第14話 条件
シュウは、電話で話したことをあらためて大禅に伝えると、相手の反応を待った。
大禅はひたすら顎髭をしごきながら、ふむ……と何か納得がいかない様子で小さく唸っている。
いま、シュウとヘイユンは、応接用のソファに座りながら、テーブルを挟んで、大禅と対面している。
二人とも、シュウの中にトウテツが融合していることは隠して、ただトウテツと遭遇したことのみ伝えようと、電車の中で打ち合わせていた。実際のところ、仮にトウテツがシュウと融合しなかったとしても、自分達を殺すことまではせずに、どこかへ消え去っていたことだろう。無理のある話ではない。
が、大禅はいまだに不審に感じているようだ。
「トウテツは、わしらが追い詰めた。奴は相当、切羽詰まっておったはずじゃ。それなのに、お主らを軽くあしらっただけで、逃げ去ったと?」
「何かおかしいでしょうか」
これ以上疑われたら、ボロが出るかもしれない。ヘイユンは、大禅の追究を制する意図も込めて、冷たい口調で言い放った。
「ヘイユン。お主、気絶したシュウ坊を担いで、外へ出た際、廃ビルを囲んでいた討伐隊と接触しておるじゃろ。なぜ、その時に、トウテツが逃走したことを伝えなかったのじゃ」
「聞かれなかったから」
淡々とヘイユンは答える。大禅の鋭い質問に対して、少しも動揺を見せていない。
さすがだな、とシュウは感心した。自分が同じことを問われたら、しどろもどろになっていたかもしれない。
「まあいい。とにかく、トウテツは、他の四凶の居場所を教えてくれた、と。残りの連中はどこにいると言っておった?」
「泰山に渾敦、竜虎山に檮杌、武当山に窮奇。全部、私の国の聖地ね」
「ほう……泰山、とな」
なぜか大禅は、三山の中でも、泰山に着目したようだ。
「何かあるんですか、伊庭島さん」
シュウが尋ねると、うむ、と大禅は頷き、急にどこか遠くを見始めた。
「世界とは一層構造ではない。複層構造になっておる。その内の一つの層が冥界である。この理論は、ゴーストハンターであるお主らは、基礎訓練の際に座学で学んでおるじゃろう?」
「うん、よく憶えているけど……」
「泰山とは、まさに、その冥界と繋がる重要な場所なのじゃ」
「え」
「古くから死者の集まる場所と言われておってのう。東岳大帝と呼ばれる神が管轄しておる。すなわち、冥界の入り口である。長年、ゴースト禍は最初にどこから発生し、どのようにして広がっていったのか、研究が重ねられておるが、2039年の発生後、20年経った今でも、ハッキリとしていない。しかし、四凶の中でも最強格と呼ばれるコントンが根城としておるのなら、あるいは、泰山こそが『始まりの地』であるのかもしれんな」
長々と喋って、少し息が切れたのか、ふう、と大禅は息をついた。すかさず、秘書の龍花が近寄ってきて、テーブルの上のグラスに水を注ぐ。いつの間にか、大禅のグラスは空になっていた。
「おお、すまんのう、龍花」
「ここのところ、燃費悪すぎじゃないですか、支部長」
「100歳近くもなると、喋るだけでも、ガソリンを食うのじゃよ。やれやれ、歳は取りたくないのう。まるでオンボロ中古車じゃ」
「まあ、支部長の場合、中古車でも、ベンツの最高クラスのようなものですけどね」
「誰が中古のベンツじゃ、失礼な」
「ボケたんですか? ご自分でおっしゃられたんですよ」
「違う、中古のほうではなく、ベンツのほうじゃ。わしは喩えるならロールスロイスのほうが嬉しいぞ。ファントムとか、ゴーストとかのモデルであれば、なお良しじゃのう。ゴーストハンター的にもふさわしいと思わんか?」
「私はベントレーのほうが好みですが」
「しかし、どれももう、世界がこんな状況じゃから、生産中止になっておって悲しいのう。わしが生きている間に、かつてのような世界に戻れればいいのじゃが……」
シュウとヘイユンそっちのけで、秘書と他愛もない話を繰り広げている大禅。
その間、シュウもヘイユンも、片時も緊張の糸を切らずに、次の話を待っている。すでに、この老人はかなりの曲者であることを見抜いている。油断したところに、本質を突く質問をしてくる可能性は大いにある。もしも、シュウの体内にトウテツが宿っていることがバレたら、大変なことになってしまう。それだけは悟られないようにしないといけない。
「で、シュウ坊。わしにわざわざその情報を伝えてきたということは、中国への渡航許可を出してほしい。そういったところじゃろう?」
来た。唐突な本題への切り返し。いきなり話を振られてシュウはビクンッと体を小さく震わせたが、しかし、この展開は願ってもいない状況だ。まさにその話をしたかったので、若干食い気味に、シュウは大禅へと自分の希望を伝えようとする。
「そうです、伊庭島さん。俺はどうしてもコントンを倒したい。だから、渡航許可を――」
「だーめーじゃ」
あっさり、大禅は断ってきた。胸の前で両腕をクロスさせて、身振りでバッテンを作っている。
「なんで⁉ 俺は両親を、コントンに殺されたんですよ! 仇を討ちたいんです!」
「そういうのは、実力が伴ってから言うべきじゃな」
さっきまで親密に話していたのに、突然の冷ややかな対応。大禅は、口元は笑みを浮かべているものの、その眼差しは笑っていない。
「DPゼロ。ランクにも乗れない。まあ、ハンターランクなんてものは目安に過ぎんから、過信は禁物じゃが、それにしても無能力は論外じゃの。本来ならゴーストハンターとして協会に入ることも許されないお主が、なぜ、協会に入れたか、わかっておるか?」
「……伊庭島さんの口添えがあったから」
「そうじゃ。お主の心情を汲み取って、仲間に入れたのじゃ。そして、ランク外でありつつも、お主はそれなりに活躍しておる。わしは常にお主の動向を気にしておる。N級ゴースト程度なら、なんとか倒せるようになったのは見事じゃ。しかし、N級でやっとのお主が、どうやってUR級、それも四凶の中で最強クラスのコントンを倒すというのじゃ? 命をドブに捨てるでない」
大禅の話は、筋が通っている。ぐうの音も出ない。シュウは反論が思い浮かばず、何も言い返せなくなってしまった。
そこで、ヘイユンが助け船を出してきた。
「私がついています。中国支部Sランクの私が。必要なら、中国支部でも特に強いメンバーを討伐隊に加えます。シュウは一緒に来るだけでいい。コントンを弱らせて、とどめを刺すところだけ、バトンタッチする。それでいかがでしょうか」
「なぜ、お主ほどのハンターが、そこまでシュウ坊に肩入れするのじゃ?」
大禅は、ヘイユンの腹の内を見透かすような目つきで、ジッと見つめてきた。何か違和感を抱いている様子だ。
「大切な人をゴーストに殺されて、復讐を果たしたいという気持ちは、私も同じですから」
「おお。そう言えば、お主は兄をトウコツに殺されておったのう」
「……知っていたのですか?」
「わざわざ中国支部から、日本へ飛んでくるSランクがおるのじゃ、そりゃあ、経歴くらいは洗っておくわい」
そこで、大禅は片手を上げて、今は離れた場所でノートパソコンでの作業に集中していた龍花へと、声をかけた。
「龍花。例の部隊、つい最近2人死んだばかりじゃったの」
「例の部隊とは、まさか、あそこですか?」
龍花は顔をしかめた。その表情には、若干の嫌悪の色が浮かんでいる。
「そうじゃよ。今は3人だけになっておるはずじゃ。新規部隊員を要請してきておるが、誰も入りたがらぬ」
「当たり前じゃないですか。他の部隊が弱らせたゴーストを、いきなり乱入して横からとどめ刺すような、あんなえげつない連中……誰だって断るに決まっています」
「では、ちょうどいいのう」
そこで、大禅はあらためて、シュウとヘイユン、それぞれの顔を交互に見てきた。
「シュウ坊に渡航許可を出してもよいぞ。ただし、条件がある」
「条件?」
シュウの問いに、大禅は思わせぶりにニッコリと笑みを浮かべた。
「そうじゃ。その条件を呑むのであれば、1ヶ月後には渡航許可を出してやってもよい」
「いったい、どんな条件を?」
「ハイエナ部隊として有名な、あの『カバネバミ』に所属してもらい、そこで1ヶ月間働いてもらう」
「げっ⁉ カバネバミ⁉」
その名をよく知るシュウは、悲鳴のような叫び声を上げた。
日本支部の事情を知らないヘイユンだけはただ首を傾げている。
カバネバミ。それは、「屍を喰らう」という意味の造語。元々は残敵掃討に特化して作られたチームであったが、いつしか、他の部隊があと少しで倒せる、というところまで追い込んだゴーストを、勝手に乱入して討伐する卑怯な戦法を取るようになっていった。そのため、実績だけは無駄に多いが、日本支部内での評価は最低最悪で、チーム内全員Bランク止まり。それ以上の昇進は許されていない、忌み嫌われた存在。
そのため、誰ともなしに付いた部隊名は「カバネバミ」であった。
そこに1ヶ月も所属しろと迫られて、シュウはかなり悩んだ。自分の中のプライドが許さない、という思いと、しかし背に腹はかえられぬという思いが交錯する。
最終的に、2分間悩んだ末に、結論を出した。
「……わかりました。カバネバミに入ります」
こうして、史上最低のハイエナ部隊への所属が決まったのであった。




