↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
PR
27/105

いつかの誰かと

ーー…ここは



 最初に見たのは、見覚えのない風景だった。


 青く塗りたくられた部屋。

 目覚めた直後のニアですら、そこが現実ではないことは察することができた。


「久しぶりだね」


「っ!!」


 そんな声が聞こえてきた。

 聞き覚えのない声。

 咄嗟に顔を向ける。


 そうして手を伸ばした刹那、違和感が訪れる。

 

ーー…ない、刀がどこにも…!



 本来であれば桜月がかかっている空間。

 そこは空白に染まり、伸ばした手は空を切る。

 

 そんなニアへ笑う声の主。

 やがてニアの元へとゆっくりと足音を響かせ始める。

 同時に、目の前には一つの影が現れた。


 いつからいたのか。

 いつの間にか視界に映っていた声の主は、ゆっくりとニアの前方で腰を下ろす。


「忘れてる…か、慣れているとはいえ、やっぱりなんだかちょっと悲しいね」


 その声は、“おそらく”男だった。

 それが仮定の域を出ないのは、男の体に訪れていた、異常のせいだった。


 声はノイズがかかったように不鮮明。

 その姿もまた、全身がぼやけたように、鮮明に捉える事を許さない。

 

 180cm後半程の身長に、何処か気だるげな態度。

 やや筋肉質な体つき。

 そんな最低限の情報以外、どうしても認識できなかった。


「来るな、それ以上進めば容赦はしない」


「懐かしいね、初めて会ったときもキミはそうだった」


「…何を言ってる」


「キミの忘れた過去だよ」


 男は、静かに笑う。


「とは言ってもまだそんなに時間は経ってないけど」


 男の発言に、眉を顰める。


 ニアは男のことなど知らない。

 だが男の口ぶりは、ニアのことを昔から知っているかのようだった。


 少なくとも、敵意はない。

 そう判断したニアは、わずかに警戒を緩めると、手招かれるままに地面へと腰を下ろす。


「何を…お前は一体…」


「まず、一番キミが知りたい事の答えを教えよう。キミの体は今、いわば仮死状態になってる」


「仮死状態…?」


「そう、キミはアルクヘラン…さっき君が見た奴のことだけど、キミはあいつとの戦いの中で激しい怪我を負い、それによって意識を失った」


「やっぱりあいつがアルクヘランなのか」


「まぁ、あいつの力は厄介すぎるからね。誰が挑もうと戦いにすらならないのがほとんどだよ」


「お前はあいつの力を知って…」

 

「そして今、魂が抜けたキミの抜け殻は、キミの先輩が大事に抱えてる」


 淡々と言葉を連ねていく。

 その様子は、肝心な部分を意図的に避けているようだった。


 だが、そんな疑問は瞬く間に消え失せる。

 何故なら男の言葉の中に、ニアにとって聞き流すことのできない言葉が含まれていたから。


「…待ってくれ、先輩が?」


 慎重に聞き返す。


 意識を失う寸前に見えた景色。

 体は動かなくとも、微かに記憶に残っているのは血に塗れたエリシアの姿だった。


 幻かと思っていたそれが現実であったことに、ひどく焦りを覚える。

 全身に纏っていた血。

 

 それが、アルクヘランと戦闘した結果なのだとすれば。

 そんな状態でニアを助ける事を選んでしまったとすれば——。


「そう、キミがやつと対峙してから、キミの先輩はずっとキミを探し森の中を駆け回っていた。そしてようやく見つけた時、それがキミが意識を失ったあの瞬間だよ」


「…先輩は無事なのか」


「無事かと言われると何とも言えないね、だけど一つ確かな事を言うとすると、———このままだと誰も助からない」


「助からないって…、先輩…エリシアでも勝てないってことか?」


「勝てないとは言い切れない。だけどそれは『あるいは』の話だよ」


 男は、言葉を区切った。


「厄災はその全てが殺されることなく封印されるに留まっている。では一体、なぜ奴ら厄災が殺されていないのか。封印されるに至ったのか」


 その声色は、ひどく静かだった。


「その理由は、実際に奴の力をその身に受けたキミならわかるんじゃないか?」


「それは…」


 アルクヘランと対峙してからのことを、ニアは鮮明に覚えていた。

 戦いとすら呼べないほどの、圧倒的な蹂躙。


 それがニアの実力関係なく、単純なアルクヘランの怪物性を表したものなのだとすれば。


「…でも、ならどうして俺をここに呼んだんだ」


 不穏な空気を切り裂くように、ニアは男へとそう問いかけていた。

 溢れた血の量はとうに致死量を超えており、放っておいてもそう長くないうちに死んでいただろう。

 

 そんな自分に、何故こんな話を聞かせたのか。

 内に湧いた疑問をぶつけ、ニアは男を見つめる。


 ———沈黙が場を包み、数秒が過ぎた。


 瞬間、男は根負けしたように笑った。

 続けて、態とらしく人差し指を立てると、


「このまま戻っても助からない。だけど、そこに『特異』が一つ加われば、結果が変わる可能性がある」


「特異…?」


「そう。だけどそれはキミにとってとても辛く、そして目を背けたいものになる。それでもキミは、立ち向かおうとするかい?」


 その言葉に、息を呑む。

 脳裏には、最悪の光景(最愛の死)が蘇る。

 ———だが、


「…わからない。俺はまだ、やつの力を何も理解できていない。このまま戻ってもまた同じことにならないとは言い切れない……けど」


 言葉を紡ぐニアへ、男は意味深に笑う。


ーーあぁ、そうだったね



 ニアが言い切るよりも早く、男は姿勢を正し、ゆっくりと立ち上がっていく。


 それが男の言った『かつて出会っていた』ということに関係があるのか、それはニアにはわからない。


 だが、男を見つめる瞳に、躊躇いなどなかった。


「例えそれが手をすり抜ける空気程の希望だったとしても、少しでも助かる可能性があるなら、俺はそっちに賭けたい。俺は、俺の借りた恩を返さず死ぬような恩知らずにはなりたくない」


ーーキミは、昔もそうだった



 その言葉は何処までもまっすぐで、ニアという人間を表していた。

 だからこそ男は何処か安心したように小さく笑みを漏らす。

 やがて靄のかかった表情でニアへと目を向けると、静かに告げる。


「わかった。なら、もし現世へ戻った時、キミから見て左前の方向に進むといい、だが覚悟しなよ、キミの目に見える景色は、キミが何よりも恐れている光景に他ならない」


「あぁ、わかった」


「それじゃあまた、いつの日か」


「あぁ、感謝する」


 瞬間、全身には酷い疲労感が訪れる。


 それが意識が現実へと帰還しようとしているからなのだと理解するのにそう時間はかからなかった。

 ぼやけた視界は、やがて白一色に覆われる。


ーー名前、聞いておけばよかったな



 薄れていく意識の中、ニアはそんな後悔を抱いていた。

 だが、それは瞬く間に止み、代わりに気持ちだけの笑みへと切り替わる。

 

ーーまた、何処かで会える気がする



 確証はない。

 それでも、何故だかそんな予感がした。


 ———そうしてニアは目を覚ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。