第28話 廟
瘴気が濃くなってくる。
この先に、敵の本丸がある。そんな予感がする。
『気を付けよ。尋常ではない闘気を感じるぞ』
「俺にもわかる……ヤバい奴が潜んでる」
進んでいった先に、異様な建造物が姿を現した。
上部に竜の彫刻をあしらった巨大な赤い鳥居のようなものがあり、階段を上った先には、祭殿が見えている。建造物全体が禍々しい瘴気を放っており、一歩踏み込めば、その毒で五臓六腑を焼かれてしまうのではないか、という恐怖を抱かせる。
『関帝廟か』
「知ってるのか、トウテツ」
『お主、三国志は知っておるか』
「名前だけは。読んだことないけど」
『その中でも特に有名な武将で、関羽というものがおる。字は雲長。武勇と忠義心に優れていた、当時において最も強かった武将と言っても過言ではない』
「その関羽……が、どうかしたのか?」
『関帝廟は、関羽を祀っておる。世界各地にある中華街には大なり小なり、必ずある。それだけ、かつて華僑と呼ばれた者達は関羽を大事に信仰しておった』
「神様、ってことか」
『神であればいいがな』
何やら含みのある言い方だ。トウテツの様子がおかしい。異様なまでの警戒心を感じる。その理由を問いただそうとしたところで、
「おう、お前もここがクサいと睨んでたか」
竜之介がやって来た。
どこで戦っていたのか、全然姿を見ていなかったが、ゴースト達の撤退後に、やはりシュウと同じように結界の奥に何があるのか気になって見に来たのだろう。
関帝廟の入り口を見上げながら、ほう、と竜之介はため息をついた。
「懐かしいな。昔、当時付き合っていたカノジョとデートで来たことがあるぜ。関帝廟。お参りもしたな」
「そっか。蜷川さんは、かつての中華街をよく知っているんですね」
「ああ。三国志が特に好きだったからな、絶対にここには参詣しないと、と思って、興味なさそうにしているカノジョを無理矢理引っ張って、来たんだ」
「思い出の場所、なんですね」
「今じゃあ、ゴーストの本拠地になっているみたいだがな」
竜之介はそう言って、無謀にも、階段へと足をかけた。廟の中に入ろうとしている。
「いや! ちょっと待ってくださいよ! ゴーストの本拠地だって言うのなら、そんなところに一人で乗り込むのはまずいですって!」
「興味本位だよ」
「危険です!」
「俺の読みが正しいなら――心配するな。今回のゴーストどもを統率している奴は、話が通じる奴だ。ひょっとしたら、対話でなんとかなるかもしれない」
「は⁉」
意味がわからない。ゴーストは、問答無用で人間に襲いかかってくる凶悪な存在だ。それがゴーストハンター達の間で通じている共通認識である。話し合いでどうにかなるようなものではない。
それなのに、竜之介は、今からゴースト達のリーダーと話をする、と言っているのだ。
「お前も来い、八ツ神。かなり珍しいもんが見られるかもしれないぞ」
「いやいやいや……冗談きついって……」
「上司の命令が聞けないのか? いいから、俺についてこい」
やむを得ず、シュウもまた、竜之介と一緒になって階段を上り始めた。
鳥居のようなものをくぐり抜けた途端、ウッとむせるような濃い瘴気が肺の中へと流れ込んできた。あまり吸い込みすぎると、体に良くない。シュウはなるべく少ない呼吸を心掛けて、ズカズカとためらわずに廟の奥へ進んでいく竜之介のことを追いかけていく。
階段を上りきった先に、祭殿がある。
祭殿の中へと足を踏み入れた瞬間、ギュンッと空間が捻じ曲がるような感覚を覚えた。
たちまち、外から見ていたのとは異なる、広大な空間が姿を現した。
祭殿の中ではある。あるのだが、外観から推し量れた広さの数百倍は広い内部となっている。端が霞んで見えるほどだ。何百何千もの赤い柱が立ち並んでおり、その中央奥に、玉座のようなものが見える。
「領域拡張結界か」
「領域拡張……?」
「この関帝廟の中にも結界を張ってやがる。でも、その結界は、単純に内と外を分けるためのものではない。実際の空間以上に、広い空間を創り出すための、領域拡張結界。こんなもん、ゴーストハンターでは使える奴はまずいないし、ゴーストだって相当なレベルの奴じゃないと無理だ」
「相当なレベルって、つまり……」
「おそらくUR級」
一気に緊張感が高まってくる。
観測されているUR級ゴーストは、トウテツやコントンを始めとする「四凶」と呼ばれる者達だけ。それ以外のUR級はいまだに存在が知られていない。
ただ、他にもいるだろう、という予測は立てられていた。ひとつには、普通のハンターでは遭遇したらまず確実に殺されてしまうから、単に情報が伝わっていない可能性。そしてもうひとつは、ゴーストの等級を測るための計測器の精度。今回の神奈川支部が壊滅した事件にあたっては、SR級が3体、という情報が上がってきていたが、そもそもゴーストの能力を数値化すること自体が技術的に難しい。当然、結果にはブレもある。だから、Rだと思っていたのがSRだった、ということはしょっちゅうある。
となれば、SR級と測定されたゴーストの中に、UR級が混じっていてもおかしくない。
突然、銅鑼の音が鳴り響いた。
何度も、何度も、力強く叩かれる。広大な祭殿内を揺るがすほどに大音量で響き渡っている。
左右から無数の足音が聞こえてきた。何千もの軍隊が一糸乱れず行軍しているかのような威圧的な足音。
「大王万歳! 大王万歳!」
大声で何事か中国語で唱えながら、古代中国の兵士風のゴースト達と、より重厚な鎧を着込んで馬に乗った武将風のゴースト達が、柱の合間を縫うようにして姿を現す。
そして――玉座の前に、身長2メートルはあろうかという大柄な武将が、進み出てきた。
「大王万歳! 大王万歳!」
周りのゴースト達の言葉を浴びながら、その武将は、玉座へと腰かける。
腰まである、長い髭。真っ赤に焼けたような面立ち。手には、刃がついた長柄の武器を持っており、堂々たる風格で鎮座している。そして、鋭い眼差しで、シュウと竜之介のことを睨みつけてきた。
「やはりか……」
竜之介は呟いた。こんな状況でありながら、どこか楽しそうな様子だ。
「やはり、って、何がですか?」
「ここ関帝廟は三国志の英雄、関羽を祀っている。それはさっき説明したな」
「ええ」
「あれが、その関羽だ」
「えっ」
まさかの本人登場に、シュウは驚きの声を上げる。
「はは、まいったな。相手が関聖帝君だったら、そりゃあ……SR級の器で終わるはずがない。UR級に決まってる」
まいったな、と言いつつも、竜之介の顔には笑みが浮かんでいた。




