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110/112

その110

 そこは草原だった。

 中心部にはなにか力強さを感じさせる巨大な木のなる丘があり、そしてそれ以外に何もない草原。

 その巨木の下に俺はいた。

 その木にはいくつもの実がなっていた。

 しかし一つはすでに失っている。

 それは枯れたのではなく新しく命を芽吹かせたのだと俺は知っていた。

 ふと、いくつかの実が消える。

 命を芽吹かせたのでも、枯れたのでもない。ただ、消えてしまったかのように感じた。

 木から幾分力強さが損なわれた。

 俺はなぜか心寂しくなり目から一粒涙が流れ出てしまう。

 が、不意に俺は違和感を覚えた。


 ――中心部?

 どうしてそこが中心だと分かるのか。

 そう疑問を感じたせいか、それ以外のことも理解不能になる。

 さっきまで俺は巨木に意味があるような風に認識していたような気がするが、今じゃ何を理解していたかさえあやふやだ。

 意識がより明瞭になり、現状を正しく把握する。

 ――これは夢だ。

 同時に胸に沸き立つのは強い使命感。

 未だ夢の中にいるせいだろう、それが何かは分からない。

 だが、こんなところで呑気に夢なんか見てる場合じゃないという確信があった。

 だから俺は強く念じる。

 夢よ醒めろ、と。







 硬い地面の感触を背に意識が浮上する。


「う……痛……」


 まず感じたのは頭痛。寝覚めの悪い朝のようなそんな頭痛だ。何やら変な夢を見ていたような気もするが、その内容は思い出せなかった。

 そしてその痛みが頭の中の靄を払い、意識が完全に目覚めていくのを感じる。

 しばらくすれば件の頭痛も引いてくれたので体を起こすが、体が強張っているのか少し重い気がする。

 それから無意識に強く閉じていたらしい瞼をゆっくり上げようとすれば光に目がくらんだ。

 手で影を作りつつ目を慣らしながら開いて、周囲の様子を確認すればその光景の歪さに眉を寄せる。


「うわ、物陰一つないな……」


 まず、遠くに見えるのは一面茶色の荒れ果てた大地。

 ほとんど凹凸も無く岩も無ければかすかな草木さえありはしない荒野がひたすらに広がっている。

 視線を足元へと向ければ今度は真っ白な地面……いや床だろうか。

 土でも無ければ石でもなく、もちろん金属とかプラスチックでもない白い、白すぎる何かがそこにあった。

 とりあえず硬いことは背中の痛みが教えてくれるその『白』は、丁度俺がいる場所を中心として半径5メートルほどの範囲を塗りつぶしていた。

 茶色と白とではっきり境界が分けられたその様はあまりにも不自然であるがために、ここがどこなのかは大体見当が付く。

 ようするに異界のどこかであり、ここがオブザーバーのいう試練を受ける場というわけだ。


「くそあのボロ布野郎、さんざん説明焦らしたくせに突然話を進めやがって」


 わざと挑発的なことを――少し本音も混じったかもしれない――口にして反応を待つが、しばらく待っても声は返ってこない。

 代わりに足元になぜか料理の数々が現れた。

 茶碗に盛られた山盛りのご飯。わかめと油揚げ、それに豆腐の入った味噌汁にサラダ。おかずにはガーリックを効かせた大きなステーキがどーんと存在感を放っている。そしてデザートにバナナが一房。なかなか豪華だ。

 俺の素晴らしき鑑定眼はそれがすべて愛する女神様のお手製のものだと見抜き、同時に感じた抗えぬ空腹に身を任せることにする。

 ところでこれって朝、昼、夕のどの時間の食事なのだろう。

 そもそも徹夜でエージのアホを呼び戻してたから夕食か?

 でもその割に眠気はないしもしかしたら結構長く寝てて今は朝かもしれない。


「あーうめえ」


 まあ、どうだっていい。うまい食事があって俺の腹はそれを求めているのだから。

 さて、食べながら現状を把握しよう。

 どうやらすでに試練は始まっているようで、向こうからの接触は最低限に済まされるらしい。

 そして何よりもこの食事。

 わざわざこの場所で。この荒野の只中にある白いエリアで食事を摂らされるのは、ここが一種の安全地帯ということを示しているのではないかという考えが浮かぶ。

 そして俺はほとんどそれを確信していた。

 与えられる食事に安全地帯。

 この二つが示すのはこの試練が日を跨いで行われる可能性が高いということだ。

 具体的にそう言われたわけでもないから根拠は勘になるけれど、なぜかこの勘は外れる気がしなかった。


「ごちそうさまでしたっと。……あ、消えた」


 食べ終わるとすぐさま茶碗などの食器が消える。

 再び殺風景な景色へと逆戻りだ。

 これだけの広い空間のくせに風も吹いてないので音もない。

 たった今笹倉さんの手料理に癒やされたというのにこうも何もない景色を見ていると物悲しい思いに駆られるようだ。

 こうなると普段は鬱陶しく思う異形の魔物たちでもいいから景色に変化が欲しいと思う。

 だが、魔物は未だ現れない。

 かといってオブザーバーから何か通達があるでもなく。

 となれば、だ。


「この境界を越えたらスタートってところか」


 安全地帯と思われるエリアの端に立ち、茶色の大地を見つめてそう呟く。

 あと一歩踏み出せば、恐らく魔物が現れるだろう。

 しかしその一歩を俺は踏み出せずにいた。いかんせん、目覚めてから体の調子が悪いのだ。

 健康体ではある。それは間違いない。

 何度確認しても体はスムーズに動くし、特段筋肉が緊張しきっているわけでもない。

 なのにどこか体がずっと重い。まるで体中に重りをつけているようだった。

 もしかしたら俺はこの試練に対しプレッシャーを感じているのかも知れないと、深呼吸する。

 すると少しだけ体が軽くなったような気がしたが、それでも体は普段よりも重いままだった。

 

 ……仕方ない。

 このままここに居ていきなり試練失敗とか言われたら最悪だし、不調を念頭に置いて動いていこう。

 覚悟を決めて俺は一歩踏み出した。


「やはりか……げっ」


 すると途端に荒野の大地に続々と魔力が集まり、形をなしていくのを感じ取り、俺は体全体に魔力を纏う。

 チラリと後ろを振り返れば先程の白いエリアは綺麗サッパリ無くなっていた。

 これも予想はしていたけれどやはりいざってときの待避所になりえた場所が無くなったのは精神的にもつらいものだ。ましてや今は体が重いし。

 今一度、深呼吸を一つ。

 過ぎたことは仕方なしと心を落ち着かせる。

 ここまで来たら立ち向かうのみ。時が来たらさっきのエリアが再出現してくれることを信じて魔物を倒し続けるしか無い。


「多いな……。ざっと見た感じ形の整った奴は――」


 姿を現した魔物を一瞥していき、強力な個体らしき奴が居ないか確認する。

 幸いどれも異形揃いの魔物ばかりでそれぞれから感じる力もさほど大きくはなく安心する。

 ただし、数が多い。

 荒野をすべて埋め尽くすとまではいかないが少なく見積もっても千体以上いそうだ。

 日々の異界浄化でもこんな数の異形の群れには遭遇したことがないので少し気圧される。

 しかしまあ、数は増えようともこの程度の奴らならば問題ない。


「っ!」


 そう判断したところで近くに出現した魔物が五体同時に襲いかかってくる。

 カマキリのような鎌だったり、ムチのように動くトゲトゲの触手だったり、燃えたぎる木の枝であったり、蛇の頭だったりと、異形の身に備わった多種多様な部位による攻撃を一つ一つ見極めて回避していく。

 体は大丈夫。確かに重いが不安に感じていたよりは動く。

 相手の攻撃もちゃんと見えているし、反応も上々だ。

 自身の状態を確認して感じていた不安も大きく解消できた。

 さて敵の数も多いため、いつまでもこの五体と遊んでもいられない。

 回避する最中にも遠くにいる魔物がこちらへと近づいてきているのが見えていたしな。


「ふぅ……行くか」


 準備運動を終え、いざ敵を倒すために動く。

 まずは一体ずつ消費の軽い魔法で順に倒して様子を見るとする。

 なにせ試練の詳細が不明だ。もしかしたら魔物を倒した傍から補充されるかも分からない。

 盛大に高威力な魔法を使って魔力を消耗したところに魔物が大量に補充でもされたら最悪だ。

 そうして選んだ魔法を行使するべく俺はいつものように魔法陣を組み立てようとして――


「え……?」


 ――まさかの事態に愕然とした。

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