第12話「魔法帝国の負の遺産」
イズンの街の上空を我が物顔で飛び回るのは三匹のドラゴン。
今この世界に存在が確認されているドラゴンには、伝説にあるような知性ある物は確認されず、その殆どは圧倒的な暴力と破壊の権化でしかない。
表層を覆う鱗の色で住まう場所や食らう獲物も違い、その所為か吐き出す息吹も炎や雷と様々である。
ある意味災害や天災の類とされてきたドラゴンが、明らかに種類の違う三匹もイズンの上空を飛んでいるのだ。
また、今の状況が恐ろしいのは黄金の鱗のドラゴンが居ると言うことだ。
赤や青、そして黒はその存在が広く知られている。
だが、金色のドラゴンなど殆どの者がその存在を認識していない。
それが、今上空を飛んでいる。
街の住人や守備隊の胸中は、如何なる物か想像するのは難しくない。
誰しも、神土征四郎の様に笑みを浮かべて立ち向かおうとする訳ではないのだ。
一方で手間が省けたと呟いた征四郎は、奇妙な違和感を感じていた。
ブラックドラゴンの動きは、捕食者の動きであった。
肉食の獣が自身の身体能力を駆使して獲物を食らう、或いは怒り狂い邪魔なものを排しようとする本能が感じられた。
だが、今上空を飛ぶドラゴンたちには其れが感じられない。
或いは、国境付近で示威行動を繰り返し、恐怖を煽る精強な部隊のような印象すら受けた。
要するに、統制された動きだと言う事だ。
「妙だな……。いや、イルカシュ山のドラゴンならばアレが平常か。」
その征四郎の小さな呟きは誰の耳にも届かなかったが、ナグ家の姉妹辺りに聞かれて居れば、問いただされた事だろう。
イルカシュ山には古来よりブラックドラゴンが住んでいる。
それがバルアド大陸に広く知られた事実である。
ドラゴンとは伝承、伝説とは違う所もあるが恐るべき獣である事も、また知られている。
そう、今地上に居るドラゴンと呼ばれる存在はあくまで獣なのだ。
そこには伝説のような神性や知性など無いのである。
そうであるのも関わらず、征四郎は統制された動きを平常と呟いたのだ。
当然、問いただされようと言う物だが、きっと問いただされても答えなど出なかっただろう。
或いは、夢で見たからとだけ伝えるか。
夢。
人が脳を休める為に眠った際に、記憶の残滓が脳内で投影される一人シアター。
征四郎がその夢を長々と見続ける羽目に陥ったのは、つい最近の事である。
食事も排泄も人任せで、ただ眠り続けた1週間。
その間に征四郎は不思議な夢を見ていた。
夢の中で、彼は高い外壁に囲まれた美しい廃墟のただ一人の住人であった。
廃墟、確かにその街は人の気配はまったくなかった。
水路巡らされた街の中の家々に灯りが付く事は無く、朝が来ようとも人の声すらしない。
だが、廃墟と呼ぶには恐ろしいまでに整然と家々は立ち並び、塵一つ落ちていない。
水路を流れる水は清らかで、恐るべき蛇頭人身の船頭が操る船が時折、貢物を運んでくる以外はその水面を歪ませる事も無い。
その廃墟はただ一人、彼の為だけに機能しており、数多の使い魔たちが人足として働き、各国から時折届く貢物を宝物庫に放り込んでいた。
そのただ一人の住人、ただ一人の主である彼の最近の悩みは奇妙な夢を見ることである。
地に大蛇の如き溝を掘り、その溝に隠れて数多の兵士を率いて鉛玉をばら撒き、数多の兵士を殺す野蛮な夢。
蛮人の如く死を振り撒きながらも、相応の教養を身につけた者達が大量に殺し、大量に死んでいく恐るべき夢に悩まされていた。
己の最も信頼する使い魔に問うても、その様な戦は知らぬと困惑されるこの夢について如何なる意味があるのか深く沈思する時間が殆どであったが、時折外部から文が届いたのだ。
その中の一つに、ジュダン=ボウなる魔法帝国の死霊術師からの文があった。
バルアド大陸なる僻地にて、大地の精を奪い死を超越せんと言う無意味な野望を持った魔術師が、幾つかの質問をして来た。
だが、夢の中の彼は驕り昂ぶった魔法帝国には興味が無かったし、尚且つ死を超越等と言う馬鹿馬鹿しい虚妄にも興味が無かったので、与り知らぬとだけ返信した。
その一連の夢の中の出来事を征四郎は覚えていた。
そして某とか言う死霊術師の文の中にイルカシュ山と言う単語、それに生体兵器であるドラゴンについての自慢が書かれていた事も覚えていた。
夢に何か意味があるのかどうかは分らない。
だが、征四郎は奇妙な確信をもって、山の向こうには死霊術師が支配する小さな地域が存在しており、ドラゴンはそこを守る番人であると感じていた。
死霊術師とドラゴンは殺さねばならないだろうが、死霊術師に支配された種族は解放して、仲間に加えたかった。
確か、記憶が定かであれば翼を持つ半人半鳥の種族ハルピュイアの名前があった筈だ。
それに、羽毛の生えた蜥蜴人間であるアーケニアン。
その二種族を仲間に出来れば、征四郎自身も扱った事の無い航空戦力を手にする事が出来るチャンスだ。
今のままでは、取らぬ狸のなんとやらだがと内心気を引き締めて、上空の三匹の出方を窺う。
流石に征四郎とて、この状況で無意味に突撃するほど血気盛んでも無謀でもない。
一頻り、示威行動を行ったドラゴンのうち赤と青のドラゴンはイルカシュ山に戻り、黄金の竜だけがイズンの街の外れに降り立った。
色めきたち、恐慌が蔓延する中、征四郎等はその場所へと向かった。
征四郎が辿り着いた時には、イズンの街の守備隊やアゾンが率いる重戦士隊らがゴールドドラゴンを取り囲んでいた。
間近に見るゴールドドラゴンは、確かに黄金細工のように美しいが…自然の手によるものでは無いことも明確にさせていた。
ドラゴンと言う種自体が、進化の不自然さを感じさせるものだが、黄金のドラゴンは其れが顕著である。
獣の体でありながら、知性を感じさせる緑色の双眸はまるで人間の瞳孔であり爬虫類のそれでは無い。
この事実が……つまり、人の如き双眸がそこに収まっているというだけで、奇妙な収まりの悪さをまざまざと見せ付けていた。
そして、黄金のドラゴンは口を開き、人語を操ると一層其れが顕著となり、嫌悪に変わった。
征四郎の知る偉大なる竜、地底に住まう神とて人とは全く異なる姿で人語を話すし、何よりその双眸には知恵を超えた叡智のきらめきが在る。
だが、嫌悪も違和感もまったく感じる事は無かったと言うのにである。
そのもふもふに覆われた造形を思い出して、目の前のドラゴンとの決定的な相違に思い至った。
このゴールドドラゴンは、その造形に人間を思わせるパーツが混じっているのだ。
その不協和音こそが嫌悪の正体に征四郎には思えた。
「我が主の言葉を伝える……定命の者よ、我が尖兵を殺めしは罪である。さりとて、己が過ちを悔い、我が軍門に降るなれば…」
「ジュダン=ボウに伝えよ、卑しき合成の獣よ。私の目が黒いうちは、汝の堕ちた死霊術の餌食になど誰もさせんとな。」
征四郎は、聞き辛いゴールドドラゴンの言葉を聞けば、その前へと躍り出て指を突きつけて鋭い言葉を放った。
これには征四郎以外は驚いた、言葉を遮られた黄金のドラゴンもである。
「我が主の真名を何故……」
何故と問われても夢で見たからとしか答え様がなかった。
だが、あの夢は昔から何度か見た事がある事も思い出す。
場面も状況も違うが、夢の中の彼は征四郎であった。
或いは征四郎が夢の中の彼なのか。
自身でも全く理解できていない状況ながら、自身が征四郎であったとしても、夢の彼であったとしても許容できない行為を行う相手であれば、何ら迷う必要は無い。
「主に伝えるが良い、貴様の狂った野望も終わりの時が来たと。そして、お前達もまた解放される時が来たのだ。」
黄金のドラゴンは双眸を見開き、そして征四郎に気圧されるように翼を広げて飛び立った。
「そうか、お前であったか、ブラックドラゴンを殺した者は。恐るべき者よ、名を問おう!」
「少佐とでも呼べ。」
征四郎はそう告げやれば、飛び立っていくゴールドドラゴンを見て笑った。
そこにバルトロメやゾスモは少佐と言う単語に並々ならぬ自負心を感じていた。
が、実際には神土征四郎と答えれば良いのか、彼の名を告げれば良いのか大いに迷った果てのことである。
ドラゴンが飛び去れば、征四郎は漸く息を吐き出して振り返る。
すると、ロズのリマが間近に迫っており、どういう事だと食って掛かってきた。
一体征四郎が何を何処で知り得たのかを問いただす為に。
まさか、他の女の影あるのでは無いかと言う彼女等の懸念は程なく払拭されるが、その間のやり取りを見ていたバルトロメやゾスモ、それに守備隊やオークの重戦士たちは思うのだ。
一夫多妻なんてするものでは無いなと。
ゴールドドラゴン相手に一歩も引かない征四郎すら、妻二人が協力するだけで劣勢に立たされるのだから、と。




