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異世界における武力衝突  作者: キロール
第一章、ルーグ城砦の攻防
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第14話「嵐の前の…」(改定)

 今日も日が暮れる。

 見張り台も兼ねた城壁の上で磯山 六郎(イソヤマ ロクロウ)は動きの無い敵陣を、と言うよりは今日の日中に出来た骨の壁を見詰めていた。

 骨で出来た教会と言うのは聞いた事があったが、骨で出来た壁などと言うのは初めて見た。

 沈む夕日に照らされて赤く染まった白い壁は、思いの外おぞましくは無いけれど、自分が本当に見知らぬ世界に迷い込んだのだと実感できる。


「そりゃあ、ファンタジー要素満載だったけれどさ。」


 この地で出会った人々を思い返せば、人間は六郎一人だけだ。

 少佐を名乗る男も、人間に近い見てくれだけれども、何か逸脱しているように思えてならない。

 赤土色の瞳は、何を考えているのか、まるで悟らせる事はなかった。

 エルフやオークやコボルトにデモニア、六郎が話をした者達は皆、姿形は違ったが何となく伝わるものがあった。

 だが、少佐からは何も感じないのである。

 唯一、悪党では無いのかなと思わせたのは、少佐が子供達と遊んでいる時の表情くらいなものだ。

 不信を感じるにはあまりに彼を知らず、無視をするにはあまりに命運を握られている。

 この砦に籠っている者達の大半が六郎と同じ思いを少佐に抱いているだろう。

 そんな取り止めのない思考をぼんやりと行っていた所為か、近づいてくる靴音に六郎は気付かなかった。


「ここに居たのか。君とは一度、話をしておきたかった。」


 不意に投げかけられた言葉に、思わずびくっとしてしまいながら、六郎は声の主を見やった。

 そこには、夕日を浴びて赤く染まった軍服を着た少佐が立っていた。


 軍帽をかぶり、軍服姿の少佐は今までとは異なる印象を六郎に与える。

 それが服装由来なのは六郎にも分っていたが、何となく少佐に付いて分ったような気すらしてしまうのは、印象と言うものが与える影響の大きさを物語っている。

 事実、征四郎はここに来るまで何人かに見られたが、皆一様に征四郎が今まで周囲に与えていた胡乱な印象を払拭させていた。

 きっと、今頃は話しの種にでもなっているだろう。

 娯楽も乏しい、この状況ではそんな話も娯楽の代わりにはなる。

 最も、当の本人はそんな事には頓着していなかったが。


「ええと、少佐。何か俺に?」


「ああ、少し君の意見を聞きたい事がある。だが、その前に……率直に聞くが、君はまだ何者も殺していないのでは無いか?」


「……ええ。ここに逃げ込む時はそれだけで一杯一杯だったし、ここに来てからは殆ど戦ってないので。」


 一体何を聞きたいのだろうかと、訝しむ六郎に征四郎は微かに笑いかけて。

 それから、一つ頷き告げた。


「ああ、そうだと思ったんだ。立ち振る舞いから戦慣れしてない様子だし、そんな者が誰かを殺めていたら少なからず精神に変調をきたしているだろうからね。……その感覚は、今この場所に置いて重要な意味を持っていると私は思う。必要な感性といえる。」


 思いもかけない言葉に六郎は二の句が告げずにいた。


 そう、六郎はまだ敵を倒していない。

 怒りに駆られてブラウニング軍の陣地から逃げてきたが、その途中でも、その後でも戦った訳では無いのだ。

 城砦に逃げ込んで、通じない言葉で必死に語りかけて、そしてレーギーナが通りかからなかったらどうなっていた事か。

 翻訳のペンダントを借りて、事情を説明したら…と言っても、説明しようが無かったが、如何やら勇者として召喚されたらしいと言う結論がでた。

 漫画やアニメでは使い古された出来事、ではあるのだが実際体験してみると全く洒落になってない。

 いきなり訳も分からず外国に放り込まれた、以上にやばい。

 城砦の人々は、敵方に呼ばれた六郎を責めるでもなく迎え入れてくれたが、何処か空気に馴染めずに居たのは事実だ。

 何とか馴染もうと、こうして見張りを買って出たりしている。


 一方で征四郎は胡乱で胡散臭くはあったが、この城砦の空気には馴染んではいたのだ。

 所謂、鉄火場に慣れて居るのだと六郎は感じていたし、考えの読めない赤土色の瞳の事もあり、自然と警戒していたのだが。

 その人物から、六郎はそのままの状態で良いといわれたのは意外であったし、驚きもした。


「いや、でも、戦わないと役に立たないと言うか…。」


「戦いたいなら止めないが、今の感性は無くさない方が良い。戦は、命の遣り取りに躊躇を覚えると此方がやられる場所だ。それでも、その躊躇を忘れちゃいけないと私は思う。私の場合は…もう、随分と前に忘れてしまった感覚だがね。」


 暮れなずむ夕日を眺めて、軍帽を手で取り指先でくるくると回しながら征四郎はそう口にした。

 先程から、意外にしゃべり、意外な事を言う征四郎に対して驚きを隠し切れない六郎は、しかし、反発するでもなくその言葉を夕日を見ながら聞いて、心の中で吟味した。


「正直、少佐の話は難しいですよ。でも、今までに較べたら大分判りやすい気もしますけどね。」


「今までは、敢えてそうしていたからね。如何やら敵のスパイが居るようだから。」


 さり気なく告げられた言葉に、へぇと感心したような相槌を打ってから、その意味に気付いた六郎は慌てて征四郎を見やった。


「え? マジですか?」


「おや、随分と古い言葉を。それはさて置き真面目に、居るよ。無論、君の事じゃない。そして、私の事でもない。」


 告げやってから、軍帽を被り直した征四郎は一つ息を吐き出して。

 何が古い言葉なのかと一瞬六郎は考えたが、今はそれ所ではなかった。

 スパイが居ると言う事は、此方の情報が筒抜けと言う事だ。

 それでは、色々と支障が…と、そこまで考えて首を捻った。


「本当なら問題なんですけど…それにしちゃあ、敵さんの動きおかしくないですか? 攻めて来る事も無く、ただ野営してばかりってのも…。」


「攻める気が無いのだと思うよ。時間を稼いでいる、その理由は何かまでは分らないが、あまりに消極的だ。それで無ければ、余程の馬鹿か。だがね、色々な人の話を聞いて回ったが…彼等は突然攻めてきた。つまり人知れず、行動を隠して兵を動かしたんだ。……馬鹿には出来ないんだよ、こんな事は。」


 なるほど、言われてみれば、何か行動を起こすに際して隠し通して実行してきたのだから能力はあるということか。

 六郎はそう理解して、一つうーんと唸った。

 現実世界でもファンタジーな世界でもそれは変わらないと言う事かと。


「情報だけ集めて、時間稼ぎをする。何でそんな事をするんですかね?……それと、何で俺にそんな話を?」


 ふと気付いた様に六郎は首をかしいだ。

 そう言う重要そうな話は、レーギーナやらとするべきではないのかと思ったからだ。


「最初に言ったろう、君の意見を聞きたかったからさ。急に巻き込まれた君は、ある意味しがらみが少ないからね。……細心の注意が必要な問題でもあるし。」


 そう告げて、再び軍帽を手にとって征四郎は指先で回し始めた。

 考え事をする際の癖なのだろう。

 何となく、その光景を六郎が見ていると征四郎は気恥ずかしげに笑った。


「前線ではこうして考えていた物でね。私はね、今回の襲撃はある種の出来レース、偽装なのだと判断した。三国の援軍が無い今、攻めるならば絶好の好機なのに、まるで動かないやる気の感じられない軍。兵士の家族を人質に取ってまで兵を率いているにも拘らず、包囲しかしない作戦指揮。夜な夜な見てきたが、結構な穴が開いている役に立たない包囲網。」


征四郎はそこで一旦言葉を切り、六郎の反応を見やってから言葉を続ける。


「ああ、勿論、城砦側と打ち合わせしていると言う意味じゃない。あちらと此方とでは非常に温度差がある事が、それを証明している。」


 征四郎の分析を聞きながら、六郎は呆気に取られていた。

 在り得ないと思う半面、妙に納得できるのだ。

 ただ、在り得ないと言う思いが消える事だけはなかった。

 召喚された際に垣間見たあの光景が…偽装だとは思えない。


「何と言うか、納得できるっちゃ出来るんですが、やっぱりそれは無いと思いますよ。」


「襲撃された側にとっては、そう思うだろうね。いきなり襲われて、友人知人、家族を奪われた者などからすれば尚更に。だが、もう少し聞いてくれ。」


征四郎は六郎の言葉に頷きを返して認めたものの、自論を口にした。


 「私は、攻めた側は城砦に危機を作ることで、ある事を促す心算なんだと考えた。つまり、勇者の眠りを早く覚まそうと言う思惑があると。今の時代に勇者が必要だから、実行者は手で血を汚してでも……と考えたのでは無いかなと。」


「それで殺される方はたまったもんじゃないですよ! それに、そんなので起こされたら勇者だってキレるに決まってる。そんな、カルトじゃあるまいに……。」


 反発して、声を荒げてから不意に気付いてしまった。

 そうだ、カルトならばやると言う事は、逆に言えばどんな者でも思い込み、信じ込んだらやりかねないという事だと。

 征四郎は六郎の様子を見やりながら、小さく息を吐き出した。


「君以外には、中々話せない理由がこれだよ。私も君も勇者と言う存在に付いて詳しくは知らない。でも、この大陸に住まう人々にとってはそうでは無い。この地で眠るクレヴィ・アロは300年程前に起きた歴史の中心であり、今の礎を築いた大人物であり、ある種の神に等しい存在の話だ。彼等が今の話を聞けば、最後まで聞く前に怒りを露にして話にならなくなっている。」


 考えてみればそれも当然なのだ。

 この城砦に居る者は、ある意味勇者との繋がりが深いのだ。

 勇者が眠る城砦に参りに来たり、あるいはその寝所を守っていたり、その伴侶であるのだから当然である。

 それが、この惨劇は勇者の所為で起きました、と捉えかねない言葉を告げれば荒れるのは必至だ。

 それで、異世界人である自分の所に来たのかと六郎は納得した。


「つまり少佐は、勇者が寝ている間にこっそりと彼を信仰する連中が集まって『そろそろ起きてくれ』とこんな騒ぎを起こしたと?」


「ああ、そうだと私は仮定している。問題はこの騒動で少なからずの被害者が出ている事と……。勇者を目覚めさせる目的がどちらかと言う事だ。」


 目覚めてもらえば、現状を打破してもらうと言う事では無いのかと六郎が首を傾げる。

 だが、征四郎は軍帽を弄びながら言葉を続けた。


「勇者に生きてもらう為か、死んで貰うためか……。いったいどっちなのかな、ご老人!」


 語気鋭く征四郎が言葉を叩き付けた方角に、六郎が慌てて振り向くとそこにはコボルトの老人が居た。

 老人は征四郎や六郎にも物怖じせずに話しかけてきたバルトロメその人であった。

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