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その64

 まだまだ幼き二人の少年のちょっとした事件。

 それに介入して少しばかり世界を騙したあの日から10日後。

 もうすっかり元の調子で愛しの笹倉さんとの素敵なラブラブ生活へと戻っていて、幸せで胸いっぱいな状態で授業を受けていた。

 そして帰り道、校門を過ぎた所で我が愛しの女神様である笹倉さんはそれを告げた。


「私、今日から走って帰るよ」

「えーっと……」


 何か覚悟を決めたような、あるいは使命に燃えているようなそんな目をした彼女から零れたその言葉に、俺はしばしその意図を考え首を傾げる。

 言葉にも声にもトゲはなく、俺と一緒に帰るのが嫌になったとかそういうことではないようだけど何故に唐突に走って帰ろうなどと決めたのか。

 そういえば今日、彼女は休み時間に女友達と何かしら話し込んでいたからもしかしたらその時になにかあったのかも?

 いや、決めたタイミングに目星をつけた所で理由など分かりもしないか。


「実は、少しふと……服が縮んじゃってね? 新しく買うのも勿体無いから少しだけダイエットしようと思って」


 結局俺が理解できていないのを見て取ったのか、笹倉さんが改めて補足を入れてきた。

 服が縮んだなんてのは流石に無理があると思うが……女の子のそれに触れるのは禁忌であると数多の書物から知っているし、心のなかで思うことすら憚られるものであることも理解しているつもりなのでここはスルーするべきだろう。

 しかしだ。

 毎日笹倉さんの姿を脳裏に強く刻んでいる俺の目は彼女の些細な体つきの変化も見逃すことはなかった。

 すなわち、彼女は別に全然太ってなんかいない。

 でも服が縮んだというか、きつくなってきたという彼女の言い分も間違いではないのがややこしい。

 どうやら彼女はそれに気づかず太ったと勘違いしているようなので多少禁忌に触れることになるがここは教えてあげるべきなのだろう。


「笹倉さん、あなたに伝えなければいけないことがあります」

「へ?」

「まず、服は縮んでないです」

「ええっと、そこはちょっと流してくれると嬉しいかなって」


 わざと芝居がかった態度でとりあえず服のことを言えば、彼女は目を逸しながらも口元に引きつった笑みを浮かべた。

 まさか俺がこの話に突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。


「で、笹倉さんは間違いなく太ってもいないのです。これはよくある男と女の感じ方の違い方とかそういうのではなく、本当に」

「……続きを聞こうか。あと普通に話してね」

「んーと、俺ってさ笹倉さんに関しては体のサイズやらの変化をミリ単位で把握できるんだよね。で、脳内にある過去の笹倉さんの諸々のデータと比べれば笹倉さんが太ったかどうかなんて一目瞭然ってわけ」


 目視だけでも各部のサイズとか見極めるのは余裕であり、男女のアレとはいかないまでもハグぐらいの肉体的接触はあり、それによって体脂肪率なんかも把握している。

 だからそれらのデータに基づいて笹倉さんが少しも太ってなんかいないってことは保証できるのだ。

 ふっふっふ。

 好きな女の子のちょっとした変化にも気が付くなんて俺はなんて出来た男なのだろう。

 そんなちょっとした特技に笹倉さんも大いに感動して目を輝かせ……てないね。

 うわ、ちょっと気持ち悪いって感じの目をしているし、ここはさっさと結果から言ったほうが良さそうだ。


「それで何が言いたいかっていうと笹倉さんさ、身長が同棲始めてからかな……少しずつ伸びて同棲前と比べると1センチほど伸びてるの気づいてないよね?」

「…………え? いや、私もう成長期終わってるし、中学のときに伸びなくなってきて、去年あたりで完全に止まったよ?」


 俺が告げた新事実に笹倉さんはたっぷりと沈黙してから手を振ってそれを否定するけれど、これは紛れもない事実。

 その日その日の関節の伸び具合だとかからくる誤差ではなく100%成長による身長の変化であるのだ。

 愛ゆえに俺は確信を持ってそれを言えるわけだが、まあ当人からしたら信じられないのも無理はないのだろう。


「あと、服がきつくなったのって多分上だけだよね? それ胸が大きくなっただけじゃない?」

「……へ?」


 最近ハグすると胸元の至高の感触が一層素晴らしいものになってきているからなあ。

 お陰でたまに意識が飛びそうになるけどまあ幸せだから問題はない。

 そんなことを考えていると笹倉さんはおもむろにペタペタと自分の胸を触り軽く揉んだりして俺の言葉の真偽を確かめている。

 もちろん俺はその光景から目を離さず、むしろ目を見開いてガン見だ。

 と、俺の視線に気付いてか笹倉さんはバッと腕を下ろしてしまう。


「っ! え、っと、確かにそうかも……」

「でしょ? だからダイエットするなんてとんでもない! いやもちろん胸の大きさとかで俺の好意がどうこうなるわけではないけどもね? いつでもどんなでも何よりも深い愛でいっぱいだから」

「そっか……うん。まあとりあえずダイエットはやめることにするけど……新城くん」


 俺の熱心な呼びかけにようやくダイエットなど必要ないことを分かってくれたようでひとまず満足だ。

 彼女の健康と美貌を考えて現状が最善であるからして、無理をさせるわけにはいかないからな。

 そうして使命を成し遂げた自分を密かに褒めつつも彼女の言葉を待つ。

 きっと惚れ直したとかそういう感じのアレが来るはずだから気絶しないように気合を入れておかねば。

 しかし、そんな俺の気合とは裏腹に笹倉さんは、呆れた様子でため息を吐くと、


「かなーり、気持ち悪いよ?」


 と、言ってジト目で見てきた。

 思わぬ反応に軽くショックを受けつつ俺は慌てて弁解する。


「え、だってほら女の子って前髪数ミリ切ったとかヘヤピン色変えたとかそういう些細な変化でも気づいて欲しいっていうでしょ!?」

「限度があるよ……」


 疲れた様子でそう零す笹倉さんに俺はただただ苦笑を浮かべるしかできない。

 以前であればもっと狼狽えたかも知れないが、ずっと同棲して想いを伝えあってきた今ではこんなことがあっても大丈夫だと強く信じていられるようになっている。

 それにしても、どんなことでも気づけば気づくだけいいって思ってたけどそういうわけでもないんだな……。

 女心というものはどこまでもどこまでも奥が深いらしい。

 これからも精進あるのみだな。


「ところでさ、どうして急に今日ダイエットしようって?」

「んとね、もうすぐテストがあってその後夏休みでしょ? それでその予定とか友だちと話してたら新城くんと海とかいくのって聞かれて。ほら、やっぱ恋人なんだしそういうの行きたいかなって思って、そうしたらちょっと色々気になっちゃって、ね」


 ああ、そうかそろそろ夏休み……海?

 海……つまり、水着!

 しかもそれでダイエットってことは俺に見せるためにってことか!

 これは……滾る!


「よし、行こう! 海行こう! 絶対行こう!」

「あはは、じゃ、約束だね。っと、それからさ、週末ちょっと買い物に付き合ってくれる?」

「ん、もちろん!」


 興奮そのままに海へ行くことを約束すれば、満面の笑みを浮かべた笹倉さんから買い物のお誘いを受けた。

 当然ながら愛する彼女からのお誘いを俺が断るはずもなく、即答で了承した。


 こういう極々普通のお買い物デートというのも大変素晴らしい。

 今から週末が楽しみになってきたな。

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