第12話「合流」(改定)
指揮官役である征四郎が席を外してしまえば、集まった者達には肩透かしも良いところである。
だからと言って明日の訓練まで即時解散と言うのも、少しばかり可笑しな話だ。
如何したものかと白けたような空気が生まれていたが、ラルスが口を開いた。
「少佐も言っていたので自己紹介などしましょうか。僕はラルス、見ての通り少年型自動人形です。外見通りで力は無いですが、皆さんの体調の管理などを含めてサポートさせていただきます。」
そう次げて、ぺこりと頭を下げた。
そうして頭を上げれば、次に傍らの少女型自動人形を見やった。
視線を受けて、その真意を窺うように自動人形同士は視線を交わして、少女型自動人形は嘆息を零しながら言葉を発した。
「私はアルデア、ラルスと同じように力が無いから頭脳労働。少佐からは戦術についての補佐を頼まれているわ。まあ、宜しくね。」
気恥ずかしかったのか、そんな言葉を投げかけた後に口をへの字にしてラルスを見やった。
やってやったわよと言わんばかりである。
これで、志願者達から一言も無ければ非常に凹んだであろうが幸いそうはならなかった。
ケンタウロスのエスローが一歩前に出て皆に軽く頭を下げた。
「俺はエスロー。知っる者もいるだろうが、ブラウニング軍の兵士だった。お前達からしたら、今更なんでここに居るのかと言いたいだろうが…。止め切れなかった償いをしたい……。それと、家族を救いたい……。」
彼は皆に確りと視線を向けて、改めて頭を下げた。
絞り出すような声が、忸怩たる思いを伝えている。
そして、家族を思う気持ちに違いは無いのだと言う事も示していた。
エスローには、受け入れられる自信等欠片もなかったが、それでも口にせずに居られなかったのだ。
エスローの言葉を受けて、珍しく無精ひげを生やしたエルフの男が前に進み出た。
山賊のイゴーである。
彼はエスローを見やってから、一つ苦笑を浮かべて告げた。
「俺はイゴーだ。元はシャーラン王国の弓兵だったが、今では単なる山賊だ。……俺は今回の襲撃を少し前から知っていた。依頼があったからな。だが、俺は信じても居なかった。何かの囮程度に使われて、用が終われば消されるような話だと思っていた。」
そこまで告げてから、イゴーは顔を顰めた。
そこには苦渋や後悔の色が色濃く垣間見える。
「実際はこれだ。まさかと思って来たら、このざまだ。俺は俺のミスを取り戻したい。これを画策した連中の話を聞いて直ぐに届けていれば、こんな事にはなっていなかった筈だ…。だから、俺は人の事はとやかく言わねぇ。」
それだけ一気に告げやれば、イゴーは下った。
言うべき事は言ったという風情である。
その姿にエスローは軽く頭を下げた。
次に前に出て自己紹介を始めたのはゴブリンのマウロだ。
兵士としての新生活が始まるというのに、咄嗟の事で動けずにコボルトの店主に命を助けられた事が悔しかったのだと口にした。
「本来ならば、俺が守るべき所だったんだ。だけど、俺は何も出来なかった。だから、俺は俺の心を鍛えなおしたい。真の兵士になりたいんだ。」
そう真意を吐露して、マウロは恥ずかしげに笑って見せた。
その顔は挫折を知って立ち直ろうとする若者の顔である。
そうして、次々に自己紹介が連鎖していくのを最初から、或いは途中から眺める者達が居た。
コボルトの老人であるバルトロメは片眼鏡の位置を直しながら、途中から志願者達の自己紹介場面を見てい磯山 六郎やエルフの剣士ロデリックに声を掛けてきた。
「おや、異界のお方に剣士殿。如何ですか、少佐の部隊への志願者達は。」
バルトロメは柔らかな口調で問いかけた。
このコボルトの老人は少佐こと神土 征四郎にもにこやかに声の掛ける事が出来る稀有な人物だ。
物腰は柔らかいが、老い先短い自分に食事はいらないと言い放ったり、征四郎が志願者を募った際には参加しようとしたりと、血気盛んなところもある。
その老人から声を掛けられて、六郎は笑みを浮かべて答えた。
「皆、自分のための戦いでもあるみたいですね。」
「そんな物でしょう。自分のために戦えるのは自分だけですから。」
そんな言葉が返って来ると違いないと六郎は笑った。
そこに閉ざされた城門の脇にある小さな扉から一人の自動人形が飛び込んできた。
城壁で外を見張っていたスクートゥムだ。
「敵陣で騒ぎが起きている!」
その言葉はエントランスに居た者すべてに響き渡り、皆急ぎ城壁へと向かった。
敵が城攻めの準備を追えたのかと内心危惧するものも居れば、先程その場を離れた少佐が何かしたのではと期待するものも居た。
そして、城壁の昇降場から見張り台を兼ねた城壁の上部へと駆け上がれば異様な光景が広がっていた。
敵陣と城壁を遮るように、真っ白い壁が大地からカタカタと音を立てて隆起していく。
高さはオークの背よりも高い3M程の高さまで隆起すれば、壁はそれ以上高くなることはない。
だが、高さは止まっても長さは伸び続けていく。
その壁の内側を、敵陣からは見えないよう数騎の騎影が城壁へと走ってくる。
リズミカルに足音を響かせて、完全武装の人馬とそれに守られるようにフードをかぶったローブ姿の何者かが駆けてくる。
「あの馬…おかしくはないか?」
その言葉をつぶやいたのは誰だったか。
六郎は今一つ覚えていない。
だが、言わんとする所に気づいて驚きの声を上げてしまった。
「骨…?」
馬甲よりはみ出た足は真っ白で硬質だ。
それに乗る者たちもローブ姿の人物を除けば、武装の下から垣間見える体は白く硬そうだ。
そして、唯一の肉体があると思われる人物のローブの裾からは赤茶けた土と同じ色の尻尾が伸びているのが見えた。
異形の一団である。
六郎は言葉を失ってその光景を見つめ続けた。
この城塞に逃げ込んでからいろいろな種族は見た、だが、死体が闊歩するのは初めて見たのだ。
その驚愕は恐れを含み、背筋に冷たいものを走らせたが周囲の者たちにとっては違ったようだ。
「ロズワグン=ナグ様だ……。伝説の死霊術師の……。」
「少佐が言っていたことは本当だったんだ……っ!」
「では、本当に勇者様のお目覚めも近いのか!」
カーキ色のローブを纏った異形の娘の到来は、神土 征四郎の訪れよりも人々に希望を与えた。
伝説上の死霊術師と謎の男では格が違うのは当然であるが、その謎の男も嘘は言っていなかったという事が証明されたのだから。
勿論、その全てが真実ではないのかもしれないが、彼の語った事が全て嘘ではなかったという事実は大きい。
彼は何を語ったか。
妖術師の弟子であること、死霊術師の到来、そして勇者の目覚め。
ならば、長くて数か月持ち応えれば良いのではないか。
そんな空気がこの光景を見た者たちから発せられていた。
そして、数人が階下に降りて死霊術師の到来を皆に伝えに駆けていく。
絶望も、希望も伝播するのは早いものだ。
特にこんな閉鎖空間では。
一方、城壁の下では扉が開かれて今まさに死霊術師を迎えようとしていた。
城壁内部で待っていたのは少佐こと征四郎だ。
骨騎兵を城壁の外に待機させて、骨馬に乗ったロズワグン=ナグはその姿を見つけて小さく笑った。
「傍らに、余以外の女を侍らせているのはちと気に入らんが……出迎えご苦労、征四郎。」
「侍らせている訳ではないんだがな。何はともあれ、よく来たロズ。レーギーナにも会うのだろうから、道すがら話がしたい。」
「愛の囁きではないのだろう? 気が進まんが、なんだ?」
骨馬から征四郎のエスコートで大地に降り立てば、ロズと征四郎は軽口を叩き合いながらレーギーナのいる居室に向かう。
その後をアルマとドゥクスが衛士としてついていく。
死霊術師の到来を聞いた者たちが、陰に隠れながらロズに対して、そしてロズと親しげな征四郎に対して視線を投げかけてくる。
それは、好奇というよりは驚きの意味合いが強い視線であった。
「貴公、余程信用がなかったと見える。」
「誰が突然現れた胡散臭い男を信じるものか。レーギーナに指揮権を貰えるかも不明だったが、我が師と君の名で助けられた。」
「さもありなん。しかし、それは貴公の見てくれも悪いのでは無いか?今は老人と洞穴住まいでは無いのだから、今少し衣服に気を使え。と言うわけで、貴公がこちらに来た際に着ていた服、持ってきたから後で袖を通せ。」
軽妙ともいえる掛け合いを後ろで聞いている自動人形も、意外性に富んだ遣り取りに黙したまま驚いてはいた。
ロズワグン=ナグ、600年ほど前のこの城砦の主の血筋にして、レーギーナの命の恩人である彼女は、誰かに対してここまで関わりを持とうとした事など、過去にあっただろうか。
乞われても気が向かねば動くことの無い気まぐれな死霊術師が、本当に死者を従え援軍に来るのかも定かではなかった。
だが、前を行く二人の遣り取りを見ているとそれが杞憂だったのだと思えた。
気まぐれで恐るべき死霊術師は、背後の二人が思わず驚きの声を上げかねない一言を更に付け加えた。
「余が手間暇掛けて縫い直したのだ、感謝するのだぞ? ……血と泥が交じり合った汚れは落ちなんだが。」
「わざわざ?感謝するよ、ロズ。」
そう、この死霊術師が自ら衣服を縫い直すなど、驚天動地の出来事なのだが前行く男は分っているのだろうか。
いや、そもそも愛称で名前を呼ばせている事自体が異様。
今さっきとて、数多の白骨で壁を作り、死した騎士に身を守らせながら悠然と敵地を横断するような破天荒振りを示した死霊術師がそれを許すなど在り得るのか?
等と、当人に知れたら酷い目に合わされそうな事を背後の二人は真面目に考えていた。
一方、前行く二人は自然体のまま会話を続けていたが、不意に征四郎が声を潜めて問いかけた。
「敵をどう思う?」
「やる気が感じらんな。徒に時を費やしている。それに兵にやる気が無いとは言え……余の入城を阻もうとする動きすらなかったぞ。」
「…暴れたいだけの、兵とは言えない荒くれどもは?」
「居なかった。」
その言葉に征四郎は眉根を顰めた。
敵の意図はいまだに見えないが、何となく感じるものがある。
ルーグ城砦を攻めて悪びれもしないような、公序良俗に反する精神の持ち主が大人しく篭城戦に付き合うだろうかと。
近隣の村でも襲いに行っているのでは無いか…。
「近くに村は?」
「…幾つだったかな、ドゥクス?」
「相応の大きさの村は三つですね。」
その言葉を聞いて、征四郎は小さく息を吐いた。
ならば、きっと、村の襲撃に向かったのだろう。
そして、己が敵将であるならば…襲った村の生き残りを城砦に押し付ける。
その中に間者を混ぜ込み、内部から不満を煽りつつ備蓄を消費させる。
味方の損害を出さずに勝つにはそう言う手もあるが…如何にもちぐはぐな印象を受けるのだ。
殆どの兵は、人質を取られている。
士気が上がらない事この上ない筈だが、それでも敵軍の優勢は変わらない。
城攻めは十倍の兵力でとは言うが、最初の襲撃以降殆ど動きが無いのはおかしい。
目まぐるしく思考を始めてしまえば、征四郎の口数は減っていく。
その様を久方ぶりに見たと言わんばかりにロズは翡翠色の蛇目を細めて眺めていた。




