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第15話 カバネバミ

 カバネバミの隊長、蜷川竜之介は、年齢にして45歳。ロン毛を無造作に髪の後ろで束ねており、顎には無精髭が生えている。瞳には活力がない。どこからどう見ても、くたびれた中年のオッサンである。


 が、常に戦闘用のコンバットスーツに身を包んでいる。いつどのタイミングで、ゴースト出現の報せが入るかわからないからだ。


 今、カバネバミ用に割り当てられたフロア――旧グラントウキョウ・サウスタワーの42階より、東京の遠景を、煙草を吸いながら眺めつつも、耳につけたイヤホンより、常時流れてくる本部指令を聞き続けている。


 今日は、多摩地区のほうでSR級ゴーストの発生の報告があり、Sランクのゴーストハンターが2名ほど指揮官として、他に20名ほどのハンターを連れて向かったそうだ。


「行かなくていいんですかぁ?」


 ソファに腰かけている蛇村エレナが、気の抜けるようなまったりした口調で、声をかけてきた。


 彼女は、隊に割り当てられた専用スマホで、何かのゲームを夢中になって遊んでいる。もはや一般向けの電話回線が機能していない、このディストピアにおいて、通信が許されるのは国の要人とゴーストハンターくらいである。そして、そのための専用端末は厳重な管理がなされており、普通は通信目的でしか使用できないはずだ。


 それなのに、エレナは勝手に改造して、旧時代のスマホゲームをインストールしている。他にも、様々なアプリを投入しており、特に今では無用の長物と化した生成AIアプリがお気に入りのようだ。データセンターが軒並み停止している現環境で、どうやってゲームや生成AIを動かしているのか、竜之介は不思議に思っているが、聞いたところでどうせわからないから、聞かない。


「行く必要ねえよ。多摩は遠い。高速飛ばしても、すでに出発している連中には追いつかねえし、到着する頃には駆除が完了しているはずだ」


 煙草の煙を盛大に吐きながら、竜之介は、エレナのほうを振り向いたが、そこでギョッとして固まった。


 エレナはソファに腰かけているが、体育座りのような体勢でいるため、お尻からパンツが丸見えである。


 旧時代の女子高校生のセーラー服を戦闘用にアレンジした彼女の衣装は、時に、かなり無防備である。


「お前なあ……」


 エレナは18歳。旧時代には存在した、きらびやかなメイクやネイルアートを施した、ギャル風の見た目をしている、金髪ロングヘアの、キラキラ女子。そんな彼女に、わざわざ「パンツ丸見えだぞ」と指摘するのもアホらしいが、ここは大人として言ってやるべきか、と思い、小言の準備をしたところで、


「うぃーっす。買ってきたぜ、ビールとつまみ」


 ドカッ! と部屋の扉を乱暴に蹴り開けて、もう一人の隊員、虹崎リオが帰ってきた。彼女の両手のエコバッグには、袋がパンパンに膨れ上がるほどのビール缶とお菓子が入っている。


「買ってきたぜ、じゃねーよ。また上野地区の闇マーケットで取引してきただろ。上から目をつけられてるんだから、やめろ、つったよな」

「うっせーな。そういうアンタが、一番酒飲みじゃねーかよ」


 リオはジト目で竜之介のことを睨みながら、エレナの前の応接用テーブルの上に、ドサッと戦利品を乱暴に置いた。


 それから、彼女はエレナの座り方を見て、お尻のほうを指さす。


「お前、パンツ見えてんぞ」

「いーの、いーの。古のギャルはパンツを見せてこそギャルって、うちの心の中のじっちゃんがそう言ってるから」

「毎回聞いてるけど、誰だよ、そのジジイ」

「さあ? イマジナリー爺さん?」

「てめーもよくわかってないんじゃねーか」


 真っ赤なベリーショートヘアのリオは、旧時代で言ったらパンクロッカー風といったところか。鮮やかな赤い髪色が、男っぽいマニッシュショートの髪型によく似合っている。耳には右と左にそれぞれ五連ずつのピアスをつけており、半袖のジャケットから出ている腕にはタトゥーが刻まれている。実際、楽器を演奏させたら何でも上手に奏でるし、歌も一級品ということで、東京本部内では隠れファンも多いらしい。99%が同性のファン、と聞くが。


「ところで、お前ら、喜べ。穴埋め要員が決まった」

「穴埋め?」

「ひっでえな。先日死んだ二人のことを言ってんのかよ。オレらの仲間が死んでいなくなったところを、穴埋め、なんてよぉ」


 エレナは小首を傾げ、リオは抗議の声を上げる。


 とりあえずリオをなだめるため、竜之介は「まあまあ」と言いながら、灰皿に短くなった煙草をジュッと押しつけた。


「うちの部隊はそういう部隊だろ。生き残った奴だけが勝者で有能。死んだ奴は敗者で無能。無能二人の穴を埋めるんだから、穴埋め要員だ」

「まあ、それはそうだけど、さ」


 案外、リオはすぐに納得して、それ以上文句は言わなかった。彼女だってカバネバミという部隊の特性はよく知っている。


 竜之介もエレナもリオも、みんなBランク止まり。他の部隊が弱らせたゴーストを横から乱入して退治して戦功を挙げるだけのハイエナ部隊。だが時として、東京本部の全員から嫌われている分、泥臭いミッションを任されることもある。誰もやりたがらないような汚れ仕事。成功しても賞賛されない上に、危険度はSR級ゴーストと戦うよりも高かったりする、そんな割に合わない仕事。


 だから、まともな神経では、このカバネバミに所属できない。


 旧グラントウキョウ・サウスタワーの42階という、眺望豊かで、一見VIP待遇な一室を拠点として割り当てられているのも、万が一ゴーストに侵攻された際に「一番退路が断たれやすい」危険な場所だから、である。


「それで~? 隊長、穴埋めさん達は、どんな二人なんですか~?」


 間延びした声で、エレナが尋ねてきた。相変わらずスマホのゲームに夢中になっているから、目線は向けず、声だけで聞いてきている。


「一人は、中国支部からやって来たSランクだ。あっちでもかなり評判の、筋金入りの女道士で、名前はヘイユン」

「ふぅん。聞いたことな~い」

「そんで……もう一人は、話題のランク外、八ツ神シュウだ」


 その名を聞いた途端、エレナはスマホから目を離して、竜之介へと顔を向けてきた。ポカンとした表情になっている。ゲームを急に中断したせいで、スマホのスピーカーから、ゲームオーバーの音楽が流れてきた。


「マジ?」

「マジな話だ、これが」


 ガリガリと竜之介は頭を掻く。大概のことには動じない、このマイペースな男が、珍しく困った顔をしている。


「無能力だぜ、無能力。盾に使うくらいしか、使い道ねえだろ」

「本当に噂通り、何も出来ないの? 道術も、体術も、一切合切、ダメなの?」

「まあ、無能力なりにサバイバルしてきたから、N級ゴースト1体くらいだったら倒せるみたいだな」

「えー! ちょー迷惑なんですけどー!」


 パンツが丸見えになるのも構わず、エレナは両脚をバタバタと暴れさせた。


 一方で、リオだけは神妙な顔をしている。


「隊長。でも、妙な噂を聞いたぜ」

「八ツ神シュウのことか?」

「ああ。つい昨日、UR級トウテツの討伐ミッションがあっただろ。それに参加していた鎌原ヒカル部隊の隊員が、こっそり周りに洩らしていたのを、オレも小耳に挟んだんだけど……」

「何かあったのか?」

「実は、ヒカルの奴、八ツ神が持っている宝貝を奪うために、どさくさ紛れに襲いかかったらしいんだよ」

「ヒカルの部隊が、八ツ神にか? おいおい、ゴーストハンター同士の殺し合いとか、ガチで資格剥奪もんの暴挙じゃねーか。本当に、んなことしたのか?」

「本当か嘘かはどうでもいいよ。でも、気になるのは、五人がかりで襲われたっていうのに、八ツ神は生還したってことだ。しかも、噂によると、人外じゃないみたいな動きを見せていたらしい」

「人外じゃない?」

「まるで――ゴーストのようだった、ってさ」


 たちまち、竜之介の口元に笑みが浮かんだ。口の端が引き裂かれそうなほど、鋭く、凄絶な笑み。楽しくて楽しくて、仕方がない、と言わんばかりの笑みだ。


「なるほどなるほど……大禅のじーさんがわざわざ送り込んでくるから、何かあるんじゃねーかと思っていたけど、こいつは、面白いことになりそうだな」


 クックックッ、と笑い声まで漏れてくる。


 そんな風に、珍しく隊長のテンションが上がっていることに、エレナもリオも目を丸くして、お互いに顔を見合わせていた。

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