第13話「憶測」(改定)
考え込む征四郎に着替えを促して、別室へと送り出せばロズワグン=ナグは漸くレーギーナと面談を果たす事になる。
この姿に魂を移したのは、もう大分前のことになるなと長き時を生きる死霊術師は心密かに思う。
自動人形の体ゆえか幾分表情が読みづらいが、それは大した問題ではなかった。
不躾な思案をしながら、自動人形の女王を前にして、ロズは漸くフードを後に降ろし、その顔立ちを露にした。
長めの白金の髪を三つ編みにして左肩より前に垂らし、蛇の如き翡翠の双眸でレーギーナを悠然と見やる。
死霊術師の周囲には、死に属する魔力の波動の残滓が、細波のように周囲に発せられては空気中に霧散して消える。
「久方ぶりですね、ロズワグン=ナグ。」
「久しいの、ル・ジュア。ああ、今はレーギーナであったかな。」
言葉少なに挨拶を交し合えば、ロズワグン=ナグことロズは、赤土色の尾を揺らめかせ薄く笑みを浮かべて見せた。
「余の男は中々のモノだろう?」
「開口一番に何を言い出すのかと思えば……。貴方の男とは、少佐の事ですか?只者では無いと思いますが、未だにどのような人物かまるで分かりません。」
「少佐?…ああ、階級か。名前も告げなかったか、徹底しているものだ。」
感心したように呟くロズの様子を、レーギーナは物言いたげな視線で見やった。
気まぐれな死霊術師であるが、その能力は抜きん出て高い。
その力に裏打ちされたプライドも持ち合わせている、そんな彼女が私の男などと称した彼が無能だとは思わない。
ただ、確証が何一つとしてないのである。
「言わんとする所は分らなくもない。だが、貴公にも察せられていないとなれば、まずは成功か。」
「何を目論んでいるのですか、あなた方は。」
「ただの防衛だ。指揮官の性格、能力、思考の偏りや癖のような物全てを秘匿したがっているのだ、あの男は。」
「…情報戦と言う訳ですか。つまり、保護している民の中にも敵のスパイが居ると?」
「或いはこれから送り込むか。どちらにせよ、襲撃して来たのはあちらだ。最初から保護させる為に送り込んだ間者が居たとしてもおかしくは無い。それにな、近隣の村を襲撃して生き残りを城砦に追い込む可能性も高いのだ。そこにも紛れ込ませるだろうな。」
何とも、用意周到なことだとロズは口元を歪めて笑って見せる。
だが、果たして本当にそうなのだろうかとレーギーナなどは思うのだ。
この城砦は、守るのに適している。
地下には水があり、今はお飾りとは言え城壁とてある。
本当に用意周到な作戦であるならば、もっと戦い方を考えるのでは無いかと。
そう考えるのも無理からぬ事である。
ブラウニング軍の攻撃はあまりに唐突であったし、何より城攻めとしてはお粗末だ。
正規兵の士気は低く、雇われ者を統率できているのか甚だ怪しい。
だが、征四郎等からすればこの唐突な攻撃こそが用意周到さを感じさせる。
つまり、ある程度の無茶な命令であっても、敵指揮官には迅速にこなせる能力があると想定すべきと考えたのだ。
三千の兵を動かし、野営させる程度には補給路を確保している。
補給物資がどのような手段で集められているのかは、今は関係がない。
唐突にと言う事は、電撃的に攻勢に出たと言うことだ。
つまりは周囲に気取らせず、物資を集め、兵を隠匿しながら動かして、一気に攻入った訳だ。
そこまで出来るのであれば、スパイを仕立てる事など当然行う筈と言うのが、征四郎とロズの考えである。
政治的に愚かな行為であっても、それを実行できる能力はあるということだ。
ならば、甘く見てはこちらの命が危うい。
その思惑が征四郎とロズの共通認識である。
だが、ロズはレーギーナにそこまでは説明しなかった。
自動人形の女王はどちらかと言えば内政の方を好む性質であり、戦について事細かに伝えても意味は無い。
それが敵のスパイにでも聞かれては問題だ。
征四郎が如何なる指揮官かは隠しとおせるならば隠し通す方が良い。
不確かな人物像は、何れ決断するべき時に過ちを引き起こしてくれる筈だ。
そうでなくとも、その判断を遅らせる事が出来る。
とは言え、征四郎もその様に曖昧模糊とした振る舞いはそろそろ改めねばならない。
兵士の練兵には、その様な態度では臨めないからだ。
「時に、ロズワグン=ナグ。件の少佐はどちらに?」
「そろそろ来る頃だろう。何、着替えて来いと奴の服を渡したのでな。」
語りながら、ロズは肩にかかる数日前よりは短くなった髪を弄りながらかすかに笑った。
レーギーナはその笑みを見て、瞠目してしまう。
知り合った頃は勿論、三十年前に遊びに来た時ですら、そんな表情を浮かべた事はなかった女が、何処か呆けたような、幸せそうな笑みを一瞬だけ浮かべたのだ。
余程、少佐がお気に入りなのだろう。
そう思うと、伝説的な死霊術師も女であったのだなとしみじみとレーギーナは思い、双眸を細めた。
そこに、ノックの音が響き話題に上がっていた男が足を踏み入れる。
少佐こと神土 征四郎が室内に足を踏み入れると、室内に居た者達は皆一様に驚きを露にした。
若干一名を除き、普段の茫洋とした雰囲気が微塵も無い、重々しき装いに驚いたのだ。
血と泥の後がうっすらと残る茶褐色の軍帽、緑がかった茶褐色の軍服にも斑に血の痕がはっきりと残っている。
胸元には彼の祖国の神話において、聖なる血筋を助けたとされる梟の逸話がモチーフとされた勲章がぶら下がっている。
それが銀鴞勲章と呼ばれ、武功を上げた軍人にのみ与えられる勲章である事を、知っているのは征四郎本人以外には居ない。
(それにしても……銀鴞勲章などあの日ぶら下げていた記憶は無かったのだが?)
確りと勲章を付けながらも、征四郎は不思議に思う。
一応、最前線でも礼服を着る機会があるので持っては来ていたのだが…己の手荷物と一緒だったはずだ。
それがポケットの中にあったのだ。
不思議な事もあるものだと、今更ながらに思いながら征四郎は室内を見渡した。
ボロボロのローブを着て過ごしていた所為もあり、その落差に皆一様に驚いているようだと判断したのだが……。
何ゆえか、笑みを浮かべるロズの表情に危険なものを覚えて一歩後に下りかけた。
「着替えたのだが……。その、よく縫えたな。」
「余の髪を織り交ぜてあるので、如何に怨念が纏わり付こうとも大丈夫だ。それにしても、血の跡は貴公の持つ厳しさは良く映える。良いな、実に良い。」
「……ロズ、些か妙な事を口走っているぞ。して、取りあえず、話は何処までって、髪?」
頬を上気させ、潤んだような瞳でこちらを見ている死霊術師に、若干引き気味に対応した後、話を進めかけて先程告げられた言葉の意味に漸く理解が及び、まじまじと己の纏っている軍服を眺めた。
帯青茶褐色の軍服は、確かに血と泥で汚れた跡が…あの日死に掛けた際の汚れ等が跡に残っているが、髪を編みこまれた様子は皆目分らなかった。
「武運長久のお守りでもあるまいに。しかし、死霊術師の髪であれば確かに怨念などには強そうだな。」
「それは保証しよう。さて、話は砦内でスパイが居るらしいとまで話していた。」
征四郎は然程の驚きも無く、そのことを容認していた。
ロズにしても、己の行いが好意に基づくものであり、否定されるなどと毛ほども考えていない。
それが、第三者であるレーギーナたちから見れば、危うく、そして異質に見えるのだ。
ロズは自身の行いが認められれば、それ以上はその転移は触れず先程までの様子とは異なり、淡々と話を始める。
その姿に三人の自動人形は色々と言いたい事はあったが、取りあえず黙っておいた。
今は他に話し合う事が在るのだから。
「それで、少佐。貴方の見立てでは民の中にスパイが居る可能性があるとの事ですが、目星は付いたのですか?それとも、まだ潜入されていない?」
レーギーナは一番気に掛かる事を問いかけた。
情報の流出は、敗北の第一歩でもあるのだから当然の反応だ。
その問い掛けに征四郎は、軍帽を取って指先で回し始めながら考えるように一度瞑目して。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「一応、確証はまだ無いですが…多分プロの仕事だと思われます。盗賊ギルド関係か…。」
「盗賊ギルドと言う事は、種族連合もこの一件に関わっていると?」
「種族連合の首都にあるからといって、政治的な関わりがあるとは限りませんよ。あるいは元々そこに所属していたフリーランスかも知れませんが。」
そこまで告げて、征四郎は何やら考えるように軍帽を被り直した。
それから、視線を僅かに彷徨わせてから口を開く。
「それでその目星の者と少し話し込んで来たいのですが、宜しいですかね?」
「……良いでしょう、貴方のやりたい様にまずはやって見てください、少佐。」
「感謝します、レーギーナ。それでは、今少しロズのお相手をお願いしますよ。」
征四郎はそう告げやれば、踵を返してその部屋を後にする。
その後姿を見送って、その背が扉の向こうに消えてから死霊術師が微かに笑って告げた。
「勇者を復活させる為か、確実に殺す為か…それが敵の狙いであろうよ。」
と。




