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異世界における武力衝突  作者: キロール
第二章、竜殺しの妖術師
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第8話「爪跡」(改定)

 手負いとは言えドラゴンをただ一人で殺した者がいる。

 その報せは、あっという間に種族連合《ユニオン》内に広まった。

 程なくして、他の二国にも広まるだろう。

 そして、各国の上層部はそれを成した者の名を聞き、肝を冷やす事になる。

 竜殺しの猛者は、彼等が恩賞も与えずに追放した妖術師であったからだ。


 その竜殺しの猛者、つまり神土 征四郎は、イズンの街に設置された簡易診療所の寝台に横たわり、未だ目覚めずに居た。

 深い眠りに陥っている征四郎ではあったが、恐るべき早さで傷は癒えていく。

 彼の為に用意された外科医も治療者も呪術医もただ舌を巻くことしか出来なかった。

 最初の二日こそ荒い呼吸を繰り返し、意識無いままに苦しんでいたが、リマジルク=ナグの献身的な……本来の意味での献身が功を奏してか、二日を過ぎれば呼吸は落ち着き、静かに眠り続けた。

 

 リマジルクは、意識戻らぬ征四郎の世話を一手に引き受けていた。

 体を拭くのは勿論、排泄の処理や意識戻らぬ征四郎の為に口移しで咀嚼してどろどろになった食物を水と共に飲ませた。

 それこそ、最初の二日は眠ることも無く。

 ドラゴン殺しから1週間の月日が経つが、目覚めぬ征四郎の側を離れずに、看護し続けていた。

 その噂を聞けば、イズンの街の者はリマジルクがまるで聖女のようだと噂しあった。

 

 そのイズンの街に急ぎ現れたのは、ロズワグン=ナグである。

 征四郎についての噂を伝達されてから、僅かに3日と言う凄まじい早さで彼女は荒野から南下し続けて、イズンの街に辿り付いた。

 診療所の場所を道行く街の者に問いかけて、急ぐ傍ら彼女は腸が煮えくり返るような思いであった。

 その怒りの原因は、自身の姉妹であるリマジルクの噂に起因している。


 診療所に死霊術師が押しかけたのは、それからすぐの事である。

 その場で行われた丁々発止の姉妹のやり取りを、征四郎は知らずに居たのは幸いと言えた。

 結局、一日がかりの議論と言う名の決闘の末に、征四郎の世話を同時に行う事で決着を見た。

 そして、その決着が付いた夜の事だ。

 まるで、計ったかのように征四郎は長い眠りから目覚めた。


 簡易診療所は所詮は仮説の診療所である、快適に程遠いが、今は横たわっている事しか出来ない。

 ブラックドラゴンとの戦いから1週間以上が経っていたが、命を繋いだとは言え、征四郎も深手を負っており、目覚めたとは言え一人では起き上がれずにいた。

 腕や腰の骨を折る重傷を負い、顔の右半分は焼け爛れ、今は包帯が覆っている。

 内臓や脳に損傷が無かっただけ、運が良い。

 それでも、丸一週間は意識が戻らなかったし、今も食事は口の中に無理矢理流し込んで貰っていた。

 流動食など無い以上は、意識戻らぬ間に受けていた食事法しか道は無かった。

 焼かれた喉は例え流動食であっても苦痛は免れなかっただろう。

 それでも、征四郎の意思は食事を確り取ることを選ぶ。

 苦痛が伴なおうとも、食べねば再び戦えないのだから仕方が無い。

 そう、戦いだ。

 イルカシュ山にはドラゴンが一匹だけでは無いはずだと、征四郎は長い眠りの末に思い出したのだ。

 一体何故そんな知識も持ち合わせていたのかは不明だが、長い眠りの最中に見た夢がそれを示唆していた。

 今となってはおぼろげな夢では在るのだが。


 さて、英雄の目覚めはイズンの街中に広まり、喜びの声が広がっていた。

 この街の危機を救った英雄に死なれては恩を返せないからだ。

 征四郎は彼等の好意のおかげで医師、呪術医、治療者と魔術的な治療と外科的な治療も率先して受ける事が出来た。

 最も、彼等の仕事は程なくして無くなるのだが。

 当初は、生存すら危ぶまれた征四郎の体は、目覚めてからも尋常では無い速さで快方に向かっていた。


 その日も、医師達の検診を受けて、その回復力に驚かれた征四郎であったが、医師達が去ってからが今の彼にとっては問題なのだ。

 未だに喋る事はできず、片目を包帯で塞がれている征四郎が最近毎日見る光景がまた始まる。

 ナグ家の姉妹による不毛な言い争いである。

 言い争いといっても、ロズが一方的に食って掛かり、リマが適当に流すの繰り返しだが、当人達は全く飽きもせずに繰り返している。

 いい加減喧しくも感じるが、征四郎は今は注意する事も出来ない。

 ただ、横たわって天井を眺めている事しかできない。


 骨の癒着具合から数日で動けるようになるだろうとは、医者が告げていた。

 毒の息によって焼け爛れた顔の右半分も、呪術医が持ってきた治療の軟膏が効き始めたのか、大分癒えて来た。

 少々痕が残る程度まで回復できるかも知れない。

 そんな事を考えながら、左右から聞こえる丁々発止の遣り取りを聞き流していると、突然にロズが征四郎にも食って掛かった。


「征四郎!貴公も貴公だ!余と言う者がありながら……」


「姉妹ロズ、それは怠慢だ。一人、先に出合ったからと漫然としているから、横合いから浚われる。これが我だから良かったのだぞ、他の者であったら奪い合いにしかならない。姉妹だからこそ共有も可能なのだ。」


「姉妹リマ、……他の者が相手であれば即座に殺して奪い返しておるわ!」


「それは我とて同じ事だ、姉妹だからこそ譲歩しておる。」


 如何にも、征四郎はこの二人の人妖に共有される羽目になったようである。

 いや、下手をすれば三人に。

 ナグ家の姉妹は三姉妹だと聞いており、男の好みは似通っているとも聞いた。

 それは、男子の本懐と言う者も居るのかも知れないが、征四郎には重荷といわざる得ない。

 所詮、戦から離れる事ができない身だ、死ねば三人も後家が出来る等と言う事態は避けたい。

 その辺りを伝えようにも、今は声が出せない。

 そして、揉めながらも甲斐甲斐しく世話をされていると、流石に拒む事もし辛いのである。


(泥沼か……)


 内心そう反省するも、今はどうしようもなかった。

 それに、居心地が完全に悪い訳では無いのだ。

 その嵌ったら抜け難い感覚も含めて、泥沼と評するしかない訳だが。


 さて、精神的な気疲れを物ともせずに更に数日が経てば征四郎は、起き上がれるほどに回復していた。

 骨は完全に癒着しており、食事も一人でどうにかできるようになった。

 声を出す事は、まだ痛みを伴なうが出せない事も無くなり、ロズやリマに付き添われてイズンの街を出歩く事までできるようになった。

 ただ、右目の視力だけは戻らず、包帯で覆われている。


 街はあの夜の状況からは大分マシになっていたが、未だに破壊の爪跡は色濃く残っていた。

 如何にナグ家の姉妹に付き添われなければ散歩も出来ない体であるとは言え、寝巻きで出歩くことを征四郎は嫌い、英雄扱いされている事もあり、ロズが持ってきていた大葦原皇国《おおあしはらすめらぎのくに》の軍服を身に纏い、軍帽を被り、軍服に合わせて設えられた外套を羽織った。


 ナグ家の姉妹に付き添われて、杖をついて歩いて廻る征四郎に付き従うように必ず護衛の兵士が付いて回った。

 この地を預かる代官であるルキーノの意向である。

 この老いたゴブリンが防衛隊を演習の為に街から遠ざけた張本人であれば、被害を最小限にとどめてくれた征四郎に対して並々ならぬ恩義を感じているようだった。

 そして、イズンの街の防衛隊の者達も同様である。

 彼等が居れば、むざむざとここまで被害を広げさせはしなかったという後悔は拭いされはしなかったが、それでも街を守ってくれた征四郎には深い謝意を示していた。

 また、酷い怪我ながら軍服を確り纏って出歩く征四郎の感覚は、戦士達の美意識にも一致するものであった。

 手酷い代償を支払ったが、種族連合《ユニオン》の一部隊から深い尊敬を勝ち取った事になる。

 当初の予定では、難儀する事柄をかなり時間を短縮して成し遂げた形になった。

 だが、征四郎の心が晴れることは無い。


(もっと早くにたどり着ければ、或いは……。)


 その思いを拭い去る事は出来ずにいた。


 多くの犠牲者を共同で弔った祭壇の前に赴き、花を手向けて再び簡易診療所のテントへと戻り始めると、向こうの方で小さなコボルトが手を振っていた。


「おじちゃん!」


 そう呼ぶのは、征四郎が瓦礫の下から助け出した幼いコボルトだ。

 ゴブリンの女に連れられて、側によって来た。

 そして、征四郎の衣服をじっと見詰めて、笑ったのだ。


「兄ちゃ、も、一緒?んと、僕も、強く、なるね。」


 幼いコボルト視線は征四郎の軍服の汚れに向けられていた。

 其処に浮かぶ瞳の一つが、兄と呼んでいたオークの少年の物に酷似していることに気づいたのだろう。

 幼いながらに一生懸命言葉を紡ぐコボルトの頭を軽く撫でて、征四郎はにテントに戻る。

 その道すがら、付き添う姉妹に不意に問いかけた。


「私は、死者を引き連れているのか?」


「彼岸からこの世を覗く覗き窓みたいなものだ。気になるか?」


「……確り、生きねばな。」


 答えを得れば、重々しく呟き、一度南のイルカシュ山を見詰めて。


「ドラゴンに番いは居たと思うか?」


「……さてな。」


 姉妹の答えは曖昧であった。

 それだけに、征四郎は思うのだ。

 ただ一匹だけ其処にいた筈が無いのだと。

 番でいたのか、群れでいたのかを把握せねばならないと強く思う。

 もし、他のドラゴンが復讐に来るというのであれば、受けてやらねばならない。

 あのドラゴンを屠ったのは、己なのだから。

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