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第29話 関聖帝君

「ふむ……ここまで来たか。なかなかの勇気だな」


 予想外に、関羽は日本語で語り始めた。古代中国の英雄ということなら、普通に中国語で喋るだろうと思っていたので、シュウとしては面食らわされた。


「あんた、あの関羽か? 本物か?」


 竜之介の問いに対して、関羽は首を傾げる。


「その問いには答えがたいな。儂は一度死んでおる。こうして存在する儂が、果たして、かつて人間として生きていた儂であるのか、それは己ではわからない。ただ記憶だけを引き継いだ別の存在と言えるかもしれない」

「お、おおお……」


 こんな状況でありながら、竜之介は感動の声を漏らした。


 なぜ竜之介がそんな反応をするのか、シュウにはさっぱりわからない。シュウの内部にいるトウテツもまた『阿呆か、こいつは』と呆れている。


「さすがだ! いや、その思慮深さ、哲学に対する造詣の深さ、物理的に同一性を保っているかどうかなんてのは関係ない。少なくとも、その精神、その魂、それは関雲長その人だ! 間違いない!」

「なのかのう」


 関羽は長い髭をしごきながら、顔を奇妙な感じで歪ませた。ゴーストでありながら、やたらと人間くさい仕草だ。愛嬌も感じる。これは、竜之介の読み通り、話が通じる相手かもしれない、とシュウは思い始めていた。


「さて……関羽殿。あなたに聞きたいことが山ほどある。質問してもいいか」

「儂で答えられることならな」


 質問を拒絶しない。これはいよいよ、話のわかる相手ではないかとシュウは思えてきた。


「なぜ、この街で暴れ始めた? 天下取りでも狙っているのか?」

「それが役割だからだ」

「役割……?」

「この世に存在する、ありとあらゆるものに役割がある。少なくとも生命においては、ただその生を保ち、生き続けることこそが最大の役割と言えよう。では、ゴーストは? 貴殿は、ゴーストの役割が何か、知っておるか」

「いや、俺は、知らない」

「ゴーストはこの世界を書き換えることこそが役割である」


 竜之介が息を呑むのを、シュウは横に立ちながらハッキリと感じ取れた。


 雲行きが変わってきた。関羽の発した言葉の意味を理解しようと努めつつも、その内容から、ヤバい雰囲気だけは伝わってくる。


 心なしか、周囲にいる武将や兵士達のゴーストが、殺気立ち始めたのを感じる。


「それは、誰に命じられた」

「誰でもない。形のないゴーストとして冥界に漂っていた……ほぼ自我も薄かった、その頃より……儂らは本能として、内側に刻まれておった。いつか冥界を抜け出し、現世を書き換える。それこそが、我らゴーストの存在意義である、と」

「んな存在意義はねーよ」


 竜之介は、少しずつ、戦闘態勢へと移行しつつある。


 シュウもまた、冷や汗を垂らしながら、身構えた。相手は話の通じる武人ではない。逆に、かなり厄介なやつだ。会話はできても、明確に思想が狂っている。言うなれば、まるでサイコパスやソシオパスを相手しているような感覚だ。表面上は同じ人間に見えて、中身はまったく理解できない存在。


「ゆえに、貴殿らと戦うことは、定めである」

「の、割には、随分あっさりと軍を引き上げたじゃねーか。銅鑼ジャンジャン鳴らして。あのまま攻めれば、あんたら勝てただろ」

「ハハハハハ!」


 突然、関羽は大声で笑い始めた。この広大な、結界で形成された玉座の間全体に響き渡るほどの、大音声。シュウも竜之介も気圧されて、一歩、後退した。


「その通り。あのままでも儂らの勝利は揺るぎなかった。が、貴殿らの抵抗は、なかなかに激しい。儂らにも多少の損害は出ておった。これ以上無駄に兵力を消耗するのは本意ではない。ゆえに軍を引かせ――」


 ニヤリ、と関羽は邪悪な笑みを浮かべる。


「――より、確実な方法を取ることとした」

「……なんだと?」

「貴殿ら二人は、賢い。ここへ来たのは正解だ。その賢さに敬意を表して、儂の配下でも特に優れている――SR級の者達を、最期のはなむけとして贈ってやろう」


 ダンッ! と長柄の武器の石突を、関羽は床に叩きつけた。


「関平《かんぺい》! 周倉《しゅうそう》! いでよ!」


 玉座の背後から、スッと姿を現した美丈夫が一人。白い肌、整った顔立ち、長い黒髪を宙に漂わせながら、涼やかに現れた青年は、中華風の直剣を鞘から抜き、その切っ先を竜之介へと向けてきた。


 直後、シュウの体に、何かが激突した。


「ぐあっ⁉」


 シュウは吹っ飛ばされて、玉座の間を転がっていき、極太の柱へと背中を強打して止まった。


「八ツ神!」


 竜之介が怒号にも近い心配の声をかけてくる。


 何が起きたのか、シュウにはわからなかった。最初は、玉座の後ろから現れた青年ゴーストが何か攻撃を仕掛けてきたのかと思った。


 だが、そうではなかった。


 トーン、トーン……。


 軽快なステップを踏んでいる、新手のゴーストが一体。


 つばの広い中華風の帽子をかぶった、筋骨隆々とした髭の武将だ。その場でまっすぐ跳躍しながら、鋭い目を、シュウへと向けている。


「くっそ!」


 いま吹っ飛ばしたのは、あの帽子の武将ゴーストだとわかり、シュウは急いで立ち上がると、桃木剣で斬りかかった。


 が、相手を斬り伏せたか、と思った次の瞬間、桃木剣は何も無い空中を空振りした。いつの間にか、相手の姿は掻き消えていた。


 いきなり、背後から体当たりを喰らった。


「うああ⁉」


 前のめりに倒れたシュウは、受け身を取りつつ前転し、素早く背後の敵のほうへと向き直った。体当たりを喰らわせてきたのは、やはり帽子の武将だった。


「気を付けろ、八ツ神! そのゴーストは、俺の三国志の知識が確かなら、周倉だ! 三国志の中でも、最速の足を持つ武将として知られている! スピード勝負では勝ち目が無いぞ!」


 マジかよ……と思いながら、すかさず、シュウはスキル「ファイアマン」を発動させた。たちまち、全身を炎が包み込む。これなら、周倉も迂闊には突っ込んでこられないだろう。自分から、ゴーストが苦手とする炎の中に突進することになってしまう。


 だが、関羽も、周倉も、涼やかな青年ゴースト(おそらく関羽が関平と呼んでいた者)も、余裕の態度を崩さない。


「では、そろそろ、この退屈な戦も終わりとするか」


 関羽はそう嘯き、右手を高々と掲げた。


 たちまち、玉座の間が――いや、関帝廟全体が震動し始めた。大地震でも起きたかのような、その震動に、シュウも竜之介も立っているのがやっとだ。しかし、その隙にゴースト達は襲うようなことはしない。それが武人の矜持、だからだろうか。


 それよりも、気になるのは、この激しい揺れである。


「何が起きている……⁉」


 竜之介は、外へと顔を向けた。



 ※ ※ ※



 瓦礫や死体が転がっている、中華街。


 ゴーストハンター達は、すっかり戦いが終わった気分で、仲間達の死体から、せめて形見の品を回収しようと、何かしら特徴的な装備品を拾い集めていた。


 ヒカルもまた、自分のチームメンバー達の死体から、彼らが愛用していた武器や、アクセサリーなどを回収している。首から上がなかったり、顔面がグシャグシャに潰れていたり、見るも無惨な有り様であるが、死体は見慣れている。淡々と、それが自分のすべきことだと思い、集中して取り組んでいる。


 やがて、最後の一人となったところで、突然、地響きが聞こえてきた。


「地震?」


 呟いたヒカルは、仲間の死体に向けていた顔を上げて、目を細めた。


 グラグラと大地の揺れが激しくなってくる。これは自然発生的なものか、それともゴーストの仕業か、見極めようとしていたら、誰かが悲鳴にも近い声を上げた。


「け、結界が! 閉じてくるっ!」


 中華街の一角を区分していた、結界の壁が、空間の中心へ向かって収束するように、狭まってきている。まさかこうなるとは思っていなかったゴーストハンター達は、ギャアギャアと騒ぎながら、逃げ惑い始める。だが、結界によって閉じ込められているから、逃げ場なんてない。


「マ、マジかよ!」


 ヒカルもまた駆け出した。位置的に、関帝廟のあたりが中心になるはずだ。そこまで逃げればあるいは――と思ったが、しかし、関帝廟に辿り着いたところで、そこには絶望しか待っていなかった。


 関帝廟もまた、別個の結界が張られており、中に入れないのだ。


 関帝廟に群がったゴーストハンター達は、迫り来る結界の壁を見ながら、泣き叫んだ。


「ちっくしょぉぉぉ!」


 ヒカルは怒りの声を上げたが、もう手後れだった。


 結界は、閉じられた。


 その結界の壁は――幸い、ゴーストハンター達を押し潰すようなことはしなかったが――彼らの体を通過する際に、全身に激しい電撃のようなショックを与えた。


「ぐあああああ!」


 ヒカルはその体を結界の壁が通過するのとともに、絶叫を上げて、泡を噴きながら崩れ落ちた。


 周りでは、他のゴーストハンター達もバタバタと倒れていく。


 一瞬にして、中華街に突入したゴーストハンター達は全員戦闘不能の憂き目に遭ったのであった。

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