地を踏み鳴らすは夢の跡 その六
轟音を背に、オーゼンとウミ、そしてハドルは駆けていた。
「ニア…!!」
オーゼンの口から、不安の声が溢れる。
体を揺らす風圧が、封印が解き放たれたことを理解させる。
信頼し、約束し、手を離した。
それは怪物と戦い、勝つこととはまた別の話。
後悔が胸に浮かび上がる。
それでも、オーゼンは振り返ることなく進み続ける。
ーー誰か、誰でもいい…!誰か、ニアに少しでも手を貸せる人は…!!
3人の背後には、ハドルが避難させたオーグリィンの民達がいた。
泣き出しそうな恐怖を噛み殺し、親の手をとって走る者達。
吹き抜ける風は、その先へと案内するようにオーゼンの背を押していく。
遂に視界の先に森の終わりが見えた頃——、
「あんたは…」
「どうした、こんなに大人数で。オーグリィンの服…?祭典にはまだ日があるはずだが…」
視界の先には、鎧に身を包んだ者達が立っていた。
突如現れたオーゼン達に、隠しきれない困惑を露わにする。
状況を1から説明している暇はない。
そうして焦りのままに言葉を紡ぎそうになったとき、1人の女性が前へと出た。
赤い髪に、赤い目。
髪は、後方で束ねられている。
立ち仕草一つ一つが、只者ではないことを理解させる。
「大事か?こんなに大勢が駆け出してくるとは、余程の危機的状況…あるいは、それに近しい状況に見えるが」
「あぁえっと…説明が難しいんだが、とにかくやばいやつが目覚めてニアが…俺の友達が今、俺たちを逃すために時間稼ぎをしてくれてるんだ。でも多分その友達1人じゃ勝てなくて…こんなこといきなり頼むのも失礼だってわかってる。けど…!!」
「ニア…?待て、今ニアと言ったか?…それはもしかして、黒い髪をした黒い瞳の…腰に刀を携えた少年か?」
意図せず聞こえた名前に、赤い髪の女性は目を見開いた。
「あなたは…」
「ふっ…なるほどな。また近いうちに会うことにはなるかと思っていたが、まさかこうも直近とは…」
女性は、不意に小さく笑った。
続けて背後に立つ、鎧を纏った者達の元へと振り向くと、
「総員、私の友人が今、目覚めたという“何か”と対峙しているとのことだ。加勢には私が行く、ここは任せたぞ」
「はっ!!!」
迷うそぶりすらない。
その事に、困惑を抱いてしまう。
「1人…?!待ってくれ、それじゃああんたが負けたら——」
女性は、目の前に広がる森をじっと見つめる。
次の瞬間には、ニアの居場所がわかっているかのように一歩を踏み出す。
その動きに呼応するように、命令を受けた者達もまた散り散りに避難民の誘導を開始する。
その中に、女への心配を抱く者はいなかった。
だが、やがてオーゼンは悟る。
ーー信頼…
心配すら不要と思えるほどの、絶対的な信頼。
そこに辿り着くまでの幾つもの窮地を乗り越えてきたのだと。
その時、不意に1人の少女が前へと出た。
「アンセルさん。どうかご無事で」
短く、桃色の特徴的な色の髪をした少女。
その表情には、不安が浮かんでいた。
「ははっ、心配するな。それより、この方達は任せた。私が戻るまで頼んだ」
微笑み、少女の頭を撫でながら女性はそう口にする。
そうして聞こえた名前に、オーゼンはようやく目の前に立つ者が誰なのかを知る。
「アンセル…?やっぱりあなたは…」
「そうか。名乗りがまだだったな。私としたことが、友との再会に浮かれてしまったようだ。———我ら王番守人、要請に応じ参上した。あとは私に任せておけ」
肩につけた紋章と共に、赤い髪が宙へと靡いていく。
その一挙手一投足が、胸に渦巻いていた不安を拭いとる。
背を向けたアンセルを、オーゼンはただ見つめていた。
「心配なのはわかります。私も心配です。でも、きっと大丈夫ですよ」
隣に立った桃色の少女はそう声にした。
少しでもオーゼンを安心させるようにと、優しく微笑むのだった。
ーー信じてるからな、ニア
わずかに安堵してしまった。
だからこそ、オーゼンは気付かない。
共に避難してきたはずの、1人の少女の姿が何処にもないことに。




