第7話「死闘」(改定)
石造りの建物が倒壊していく。
闇夜と同じような色合いの鱗を持つ巨大なドラゴン(鱗のある四足の獣の体に蛇の如く長く伸びる首、そして蝙蝠のような皮膜のある翼を持つ獣)が翼をはためかせる度に、突風が生じ、大地に降り立てば振動で周囲に建物が崩れる。
ドラゴンの首元には未だ癒えぬ傷口があり、だらりと粘度の高い血液を垂れ流している。
その痛みに耐えかねたかのように、ドラゴンは天を仰いで一声吼えた。
咆哮は夜闇を切り裂き、千里を駆けるかの如く猛々しい。
夜半に起きた、突然の襲撃であった所為か、街の者は大半が逃げ出せずに居り、かなりの数の者が建物の下敷きになり、呻きもがいて死んでいく。
まさに、地獄が現実に現れたかのような有様であった。
イズンの街は、運が悪い事にここ数日僅かな兵士しか防衛に当たっていなかった。
国境に接しておらず、ブラックドラゴンも手負いで襲ってくるとは考え難い、この間に新たに設立した部隊の演習を行っていたのである。
これが、完全に裏目に出た。
勿論、イルカシュ山を警戒するような物見台を幾つか活用していたが、ドラゴンの飛来を知らせる間もなく壊滅していた。
結果、月明かりすらない闇夜に黒いドラゴンが襲来するという、完全な奇襲が成立してしまった。
征四郎等が辿り着いた時には、イズンの街は酷い有様になっていた。
ドラゴンがブレスを吐いたであろう痕跡が、点在している。
ブラックドラゴン、その吐く息は酸性の強い毒である。
巨体に見合った肺活量で息を吹きつけ、酸性に強い毒を撒き散らす存在ゆえに、一層恐れられる。
そして、毒の息を浴びたものは、高濃度の酸を浴びたように体が焼け爛れ、細胞深部から融解する。
その苦痛は想像を絶するのだという。
その、恐るべき毒の息が吹きかけられた跡が点在しているのだ。
それは、征四郎とて経験した事がない凄惨な状況であった。
征四郎等が到着した時には既に、暴れまわったブラックドラゴンは溜飲を下げたのか、その場にはいなかった。
在るのは、ドラゴンが暴れて回った生々しい災禍の爪跡だけだ。
リマジルクを背より下ろせば、征四郎は周囲を観察する。
崩れた瓦礫の下から生えている腕、溶解したゴブリンやドワーフの死体。
耳に聞こえるのは、微かに聞こえる呻き声、ドラゴンが去った事を確認して家人の安否を声高に問いかける叫びなど。
征四郎は無言のまま、瓦礫の下から呻き声が聞こえる場所に赴けば、瓦礫をどかし始める。
其処には、まだ幼いコボルトとそれを庇うように覆いかぶさっていた少年のオークがいた。
少年オークの体は半分以上焼け爛れて、虫の息である。
幼いコボルトと視線が合えば、幼子は目に涙をためて痛みを訴えた。
征四郎は、即座に眠りに誘う誘眠の術を用いて、二人を安らかな眠りへと誘う。
少年の今にも事切れそうな体を慎重に魔力を駆使して持ち上げると、幼いコボルトの体が露になる。
「……見事だ。」
今は眠りに付き、そして目覚める事は出来ないであろう小さな勇者にそう声を掛けた。
幼いコボルトは然程外傷は無いように見えた。
それは、息絶えつつある小さな勇者が庇ったゆえの結果である。
征四郎は、生き残った近隣の住人等と共に救助活動に当たった。
手早く指示をして、瓦礫の撤去を行い、埋もれた者達を助ける一方で、犠牲者に哀悼を示し続けた。
そうしている間にも、ふつふつと湧き起こる感情を抑えることに苦労せねばならなかった。
この、悲惨な状況を作り出したものへ対する怒りが、あふれ出るのを堪えながら征四郎はただ、行動していた。
そして、リマジルク=ナグはその様子を忙しそうにしながらも興味深そうに眺めていた。
無論、伝説的な力量を兼ね備えたナグ家の三姉妹の一人であるリマジルクであれども、死者を生きる者として蘇らせたり、致命傷を一気に治療する術などは無い。
それでも、犠牲者に腐敗と再生の上皇と呼ばれる神への祈りで哀悼を示し、遺族を多少なりとも落ち着かせることは出来た。
「死と再生は、連環であり、絶える事はなし。此度の犠牲者も、朽ち行く肉体を捨て、暫し、魂の安息に浸り、新たな生を受ける。肉体が滅びても、魂は不滅である、ならば次の生こそは、幸多からんことを。」
慰め以上の事はできない。
それでも、神と呼ばれる者の下で相応の期間過ごしていたリマジルクは、自身の出来る事を行うのみである。
信仰とは、本来慰めでしかないことを良く知っているからだ。
イズンの街で行われている救助活動は夜間を通して行われたが、夜が白じむ頃に中断された。
再び、ブラックドラゴンが襲来したからである。
不意に響いた悲痛な叫びがドラゴンの到来を告げた。
空を見上げれば、黒々とした巨体が翼をはためかせて、イズンの街を睥睨していた。
その姿を見た瞬間に、征四郎は溢れんばかりの怒りを滾らせて、単身向かおうとした。
「待て、征四郎。上空にあるものと如何戦う気だ。」
リマジルクがそう声を掛ける。
カテナはあくまで地上の兵装である。
歩行戦車の名がそれを如実に示している。
「飛行の術くらいは使える。」
短く返す征四郎の腕を掴み、リマジルクは翡翠の双眸を見開き一喝する。
「落ち着け、小僧! ドラゴンと言う種の飛行と術者の使う飛行の術では、速度が違いすぎる! ……どうしても戦いたいというのならば、その『プロフォンドゥム』の推進器周りのりリミッターを解除する以外には無い。命を賭けても、尚足らんかも知れないが。」
征四郎はリマジルクの双眸を、赤土色の瞳で睨み返していたが、その言葉を聞き、一度だけ頷いた。
「可能ならば、お願いしたい。」
そう語る征四郎の言葉に込められた決意を感じ取れば、リマジルクは深い溜息をついた。
そして、徐に征四郎に屈むように命じ、それが実行されるとその顔を両の手で挟みこみ、額に額を押し当てた。
「『プロフォンドゥム』リミット解除命令……実行。」
そう小声で呟くリマジルク。
触れ合う額から、じんわりと暖かさが広がったと思えば、纏うカテナから奇妙な音が響いた。
ピコピコと言うべきか、甲高く奇妙な音は直ぐに収まり。
そして、見知らぬ者の声が響く。
「カテナ第二世代、銘プロフォンドゥム…機動システム、オールグリーン。警告、頭部装甲欠損。対化学兵器の効率低下、高機動戦の効率低下。魔術師による頭部に対する防護の術の行使を推奨。」
若い女の声とも言えるが、その声も非常に違和感を感じるものである。
敢えて言えば自動人形の様な、より稚拙とでも評すべき声。
「驚いたか、それが本来のプロフォンドゥムだ。短時間だけ音の速度を超えるか否か程度までは、速度が出るはずだ。それでケリが付かねば、貴殿の負けだ。」
音の速度、征四郎にはそれがどの程度の速度かは分らない。
だが、機械的な合成音声が指示したとおりに、己の頭部に防護の術を施してから、未だに悠然と空を飛び獲物を物色しているブラックドラゴンを睨みつけて。
「恩に着る、リマジルク……。」
「リマだ。生きて戻ったら、我の事はリマと呼ぶ事を許そう。我も征四郎を伴侶の如く呼ぶから気にするな。……大丈夫、我はこれでも姉妹には遠慮しているから騒ぎにはならん。」
途中で眉尻を下げてリマジルクを見た征四郎を慮ってか、そんな言葉を添えるとリマジルクは笑った。
言いたい事は沢山あったが、今はあの黒き竜を打ち倒さねばならないと意識を切り替えて。
そして、飛行の術を口にすれば、カテナを纏ったまま征四郎は宙に浮かびだす。
ゆっくりと上昇を続けて、ある程度の高さになれば一気に脚部と腰部に在る推進器に魔力を流した。
途端、凄まじい衝撃音が響いたと思った矢先には、ブラックドラゴンと一気に距離を詰めて……、何をする間もなくその巨体にぶち当たった。
「がっ!」
全身に感じた衝撃に思わず呻いて意識を失いかければ、征四郎の体は真っ直ぐに落下を始める。
一方のブラックドラゴンも、突如音速を超えた金属の塊を叩きつけられて、咆哮の間もなく落下を始める。
如何に巨体を誇るとは言え、如何に鱗が硬いとは言え、手負いの竜では音速を超えた金属の塊を纏った人間がぶち当たってくれば、早々耐えられるものでは無い。
征四郎が意識を取り戻せたのは、纏うカテナから響く警告音と合成音声のおかげである。
如何にか意識を取り戻した征四郎の目の前では、ブラックドラゴンが羽ばたきを思い出したかのように、懸命に羽根を動かし始めている所だった。
鼻やら口から零れ落ちる熱いものを感じながら、征四郎は意識を集中し始め、再び飛行する事に成功した。
そして、体勢を立て直して飛び立とうとするブラックドラゴンの足にしがみ付いた。
ブラックドラゴンが足元の異物に気づいた時には、征四郎は準備を終えていた。
この巨体の生物を、恐るべき化け物を葬り去るには打って付けの兵装の準備を。
ドラゴンバスター、大質量を誇ったストーンゴーレムの足を一撃で吹き飛ばした恐るべき武器は、既に征四郎の右手に装着されて、魔力の充填を終えていた。
「くたばれ、化け物……!」
視界が揺れ動くのを感じながらも、征四郎は推進器に再び魔力を流して推進出力へと変えて、ドラゴンの腹に向かって右拳を突き出して飛んだ。
そして、拳が接触するか否かでドラゴンバスターを打ち込んだ。
ガキンッと響く金属音の後に、肉を引き裂く独特の音が響く。
一拍置いて大気を震わせる轟音を響かせ、ドラゴンの腹が爆発した。
ブラックドラゴンの咆哮は痛みに狂い、響いた轟音に負けず劣らないものであった。
撒き散らされる肉片と大量の血液を浴びながら、衝撃で吹き飛ばされた征四郎もドラゴンと同じように落ちていく。
落ちながらもドラゴンを見れば、ドラゴンの背を破壊の力が貫通したのか、その背は血や肉片が飛び散って穴が開いている。
それは、与えられた破壊兵器の威力の恐ろしさをまざまざと見せ付けているようだ。
(……酷い死に様だな。)
今更ながらにそんな事を思いながらも、やり遂げた思いで地面に向かって落ちいく征四郎。
その姿をブラックドラゴンは視認したのか、吼え狂うその顎を征四郎に向けて。
そして、最後の一撃を食らわせるべく口を開き、毒を乗せた息吹を吐き出した。
征四郎は、その息吹をまともに食らう。
その殆どは、魔術兵装であるカテナを蝕む事はできなかったが、頭部に施した魔術的防護は違った。
度重なる衝撃や、達成感めいた感情の動きの為に、その力が弱まっており、ある程度耐えた後に破られてしまう。
瞬時に、意識を集中させ防護を張りなおすが、如何やら顔の一部を毒で焼かれたらしく激しく痛んだ。
右目を開けていられず、左目のみで共に落ちるブラックドラゴンを睨みつけ。
推進器に魔力を流して、ドラゴンの頭部に近づけば、口を開けて威嚇するブラックドラゴンの顎を近づく勢いそのままに殴りつけた。
二発目のドラゴンバスターなど打つ暇は無い、その前に必ず墜落する。
そうすれば共に死ぬかも知れないが、落ちきる前に決着はつけねばならない。
殺すのは大地ではなく、己である。
征四郎は深く意を決すれば、悶絶し暴れるドラゴンの長い首にしがみ付き、激しく締め上げながら頭部を何度と無く殴りつけた。
一方のドラゴンも、征四郎と同じ気持ちらしく、我が身を省みずに首を大きく振り征四郎ごと自身の頭を自身の体に叩き付ける。
それが数度も続けば、互いに意識は朦朧とし、鼻や口から血を流す。
そして、互いの気持ちとは裏腹に、大地にたたきつけられるのだった。
空から大地を照らす太陽が昇り、空高く上りきった頃に漸くイズンの街の防衛隊は戻ってくる。
ドラゴン襲来の報を受けて援軍に駆けつけた数多の種族連合の兵士達を伴ない。
その彼等が見たものはイズンの街の惨状と、街の外れに落ちたブラックドラゴンの無残な死体。
そして、それを成し遂げた死に掛けの人間の男の姿であった。




