第2話「思惑」(改定)
客人の来訪以来、征四郎は動き出す事を決めた。
クレヴィが意を決した以上は、早急に状況を整えなければならない。
その為には情報収集が不可欠だ。
既に、各地に散らばせている隊員達から時折報せが来るには来るのだが、それだけでは到底足りない。
とは言え、都合良く情報が転がっている訳は無いので、大金を用いてでも集めねばならない。
しかし、これが難しい。
征四郎やロズは人の社会とは途切れた生活を送っている、金など必要としない生活だ。
必要ない物を溜め込んでいるわけも無い。
では、クレヴィに出資して貰えば如何か?
これも結果としては否である。
何にそんなに金を使ったのか、三国から必ず追求が来るだろう。
それが、理由はなんであれ追放された男に金を渡しているとなれば問題になる。
今度は幽閉だけではすまないかもしれない。
如何に個人の武勇が秀でていようとも、社会システムに歯向かうのは危険が伴なうものだ。
ましてや、個人主義を掲げている訳でもないクレヴィであれば、尚更に。
如何なる理想を掲げようとも、先立つものが無ければ人はまず動かない。
勿論、これがクレヴィ自身で動くのであれば、無償で働く者もいるだろう。
そして、直ぐに三国に動きを察知される。
それでは、意味がないのだ。
結局、征四郎は、まず資金調達から始めることにした。
そして、その調達先には目星をつけていた。
……とある問題をクリアできれば、資金に関しては解決できる、その筈だ。
征四郎がコボルトのバルトロメを伴ない、種族連合の支配地域に足を踏み入れたのは10月も半ばの事だ。
フードを目深に被ったローブ姿の征四郎と、フォーマルな服装に片眼鏡と言うバルトロメが並んでいる姿は人目を惹くが、それも一時の事。
首都ガラゴニウム程活気がある訳でもないが、この街デソナムも大陸の主要街道沿いにある街。
旅人の往来は珍しくも無い。
種族連合らしく、頑健な石造りの角ばった住居が並び、酒が飲め簡易な食事も可能な酒屋兼宿屋もそれなりの数が揃っているようだ。
「そろそろ時刻ですが……。」
バルトロメが空を見上げ、太陽の位置を見定めて告げる。
征四郎は一つ頷くのみ。
そこに、土埃を巻き上げて馬車が一台街道を走ってくる。
軍用の払い下げ品と思われる馬車と、多少老いた馬。
速度はそれ程でなくとも、十分に大きな幌付き荷車を牽引できている。
その馬車が、征四郎等の前で止まり、御者台からヴァーツラフが……征四郎が鍛えた部隊の一員であるデモニアの男が顔を覗かせて。
「お待たせしました、少……いえ、まずはお乗りください。」
征四郎の指揮官の証とも言うべき階級を口にしようとして、赤土色の瞳にじろりと睨まれたヴァーツラフは瞬時に口を閉ざして、そして、一息ついてから馬車に乗る事を促した。
幌付きの荷車に乗り込めば、数ヶ月ぶりに顔を見る者達の姿がそこにあった。
馬車に乗っていた面々は征四郎とバルトロメに一礼して、その足労を労った。
所謂、傭兵組と呼ばれるサンスとクラーラ、それにイルメリやイェレの姿がそこにはあった。
征四郎が種族連合まで訪れて、合流したのは彼等である。
そして、彼等と共にある人物の元へと向かっているのだ。
ゾスモ、老いたオークの元評議会議員。
評議会に入るまでの若かりし頃の彼は、重戦士として長柄を振り回し、多くの敵を屠って来た。
オークの戦士としては当然ながら、血と名誉が彼の生涯を彩っていた。
だが、ある日を境に彼は武器を置き、政治の世界へと足を踏み入れた。
そこは、彼が今まで経験して来た戦場とは別種の戦いが渦巻いていたが、そこでも彼は果敢に戦った。
言論を武器として、彼の理想を体現する為に根回しや贈賄も躊躇わなかった。
それが、結果としては彼の議員生命を縮めることに繋がったが、戦士の福利厚生を推し進め、現場の声を評議会に届けやすく改革を推し進めたの果ての結果であったので、彼はそれで良しとした。
この様な経歴の、優秀な人物ではあるが、ある種の疑惑が持たれている。
贈賄の件では無い、評議会では日常茶飯事なそれを、何時までも覚えているものは少ない。
バルトロメやサンスの主家であり、クラーラの本家筋に当たるコウベクの姓を持つデモニアが襲われた、その件で何を知っているのかが問題なのだ。
彼が何を知っているのかは分らないが、バルトロメとサンスやクラーラの互いの存在を知りながら、互いには教えず用いて来たのである。
特に、バルトロメの報酬が仇に対する情報と言うこともあれば、何を知っているのか、問い質さねばならない。
それに、彼は勇者を目覚めさせる為に色々と画策した組織の一員である。
その絡みからの資金援助の申し出も不可能では無いだろう。
しかし、征四郎がそれを申し出る為には、バルトロメの疑念を晴らしてもらわねばならない。
それが成されない内は、計画に噛ませるのは危険すぎるし、何よりバルトロメやサンス、クラーラが納得するまい。
征四郎には、何を大事にするべきかははっきりとしているので、場合によってはオークの死体が一つ生まれるだけだ。
斯様な理由で、サンスに報酬の件でゾスモに問い合わせをしてもらい、デソナムの郊外にある邸宅で落ち合うことを約束させた。
サンスは元々、傭兵団『片目の狼』の実質的リーダーであったので、適役であろうと思われた。
これが、バルトロメでは一人で向かわせないと、まず敷地内にも入れなかっただろう。
その点、サンスならば傭兵の仲間を伴なって馬車で赴く事は可能だ。
邸宅内には入れないにしても。
征四郎は、久々に会う部下達に変わりは無いかと聞いて回り、最後にバルトロメを見やって。
「爺さんは、ゾスモがどの程度の関与だったら許すんだ?」
「……何故に、それを?」
「いや、次の金づるについて考えないといけないかと思ってな。」
征四郎にしてみれば、ゾスモは金づるである。
喜んで提供してくれると一番ありがたいが、脅して巻き上げることも視野に入れている。
だが、脅す間もなくあの世に旅立たれる可能性もあるので、次に付いて考える必要はあるのだ。
その場合は、地底世界でも最近噂が聞こえるギルギ帝国の『ファミリー』に手を出す必要性がありそうだ。
盗賊ギルドのような、職業相互組合とは違う犯罪結社の趣が強いと言う『ファミリー』。
結社員は兄弟であり姉妹であると言うから、家族を意味する古代共通語を名前として使っている。
が、これには噂がある。
地上では聞かれない噂だが、これは皇帝の家族が関与している事を暗に示していると言うのだ。
これが事実であるならば、ギルギ帝国を裏から侵食することも可能。
表立っての侵攻でなければ、征四郎の結成した部隊ならば、特に。
が、まだあまりにも情報が希薄すぎる。
裏社会の戦いに身を投じるには、相応の資金力が無ければ厳しい。
そう言うわけで、出来ればゾスモから資金援助を受けたいところだ。
だが、結局バルトロメはさてと言葉を濁すばかりで答えは得られなかった。
サンスは勿論、クラーラも隻眼を細めて何か思案している様子。
やはり厳しいかと、征四郎は揺れる荷車でごろりと横になった。
途端、馬車が大きく揺れて強かに頭を強打する羽目になっって、小さく呻いた。
程なくして、御者台にサンスが座り、交代してヴァーツラフが荷車に入ってくる。
どうやら、ゾスモの邸宅は近いようだ。
馬車の速度も落ちて行き、止まった。
何者かの声が響き、サンスが用件を伝えると通れと聞こえた。
門番は、やはり居る様だ。
馬車はのろのろと進み、広い庭園を突っ切って、邸宅の入り口へとたどり着く。
途端、サンスの微かな呻き声が聞こえた。
その声にただならぬ物を感じて、征四郎は幌から顔を出して外を見た。
そこには、金属製の肩当と心臓のみを守る胸当て、腰当てに革ズボン、それに評議会議員を示す真紅のマントを羽織りハルバートを片手に仁王立ちで待っている老いたオークがそこにいた。
「バルトロメ、お前が来るだろう事は分かっていた。わしにはわしの言い分があるが、お前は納得するまい。種族連合の男らしく、決闘でケリを付けようではないか!」
「私が勝ったら真相が知れんでは無いか!」
「全て書き記してあるわい!」
「ならば、相手してやろう!」
幌付きの荷車から降り立ちながら、バルトロメはゾスモの言葉に返答を返す。
傍から見てもヒートアップしていく様子が分る。
だが、征四郎は止める気はない。
これが、二人の付き合いの長さを表しているのだろうと踏んだのだ。
今は、成り行きに任せるしかなかった。
(それにしても、暑苦しい爺さんだ。)
そう思えば、ゾスモに対して、然程悪い奴でもないのでは無いかと征四郎は考え始めていた。
印象、直感こそが妖術師ならば大事だと言うのは、自身の単純さを誤魔化す為かも知れないとひっそり思いながら。
ゾスモは当初武器を使うものと思われた。
態々武装しているのだから、誰しもそう思うだろう。
だが、彼はハルバートを片手で投げ捨て、豊かな髭を靡かせて対峙するバルトロメに肩からぶち当たりに行った。
老いた重戦士の突撃は、バルトロメの体を捉える事は出来ずつんのめる。
最小の動きで素早く脇に避けたバルトロメが、体を泳がすゾスモの顎を横合いから殴りつけた。
みしっと音を立て顎を打たれたゾスモだが、顔は真正面を向いたまま。
歯を食いしばり力を込めた為に、老いたりとは言えオークの重戦士、その筋力は鋼の如き硬さを保ちバルトロメの一撃を耐え抜いた。
「時間掛かりそうだな……。」
その戦闘を眺めていた征四郎は呟く。
バルトロメの優勢は覆らないだろうが、あのオークのタフネスさには恐れ入る。
どの辺りで止めようかなと視線を周囲に向けると、バルトロメより尚老いたコボルトが杖をつき、二人の戦いを見ていた。
その背後には、明らかに只者では無いドワーフの女とエルフの男が立っている。
気配に殆ど気づかなかった。
中々どうして、奥が深いと小さく呟き、征四郎は老人二人の果てしなき決闘を眺めていた。
殺し合いにまでは発展しない事は、殴り合う二人の様子を見れば明らかだ。
気の済むまでやらせてやるさと、征四郎は肩をすくめる。
夕暮れまでには決着は付くだろうと心中で嘯きながら。




