第13話「再集結」
イズンの街に現れた三匹のドラゴン。
その内の一匹が人語を操り、宣戦布告に等しい言葉を発した。
ドラゴンたちの主は、古い伝説と化した魔法帝国の死霊術師ジュダン=ボウ。
齢800歳を超えるであろう大死霊術師。
そして、魔法帝国に属していた魔術師ならば当然のように、要塞化した居城を築いている筈である。
イルカシュ山の安全を確保するには、三匹のドラゴンを殺し、そして死霊術師の要塞へと侵入し、その主をも殺さねばならない。
これは、到底一人で行える所業では無い。
また、並みの兵士では数がどれ程居ようとも心許ないのである。
そこで、征四郎はゾスモに頼みその政治力、影響力を駆使しようとした。
自分の部下を呼び寄せて、種族連合内での行動の許可が取れるように。
この要望は今のままでは叶えられる望みが薄い。
何故ならば、征四郎が追放と言う処分を受けたのは、彼が部隊を創設したからだ。
それも特別な恐るべき部隊を。
その追放の処分が下されたのは僅かに半年前、然程時間も経たないうちにその部隊の行動許可を与えるなど、評議会からすれば自殺行為に等しいと感じるだろう。
万が一、征四郎が以前の決定を不服として武装蜂起を行えば、どうなるか。
ましてや、今の征四郎はドラゴンを……獣としては最も凶暴で恐ろしいとされるあのドラゴンを一人で殺した猛者である。
強者を尊ぶ気風の強い種族連合であれば、その蜂起に加わる兵士も多い可能性が高い。
理由など幾らでも出てくるだろう、権力を失う事は持って居る者からすれば耐え難い屈辱なのだ。
そして、その権力を脅かす存在になりえる征四郎に対して、甘い判断は下さない。
その結果、イズンの街が灰燼と帰しても彼等は……つまりは評議会員の現在の主流派は征四郎に行動の自由など与えないだろう。
だからこそ、ゾスモの政治力とコネが必要なのだ。
元評議会員の老いたオークの力が。
多少汚い手を使おうが、部隊の行動を合法的なものとしたい。
そうすれば、この種族連合と言う国に浸透する事がより一層簡単になるのだ。
場合によっては、この国を拠点として勇者クレヴィを王とする国家へと作り変え、残り二国に宣戦を布告する必要があるのだ。
バルアド大陸を統一せねば、テルハ大陸の侵攻を止める事など出来ないだろう。
クレヴィの元でバルアド大陸全体でまとまり、侵略を食い止め、或いは逆に侵攻する。
そうせねば、クレヴィに恐れを抱いている諸王から和平と言う選択肢を引き出すことは無理であろうと思えた。
つまり、戦いにある程度勝ち続けねば、平和を呼び込めないというのが征四郎の基本スタンスである。
そして、ある程度勝つためにはバルアド大陸の統一は不可欠であり、その足がかりとして種族連合のすべてが必要なのだ。
そんな思惑が在ればこその、イズンの防衛かと言えば、無論それだけでは無い。
街を襲い、女子供を無慈悲に殺すような獣を生かしておく必要は無い。
ましてや、其れが邪悪な死霊術師の尖兵であれば尚更に。
その辺りの事を征四郎は忌憚なく言葉としてゾスモに告げたのは、一連の騒ぎがあってすぐの事。
場所は、宿の一室に戻っての事であれば関係者以外に聞かれていない。
話があると、征四郎に声を掛けられたゾスモは当初は訝し気であったが、話が進むに連れて表情を改めた。
バルトロメは部屋の入り口に立ち、誰かが来ないか気配を探っていた。
ロズとリマは、男共の会話に参加することなく、静かに茶を飲んで過ごしている。
「少佐、そいつは本気で?」
「本気だ。お前達の想いが本物であれば、協力してもらえる筈だが。」
ゾスモの所属する組織は勇者の目覚めを願い、遂には無謀とも言える賭けに出た組織である。
だが、それらの行動は結局勇者を殺そうとした者に利用されたに過ぎない。
言うなれば、汚名を返上する機会を与えられたようなものだ。
「クレヴィ・アロ様は、本気で…?」
「シャーランの内情に意を決したと。」
ゾスモはその言葉に、表情を歪めた。
シャーラン王国は既に忌み名と化してきている。
邪神官崇拝等と言う愚かな行為を推奨しだしたとあれば、バルアド大陸においては当然の事だ。
ましてや、最も迫害されていた者達が集まりできた国である種族連合においては。
そして、考える間もなく決意を双眸に漲らせて、老いたオークは告げた。
「ワシ等はクレヴィ様に忠誠を誓いましょう。故に少佐、貴方の要望には全力をもって当たらせて頂こう。」
その言葉に征四郎は頷いて、安堵の息を吐き出した。
そして、少し離れた場所で茶を飲んでいる筈の二人の妻の方を向いて。
「すまいないが、お茶を…」
「ほれ、そう言うと思っていたぞ。」
そう告げて、リマジルクがカップを片手に側に来ていた。
先を越されたロズは些か面白くも無さそうに茶を飲んでいたのが見えて。
(後で慰めておくか…。)
征四郎はカップを受け取りながらもひっそりと胸中で呟いた。
征四郎はカップを口元に運び茶を飲もうとした所で、重要な話が終わった為か側に戻ってきたバルトロメが問い掛けの言葉を告げた。
「時に旦那様、ジュダン=ボウとは如何なる御仁で。」
その言葉に征四郎はカップを傾けようとしていた手を止めて。
如何なる言葉を紡ぐか迷うかのように視線を彷徨わせた。
征四郎が分っているのは、夢の中で見た文章から分析出来る範囲の事だけだ。
それも極一般的な事柄しか予想できない。
「死霊術師と言っても、死体合成者とでも言うべきか。捕らえたドラゴンを呪いで言う事を聞かせるなんてのは、魔法帝国では良くある手段だったらしいが、あの男が操るのはドラゴンの頭脳と死者の頭脳を入れ替えた合成獣だ。」
眉根を寄せながらそう告げて、征四郎は息を吐き出す。
死霊術師にもタイプは色々居るもので。
ロズワグン=ナグの如く、死者の魂を呼び起こして情報を得たり、戦地で散った戦士の白骨を操ったりとする正統派。
死者の魂を自身に憑依させて、死者が知る秘密の言葉を語る憑依派。
肉体と魂を操り、ゾンビを使役し自身も吸血鬼へと変貌する事すら行う創造派。
そして、死者の体を弄繰り回して、自身の人形へと作りあえる異端派等……。
ジュダン=ボウはその異端派の中でも、獣の合成に憑かれた異常者だ。
獣と人の合成についての自慢気な記述は、思い返すだけで気分が悪くなる代物だった。
それらを語れば、自ずとその人物像が浮かんでくるか。
「イズンの街のそばに、そんな奴が居ったとは……。」
バルトロメの表情やゾスモの言葉からも嫌悪が感じられる。
死霊術の異端派は、流石に万人に受け入れられる筈は無いのだ。
「それにしても、そんな夢を見ていたとはな…。余にも教えてくれても良かったではないか。」
幾分拗ねた口調でロズが口を開けば、征四郎は軽く頭を振って。
「こっちに来てからは、この間見るまで見ることも無かった夢だからな。頻繁に見ているならば相談しているよ。」
半年ほど前までは、相談できる相手などロズか師であり今は亡きラギュワン・ラギュのみだったのだから。
その言葉に幾分懐かしげに双眸を細めたロズだったが、ゆっくりと頭を左右に振り過去の追憶を振り払った。
「まあ良いさ、今は余と余の姉妹が居る。何かあれば頼るのだぞ。」
その言葉にはありがたいと告げて征四郎は立ち上がり、カップの中身を飲み干した。
幾分冷めていたが十分に茶の味を堪能してからゾスモに向かって視線を向けて。
「それでは、宜しく頼む。」
告げて、丁寧に頭を下げた。
ゾスモも任されたと頷きを返して、行動を開始した。
その後、彼がどのような行動をしたのかは定かでは無いが、5日とせずにイルカシュ山のドラゴン及び死霊術師討伐においては征四郎の作り上げた部隊『B・B』の活動を許可するという評議会の指示が通達された。
文章として明記された指示書が公布されれば、征四郎もまた活動を始めた。
『B・B』の部隊員全員をイズンの街に呼び寄せたのだ。
そして、約三週間で全員が揃えば、彼等を引き連れて冬のイルカシュ山で訓練を始めたのである。
彼等を山岳部隊のエキスパートに仕立て上げるために。




