの始まりを意味していた。
そうだと言うのに、彼らは誰一人として自分が死ぬとは考えなかった。
こんな所で死んで居られないのだと。
散り散りになる敵兵を睨みつけるように見ていたゴールドドラゴンは唸り声のような声を上げる。
それは獣の唸りに似ていたが、征四郎がいれば注意を周囲に呼びかけただろう。
……遥か昔の魔術師クロウリーなる者が野蛮な召喚術と称した魔術が今行使されようとしていた事に気づいただろうから。
だが、生憎とそんな古い魔術を知る者は今この場には居なかった。
結果、召喚を許してしまう、恐るべき影の乗り手達の召喚を。




