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黄昏の洞窟03

(……ダメだ、足りない。大きすぎる。溶かしきれない!)


「ちぃっ! コスモス・アクワイク!」


 ベルが叫んで手を掲げると天井からどこからともなく大量の水が現れ、青い炎の柱に覆い被さった。ジュワッという大きな音と同時に大量の水蒸気が発生し、辺りが熱い霧に包まれた。ベルは霧の中から離脱し、畳みかける。


「アストロ・ブラスター!」


 様々な方向から吹いた風が一つの大きな丸い塊となって霧の中に向かっていった。霧が巻き込まれて強い風が発生する。ベルは巻き込まれないよう距離を取って落ち着くのを待った。


ガシャァァァァン


 台風のように暴れ回る風の中心から何かを砕くような音が聞こえてくる。上手くいけば再生が追いつかないくらいあの魔物の身体を破壊できているはずだった。


 緊張で心臓がドキドキ鳴る。一つ一つの音が大きく聞こえる。


 霧が、晴れていく。


「にゃっ!?」


 魔物が立っていた。


 何も、変わらぬ姿で。


 ギラリ、と赤い目が光り、ベルを捕らえる。尻尾が凄まじい速さで向かってきたが今度はかわし、地面すれすれを飛びながら魔物の様子を観察した。


(おかしい……いくらなんでも無傷なんて有り得ない……!)


 魔物は尻尾の届かない範囲にベルがいることに気づき、象のように大きな足を踏み出した。いつの間にか足元にできていた岩の山や水晶の山を踏み潰し、地響きを立てて近づいてくる。とは言っても魔物の動きはとてつもなく遅いので、ベルとの距離は縮まりそうもなかった。ベルは一定の距離を保ち、右に左にゆらゆら移動しながら魔物の観察を続けた。


(さっきの攻撃で傷つけることはできたはずだ。とすると傷ついたけれどすぐに再生したってことか? そんなにすぐに再生できるものなんだろうか。一体あいつはどうやって再生しているんだ?)


 疑問を抱いたベルは右手の人差し指を出して軽く振った。すると踏み出していた魔物の右前脚が横に切れた。それでも魔物は痛みを感じていないのか、お構いなしに半分になってしまった右前脚を地面につけた。


 地面につけた時点で脚が元通りになっている。


 もう一度ベルが指を振ると、今度は左前脚が切れた。切れた前脚は地面につけた時点で元通り。


 ベルは金色の目を細めた。何か違和感があった気がしたのだ。


 安全圏から抜け出し、魔物に近づいた。尻尾の射程圏内に入ったので魔物は容赦なく尻尾を振ってきたが、屈んだり上昇したりして巧みに避けながら前脚を切ることを繰り返した。


スパッ どしん スパッ どしん スパッ どしん……


 そうして気がついた。


(こいつ、再生しているんじゃない! 地面の岩を吸収して身体を再構成しているんだ……!)


 金色の目は、足が地面につく瞬間に地面が盛り上がって脚を形成しているのを捕らえた。


 気づいた瞬間ゾッとした。


 思わず距離をとって上昇した。


 緊張と焦燥で心臓の鼓動が速くなり、冷や汗が滲む。


「再構成ニャんて……ここは岩と水晶でできた洞窟でしょ……? 素材ニャんてほぼ無尽蔵じゃニャいか……! こんニャの、この洞窟そのものと戦っているみたいニャもんじゃニャいか!!」


 再生なら限界がある。細胞の分裂回数には限度があり、再生回数が決まっているからだ。しかし再構成、それも地球の引力のようにほぼ自然的に行われているものだとしたら際限がない。どれだけ魔物を傷つけても、この洞窟がある限りあの魔物はあの姿であり続ける。


 めまいがする。目の前の魔物に勝てる気がしない。


 ベルは振り返った。ここまで来るのに通ってきた通路にマンシャムが立っているのが見える。


(師匠……ひょっとしてこの魔物、私が倒せない一割の魔物なんじゃ?)


 助けを求める顔で見つめてみたが、気づいているのかいないのか、マンシャムは微動だにしない。


(あの鬼師匠め……)


 マンシャムは手を出さない。目の前で傷ついても焦っていても何もしてくれないのをこの目で見た。自分でやるしかない。でも、どうやって。大きな技を繰り返し使ったので魔力も底をつきかけている。大きな技を一つ二つ打ったら完全に空っぽだ。


 ベルは魔物の上部でゆっくりと円を描きながら右手を顎に持っていった。


(原理が地球の引力と同じなら、核のようなものがあるはず……それを叩けばいけるか。でも、こいつの超高速再構成では核があったとしてもそこまで届かない……。分厚い殻を剥いで超高速再構成される前に叩かないといけない)


 ここでふとベルはある考えを思いついた。


(待てよ……)


 便利ツールを開き、マップを確認する。便利ツールにはRPGおなじみのマッピング型マップがある。一度行った場所は更新され、記録されているはずだ。あの隠し通路とこの場所も新しくマップに書き加えられたはずだった。


 案の定、マップには隠し通路とこの場所が書き加えられていた。ベルはこの場所の位置を念入りに確認し、便利ツールを閉じた。口元に笑みを浮かべて。


 杖が急降下する。


 ベルは魔物の十数メートル先で地面に足をつけた。


 魔物がベルを捕らえ、足を踏み鳴らして向かってくる。


 ベルは杖を片付け、代わりに別の武器を出した。


ゴイィィィィン


 武器の頭が岩の地面を叩き、音を響かせる。


「ぶっつけ本番にニャるくらいニャら、もう少し雑魚と戦って慣ら(ニャら)しておいた方が良かったかもニャ」


 にこ、と笑うベル。その小さな手には、身の丈程ある大きなハンマーの柄が握られていた。


「その殻残らず叩き割ってやる!」


【風の舞】【大力無双】


 ベルは自身にスキルをかけ、地面を蹴って魔物に向かっていった。あっという間に距離を詰め、足を踏ん張って真横に振りかぶったハンマーを叩き込んだ。


ゴイィィィィン バキバキバキバキ


 ハンマーが食い込んだところの殻が砕けて落ちる。しかし落ちた傍から地面の岩が剥がれて魔物の身体にくっついていく。


「まだまだいくニャ!」


 ベルはまるで木の棒でも扱っているかのようにやすやすとハンマーを回し、次の一撃を食らわせた。


 それからは猛攻だった。右から入ったと思ったら今度は左、次は上、次は右、左、上……とベルはくるくる大きなハンマーを回しながら魔物に攻撃させる暇を与えず、凄まじい速さで叩き込んでいった。


ゴイン ガイン バキバキバキ


 ハンマーが岩を打つ音と砕ける音が鳴り響く。ベルは一度も手を緩めることなくハンマーを打ち続けた。


 魔物の身体がほんの少しずつ小さくなっていく。魔物が少しずつ後退していく。


 後ろ脚が踏ん張れずにずるりと滑り、前脚が片方浮いた。ベルはその好機を見逃さず、ハンマーを下から上に振り切って魔物の顎を跳ねさせた。


 魔物が大きな身体を仰け反らせる。


「はあっ!」


ドッ


 ベルは渾身の力で魔物の腹にハンマーを叩き込んだ。途端、ズキリと鋭い痛みが身体を刺した。


「ああああああ!」


 吼えて痛みを紛らわせ、そのまま振り抜く。


 魔物の身体はふっ飛ばされ、大きな音を立てて壁に激突した。

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