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異世界における武力衝突  作者: キロール
第一章、ルーグ城砦の攻防
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第15話「相対」(改定)

 城壁の上、守備兵の身を守る為に作られた規則正しく凹凸が並ぶのこぎり型の狭間ツィンネに、暮れなずむ夕日に照らされ、見え隠れしている三者。

 少佐こと征四郎、見張りとして元からここに居た六郎、そして老いたコボルトのバルトロメ。

 たった今、征四郎がバルトロメこそがスパイであるとでも言わんばかりに言葉を投げかけた所である。

 この状況下の中、半分巻き込まれたような六郎は、しかしながら必死に考えていた。

 少佐の言葉には、物的証拠が無い。

 例えこの老コボルトが敵のスパイであっても、白を切るのは容易い筈だ。

 あるいは怒り出すかも知れないと、身構えた。

 だが、バルトロメの反応は、六郎の予想を裏切り静かな物であった。


「何時ごろ、お気づきになりましたかな?」


「数日前からだ、確証に変わったのはたった今だが。昼間、私が子供等と遊んでいる最中の出来事、覚えているか?」


「…やはり、あの時ですか。怪我をさせないように思わず避けてしまった。」


 征四郎は、その一言を聞いて微かに息を吐き出した。

 そして、六郎に分るように説明を加えてくれた。


 数日前の昼間、征四郎がいつものように幼子と遊んでいた時のことだ。

 ちなみに征四郎はその行為を、正常な発育を促す為に必要な適度な運動をとらせる事は大事だと言っていたが、単なる子供好きだろうと六郎は結論付けた。

 邪魔にならない場所で、駆け回りストレスを発散を行っていた時のこと。

 様子を伺いに来たバルトロメに幼子が、これはマウロの弟のヤポコだったらしいが老コボルトにぶつかりそうになったのだそうだ。

 その際、老人は非常に洗練された動きで避けたのだと言う。


「如何にもな、最初は違和感を持っただけだが…違和感と言う名の透かしで爺さんを見ると確かに少し不自然だった。些細な不自然さだが……まあ、諜報員や憲兵の訓練を受けてない私に見抜かれるようでは間者向きではなかったな。」


 その言葉に老コボルトは微かに肩を竦めた。

 その仕草は、諦めや肩の荷が下りたと言う意味合いに六郎には見えた。


「爺さんが、何でこんな事をしているのか……問うても良いかい?目的の為ならば、何をやっても良いと言う輩には見えないんだがな。」


「老人には老人の矜持がありますので。……どうしてもお聞きになりたいのならば、ある種の証明書が必要になりますな。」


 六郎の予想は、またもや外れたようだった。

 老コボルトは、まだ諦めてもいないし、肩の荷を下ろす心算もないようだ。

 しかし、証明書とは何の事だろうと問いかけようとした矢先に、老コボルトは構えを取った。


種族連合ユニオンの者は単純ですからな、強さと言う証明書を頂ければ…語りましょう。」


 途端に場の空気が張り詰めた。

 征四郎は軍帽を城壁の上に落として、一つ息を吐き出すと…やはり構えた。

 双方の構えは対照的に見えた。

 拳を握り顎の辺りまで持ち上げ、腰を少し落として何時でも打ちかかれる様に構えるバルトロメ。

 征四郎もやはり腰を落としているが、拳を握らず軽く指を曲げているに過ぎない。

 そして、肘を折り曲げ胸元辺りまで指先を上げている。

 その構えは、打ちかかる事を主体とせず受け止める事に主眼を置いているようであった。


 風が吹き、軍帽が音を立てて少し動けばそれが戦いの合図となった。

 バルトロメは老人とは思えない俊敏な動きで、一気に間合いをつめて握る拳を征四郎の顔に目掛けて放った。

 だが、不意にバルトロメは言いようの無い悪寒を感じて、腕を無理やり引っ込めた。

 途端、肘と手首の間に征四郎の指が触れて、離れた。

 勢いと体重を乗せた一撃を征四郎に叩き付けていたら、そのまま肘を極められて折られていたかもしれない。

 バルトロメの片眼鏡を掛けていないほうの黒い瞳が眇められた。


 老いたコボルとは、戦慄と喜びの中で自身の甘さを悟った。

 命の恩人の頼みであり仇に関する情報を得る為とは言え、この様な行いに手を染めたのだ。

 目の前の男に殺されても文句は無い、ただ、仇を取れない事だけが無念ではあった。

 そう覚悟させるだけの凄みを、バルトロメは征四郎から感じ取っていた。

 それでも、バルトロメは攻撃の手を緩める事は無く、寧ろその速度を上げて蹴りを放った。

 唸りを上げて征四郎の側頭部に叩き込まれるはずの右のハイキックは、狙い通りに征四郎の左の側頭部にヒットした。

 だが、その感触にバルトロメは驚きを感じずにいられなかった。

 これが、オークであれば――それも大柄で筋肉質な――意外に思う事はなかったが、征四郎の体躯では考えられない重さを感じた。

 そして、足首に絡まる指先の感触も。


 …死の先触れのような、ぞっとする感触にバルトロメの体は自然と動いた。

 みしりと音を立てた足首を無視して、バルトロメは左足のみで跳躍し、両の手で征四郎の頭を掴んで左の膝蹴りをその顔に叩き込もうとした。

 流石にこれには、征四郎も離れるしか無かったようでバルトロメの右足首を放り、左膝の軌道を変えながら頭掴む両手を振り払い、下った。

 素早い身のこなしで空中で一回転して着地したバルトロメは、即座に拳を貫手へと変えて征四郎の腹の僅かに上…鳩尾を狙って突いたが、踏み込んだ右足首より伝わる激痛に動きが一瞬鈍った。

 征四郎は、伸ばされた貫手を払い除けて、再び先程と同じように構えた。


 目まぐるしい攻防、常人であれば捕らえがたい速度で攻守を入れ替えて戦う姿を、六郎は如何にか視認し続けていた。

 新たな勇者として召喚された六郎だからこそ、如何にか動体視力が追いついているが他の者が見たら一連の動きは如何見えていたことか。

 ともあれ、バルトロメの動きはコボルトと言うことを差し置いても早く、果敢である。

 一方の征四郎は、然程早くも無い様に見えるが、要所要所で映像の早回しのように突如機敏に動くのである。


 バルトロメは、呼吸を整えながら右足に僅かに力をこめた。

 痛みはあるが動けぬほどでは無い、そう判断したが正直、攻めあぐねていた。

 征四郎は、未だに攻撃を仕掛けてこない。

 先程、オークを蹴った様な重い感触だと思ったが、オークは征四郎のように素早く対応できない。

 確かに当たれば起死回生となる一撃を持っているが、当たる事は滅多にない。

 オークの戦士は集団戦でこそ力を発揮するのだ。

 だが、征四郎は違うようだ。


 正直、征四郎が格闘をここまで出来るとはバルトロメは考えて居なかった。

 妖術師の弟子であればと言う思い込みではなく、普段の動きや所作を見てそう判断していた。

 一番最初の募兵の際に見せた組討の技も、虚を突いたから成功したように見えていたのだが…。

 今なら分る、全ては演技だったのだ。

 この中に敵の間者が居るかも知れないと言う懸念を抱き己と言うものを隠蔽していた、そうとしか思えない対応だ。

 そう考えて実行し、それを気付かせぬように振舞う征四郎に空恐ろしいものをバルトロメは感じずには居られない。

 征四郎と言う男は、彼は場合によっては実りがない情報戦すら貫徹する意思を持っている。

 それを成す為ならば、孤独を喜んで受け入れるだろう。

 その徹底した考えが、何処から来るのかはバルトロメには分らない。

 ただ、そこに強い意志の存在を感じずには居られないのだ。


「…少佐、強さの証明、既に十分です。ここからは、少し語り合いながら拳を交えましょう。私が喋れなくなってしまう前に、お伝えしたい事があります。」


「その前に、立ち合いを止めるという選択肢は?」


「それをするには、このバルトロメ…些か若すぎますな。」


 その答えに、征四郎は思わず笑って頷いた。

 互いに微かに笑いあっていながらも、六郎には空気がまるで弛緩した様には感じない。

 バトル漫画でありがちな展開と言えたが、実際その場に立てばそんな陳腐な感想を抱く暇すらない。

 ただ、固唾を飲んで見守るしか出来ずにいた。


 征四郎は、久方ぶりに気分が高揚するのを覚えていた。

 二度、極めようとして逃げられている。

 正直に言えばそんな者は元の世界では数えるほどしか居ない。

 士官学校同期で大陸の拳法を学んでいた嘉山大尉や、軍大学に入る前に受け持った分隊にいた先任軍曹の滝口のような古強者ぐらいである。

 あの頃に比べても、今日の動きは悪くない。

 いや、それ所か、早くなっている気がしている。

 それでも尚、極めきれないこのコボルトの老人は、彼が出会った誰よりも強いのではないか。

 そう考えると、愉快で堪らないのだ。

 最悪、死すらありえると言うのに、たまらなく可笑しくて思わず笑みがこぼれた。

 それに答えるように、バルトロメも笑う。


 互いの笑顔が合図であるかのように、場は一気に沸点へと達した。

 征四郎が初めて攻めに転じ、バルトロメの懐に飛び込み胸倉へと指先を伸ばす。

 まるで獲物へと食らい付く大蛇の如き威圧感が在るその腕を、バルトロメは己の腕で円を描くように動かして、払い除ける。

 そして、円の動きを止めてがら空きとなった征四郎の肩口へと手刀を落とす。

 食らえば鎖骨を折られる威力はあると踏めば、征四郎は更に懐へと潜り込み、手首と肘の間が肩に当たる様にその威力を殺す。

 そして、密着すれば腕を伸ばし掴むと見せかけて、バルトロメの頭部目掛けて自身の頭をぶつけた。

 ごっ、と言う鈍い音が響き、たたらを踏むようにバルトロメが背後に数歩下った。

 まるで火花が散ったような錯覚を覚えるが、征四郎は覚悟の上での頭突き。

 ずきずきと痛むが、いまだ倒れぬバルトロメを見やれば笑みを深めた。


 が、そこに六郎が慌てたように言葉を挟めてきた。


「ちょ、ちょっと! 全然喋りながらじゃないじゃないですか!」


 何だか、酷く慌てている様子が可笑しくて、征四郎は思わず吹き出してしまった。

 言われて見れば、確かに言葉は交わしていなかった。

 だが、月並みだが拳を交えて判る事もあると征四郎は感じていたし、それはバルトロメも同様であった。

 とは言え、分るのはどう鍛錬を積み、どう活かしてきたか等と言う力の使い方や培い方、それを通したその人物の在り様であり、スパイ活動を何故行うかは皆目分らなかったが。


「正直に言えば、スパイ向きじゃないな、真っ当すぎる。」


「拳の道に奇道は必要ないでしょう、少佐とてそれは同じようですが?」


 痛む頭を軽く押さえていながら、まるで気を抜かないバルトロメの在り様に素直に感心しながら征四郎は頷きを返した。

 それから、六郎を見やってバルトロメに提案を投げかけた。


「ここは、六郎君に場を預けて後日再戦としないか? 私はまず幾つか対策を立てておかないといけない。」


 バルトロメは、一度六郎を見やってから漸く構えを解き、小さく息を吐き出した。

 足首は挫いては居ないようだが、少し安静にせねばならないと思案しながら、頷きを返す。

 そして、老いたコボルとは彼の知る全容を語ってくれた。


 勇者を信仰する者はこの大陸にはそれなりに居る。

 その信仰と現状の打破と言う目的が合わさった政治的なグループがあるのだと言う。

 つまり、勇者の手による大陸統一を求める一派だ。

 その一派が、今回の事件の首謀者であるとバルトロメは語った。

 最も、その一派も一枚岩では無いらしくバルトロメを雇ったゾスモ――オークの元評議会員――等は過激な行いを諌める立場であったらしい。

 だが、三国の争いの激化やシャーラン王国の女王の振る舞いなどに危機感を募らせた彼等は、ジャスパー・ブラウニングに接触を図り、事を起こす事に決めた。

 オークのゾスモは、情報を得るためと犠牲者の数を減らす為にバルトロメを雇い、事件が起きる当日に城砦に居るようにと送り込んだのだ。


 だが、ここで問題が生じたのだと言う。

 バルトロメは攻めてくる方角や民衆の追いやり方など、事前に聞かされていたがどれも役には立たなかったと息を吐き出した。

 その襲撃は計画などと呼べるような物では既になく、スパイが居ようと関係が無いと言う無秩序さで行われたのだ。

 どうも、襲撃決行以前からジャスパーの行動は変質していたようだ。

 政治グループの連絡員が最後に伝えてきた情報によれば、王都よりやって来た魔術師の少女とやらが変質の鍵を握るのでは無いかと語っていたそうだが…。


 話を聞き終えれば、征四郎は一度息を吐き出した。

 それから、六郎とバルトロメを交互に見やる。

 既に日は地平の彼方に消え行こうとしている。

 大分あたりは暗くなっている。

 話を聞く最中に、軍帽を拾い上げていた征四郎は、軍帽を弄びながら首を捻った。


「ゾスモとやらが属するグループは勇者に生きていて欲しい訳だ。だが、ジャスパーの方は、果たしてどうか。ジャスパー・ブラウニングがと言って良いのか、その王都から来た少女がと言うべきか…。」


「そう言えば、俺を呼んだのも少女でしたね。……勇者召喚って結構簡単に出来るんですかね?」


「いや、魔術師数名が時間を掛けて行う儀式魔術だと聞き及んでおりますな。しかし、その娘は一人で行ったとか。」


 それだけその少女の力が規格外だと言うのかと六郎は恐れかけたが、征四郎は軍帽を指先で回しながら肩を竦める。


「勇者召喚の場にあのケンタウロスたちも居たそうだが、何やら結晶のようなものを取り出していたと言う。マジックアイテムの類を用いたと思われる。召喚は少女を送り込んだ連中の仕業だろう。王都から来た、と言う事は女王の差し金と見るべきだろうな。」


 征四郎が示すのは、城壁の下で水汲みやら洗濯やらを行っているケンタウロス騎兵の三人だ。

 正確には、元ケンタウロス騎兵と言うべきか。

 彼等の武装はズタズタに引き裂かれて荒地に打ち捨てられている。

 そして、征四郎は夜襲の際に一度、そこに敵をおびき寄せた事が在る。

 要するに、何者かと戦い骨も残さず貪り食われたと偽装したのだ。

 任務の果ての死であれば、態々家族を殺すまいと言う征四郎の提案に彼等が従った結果だ。

 裁かれる事なく、自身の罪悪感に苛まれながら今出来る事を懸命に行おうとしている連中を見て、征四郎は双眸を細めた。

 それから、バルトロメに視線を向けて。


「大体分ったよ、爺さん。それじゃ、続きをやるかい?」


「お望みならば。」


 再び、場の空気が張り詰めるのかと身構えた六郎だったが、征四郎は一つ笑って首を横に振り。


「もし、今までの行いを悔いてるなら力を貸してくれ。」


 そう告げて、笑って見せた。

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