第14話「山の戦士」
数ヶ月振りに苦楽を共にした仲間との出会いは、『B・B』の面々であっても嬉しい物ではあるが、反面彼等は過酷な闘いの始まりである事も理解していた。
それでも、訓練に訓練を重ねてきた自分たちがまさか、更に訓練を課せられると予想していた物は少ない。
そして、訓練が始まればそれまで築いていた自信等風が吹けば吹き飛ぶ程度の物だったと思い知らされるのだ。
征四郎は集まった面々を前に、今回の作戦における主敵について説明を行った。
リッチと呼ばれる存在に変化している可能性のある死霊術師の住まう城砦の攻略、それに伴ない番犬代わりのドラゴンの討伐も本作戦には含まれていると何食わぬ顔で告げる征四郎を見やって、歳若いマウロ等は口をぽかんと開けてしまっていた。
ドラゴン討伐もさる事ながら、リッチと戦う等と言うのはそれこそ御伽噺でしかない。
だが、征四郎の赤土色の瞳を見れば、それが暗澹たる現実である事が全員には分かっていた。
表情の読み取りづらい瞳ではあるが、今は冗談を言っている訳ではない事ははっきりと分る。
一通りの説明を聞き、考えるようにラルスが口を開いた。
「少佐、そのジュダン=ボウなる人物との敵対は確定的ですか?」
「傅く必要も従わせる必要も無い、単純な討伐対象だ。如何なるコミュニティを形成しているのかは不明だが、ジュダン=ボウを殺さねば何も始まらない。」
政治的な取引に応じる相手かとの質問に征四郎は、そもそもその気が無い事を端的に告げた。
その言葉を聞けば、分りましたとラルスは引き下がり。
アルデアも何も発言せぬとあっては、今は質問するものとて無く。
ただ、アルマが今後の行動方針を尋ねると、お前達には山での戦闘に慣れてもらうと征四郎は微かに笑って告げた。
そして、年明け早々にイズンの山へと彼等は出立した。
山岳地帯の戦いに慣れる必要があるからだ。
山岳地帯や高原の戦いは通常の戦場となる平野部とはまったく戦い方が異なるといって良い。
重装備で戦えるような立地ではなく、武装の携帯を少なくした軽装歩兵が主役となる。
これは元から軽装である『B・B』の面々にとっては好都合と言えたが影響を全く受けないわけでは無い。
その影響をまともに受けるのは征四郎であろうが、高地での戦いは他の面々も平野部以上に体力を使い、消耗が激しくなるのだ。
それに、確り身体を慣らして置かねば高山病にかかってしまう。
人間以外の種族も酸素が生命維持の不可欠である為、彼等もまた高山病に掛かる危険性は持っているのだ。
今まで以上の耐久力を付けつつ、高度なサバイバル技術や登山の技術が必要になる。
そのための訓練を征四郎は課したのだ。
ベースキャンプはイルカシュ山の麓に置き、ロズやリマ、それにバルトロメやゾスモの手配した医師や治療者が待機させた。
ロズと征四郎は精霊を用いて常に連絡を取り合い、山を愛した先人の霊から情報を得る度にロズは征四郎に登山技術やサバイバル技術を伝えた。
無論、大まかな概要や失伝した箇所もある虫食いの情報であるが、征四郎は伝えられるとまず実践して見せた。
そして、部隊員に意見を求めて試行錯誤を繰り返した。
多くの危険を孕んだこの訓練は、当初こそ目的地である中腹目指して登頂を開始しても、直ぐに戻ってくると言う体たらくであったが。
登頂時間が徐々に延びていき、2月が終わる頃には目的の中腹まで数日でたどり着き戻ってくると言う所まで彼等は鍛えられていた。
そして、春の兆しが見え始めていた三月、最後の訓練を行っていた『B・B』を前に、不気味な沈黙を守っていたドラゴンが姿を現したのである。
それは青い鱗を持つブルードラゴン。
まだ雪解けも遠い険しい山地で出会うのは最悪な状況であるが、元々最悪以外の選択肢があるような戦場ではなかったのだ、双方にとって。
まず、その獣の気配に気付いたのは、テントでぐったりと体を休めていたクラーラである。
まだ羽音すら届かぬドラゴンの気配を感じ取った彼女は跳ね起きて、しかし一切声を出さずに同じテントに居たシーグリッドとテクラ、それにサンス率いる傭兵団の一員だったエルフのブリジットに敵が近くに居ると素早く手を動かしてサインを送った。
そのサインを正確に読み取れば、彼女等は素早く散って各員が休むテントに散ばった。
程なくして全員がドラゴンの襲来を知り、テントより離れた頃合に、激しい羽音が近づいてきた。
征四郎を始め、全員が息を殺して迫るドラゴンの様子をつぶさに観察しながら各員が所定の位置にゆっくりと進む。
ドラゴンは気配の無さを伺うようにテントの群れを睨みつけて、羽ばたいた。
雪崩が起きやしないかと皆緊張しながらも、動きを止める事は無く所定の位置にたどり着いたときに痺れを切らしたドラゴンが動いた。
ドラゴンが息を大きく吸い込んで、喉奥の器官に帯電していた雷を息吹に乗せてテントを焼き払うと同時に、戦いの火蓋は切って落とされた。
テントより離れて左右の岩陰や窪みに身を隠していた兵士達がそれを合図に一斉にドラゴンの翼目掛けて矢を射かけた。
飛び交う矢は数十本。
その射線は十字と呼ぶよりはXと言った風情であったが、効果は十分であった。
ドラゴンの羽根は蝙蝠の皮膜のような物、皮膜に穴が開くと言う事は帆を射られた穴が開いた帆船よりも酷い有様を生んだ。
空を飛ぶと言う行為ができなくなったドラゴンは地に落ちるしかできないのだ。
「総員、備えっ!」
ドラゴンが落ちると見て取ったアルマが鋭く号令を放てば全員が小型のウォーピックを大地に突き刺して、身を屈めた。
途端にドラゴンは山肌に激しく打ち付けられて大地を揺るがすと、からからと石が転がり落ちてきた。
そして、地鳴りのような激しい音をたてて雪崩れがおきた。
魔術を使える者が防護の術を用いたが、自然の驚異を完全に退ける事はできない。
それでも、雪崩れの威力やその量を削る事が出来れば何とか皆が所定の位置から流される事は無く、耐え切った。
「総員、点呼!」
残存兵力の確認をアルマが行い、全員が居る事を確認して漸く一息ついた。
だが、これで終わりでは無い。
「ドラゴンに矢を射かけよ、地に下りても奴等は手強い獣だ!」
征四郎が気を抜くなとばかりに声を掛けた。
その言葉にアルマを始めとした部隊員は気を引き締めて、ドラゴンに狙いをつける。
と、大地に叩きつけられて雪崩すら被っていたドラゴンが、その鎌首を擡げた。
既に顔の右半分を潰して、真っ赤な血を撒き散らしながら怒りに燃える瞳で面々を見渡して。
ブレスを吐こうと息を吸い込んだところで、二度目の掃射を食らう。
風きり羽がびゅんと鳴り響き、鱗を貫き、左目を潰してもドラゴンは倒れない。
大きく吼えて、天に向かって稲妻を吐き出せば、空へと羽ばたき飛んで逃げようと足掻いた。
そこに数名の兵士達が白兵武器を片手にドラゴンへと襲い掛かった。
手負いの獣に襲い掛かるのに罪悪感を持つ者など誰も居ない。
殺さなければ殺される、それ程の力はドラゴンは未だに有していた。
皮膜破れた翼とは言え、鉤爪は未だに健在である。
右半分は潰され、左目には矢が突き刺さっているが無差別に雷の息吹を吐き出されては、容易に近づけはしない。
殆どの物は絶え間なく矢筒の中身が空になるまで矢を射かけ、力のあるドワーフやオークが主体となった兵士の一団が剣や斧、それに槍を振るった。
ドラゴンの断末魔が響き渡り、擡げた首が大地に落ちて遂には倒れると、誰とも無く勝利の雄たけびを上げた。
征四郎は、その様子を満足げに見詰めて、一つ頷くと、片手を上げて雄たけびを静めた。
「まだ緒戦だ。だが、良くやった。急ぎ下山し、装備を整えて敵に強襲を掛ける。首尾よくドラゴンを一匹殺せたが、まだ二匹いる。報復などさせる暇を与えず叩く!」
春にはまだ早い。
この山を登っていくのは至難の業だ。
特にドラゴンと戦った直後であれば尚更に。
それでも、昇ると言う発言を行いながら征四郎はまったく間逆のサインを各員に向けて行っていた。
つまり、下山して鋭気を養うと。
これの意味するところは、敵に探知されているとの憶測の上で、守りを固めさせる偽物の情報を流した訳だが、実の所探知されているかは分らない。
ただ、敵の襲来が何故今まで無かったのか、何故外界と隔てていた筈のジュダン=ボウの一党がドラゴンを一人で殺した者が居る事を知っていたのか。
それらを考えれば、何かしらの方法で情報を得ているはずと考えたのだ。
無論、魔力を使った探知からスパイの可能性まであり、どれかは明確では無い。
その為にあらゆる無駄な行いを行う必要があった。
故にロズにも精霊を使い、補給の後に出発すると伝えれば完全に敵の裏をかく気でいた。
そして、それが功を奏したのか、敵が偶々消極的だったのか。
補給を整え、部隊員に休息を与えても尚、敵が出向いてくる様子は無かった。
そして、鋭気を養え終われば改めて行動を開始したのである。
今の時期を逃せば、雪崩が多くなるとの判断であったが、或いは果敢な攻撃精神のなせる業であったかもしれない。
ともあれ、イルカシュ山を越え、未知の敵地への侵攻はこうして始まったのだ。




