いざお出かけへ!!
王城に住んでから1週間が経った。
果てしなく思えていた王城内も、毎日ビー玉の風景を探しに行ったおかげか、今ではある程度は覚えることができた。
王家へ迎え入れられた際に振る舞われた豪勢な食事も、交流会の際だけではなく常に備えられているようで、毎日の食事が楽しみにさえなり始めていた。
もし今の心境をカールグレアで進展を待つラノア達に伝えるなら、きっと文の最初にこう書いていることだろう。
”王城での暮らしははっきりと言って最高です。“と。
ライラットが便利を図ってくれるおかげで、この1週間に一度として退屈な文字が現れることはなかった。
部屋から庭へと行く際に少し距離があるのは難儀だが、それを抜きにしたとしても王城には十分な娯楽が揃っていた。
そして何よりも、
「本日も参りました。掃除等はお済みでしょうか?」
王の命令のためか、最近ではメロウとタルナローテが毎日のようの部屋を訪れるようになった。
それが本当に国王からの命令の為なのか、はたまたメロウ達自身にメイドとしてのプライドのようなものがあるからなのか、それは定かではない。
「なら今日は部屋の掃除を頼みます。そのあとは一緒にご飯でもどうですか?」
「カラリナ様。何度も申し上げますが、私たちはあくまでメイドという身分。そのような贅沢は許されていません」
一貫した凛とした態度で提案を断るメロウに、オーゼンはわずかに悲しみに暮れた表情を浮かべる。
その隣では、不思議と乗り気なのか、いまだに一言も声を発することのないタルナローテもまたわずかに残念そうに落胆する。
そうして落胆する2人を見たメロウは、諦めたように人知れず刹那の間のみ笑みを浮かべると、
「…が、それがカラリナ様からの命令と言うのであれば、仕方がありません」
瞬間、落ち込んでいたのが嘘かと思うほどにオーゼンの表情には笑みが溢れ、その隣ではタルナローテが静かに目を輝かせる。
オーゼンのそれが計画のうちだったのか、或いはただ悲しかっただけなのか。
歓喜するオーゼンを横目に、メロウは人知れず歓喜するタルナローテへと目を移すと、
「タルナローテ?念のため言っておきますが、お出かけが楽しみだからと言って少しでも手を抜いたら、その瞬間留守番ですからね?」
「…!!」
声も発さずに固まるタルナローテに、オーゼンは2人の関係性が少し見えたようで嬉しく思っていた。
——虫の一件以来、部屋はこれまで以上に整理整頓されていた。
もし次に侵入されるのすれば、犯人は前回よりも巧妙にその虫のありかを隠すだろう。
だからこそ、それに対抗するようにニア達もまた部屋の整理整頓を心がけているのだ。
だが、いくら見栄えが綺麗と言っても、その実部屋の中にはいくつもの細かい汚れが点在している。
正直な話、ニアの手にかかればメロウたちの手を借りずともチリ一つ残さずに部屋を綺麗にすることは可能だった。
だがそれはメロウ達の仕事を奪うことに他ならず、何よりもメロウ達との話の起点を作りたいとオーゼンに頼み込まれたことにより、ニアは致し方なくその行為を中断していた。
——虫使いとメロウ達がつながっていないという確証はない。
白だと確証が持てる要素は今のところどこにもなく、何よりも虫使いはニア達が部屋を後にしたタイミングで、測ったように部屋へと侵入した。
だが、たいした親睦もない今そのことを突き詰めたとしても、知らぬ存ぜぬで返されて仕舞えばそれ以上の追求は意味をなさなくなってしまう。
だからこそ、ニアはオーゼンの頼みの他に、メロウ達が虫使いと繋がっているかどうかを探るために2人と関わり続けることを選んだ。
そうしてオーゼンと他愛のない話を繰り返していると、
「ただいま終了致しました。部屋が清潔に保たれていたおかげか、あまり汚れがなかったのが少し残念です。まぁ早く事が済んで私達も助かりましたが」
箒と塵取りを持ち、メロウとタルナローテは部屋から出てきた。
本来であれば数十分、あるいは数時間を要する作業にも関わらず数分足らずで終わったことに、メロウはメイドとしてのプライドが少し傷ついたと言わんばかりに愚痴をこぼす。
そんな2人を置き、自身の掃除の腕に改めて自信を持てたと言わんばかりにニアは人知れず自慢げな表情を浮かべていた。
そうして掃除が終わったことを確認したオーゼンは、2人の元へとずいっと一歩を踏み出すと、
「では約束通り!!」
詰め寄るオーゼンに、珍しく目を逸らしながら言葉を詰まらせるメロウは、やがて諦めたように短く息を吐く。
「…仕方ありません。約束は約束です。メイドとして、お供しましょう」
そうして歓喜するオーゼンを横目に、タルナローテは目を輝かせ、人知れず手を握りしめるのだった。
「メロウメロウ!これなに!?」
「カラリナ様。曲がりなりにも王家に迎え入れられた身、不用意なことは…はぁ」
「カラリナ、あんまり遠くにいっちゃダメですよー」
見覚えのない食材や風景に興奮を抑え切れない様子のオーゼンへ、メロウは子供の世話をする母のようにどっと疲労を感じていた。
そんなメロウを横目に、ニアは慣れたようにオーゼンの後をついていく。
4人はカラクリアの市場へと赴いていた。
様々な店、様々な人々が集まるこそはカラクリア随一の市場と言ってもいいほどだった。
だからか、目を離せばどこかへと飛んでいってしまいそうなほどに落ち着きのないオーゼンに、ニアとメロウはひどく手を焼いていた。
だがその時、オーゼンの後をついていくニアから目を離したメロウは、静かに後方はと振り向くと、
「…なにしてるの、タルナローテ」
「…!!」
見慣れない民族の仮面を付けたタルナローテは、自らを見るメロウの冷たい視線に気づくや否や身につけた仮面をそっと屋台の上へと戻し、やがて静かに顔を赤面させる。
ーーこの子、前々から思ってたけど見た目に反して中身は子供なのよね…
揺れる髪は風に靡き、その風貌は誰が見ても美人と思えるほどだった。
だからこそ、黙っていれば美人なのに。と、柄にもなくそんな感想を抱いてしまったその時、
「2人とも、何やら先でカラリナが呼んでるから一緒に行きましょう?」
先へと進んでいたはずのニアが戻ってきたことにより、2人は表情をすぐさま正す。
そうして連れられるようにして歩いた先には、3人の方へと手を振るオーゼンの姿が見えた。
「お待たせしました。それで、カラリナ様。御用とは」
「見てこれ」
「…十問全問正解で料金半額…?」
勧められるままに目を向けた先には、屋台に堂々と半額の文字が記された紙が貼り付けられていた。
その屋台はどうやら飲み物屋さんのようで、屋台の上には見本のように多種多様な飲み物が備えられていた。
「…それでカラリナ様、我々は一体何を——」
「勝負しましょ!!」
「…は?」
指を指すように告げられた言葉に、メロウは間の抜けた声を漏らしてしまっていた。
それもそのはず、出かける予定だったにも関わらずいきなりの勝負を申し込まれているのだ、この対応は間違ってはいないだろう。
そうしてオーゼンの言葉の意味を理解したメロウは、躊躇い気味に口を開くと、
「カラリナ様、勝負自体はいいのですが、我々はメイドとして様々な知識を身につけています。気が昂っているのは理解しますが、勝負にならなかった場合は——」
「逃げるの?」
「は?」
「負けた時のことは考えたくない?」
「カラリナ様、何を…」
「そうよね。メロウにもメイドとしてのプライドがあるもの、知識で負けることなんて想像したくも——」
「よし、やってやろうじゃないですか。そこまで言うならこてんぱんにしてさしあげます」
瞬く間にばちばちと火花を散らす2人を横目に、この場へと呼んだことに後悔を抱くニアは、静かに額へと手を添え、ため息をつく。
店主もまた見たことのないやる気を抱いた2人を前に若干気圧されているようで、だが店主のプライドがあるからと、不敵に笑って見せていた。
タルナローテは、ただその光景を微笑ましく見守っていた。




