その111
戦いの最中に隙を晒せばどうなるか。当然危うい状況へと追い込まれるわけで。
「ぐ……!」
気づけば魔物達の攻撃が迫っていた。
慌てて目と頭をフル回転させて攻撃を見極め、斬撃や炎を纏っていたりなど防御の難しい攻撃を優先して回避。だがやはり反応が遅れていたがために一発どうしても避けきれない攻撃があった。
防ぐ……いや、耐えるしかない!
そう咄嗟に判断すると体に纏う魔力を増やし、さらに攻撃が直撃しようとする腹へと集中させる。防御系の魔法にはひどく劣るがそれでも無いよりはマシだ。
選んで残したのは岩を纏う触腕の一撃。
単なる打撃系のものなど一発ぐらい耐えられる。耐えてみせる!
歯を食いしばり、少しでもダメージを減らそうとそれを受ける直前になんとか地面を蹴って一歩後ろへ跳ぶ。
直後、腹部にそれが直撃した。
「がはっ」
できうる限りの防御をして尚、強烈な衝撃に俺の体は宙を舞い、体の奥にズンと響くような痛みのせいで手足の力が抜ける。
思わず意識が遠くなりそうだったが、死を直前に感じたおかげかなんとか繋ぎ、同時に体に力が戻ったことを感じて体を捻ると両手両足でなんとか着地に成功する。
そしてそのまま無理やり横へと跳べば炎の槍が体の横を掠めた。
それを横目になんとか立ち上がるとすぐに走り出す。
魔物の間を縫って走りつつ、接近の際に振るわれる攻撃は必死に避ける。
離れた位置の魔物からも魔法が飛んでくるが、異形の奴らの放つ魔法は基本的に槍状にして一直線に放つしか能がなく、こうして走り回っていればほとんど無視できた。
さらに心を落ち着かせ体に纏う魔力を極力薄くすれば、ある程度遠くにいた魔物の動きが鈍るのを視界の隅に確認し、更に気持ちに余裕ができる。
強い魔力は無駄に魔物を引き寄せ、逆に最低限にすれば遠くの魔物は大人しくなるだっけか。
そういえば初めて笹倉さんを異界部屋に招待したときは彼女の滾らせた魔力に魔物が気づいちゃって怖がらせちゃったっけ。
愛する女神様の顔を思い出して更に心が落ちついていく。
「大丈夫……痛みはだんだん引いてる……まだ動く……!」
自分に言い聞かせるように言葉を口から吐き出して、魔物の間を駆け抜けながら思考する。
最低限の防御が功を奏したようで内臓はギリギリ重傷は免れた。
だから体は動くし、落ち着けばやはりこの程度の魔物の攻撃など回避できる。
けれどそれはとりあえず避けられるだけ。死を先延ばしにしているだけだ。
魔物を倒さなければ状況は好転しない。
だが……。
「君の力だけ……ね。クソが」
今も見ているであろうオブザーバーに毒を吐きつつ、先程の事態を思い起こす。
手始めに軽い魔法で蹴散らそうとして、しかし俺は魔法陣を組み立てることができなかった。
昨日まで自然にできていたことがいつの間にかできなくなっていたのだ。
改めて試してもやはり魔法陣を組み立てられない。つまり魔法を使えない。
その事実に心がズンと重くなる。
(聞こえるか?)
確認のため念話を試すが、全く手応えがない。
相手に届かなかったとか、受けてくれなかったとかじゃなくそもそもそういう能力が無いかのように何も感じない。
どうやらビージ達との間にあった不思議なリンクが断たれたらしい。
魔法が使えないのはそのせいだろう。
予想はしていたが改めて認識すると思いの外精神的なダメージが大きくて視界が潤む。
「そうじゃ、ねえだろっ」
そんな自分を叱咤するように声を出して目元を拭う。
こんな状況で呑気に落ち込む自分に強く苛立ち、近くに迫っていた魔物を拳で殴り飛ばす。
「ん……?」
すると倒すとまではいかないまでも、それなりのダメージを与えたようでその魔物の動きが大きく鈍った。
……効いてる?
今の俺にはもうビージ由来の力はないのに。
そりゃ人外的な力を誤魔化すためにそれなりに筋トレとか重ねてきたけど、だからといってただの拳がそこまで効くだろうか。
いや……そもそも鍛えてきたからといってこうして複数の魔物の攻撃を避けていられるものか?
今だってそうだ。
走り続けて、しかも時折迫る魔物の攻撃を回避までして、それでも俺はこうして考えていられる程度には余裕がある。
極めつけに魔力だ。
魔法は使えないが、しかし魔力は……そう、落ち着いて確かめれば総量こそ減っているものの、未だに魔力は扱えているのだ。
「戦える……?」
何故か能力を失った今も魔力があって、少なからず扱えている。肉体だって常人よりは遥かに強靭らしい。
ならば戦う力はまだ残っているのではないか?
そうだ、オブザーバーはこうも言ったはずだ。
君の力だけでも達成できるように調整する、と。
あの言葉が本当なら、この状況も今の俺の力だけでちゃんと切り抜けられるはずだ。
殴って倒す……?
なるほど確かに効いてはいるようだが、現実的じゃない。魔物は一体だけではないのだ。全部倒す前にこっちの体力が先に尽きるだろう。
なによりそれでは魔力を扱えることの説明がつかない。
やはり魔法が必要になるわけだが……再三試してもやはり魔法陣を組み立てられない。
魔力は動かせるのに最後の最後で詰まるのは歯がゆいものがある。
何か別の方法で魔力を活用できればいいんだが……って、待てよ?
「ええっと、基本的な魔法は魔力をそのまま変換するイメージで……だったか」
ふと思い浮かんだ考えを試すべく、走りながらも魔力を練り上げイメージを固めていく。
ほんの先日まで練習を重ねても結局最後まで修得できないどころかなにかに阻害でもされているかのように手応え一つ感じられなかったこちらの世界の魔法。
もしもその阻害していたものがビージ由来の魔法だったのであれば。それが使えない今ならば。
そんな考えを裏付けるように体の中心あたりにムズムズとしたものを感じ取る。それを動かそうと意識すれば、スムーズにとはいかないまでもそれは動き出した。
――手応えのない修練も無駄じゃなかった。
そう確信した瞬間、ムズムズするそれは一気に手のひらへと流れ、同時に手の内にじんわり熱を感じ始めた。
解き放ちたくなるその熱をぐっと抑えて、意識を正面に見える一体の魔物に向ける。
逃げるために動かしていた足を、その魔物を倒すために動かしていく。
魔物に近づくほどに沸々と戦意が湧いてくるのを感じた。
踏み込む力が強まり走る速度が上がっていく。一方で、意識も加速してまるで時間の流れがゆっくりになったように周囲の様子を把握できた。
遠くから迫る魔法。走っていれば当たらないことを確認して散った意識を再び正面の魔物に集中させる。
正面の魔物がこちらを迎撃するように動きを見せた。
ムチのような触腕が振るわれるが、走る速度は落とさずに立ち向かう。
そして、触腕が目の前に迫ったそのタイミングで大きく姿勢を低く落としてそれを避け、転びそうになるのを防ぐため渾身の力で踏み込めば俺の体はさらに加速した。
魔物との間合いが一気に詰められる。
手を開く。熱が解き放たれ始め、燃え盛る火の欠片が手から漏れ出している。
魔物がもう目前に迫る。
駆け抜けながら掌底を魔物へと押し当てる。
瞬間、加速された意識が戻り元の時間の流れにリンクして。
「爆ぜろ!」
直後解放された魔力が一気に魔物へと流れ込むとそれは炎となり、魔物を内側から飲み込んで焼き尽くす。
そうして炎に飲まれた魔物はやがて限界がきたのか、その身を崩壊させた。
走り続けながらもそれを確認して歓喜の思いが湧き上がる。
「よし……戦える……!」
その喜びを噛み締めながら次の標的へと意識を向ける。
再び魔力を練り上げて、魔力を魔法に変えて全身に流していけば、肉体が魔法によって強化され全身に力が漲っていく。
もはや人間の限界すら超えた速度で魔物との距離を詰めて火球をぶつければ、次々と魔物が葬られていった。
その結果に、力を失って感じていた絶望感などはすでに消え去って。
「俺はまだ……戦える!」
ただただ希望が胸を満たしていた。




