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姫君と王子  作者:
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始まりの、音

 東の空はほんのり朱く色づき、藍色の空と相俟って、灰白色の雲を薄藤色に染め上げていた。朝焼けの空は一日の始まりに相応しい美しさだった。

 まだ薄暗い辺りも、数時間すれば明るくなるだろう。


(はあ……)


 日課を終えて、城内へと戻ったエリーゼは、胸中で溜め息をついた。

 今日はロウド王国の妹姫が婚約を交わすグラナータの第二皇子がやってくる日で、城中の者が浮き足立っていた。


 ロウド国第二王女、リーナ・ミリオローゼ・ロナウド。その名は詩人に(うた)われ大陸中に響いている。

 滝のように垂らした黄金の髪は光を反射して太陽のように輝く。白い肌に花びらのような赤い唇。その微笑は春の日差しのように柔らかで美しい。その笑みはどんなに頑な心の持ち主であろうと思わず微笑み返さずにはいられない。長い睫の下にのぞく柔らかな翡翠の瞳は、見るもの全てを魅了する。誰もが認めるロウドの生きた宝玉。


 そんな第二王女の陰に隠れた第一王女エリーゼ・アリア・ロナウド、地味で目立たず、全てにおいて平均的で平凡な存在。それが自分だった。

 自分では、その立場にとても満足していたし、妹のことはとても可愛がっていたので、不満が有りようがないのだ。けれども自分が今の立ち位置を望んだ為に、妹が望まぬ結婚を強いられてしまうとは思わなかった。


 半年前、グラナータから書簡が届いた。ロウド国第二王女への正式な婚約の申し込みだった。相手はグラナータの皇太子、シルヴィア皇子。その名声は、遠国であるロウドにも聞こえて来るほどに優秀である。国力もさることながらその美貌もリーナの隣に並ぶに相応しく、他の求婚者と比べるべくもない、というのがロウド王の評価だった。

 グラナータは大国だ。シルヴィア皇子が皇太子となってからは更に勢力が増している。ここで繋がりを作って置いて損はないという事だろう。

 いくらロウドが他国に対してあまり開放的ではないとはいえ、むしろそれ故に美しい国土が他国に踏み荒らされる事を危惧し、王が婚約を受け入れたのは当然の結果なのだ。



 リーナとグラナータの皇子との婚約が決まった翌日。エリーゼがリーナの部屋を訪ねると、侍女たちが扉の前で右往左往している所に出くわした。


「どうしました? リーナに何かあったのですか」

「エリーゼ様! リーナ様がご用意をさせて下さらないのです」


 その言葉で大体の事情を察したエリーゼは嘆息し、扉の向こうに声をかける。


「リーナ、話があります。中へ入れて下さい」


 エリーゼが言うとカチャリ、と音がして開かなかった扉が開いた。


「貴女たちは下がっていなさい。リーナの支度は(わたくし)が引き受けましょう」


 侍女たちに声をかけ、するりと部屋の中へ入り、扉を閉めた。そのまま真っ直ぐに部屋の奥の寝台へ進み、天蓋から降ろされた幕をめくると、泣きはらした顔のリーナがいた。


「大丈夫ですか? リーナ」

「お姉さま……わたくし、私、グラナータになんて嫁ぎませんっ! 私はっ……!」


 妹であるリーナが、天使の様だと謡われる美しい顔を歪めて嘆き悲しむ様は、エリーゼにとっても辛い事だった。


 リーナには元々、アルトという恋人がいた。母方の従兄弟であり、伯爵家の長男で、若くして王宮騎士団の隊長を務める優秀な青年だ。幼なじみということもあり、気心の知れた仲で、内々ではあるが婚約話も進めていた。けれども此度、グラナータの皇太子であるシルヴィア皇子との婚約でそれが果たされなくなってしまった。


 あの時エリーゼはリーナに同情心を抱いたのかもしれない。

 だから、あんな約束をしてしまったのだろうと、今になって思う。


「お姉様、お姉様。私、嫌です。だって私には、アルトが」

「リーナ。決まってしまった事はもう覆せません。……ですが、もし出来るのであれば私が代わって上げます」

「本当、ですか? お姉様……」

「ええ、私が貴女に嘘を吐いたことがありますか?」

「約束ですよ」


 あの日泣きじゃくるリーナを抱きしめながら言った言葉はエリーゼの本心からのもので。けれども決してそれは無い事だと分かっていたから言えた言葉でもあったのかもしれない。


 だから今のこの状況に酷く狼狽している自分がいるのだろうと、エリーゼは思う。

 美貌の妹姫との婚約を破棄して、地味で目立たない姉姫を選ぶ男がどこの世界にいるというのか。



「エリーゼ王女、ご決断を」


 目前で手を差し伸べ、婚約を促す綺麗な男が何を考えているのかエリーゼにはわからなかった――。


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